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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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660裏 人魔決戦 中編

「――行け。連中を叩き潰して来い」

 テスディロスは部隊編成を済ませると、ゲイザーを組み込んだ地上部隊を進軍させる。部隊中央に配置したグランドトロールやグレイオーガ達の間にゲイザーが隠れているような状態だ。これは敵の目からゲイザーを隠すとともに、ゲイザーへの防御をも担っている。その部隊の上空に、不自然にならない程度に距離を取らせてシャドウレイヴン達を配置。

 それらを進軍させても敵方の動きに変わったところはない。上手くすればこのままゲイザーを接敵させ、飛行部隊を地上に引き摺り落とし、グランドトロールとアーマーリザードで蹂躙することができるだろう。
 敵飛行部隊が崩れれば前線の均衡もこちらに傾き、砦に攻め入ることも可能になってくるはずだ。

「これが上手く行けば……」
「ああ。均衡が崩せれば一気に押し切れる。砦の内部構造は不明な点が多いが……平野での抵抗を大きく減らせるだろう」

 副官の魔人の言葉に、テスディロスは頷く。テスディロスとて、確かに敵方の備えには驚かされた。
 ベリオンドーラを縛りつけている光の鎖に始まり、多重の簡易結界、魔人の飛行術を乱す備え、瘴気弾を受けて傷1つつかない空飛ぶ船に、未だ全容が不明のあの砦……。或いはまだ奇抜な備えがあるのかも知れない。

「しかし、魔人達を援護射撃に徹させるとは。何時になく攻め手が慎重ですな」

 副官が言うと、テスディロスは口の端を歪ませ、牙を剥いて笑った。

「これはヴァルロス殿より預かった戦場だ。総大将であるヴァルロス殿がそう命じたならば、馬鹿共からは弱腰だという批判も出ようが、俺ならば憎まれようが嘲笑われようが、何の問題もない。ならば、確実に勝つためにそうしよう」

 テスディロスが覚醒魔人達の間にあって、戦場側に残った理由は至極単純なものだ。テスディロスは、人間の傭兵として種族を偽り、過去に戦場を転々とした経験を持っているからである。
 負の感情を食らうのに、戦場程都合のいい場所はない。だから魔人の経歴としては大して珍しいものではないが、ヴァルロス傘下の覚醒魔人の中では、テスディロスが最も多くそういう経験を積んでいた、ということになる。副官である魔人とも、その頃からの付き合いだ。

「魔人であることを隠すために、人間になったつもりで戦う。今回もあの頃のようにするだけのことだ」
「なるほど。確かにそう考えれば昔を思い出しますな」

 戦いそのものは……かなり分かりやすい形だ。というのも、お互い高所から平野を見渡して兵を動かすことができるために、伏兵等に気を遣う必要のない、真っ向からの激突となるからである。
 ならば、奇を衒った備えでできることは、ただ時間を稼ぐことだけだ。

 古来より、王道に勝る用兵はない。如何に精鋭と言えど、数の差を覆すというのは容易なことではないということを、テスディロスは幾多の戦場を見て、嫌と言うほどに知っていた。故に、その攻め手は堅実であった。

 地上からは多くの兵を一度に前線へと進め、砦攻めで消耗し切る前に中衛、後衛と交代させることで、間断無く責め立てる。
 空は――魔人達と相性の悪い装備を持っているようだが、距離を置いて数で押せば、例え飛行術を乱されても魔人の数を削られるという結果には繋がらないはずだ。
 シャドウレイブンらを前衛に立て、魔人達には突出を控えさせ、支援射撃に徹させる。そうすれば、敵の精鋭飛行部隊とて回避と防御に手一杯になり、そう易々と反撃に転ずることができない。それはシャドウレイヴン部隊の損耗を抑え、数的な優位を継続することに繋がる。

 敵方の交代要員、その層の厚さが気になったからゲイザーを前に進めた。前線の地上部隊との交代要員のように、ゆっくりと前に進めさせることで偽装させている。もう少し。もう少しで敵飛行部隊を射程に捉えるだろう。
 じきに陽も暮れる。夜の暗闇は、魔人と魔物で構成された自分達に味方をしても、敵には利は少ないだろう。

「飛行部隊を切り崩したら勢いに任せて押し潰せ!」
「はっ」

 テスディロスの指揮に、伝令が答えた。



「これは――どうかしら!?」

 激突。力任せの技でシーラを後方に弾き飛ばしてからの離れ際。グウェンデラがシーラ目掛けて開いた傘を投げつければ、それは高速回転をしながら飛んでいく。
 闘気を込めた真珠剣で弾き返す。火花が散って、恐るべき切れ味を秘めた傘が弾かれる。が――傘は空中に留まり、意志を持つかのようにシーラの周囲をぐるぐると回り出した。

