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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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660表 死闘決着

 ヴァルロスは――その手に噴き出すような瘴気の剣を、背中には2対4枚の瘴気の翼を展開した。自然体で構えを持たないが、その隙の無さ、研鑽された武からなる重厚さは前に対峙した時と変わらずだ。

 最初から――出し惜しみはしない。集めた環境魔力を用いて魔力循環を強化。爆発的な速度で踏み込む。
 ヴァルロスは一瞬目を見開いたが、瘴気剣で叩き込まれるウロボロスを受け止めていた。触れた瞬間、互いの魔力が干渉し合い、爆発するように弾ける。
 弾けるそれを互いに力技で軌道修正。持てる技量を注ぎ込んで切り結ぶ。ウロボロスを打ち下ろし、ヴァルロスは切り上げで応じる。打撃を止めると見せかけ、今度は受け流してきた。

 身体が流される。それには逆らわず、神殿の更に上方へと向かって飛ぶ。背後で石段を砕く音。仮に振り返って対処しようとしていたら、奴の背中の翼が俺を薙ぎ払っていただろう。
 三角飛びの要領で石段を蹴って反射。バロールに乗って転身しながら奴へと向かう。ヴァルロスもまた背中の翼を広げ、飛行しながら振り返って俺の一撃を受け止めていた。

 高速飛行しながらの戦闘。光の軌跡を虚空に残し飛び回りながらも、すれ違いざまの一瞬に相手の手を読み合いながら切り結ぶ。払い、突き、受け、流し、切り上げては、叩き付け、薙ぎ払って――。
 そして、真正面からの激突。速度は同等だ。
 高速飛行しながらの戦いでは、並走でもしなければ、どうしても単発でのやり取りになって相手の防御技術を突き崩せない。互いの思惑が一致して、足を止めての攻防へと移る。

 竜杖と瘴気剣が激突し合い、いくつもの火花が炸裂する。
 環境魔力を取り込んでの循環で前よりも強化されているが……まだ足りない。自滅しないぎりぎりを見極め、魔力を高めていく。

 魔力と瘴気が干渉するスパーク光に紛れるように――小さな黒い粒子が放たれる。
 反応して身体を転身させれば目の前に黒い球体が炸裂、収縮した。横っ飛びに避けながらマジックサークルの展開を身体の陰に隠し、至近から雷撃を放てば、それは瘴気の盾で受け流されて後方に散らされる。
 攻撃の結果に、一々頓着しない。見届ける暇があるなら次の一手を打ち続けるべきだ。

 ネメアとカペラの蹴り足で、俺自身の身体が見せる蹴り足の方向とは全く反対の方向へ跳ぶ。武術を知る者程、幻惑されるような動きを見せてからウロボロスを叩き込んでいく。

 前よりも俺の動きそのものも速い。それで一瞬だけヴァルロスの反応が遅れた。
 魔力を込めた竜杖の一撃を、瘴気の盾も間に合わずに左腕で受け止める結果となる。だが、ヴァルロスは止まらない。反撃とばかりに即座に繰り出される瘴気剣を側転するように回避。頬に僅かな熱い感触。斬られたが、浅い。問題はない。
 側転しながらもウロボロスを跳ね上げれば、奴も今度は正確に瘴気剣を叩き付けてくる。
 再びネメアとカペラがシールドを蹴って軌道を変えた、その瞬間に――。

「貴様には――もう俺の能力は見せたのだったな!」

 そんな、ヴァルロスの声と共に。
 今まで見せたものとは違う術が繰り出された。攻防の間隙を縫うように、ヴァルロスの手から瘴気の塊が放たれ――離れた場所に、黒紫色の円が展開する。

 マジックサークルでもシールド、でもない。その円が展開した瞬間。こちらの動きに奇妙な制動が加わった。
 展開された円の面に対して垂直に引き込まれるような力が働いている。言葉にするならそういうことになる。
 動きの乱れが生じたところに、ヴァルロスが胴薙ぎの一撃で切り込んで来た。斬撃の勢いに互いの相対速度を乗せた、凄まじい程の一撃――!

