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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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667 月へと向かう船

「大丈夫です。テオ君なら絶対勝てます! 楽勝です!」

 と、フォレストバードのルシアンが珍しく気合の入った口調で力強く拳を握りしめた。

「だな。あのふざけた魔人に、一発かましてやってくれ」

 ルシアンの様子に笑ってからロビンが拳を突き出してくる。

「ああ。行ってくる」

 そんなロビンの拳に、俺の拳を合わせる。
 食事も一段落し、みんなが挨拶に来てくれる。心配しながらも応援してくれている、という印象だ。

「月へ行くとはな。また大変な旅よな」
「航行ルートは計算された術式任せではありますから、迷う心配がないというのは安心ではありますね」
「なるほどのう」

 エルドレーネ女王が感心したように頷く。
 月の軌道等々は迷宮から情報を得られる。そこから必要な進行方向を割り出し、シリウス号のスペックに合わせて調整した術式任せで航行することで月へと到達する、というわけだ。
 クラウディアがいれば結界絡みの問題もないので、そこまでの過程には問題がない。それよりも、問題は到着してから……ということになるか。

 月の都や月の民が今現在どうなっているのかの情報が乏しく、先に月へと向かったイシュトルムとラストガーディアンが、月で何をするつもりなのかも不透明な状況である。

「月に到着してからは、クラウディアの知っている情報を元に、まずは月の都があった場所へ向かって様子を見てみる予定ではいます」
「月の都か。ヴェルドガル王国よりも古い歴史の都ということになるのか」

 と、ジョサイア王子が腕組みして思案するような様子を見せた。

「現存していれば、の話だけれどね。物資が枯渇していたから、色々と困窮していたもの。七賢者と共に月の船で降りてきて、向こうには誰も残っていない可能性もあるから」

 クラウディアが言った。
 まあ……そうだな。月の民の末裔は現在、シルヴァトリアとハルバロニスにあって、地上の民と混ざり合っているから。

「本当なら、こんな時こそ私達も協力をしたいのですが……」

 水竜のインヴェルが言った。

「月には、海がありませんからね。場所柄的に、若干力を発揮できないかと」
「そう、ですね。私達が行っても足手纏いになりかねないのでは、意味がありません。大人しくタームウィルズの守りを担うことにさせてもらいます」

 それは……心強い話ではあるな。タームウィルズの守りも、精霊王達が動ける今ならアウリア不在でも精霊達の監視の目を広げておくことが可能だし。

「あの魔人達の行く末も、今は静かに見守らせてもらおう。生まれ持った性質や運命と戦い、共存と平和を望む……。決して平易な道ではないが、だからこそ、そうしようと努力し、抗い続けるのであれば我等の敵ではない、はずだ」

 ペルナスが静かに言って目を閉じた。海王絡みの一件から、エッケルスもテスディロス達には思うところがあるのか、どこか遠いところを見るような目をしていた。
 抗い続けるか。そう、だな。グレイスとて封印術で助けられているとは言え、自制とは無縁ではない。
 魔人として共存していくということは、どこかで力を必要とされることもあるかも知れない。そうなれば封印を解放した時に、己の内にある魔人の性質と戦わなければならないこともあるだろう。だからこそ、そうし続けることには価値がある、か。

「皆で、無事に帰って来ることを願っている」

 ハーピーの族長、ヴェラが真剣な面持ちで言う。

「ええ。僕としても、劇場をブロデリック侯爵領に作る約束がありますし」

 そんなふうに冗談めかして答えると、ヴェラと、その隣にいるラモーナが破顔した。

「そうだったな。それも楽しみにしている」

 約束を確認し合うように、ヴェラと握手を交わす。
 挨拶に来たみんなに言葉をかけられ、迷宮村の住人が楽器を奏でるとセイレーン達やハーピー達が歌い出し、孤児院の子供達と迷宮村の子供達、それにユスティア、ドミニクとリリーが混ざって仲良く合唱したり……賑やかにその日の宴は過ぎていくのであった。