 シーラは関係ない、とばかりに姿を瞬かせながら左右に跳んで傘の包囲を突破。幻惑的な動きでグウェンデラへと踏み込む。
 対するグウェンデラは無理に目で追わず、細く絞った瘴気弾を、シーラのいるおおよその場所目掛けて無数に放った。

 直線的な弾道など、シーラにとって物の数ではない。
 しかし、一旦通り過ぎたはずの弾丸が、後方から傘に反射されてシーラのいる空間に戻ってくる。反射弾が制圧していない空間を埋めるようにグウェンデラが瘴気弾を放つ。
 それすらもシーラは曲芸的な動きで回避して見せた。

 しかし、1人を相手にしているのに、前後に挟まれて弾幕を浴びせられているようなものだ。シーラと言えど容易には近付けない。
 脇腹や肩口を掠める瘴気弾が細かな傷を刻むが――祝福によって守られるシーラには、瘴気による侵食の効果が見られない。しかし手傷は手傷だ。僅かな傷であれど長引けば響いてくるだろう。
 反撃とでも言うように闘気の斬撃がグウェンデラ目掛けて飛んでくる。それを瘴気を込めた爪で迎撃する。一瞬だ。迎撃の分だけ瘴気弾の密度が薄くなった瞬間を縫ってシーラが間合いを詰めてきた。

「楽しいわねぇ! 楽しいわ!」

 瘴気弾を突破されたことが嬉しいとでも言うようにグウェンデラが笑う。

「私は、疲れる」

 シーラのとぼけた返答に、グウェンデラは笑みを深める。
 魔人が開いた拳を握り締めれば――離れた場所にあった傘が閉じて、さながら槍のように一直線に戻ってくる。シーラを後方から狙う軌道だ。

 飛来した槍のような一撃すらも、シーラは捩るように身をかわしていた。その動作と真珠剣を振るう動作が直結している。グウェンデラも踊るように回転しながらシーラの斬撃を回避し、飛来した傘の柄を逆手に掴むと、もう一方の真珠剣に合わせるように振り上げる。

 舞い踊るように動く2人。闘気と瘴気のぶつかり合う火花がシーラとグウェンデラの間に瞬く。
 上下段。左右から挟み込むような斬撃をグウェンデラは傘を開いて両方同時に止める。傘が回転して真珠剣を弾く。その流れに逆らわず、シーラは側転するように跳んでから、すぐさま反射して戻ってくる。再び斬撃と刺突を応酬。
 グウェンデラが至近での攻防に瘴気弾を混ぜれば、シーラは雷撃で反撃をしてくる。瘴気弾から身をかわし、雷撃を傘で散らす。
 至近距離まで踏み込んで尚、遠距離よりも激しい嵐のようなやり取りとなる。
 しかし、シーラは引かない。グウェンデラが下がればその分だけ踏み込む。瘴気弾で空間ごと制圧射撃をしてくるというのなら、シーラとしてはいつものように幻惑してから切り込むというわけにもいかなくなる。

 双剣を同時に叩き付けるような一撃を、グウェンデラは今度は傘を閉じて受け止めた。力で弾き飛ばすように振り払い、踏み込んで連続の刺突を見舞う。かと思えば前触れもなく踏み込んで、薙ぎ払うような斬撃に転じた。
 それを――ギリギリのところでシーラは回転しながら回避した。前髪が僅かに断ち切られている。踏み込みの分、間合いが狭まる。
 すぐさま転身したシーラが反撃を見舞った。真珠剣の切っ先がグウェンデラの脇腹を掠めたが――これも手傷を負わすには至らなかった。

 互いに必殺の一撃を応酬しながら、決定打を叩き込むには至らず。舞い踊るような立体的な動きの中で、両者の視線が交差する。

 グウェンデラの動きは流麗で臨機応変だ。シーラと同じように技を主体に戦うのに、時折膂力を活かし、強引な力技に出る。
 遠隔操作もできる傘という、通常では有り得ない武器。間合いも戦い方も特殊であるために、勝手が掴めない、という部分は確かにあるだろう。
 付かず離れずの距離。瞬き1つで命を落とす程の攻防。切り結ぶその中で、シーラは言った。