 黒い雷を纏った斬撃を、両手でウロボロスを支え、魔力を集中させて受け止める。スパーク光を弾けさせながらも、鍔迫り合いするような形になった。軋むような圧力を、互いに押し込むようにぶつけ合う。ウロボロスが苛立たしげに唸り声を上げた。

「今のでも仕留められんとはな」
「重力操作だな、お前の瘴気特性は……!」

 それが、ヴァルロスの能力。互いの得物の間に火花を散らしながらも言った俺の言葉に、しかし奴は些かも揺るがない。
 前に見せたのなら能力におおよその見当もついているのだろうと、重力場を作り出してこちらの飛行を乱してきたというわけだ。

 そう。そうだ。奴の術の正体には察しがついている。
 バロールと同等の高速飛行も、砂漠の国、ナハルビアの王城を消し飛ばした黒い球体も、黒紫色の円が作り出す重力場も。
 そしてこの、噴出している瘴気剣もそうだろう。瘴気剣に関しては、恐らく、斥力を用いることで切れ味を馬鹿げた代物にしている。

 黒い球体は球体内部にある物体を、収縮と共に中心に向かって押し潰す技。範囲外の物には干渉しない。つまり触れなければ問題ない。
 そしてあの黒紫色の円は、重力場によって円を向けたものをそちらに引き寄せる技ということになる。殺傷能力はないが、こちらは正直言えば、あの黒い球体の技よりも厄介だ。

 通常の体術にしろ空中戦の技巧にしろ、足場を蹴って跳んでいる。だとするのなら自由に干渉の方向を変えられる重力場の前では意味が無くなる。何せ、重力場を向けたその瞬間に効果を発揮するのだから。
 レビテーションで軽減することは可能でも、相殺し切れない。だから、俺が音響砲で魔人の飛行術を乱したように、こちらの動きを乱してから切り込むことが可能というわけだ。

 布石、とでも言うように。圧縮された瘴気の塊が辺り一帯に散らされる。そのまま全身に瘴気を漲らせたヴァルロスが、鍔迫り合いの形を力尽くで弾き飛ばすようにして切り込んで来る。こちらの動きに合わせて重力場を発動させるつもりなのだろう。

 シールドを蹴って、跳ぶ。合わせるようにヴァルロスの拳が握り込まれれば、展開していた瘴気の塊が重力場に変化する。
 引き寄せられる力。それを――振り切って飛んだ。バロールによるものではない。高速戦闘では埒があかないからだ。

「これは――!」

 即ち、磁力。自身の魔力をオリハルコンの仲介によって変質。磁力の影響下に置いて、それを動きの補助とすることで、奴の作り出す重力場に拮抗させ、対抗する力と成す。
 レビテーションだけでは奴の術に対抗するには弱い。もっと強い力が必要だ。
 そのまま打ち合う。動きに合わせて阻害するように次々と展開する重力場。合わせるように磁力を操り相殺、負荷はレビテーションで軽減しながら切り結ぶ。

 ヴァルロスは俺の特殊な動きを止められないと理解するや否や、両手に瘴気剣を展開して切り込んで来る。攻防ごとに長剣になったり短刀になったり槍になったりと、武器の種類と間合いが変幻自在に変わる。

 互いの攻撃を捌きながら、重力場と磁力を拮抗させる。長剣を掻い潜り、踏み込んでの掌底。重力球を防御に用いることで撃たせない算段。手を止めさせたそこへ、逆手に握った瘴気の短刀が頸動脈を狙って振り切られる。磁力で上体を後ろに引っ張り、後ろに回転しながら足から展開した氷の刃を放つ。

 ヴァルロスの顎先を掠める。瘴気を纏った裏拳で氷ごと猛烈な勢いで脇へ弾き飛ばし、槍と化した得物を突き込む。転身。避けた先で背後より槍が大鎌に変化。
 引き戻しの胴薙ぎに踏み込みながら、火魔法リペルバーストを発動。身体から全方位への爆風を放って攻撃と防御を同時に繰り出す。
 大鎌は弾いたが瘴気壁で爆風の殆どを防がれている。だが、通常の瘴気壁ならば――!
 間合いを詰めながら瘴気壁に魔力衝撃波の叩き込むのと、跳ね上がった蹴り足で吹き飛ばされるのがほとんど同時。シールドによる防御は間に合ったが重い衝撃は突き抜けてきた。

