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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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662 決戦の後には

「あの光は、月の船が虚ろの海を渡るためのものよ。空の高い位置は地上の生き物にとって過酷な環境だから……魔術的な備えが必要になるの」

 月へ向かって遠ざかって行くベリオンドーラは特徴的な青い輝きを纏っていた。それを見たクラウディアがそんなふうに言った。
 ……イシュトルムとベリオンドーラが、月に向かう予定であるのは間違いないらしい。

「迷宮に、異常は?」
「ラストガーディアンが外に出る、という事は通常有り得ない話だから……。直属の守護者達に何かしらの齟齬が生じている可能性はあるわね。けれど、私に感知できる範囲での異常は無いわ。月光神殿は……管轄外だけれど」

 とのクラウディアの返答である。となると、月光神殿と迷宮中枢部には一度足を運んで確認しておく必要があるだろう。

「いずれにしても……時間を与えるわけにはいかないな」

 奴らが乗っていった月の船は……魔物を作り出す機能をそのまま残している。
 月で時間を与えてしまうと、イシュトルムが身体を休めて本調子になり、ラストガーディアンの制御をより強固なものにするばかりではなく、魔物を生産して戦力を再び軍隊レベルに立て直してくることが予想される。可能な限り早い段階で追いかけていって叩かなければならない。

 まずやることは戦後処理に、月光神殿や迷宮深奥の状態確認。それからシリウス号の改修か。メルヴィン王の儀式が終わり次第、諸々報告もしなければならない。……やることが山積しているな。まあ、1つ1つこなしていくしかない。

「ところで傷は平気なのかしら?」

 椅子に座ってアシュレイから治癒魔法をかけてもらいながら、モニターの向こうを見上げて思案していた俺に、ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら尋ねてくる。

「んー。アシュレイが治療してくれてるから、脇腹や腕の痛みは結構引いてきてるかな」

 腕の骨は、固定した上で治癒魔法を用いていれば綺麗にくっ付くし、脇腹の傷は痕が残ったものの塞がった。
 それから全身に残る軋むような痛みだが……これはヴァルロスとの戦いで受けた衝撃による負荷と、魔力循環を強化し過ぎた反動だ。対処法としては循環で身体能力を活性化し、魔力や生命力の流れを整えて回復を待つというのが正解だろう。
 みんなの怪我も問題ないらしい。シーラの脇腹の傷などは綺麗に斬られたので綺麗にくっついた、と言っていたし。

「今回の戦いは……見ていて、本当に心配でした」

 と、アシュレイが表情を曇らせる。マルレーンも心配そうに俺を覗き込んできた。

「ん、ごめん」

 ヴァルロスとの戦いは、本当にギリギリだったからな。
 脇腹の傷も、皆の作ってくれた紋様魔術のベストや、水竜の鱗とアルケニーの糸による戦闘服が無ければもっと深手になっていた可能性は高い。
 戦いの最中に痛みを無視することはできても、こうして思案しながら治療、なんて言っていられる状況では無かったかも知れない。

「でも……テオはこうしてここにいて……みんなも一緒で。それは、良かったです」

 グレイスがどこか泣き出しそうな表情で言った。そしてグレイスは、そっと額を突き合わせるようにして、俺を抱きしめてきた。アシュレイもそこに加わり、続いてマルレーン、クラウディア、ローズマリーと、座っている俺を抱き締めたり髪に触れたりしてくれる。

「そうだな……」

 ダメージを考えると無事とは言えないし、戦いで損害も出ているけれど。まずは自分達の命があることを喜ぼう。
 と、そこで、治療を済ませた魔人2名が監視の騎士達と共に戻ってくる。

 治癒魔法は――瘴気があるために普通は効果が少ない。
 なので応急処置的に傷口を消毒したり縫ったり包帯を巻いたり、魔法に頼らない治療と後は自然治癒に任せるしかないところはあるのだが、そこはそれだ。
 封印術を用いてやれば治癒術も完璧ではないにしろ通る、という寸法である。

「もう、動けるのか?」
「問題は、ない。ヴァルロス殿はああ言ったが……治療までして貰えるとは思っていなかった。……感謝する」

 左目を覆うように包帯を巻いたテスディロスは、言葉の最後に、少し逡巡した後で付け加えるように言って、ウィンベルグ共々頭を下げた。

 テスディロスとウィンベルグ。2人の立場は微妙なところだ。ヴァルロスとのやり取りがあったとはいえ紛れもなく魔人なのだし。だが――。

「――我等は、ヴァルロス殿の理想に共感したが故に……その力と意思を託された者であるならば、それに従うことは吝かではない」
「一度はテオドール殿に命を見逃された身。命を奪うというのならば、それも弱肉強食、自然の摂理と納得もしよう。だが……同時に我等はヴァルロス殿と約束をした」
「そうだな。その場合はここから逃げ出し、何としても生き延びなければならない」

 と、2人してそんなことを言ったのだ。
 全部本気で言っているようなので、封印術を施し、治療していた、というわけである。

「一応、経緯は話すし便宜も図る。だけれど、その結果がどうなるかは……現時点では何も言えない」
「充分だ。元より、降将と同等扱いされるとすら思っていない」
「命を懸ける場と、その方法が変わっただけのこと」

 魔人達は残酷だったり好戦的だったりというのもいるが……。ヴァルロスに心酔するタイプはこういう気質というわけだ。
 ……ヴァルロスのあの言葉に、2人が従うというのなら、その便宜を図るのも異界大使の、俺の仕事なのだろう。