「少し――その動きにも慣れてきた」
「ククッ。本当に、楽しい子ねぇ!」

 グウェンデラは笑う。侮られたとは思わない。これだけ特殊な動きを見せて、その全てを無傷とは言わないまでも実際に凌いでいるのだ。その言葉は事実なのだろうと受け止める。
 シーラを強敵と認め、そして自分の研鑽してきた技術に誇りを持つが故に。戦いを楽しみながらも油断と慢心を捨てて、シーラとの斬撃の応酬に没入していく。

 魔人としての膂力を押し出し、シーラの斬撃を弾き、踏み込んで突きを見舞う。だがその一撃が――あらぬ方向へと弾かれていた。
 真珠剣が水の渦を纏ったのだ。闘気が込められたその水の渦は攻防一体。斬撃の威力を強化し、水の渦に触れれば流れに沿って攻撃を弾き飛ばす。

 それを見て取ったグウェンデラが瘴気の壁を展開する。傘で受けるのではなく、盾で受け止めることで渦の勢いに身を任せ飛ばされるに任せて後方に飛んだ。
 それもグウェンデラの狙い通り。敵が新しい手札を切ったのなら距離を取って仕切り直す。そして瘴気の壁を解除したその時。グウェンデラが目にしたのは右手の真珠剣を振りかぶるシーラの姿だった。
 渦を纏った真珠剣を――投擲するように放つ構え。手から離れた真珠剣は、グウェンデラの想像を遥かに上回る速度で飛来した。柄頭に嵌った魔石が、魔力光を噴出して猛烈な加速を与えたのだ。

 目にも止まらぬ程の速度と化したそれを、グウェンデラは殆ど勘だけで避けていた。同時にもう一振りの真珠剣を構えたシーラが突っ込んでくる。
 かわしたはずの一撃が――蛇のようにのたくる。大きく弧を描いてグウェンデラの身体に巻きついたのだ。

 その正体は、渦と闘気で隠した、真珠剣の鍔に付着させた粘着糸。
 元は、グレイスの用いていた技。投擲の弾速と同時に正面から切り込んで来るシーラの動きに気を取られて――グウェンデラの身体は、その傘ごと粘着糸の束によって絡め取られていた。

「これは――!」
「今ッ!」

 闘気を漲らせたシーラが踏み込んで来る。グウェンデラは驚愕に目を見開く。が、それは誘いだ。驚愕の表情が、笑みに変わる。
 グウェンデラが縛められていない首を巡らせると、被っていた帽子が高速回転をしながら射出されていた。回避が――間に合う距離ではない。

 グウェンデラの能力。それは器物に予め己の瘴気を込めておくことで生き物のように操り、布すらも鋼のように強化するというものである。
 これは、闘気による中途半端で疑似的な操作とは違う。完全に手元から離れた物品でも自由に操ることを可能としている。
 当然、グウェンデラの身に纏うものは全て、彼女の武器であり防具であり、同時に下僕だ。傘も、帽子も、衣服も、靴さえも。

 唸りを上げて迫る帽子を――シーラは避けなかった。全身に水の渦と闘気を纏うことで防壁とし、最短距離を突っ切る。
 脇腹に帽子の鍔による裂傷を負いながらも、帽子の軌道が逸らされ、後方に弾かれていく。すれ違いざまの斬撃が、グウェンデラの僅かに露出した首元を、正確に切り裂いていった。

「な……何故――」

 決定的な一撃をその身に受けながら、グウェンデラは呻くように疑問を口にする。防御は、完璧だったはずなのだ。首に巻いたスカーフで、渦による真珠剣の一撃を、止めていたはずなのに。
 それさえもフェイントだった。真珠剣を握るのは水で作った偽の腕。
 本命の一撃は、シーラの右手に握られた、不可視の短刀に闘気を込めた一撃で。

 グウェンデラの防御を掻い潜って、僅かな隙間に致命の斬撃を通した。出血を抑えて何とかなる程、浅い傷では、ない。
 首元に走る感覚に、グウェンデラは自身の敗北を悟る。

「……さっきの脇腹への斬撃。衣服も切れなかった」
「ああ――」

 傘は本物の傘なのか、それとも瘴気で作ったものなのか。
 その差は重要だ。もし瘴気で作ったものであるならグウェンデラの能力は、瘴気の色合いや質感を自由に変えられる、ということになる。そうすると、風景に攻撃を紛れ込ませるような戦い方になるだろう。

 だがグウェンデラの動きは、そうではない。
 傘の動きや衣服を斬って攻撃を通せなかったことから、物品を強化し、操作するものだとシーラは見当をつけたのだ。
 要所要所でグウェンデラが見せたシーラを圧倒する膂力も……その正体は身に纏った服を操作して、力を倍化させたものである。