「呆れたものだな、貴様の技量は!」

 離れ際。ヴァルロスの掲げた手に、巨大な黒い球体が生まれる。膨張してから収縮する重力球とはまた違うものだ。分類するなら――重力弾というところか。
 それを、足元の月光神殿目掛けて叩き付ければ無数の破片が宙を舞った。あちこちに展開させていた瘴気の塊のいくつかが大小様々な球体に変化。砕いた破片を球体の周りに引き寄せ、さながら衛星のように回転させ始める。

 そのまま――スイングバイの要領で加速させ、猛烈な勢いで弾丸を投射してきた。石の破片が摩擦熱で燃え上がり、流星となって飛来する。物理的な攻撃でありながらこちらのマジックシールドを軽く貫通してくる威力――!
 砲台が固定されているならば問題はない。狙撃ならば先を読ませなければ良い。右に左に磁力とネメアとカペラの蹴り足で飛び回り、ヴァルロスへと間合いを詰める。

 竜杖と瘴気剣とを絡め、弾き、縫うように叩き込んで反撃を受け止めて。間合いを詰めれば流星弾は使えないかと思ったが、ヴァルロスはお構いなしだ。
 攻防の合間を縫うように、自分を巻き込まないぎりぎりの瞬間を狙って流星弾を射出してくる。構わない。どのみち距離を取ったところで俺の戦う道はない。ヴァルロスの身のこなしが、そのまま俺に弾道を教えてくれる。

 互いの制御能力を様々なものに割きながら、至近で命のやり取りをする。前髪を散らす瘴気の長剣。頬を掠める短刀。反撃。弾ける火花。至近から重力弾。引き寄せられる身体を磁力で支え、掌底をフェイントに逆手でウロボロスを叩き込む。

 全身全霊を賭して殺せない相手。削り合うような精神と命のやり取り。相手の研鑽への称賛と憧憬。互いに弾かれて間合いが開いたところで。
 俺の表情を見て、奴もまた、自分が笑っていることに初めて気が付いたらしかった。自分の口元に手をやると、憤怒と歓喜の入り混じった獰猛な笑みを見せる。

「全く、度し難い。こういう魔人の気性が、今日の衰退を招いたというのにな! 貴様も! 月の民もまた、同じか!」
「俺は俺だ! 他の誰かがどうだなんて知ったことか!」

 そう言って。互いに突っ込んでいく。
 激突して弾かれ、即座に踏み込んで切り結んで吹き飛ぶ。吹き飛んでは跳ね返り、相手の精神ごとへし折れろとばかりに力技を叩き付ける。合わせるごとに互いの身体に軋むような衝撃が突き抜けていく。

 押している。互いに無数の傷を負い、身体に衝撃によるダメージを蓄積しながらも。
 紙一重でこちらが先んじている。一撃で簡単にひっくり返ってしまうような、僅かな差だが――!

 目まぐるしく入れ替わる攻防。音も風景も痛みさえも消え去って、ただただ奴との戦いに没入していく。環境魔力を掻き集め、高めた体内魔力と練り上げて。魔法と重力弾。打撃と斬撃。力と技と知力とを駆使して敵の裏をかき、強引に流れを断ち切って切り込む。

「ぐっ!」

 変化する瘴気剣の刺突に合わせて踏み込み、跳ね上げた竜杖がヴァルロスの脇腹に叩き込まれていた。充分な手応えはあった。
 しかし――ヴァルロスは歯を食いしばって踏みとどまる。攻撃を食らったその場所に重力場を形成、竜杖を引き戻す動作を遅らせ、斬撃を繰り出してきた。寸でのところで受け止める。

 その時だ。脇腹に熱い衝撃が走った。ヴァルロスの流星弾が、奴の身体をぶち抜いて、俺の脇腹を抉っていったのだ。貫通したか、切り裂かれたか。ダメージの程度は分からない。確かめている時間も、痛みを感じている暇すらない。
 捨て身。そこからの力押し。ヴァルロスの背中から噴き出す瘴気の翼の勢いが爆発的に増すと、そのまま力尽くで押し込んで来る。

「おおおおぉぉおッ!!」

 月光神殿に目掛けて叩き付けてくる。背面にシールドを展開し、激突の衝撃を受け止める。月光神殿にクレーターが穿たれる。激突と同時に反撃。
 螺旋衝撃波。全身の動きと魔力を連動させてヴァルロスの身体に叩き込む。

 身体を回転させたまま吹き飛ばされながらも、奴の目は光を失ってはいない。
 そのまま翼からの重力制御でその場に留まる。頭上に掲げた奴の手に、黒い火花を散らす暗黒球が生まれた。
 迷うことなくマジックサークルを展開。コンパクトリープで飛ぶ。ヴァルロスが振り返る。逃げ道を塞がれた状態でこの技から逃れるには、転移するしかない。そう分かっているからこその動き――!