 人間と、共存する道の模索か。そうなると将来的には魔人化を解く術、というのも研究しなければならないだろうが、まずはグレイスの指輪と同様、同等の封印術、契約魔法等々で抑制し、ある程度の監視下で暮らしてもらう、というのが現実的なラインかも知れない。このへん、色々メルヴィン王に報告し、話し合う必要があるだろう。
 それに、イシュトルムは色々興味深い話をしていたからな。メルヴィン王と共に、クラウディアや精霊王達も交えてそのあたりのことも相談しなければならない。

「もう1つ、恥を忍んで頼みがあるのだが」
「……ミュストラとの戦いに赴く際には自分達も連れて行って欲しい、とか?」
「そうだ」

 何となく言いたいことを察して、言い当ててしまったが。
 俺の内心を他所にテスディロス達は行動に迷いがない。ミュストラは裏切りではない、などと言っていたが、2人にしてみればそんなことは関係ないだろうしな。

「これも、現時点では返答できない。けれど、きちんと話はする。これでいいか?」
「感謝する」

 そうして2人は討魔騎士団に連れられて、戻っていった。捕虜用の第2船倉で大人しくしている、とのことである。
 まず、タームウィルズに戻ったら連中の封印術をもっと強固なものにする必要があるな。
 後は……まず、月光神殿の被害状況を見てこないといけないだろう。それと並行して――。

「アル。聞こえる?」

 モニターに向かって話しかけると、アルフレッドがひょっこり顔を出す。

「うん。テオ君。無事で何よりだ」

 アルフレッドは笑みを浮かべて言った。

「あー。自分の術で無理して、結構身体はガタガタ言ってるんだけどね。まあ、それはともかくとして。前に話してた、シリウス号の推進器の改造についてなんだけど」

 軽口を言ってから本題を切り出す。

「ティアーズの魔力光推進術式を、大型化して搭載するって奴だね」
「イシュトルムを追って、月に行く必要がある。早めにシリウス号の改修を進めたい」
「分かった。魔道具にして組み込めるよう、早めに話し合おう」

 精霊王の祝福もあるから改修範囲は少なくて済む。明日から進めていくとしよう。



「……凄いことになってるわね」

 月光神殿の惨状を見て、ステファニア姫が嘆息する。
 魔人2人に強固な封印術を施し、捕虜としての扱いを確認してから引き渡した後で、俺達はまず、翼蛇のガーディアンと共に、再び月光神殿へと向かった。
 ステファニア姫達は破壊の痕を見てかぶりを振っているが、何というか……破壊の痕跡は、俺とヴァルロスの戦いによるものが半分、ラストガーディアンの一撃によるものが半分といったところなので若干責任を感じるところはある。
 それでも迷宮内部なので、修復も働いているらしく、破壊された箇所は段々直っていっている様子であるが。

 ステファニア姫達を連れてきたのは、コルリスの嗅覚に期待してのことである。イシュトルムが何か仕掛けたりといった異常があれば、コルリスも感知してくれるだろうからな。
 というわけで、片眼鏡で変わった反応がないかなどを注意深く観察しつつも、月光神殿の内部へ続く上層部へと皆で歩いていく。

 最も大きな被害が出ているのは、迷宮の構造部分とは呼べない、月光神殿から生えている霊樹の巨木なのだが……焼け焦げて裂けている部分もあるものの、ライフディテクションで見る限りでは力強い反応がある。どうやら枯れたりといった心配は無さそうだ。

「確か、邪気や瘴気を吸い上げて成長する、ということだったかしら」

 ローズマリーが巨木を見上げながら言う。

「うん。だから盟主の身体がある限りはそこから成長し続けるってことだと思うんだけど……」

 そう言いながら月光神殿の最上部より、中へと皆で連れ立って入っていく。先頭を行くのはガーディアンの翼蛇である。曲がりくねった道を、時折振り返りながら俺達を誘導してくれた。

 やがて、大きな部屋に出る。
 霊樹の根が、部屋の中にまで伸びているという、何とも不思議な部屋だ。部屋の中央を通路。脇に澄んだ水を湛えた水路のようなものもある。これは霊樹に水分を与えるためだろうか。
 そしてその部屋の奥に――それはあった。霊樹の根に包まれているが、設備そのものはまだ生きている。
 幾重もの魔法陣が敷かれ、その中央に水晶のような柱。その中に眠る、盟主ベリスティオの器。

 ……生きているかのように見えるのは、肉体が滅んでしまうとベリスティオが次の肉体へと移ってしまうからか。
 床に敷かれた魔法陣や施されている魔法的な処置も、肉体を再生したり状態を保ったりといった類の術式のようである。

「……内部に変わったところは?」

 そう尋ねると、翼蛇はあちこち飛び回って設備を見て回っていたが、やがてしばらくしてから戻って来て、ふるふると首を横に振った。コルリスもぷるぷると首を横に振る。

 ふむ。片眼鏡、ライフディテクション等々、特に異常は無し、と。
 ……とりあえず月光神殿は無事、ということかな。イシュトルムは盟主の復活だとか、器に関しては利用価値を見出さなかったということになるだろうか。

 迷宮の機能や、中枢部でも感知できる範囲では異常はない、とクラウディアは言っていたが。ラストガーディアンが異常な方法でいなくなってしまったことで、何かしらの影響が出ている可能性はある。
 調査に向かうには体調が良くなってからというのが賢明だろうが……上手くするとラストガーディアン不在の間に、迷宮の制御部に立ち入れるかも知れないな。
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