 だからシーラはそれらを足掛かりにし、グウェンデラの能力を看破し、突破したということになる。首を切り裂かれて尚、ぞくぞくとした感覚がグウェンデラの身体を走る。
 肌を露出している部分はごく僅かだ。首元にもスカーフを巻いていた。だからシーラは、それを使わせるために最大の一撃を見せ技にしたのだ。

「やはり、面白い子ね――」

 そう言ってグウェンデラは笑う。目を閉じ、全身から力を抜いて。
 そして地上へと落ちていく。地面に激突するより前に、風に花が散るようにグウェンデラは消えていった。



 ベルハインの作り出す亡者の軍隊。
 その性質は、無限に近い再生だ。そこに魂は宿らないが、不死の軍隊と呼ぶのに相応しい能力だった。
 仮に、微塵に千切ろうが繋がって蘇るだけの能力を有している。そして、瘴気を纏う亡者達の力は、通常のアンデッドの比ではない。空を飛び、力も強い。

 亡者の群れに対して効果が大きいのは破壊力の大きいベリウスの吐き出す熱線や、破邪の効果を持つイルムヒルトの鳴弦ではあるが――それだけではまだ決定打にならない。

 ベルハインのその戦い方は遅延戦闘、或いは耐久戦闘だ。
 デュラハンの振るう大剣に棺を投げつけて交戦しながらも、踏み込まず踏み込ませず。自身の放った亡者達が後衛を押し潰すのを、戦いながら待つという戦法に出ている。
 撃退したはずの者がすぐさま再生し戦列に加わる。その圧力は単純な物量による力押しの比ではない。
 痛痒を問題にせず、吹き飛ばされても尚立ち上がり、間断なく攻め続ける。

「下がりなさいっ!」

 アシュレイが巨大な氷の柱を生み出して、白骨馬に跨った亡者の騎士を吹き飛ばし、自身もラヴィーネに跨って、縦横に疾駆。メイスで亡者を殴り飛ばしながら言う。

 アシュレイ達は、いつぞや、ティアーズ達と戦った時以上の圧力を感じていた。
 ピエトロの分身達が隊列を組んで身を挺して亡者の群れを押し止め、イルムヒルトの矢が音響を響かせて亡者達の制御を乱す。
 そこを――セラフィナの角笛が操る守護獣達が食らいついて、後方へと投げ飛ばし、マルレーンの操るソーサーや、シールドを展開したリンドブルムが弾き飛ばしていく。
 破壊よりも束縛。束縛よりも後列に押し下げ続けることが肝心となる。だが、それにも限界がある。

「マリー様がこちらに加勢するようにと!」

 後方の窮地を悟り、ヘルヴォルテが後衛へと戻ってくる。そうなると、ローズマリーとイグニス、マクスウェルがザラディを抑えるということになるが――。
 そちらの戦況を確認することもできない程の圧力だった。闘気を纏って亡者の群れに飛び込んだヘルヴォルテが当たるを幸い薙ぎ払う。
 それで僅かに敵の圧力が下がる。ヘルヴォルテが加わることで足りていなかった手が足りて、体勢を立て直す余裕が、僅かに生まれた。

「1人2人の加勢が、どうしたというのだ……?」

 ベルハインが薄く笑う。その見立ては確かに、間違ってはいまい。後列で余っている人員が更にもう1人に向かうだけの話。一時凌ぎというにも生温い。

 だが、彼女達に手立ては――ある。目を閉じて集中し、魔力を高めるクラウディアの足元から大きなマジックサークルが展開した。

「倒せないのなら、退ければ良いだけの話よ」
「何っ!?」

 ベルハインの驚愕の声。白光に包まれて、防御陣地に押し寄せていた亡者の群れの……3分の1程が、その場から消えて失せていた。範囲内にいるものを選別して飛ばす、高度な転移魔法だ。

「何度もは……使えない手よね」

 大きく息を吐く。
 クラウディアとしては、仲間を緊急避難させるための転移魔法を、手札として残しておきたいし、この状況下で力を使い過ぎて眠りにつくわけにもいかない。
 転移魔法があると知られている場合、相手は魔法に対して抵抗を試みる。クラウディアの転移魔法は有無を言わさず対象を転移させるだけの力はあるが、その抵抗しようとする意思が余分な力を必要とさせるのだ。だから、不意打ちで飛ばすか、見せるなら一度切りだ。