 そして、明くる日。造船所では出発の前の物資の積み込みや確認が続いていた。
 昨晩に引き続き、見送りに来てくれる面々も多い。

「くれぐれも気を付けるのだぞ」
「はい。エミール卿」

 七家の当主達は決戦の際の大魔法の撃ち過ぎでやや魔力が不調気味なので参加できないことを残念がってはいたが……。代わる代わる抱き締められたりして、俺としては有り難くもあり、中々大変でもある。

「いってらっしゃいませ、あなた」
「ああ。カミラも、留守の間、気を付けて」
「はい。セシリア様やミハエラ様達とも一緒にいますから、大丈夫ですよ」

 エリオットは、カミラやシルヴァトリアの魔法騎士の知り合いと言葉を交わしたりしているようだ。ペネロープもマルレーンを抱きしめたり。ヘルフリート王子がローズマリーに心配そうに声をかけていたり。色んな顔触れが旅立ち前の見送りに来てくれている。
 盗賊ギルドの先々代ギルド長の娘、ドロシーもやって来てシーラと言葉を交わしていた。

「テオドール!」

 と、挨拶をしたり物資が揃っているか確認したりしていると、そこに声を掛けられた。
 馬車で造船所にやって来たのは、父さんとダリル。それに、シルン男爵領のケンネルとベリーネ、それにミシェルだった。アシュレイが連絡を受けて迎えにいっていたのだ。

 ベリオンドーラの襲来を退けたことや、イシュトルム絡みで月に向かうことになったという話も通信機で連絡したからな。石碑による移動で、みんなで連れ立って見送りに来てくれたのだろう。

「おはようございます、父さん」
「ああ。死睡の王との戦いになると聞いてな」
「そうですね。今度こそ……あれに引導を渡してきます」

 そう答えると、父さんは俺を抱き締めてきた。

「また私は、遠くでお前達を……。私は、どうしてこう、大切な時に力になってやれないのか……」

 相手が……相手だからか。父さんが、心配する気持ちも分かる。

「そんなことは……ありませんよ。こうして見送りに駆けつけてくれたことは、嬉しく思います。母さんも、力を貸してくれていますし」

 封印術が未だに奴の能力の一部を縛ったままというのは……つまりそういうことだ。
 慈母の遺志と力が海王ウォルドムとその眷属達を縛り続けたのと同じく。母さんの遺志がイシュトルムの力を制限し続けている。そのおかげでヴァルロスとの決戦の際だって、病魔をばら撒かれるようなことも無かった。
 そのことを父さんに伝え、そうして真っ直ぐに父さんの目を見て笑った。

「だから――負けません。必ず帰ってきます」
「そうか。リサが一緒なら……お前達をきっと守ってくれるだろう」
「そうですね。そして父さんが見送りに来てくれたことも。力になります」

 そう言うと。父さんは微笑んで頷き、俺から離れる。

「テオドール」

 と、ダリルが俺の名を読んだ。

「ダリルも見送りに来てくれたんだ」
「ああ。当然だろ」
「うん。嬉しいよ。ありがとう」

 そう答えると、ダリルは少し泣きそうな顔で笑った。

「絶対、死ぬなよ。みんなで、ちゃんと帰って来いよな」
「ん。約束するよ」

 俺の言葉に、ダリルが頷く。
 それから――ケンネルが頭を下げてきた。

「エリオット様とアシュレイ様のことを、よろしくお願いいたします」
「はい。必ず皆で無事に戻ってきます。それから……先代シルン男爵夫妻の仇も」

 母さんやアシュレイの両親だけではない。死睡の王には沢山の人が殺された。
 奴が招いた悲劇がヴェルドガル国内にも混乱を齎し、マルレーンの暗殺未遂事件の遠因にもなった。エリオットがシルン男爵領に帰ってこれなくなったのも、死睡の王の一件がなければ起こらなかった事だろう。
 だから……それらの諸々に終止符を打つ。
 ケンネルは頷くと、アシュレイとエリオットにも見送りの挨拶をしに向かう。