「消え去れッ!」

 全身から黒い雷を散らし、翼の動きも連動させて。ヴァルロスがそれを放った。
 ナハルビアの王城を消し飛ばした時と同じ技。放たれた暗黒球が一瞬収縮し――そこから爆発的な勢いで膨張していく。
 磁力とバロールの力での飛翔。ヴァルロスの作り出す重力圏から逃れるために猛烈な力で突き進む。それを――あちこちに展開させていた瘴気を重力場に変化させることで捉え、力尽くで必殺の領域へと引き摺りこもうとする。

「ぐうううううううっ!」
「はあああああああっ!」

 みしみしと身体に掛かる圧力。引き寄せる力と、そこから逃れるための力から来る負荷。魔力循環の制御を行い、力を引き出せるだけ引き出す。
 反動によるダメージは覚悟の上、重力圏に呑み込まれたらそれで終わりだ。否応もない。

 そして――膨張し切った巨大な暗黒球が、やがて収縮に転じた。
 暗黒球に呑み込まれた月光神殿の一部が、丸く抉り取られて無くなっている。
 圧力が消えた瞬間に反転。ヴァルロスに向かって突っ込む。奴もまた俺を仕留め切れなかったことを悟って瘴気剣を作り出して突っ込んできた。

 螺旋衝撃波を食らい、あれだけの大技を繰り出して尚、この動きというのは呆れるばかりだが――その動きは先程より明らかに精彩を欠いていた。
 だが、こちらも全身に相応のダメージを負っている。余裕はない。
 斬撃を皮一枚で避けて懐へ飛び込んだ。腹部に掌底を添える。その至近に重力球が生まれようとしていた。

 今度は――こちらが捨て身だ。純粋な魔力であるなら、奴の重力の影響を受けない。身体に溜め込んだ魔力を掌底から放出する。

 一撃で駄目ならッ!

 奴と俺の手の間で膨れ上がる魔力。その中で無数の魔力衝撃波が炸裂した。
 膨れ上がる重力球に引き込まれ、腕の骨が折れる音と感触があったが、魔力を操る技である以上は、腕の構造など関係ない――ッ!

 炸裂に次ぐ炸裂。魔力衝撃波と魔力衝撃波が激突し合い、新たな衝撃波を生み出し、何もかもを粉砕する。

「がはッ!」

 血を吐きながら吹き飛ぶヴァルロス。
 腕は――残っている。渾身の技を叩き込み、重力球の制御も弾き飛ばしたからこその結果。骨はへし折られたが、原型が残っているならそれで充分だ!
 掻き集めた環境魔力と体内魔力の全てを振り絞り、左腕でウロボロスを握り、折れた右腕をシールドで補強しながらマジックサークルを展開する。

 血を吐いて吹き飛ばされながらも、ヴァルロスはそれでも俺を見据えていた。全身から黒い雷を迸らせ、俺に向かって両腕を突き出してくる。

 術式に従い、眩い輝きがマジックサークルの中心に集まっていく。余剰魔力の雷が、唸り声をあげるウロボロスから周囲へと散った。
 魔力循環によって魔力を生命力の刃へと変えて、解き放つ。それは――正の力の極限であり、バトルメイジの奥義に位置する術――!

「薙ぎ払え――ッ!」

 地、木、光複合、第10階級魔法ユグドラシアブレイド。軋む四肢に力を込めて、その一撃を解き放つ。
 膨大な生命の輝きを放つ光の剣――否。剣と呼ぶのも生易しい巨大な光の柱を全身の力を込めて斬撃のように繰り出す。

 周囲の景色を白く塗り潰す程の光。
 ヴァルロスの身体も、放たれた巨大な重力弾も、空に映し出される景色さえも、視界にあるもの全てを纏めて、一切合財を薙ぎ払う。

 光が収まれば――そこには大魔法の爪跡が刻まれていた。
 月光神殿の端から、区画の壁面へ。壁面から天井へと。巨大な扇状の斬撃の軌跡だけが、底も見えない亀裂となって残るばかりであった。
+注意+
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