「あの……今度は月に魔人退治に行くと聞いて。その、私では余りお力にはなれませんが、無事に帰ってきて下さい」

 ミシェルがそう言って深々と頭を下げた。使い魔であるヒュプノラクーンのオルトナも一緒だ。オルトナとは久々の再会ということもあって、ラヴィーネやコルリス、フラミア達もどこか嬉しそうに挨拶している。オルトナと握手したりといったのは前と変わらずか。和む光景だ。
 そしてオルトナも来ているということは、温室は祖父に頼んで見送りに来た、ということになるだろうか。

「ありがとうございます。見送りに来てくれたこと、嬉しく思います」

 そう言ってから、もし月に珍しい植物があれば持ち帰って来ますよ、と冗談めかして付け加えるとミシェルは苦笑しながらも頷いたのであった。

「いやはや、月へ行くとは。驚いています。しかも、あの死睡の王の討伐とは……。無事に帰ってきて下さいね」

 と、ベリーネが言う。ベリーネは何時になく真剣な表情だ。

「ありがとうございます。僕としても、奴だけには負けられませんからね」
「気負い過ぎては危険……というのは、冒険者達には助言できてもテオドールさんには余計なお節介かも知れませんね。春からは、私もタームウィルズに戻って来れる目途が立ったので、タームウィルズでの再会を楽しみにしていますよ」
「では、この街での再会の約束を」

 そう言って、ベリーネと握手を交わす。
 やがて、物資の積み込みも終わり……メルヴィン王とペネロープ、ユスティアとドミニク、エルドレーネ女王、精霊王達にテフラとフローリアが連れ立って俺のところにやってきた。

「くれぐれも……気を付けるのだぞ」
「はい、陛下。行って参ります」

 メルヴィン王に頷く。

「私達もみんなで、祈りを捧げます」
「妾もペネロープ殿や月女神の巫女、そして水守り達と共に祈ろう」
「私達もみんなで一緒に歌うから」
「みんなで心を1つにすれば……きっと離れていても届くって信じているわ」

 そんな、みんなの言葉。ああ。そうだな。きっとそうだ。距離なんて関係の無い話だ。

「私達も、力を届けるからね!」
「原初の精霊の怒りを鎮められるように頑張ります」
「気を付けるのじゃぞ」
「我らの加護が、テオドール達の力になるように」

 精霊王達が言って、テフラとフローリアからは抱きしめられた。

「無事に帰って来るのだぞ」
「お家で待っているから」

 そうして、みんなに見送られて甲板へと上がる。
 最後の確認と人員の点呼を終えて、ゆっくりとシリウス号が浮上し出す。
 手を振り、歓声で見送ってくれる皆。タームウィルズ中の住人が手を振ってくれている。

「これは……気合が入りますね」
「頑張りましょう……!」
「ん。頑張る」
「うんっ」

 グレイスとアシュレイが甲板から見える光景に頷き合い、シーラが答えるとセラフィナが気合の入った表情で拳を握る。マルレーンも真剣な表情でこくこくと頷いた。

「いよいよ、月へ……か。腕が鳴るわね」

 ローズマリーが羽扇の向こうで薄く笑う。

「クラウディア様の故郷……どんなところなのかしら」
「美しい街並み、と言われていました。記憶にも整然とした街並みが残っています」

 イルムヒルトの言葉に、ヘルヴォルテが答える。

「今はどうなっているかは分からないけれど。それでも、イシュトルムの好きにさせるわけにはいかないわ」
「そうだな……。行こう」

 そう言うと、みんなも俺を見て頷き返してくる。いよいよ月への旅に出発だ。このまま高度を上げられるだけて上げて、そこから段々と加速していくことになる。
 眼下に見える街の人々は、それが小さくなって見えなくなるまで、ずっとずっと俺達に向かって手を振っていた。
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