「出し惜しみは、無しで行くわよ!」
「はい、姫様!」

 ベルハインが迷宮のどこかに飛ばされた亡者達を、再びこの場に呼び戻すことができるのかどうかは分からない。
 だが、3分の1も削り飛ばせば――立て直すには事足りる。
 呼び戻すまでの時間は稼げるし、もうベルハインに余裕を持たせるようなこともさせない。

 クラウディアの足元から再びマジックサークルが展開。ヘルヴォルテが呼応するように穂先で円を描き、限定空間内の転移結界を作り出す。
 デュラハンの刃圏から逃れ、再び棺を地面に突き立てようとしたベルハインであったが、それは叶わなかった。背後から飛んできたヘルヴォルテが、寸前までベルハインの立っていた空間を薙ぎ払っていったからだ。身体ごとの突撃を見舞った時には、既にヘルヴォルテは別の場所へと飛んでいる。

「連続の、転移魔法……だと!」

 ベルハインの表情が驚愕に歪む。再召喚はさせないとばかりにデュラハンが突っ込んでくる。今までのように棺を投げつけ、振り回して接近を押しとどめることはできない。
 武器を手元から放せば、短距離転移を繰り返すヘルヴォルテに対応できないからだ。巨大な武器である棺を盾に攻撃方向を限定しなければならない。

 大剣と槍の息をつかせぬような波状攻撃。棺で、瘴気の盾で受け止め、今度はベルハインが防戦一方となる。再召喚の隙など、与えない。

「おのれ! 亡者共よ! 何をしている!」

 残った亡者達がベルハインの声に従って殺到する。しかし、明らかに圧力が落ちている。3分の1が抜けた穴は大きい。加えて、アシュレイとラヴィーネの作り出す極低温の世界が、亡者の腱の動きをも鈍らせていく。

「亡者……亡者ね。あなたのそれは人形遊びに過ぎないわ。ヘルヴォルテ。あの技を」
「仰せのままに」

 転移を繰り返してベルハインの隙を窺うように飛び回るヘルヴォルテが、頷く。マジックサークルを展開。それは召喚術に類するものだ。

「勇士よ、戦士よ。我が呼びかけに応えよ。我が剣、我が槍となりて我と汝の敵を打ち砕け――」

 歌うようなヘルヴォルテの声が響く。
 それは、ヴァルキリーの持つ能力。展開された魔法陣の中から、青白い炎にその身を包んだ戦士達の霊体がその場に呼び出されていく。

「な……に?」

 ベルハインの目が丸く見開かれる。呼び出された者達の顔に見覚えがあったからだ。それはベルハインが今まで戦い、命を奪い、亡者の群れへと加えた犠牲者達の御霊。
 それが、一斉にベルハインへと殺到した。デュラハンと同時に切り込んで、包囲してくる。物量で押されるのはベルハインの番となった。

「おのれ、おのれおのれおのれぇ!」

 激昂しながら猛烈な勢いで棺を振り回すベルハイン。それを目にしながらヘルヴォルテが冷たい声色で言う。

「死者は……あなたの味方などではありませんよ。あなたが死者の肉体を貶め、尊厳を弄ぶから、こうして彷徨っていた。私はそれをこの場に導き、必要な力を与えたに過ぎません」

 その言葉が聞こえているのかいないのか。ベルハインは憤怒の形相で霊体を打ち払う。しかし、それも無駄な足掻きだった。撃退されて尚、引き裂くように笑うデュラハンの身体へ、大剣へと吸収されていくのだ。
 轟、と。デュラハンの身体から立ち昇る緑色の炎が勢いと輝きを増していく。デュラハンの跨る馬がいななきを上げ、生首が哄笑を響かせる。

 ベルハインがその声に、視線を向ける。そして目にしたのは――全身に緑色の炎を纏うデュラハンが自分に向かって、今まさに突っ込んで来ようかという光景だった。

「お、おおおおおおおおおおっ!?」

 虚空を蹴ったデュラハンの馬が砲弾のような速度で駆ける。その速度は今までの比ではない。ベルハインが構えるよりも早く――棺ごと大剣が全てを薙ぎ払っていった。
 驚愕と恐怖に歪んだベルハインの表情。胴薙ぎにされて、それでも尚ベルハインは終わらなかった。

「おのれえええええっ!」

 亡者達を操っていた黒い液体がベルハインの身体を覆う。失った死に行く身体に自身の能力を用い、繋ぎ合わせ、補強しながら咆哮しながら無理矢理に防御陣地へと迫る。大きく口を開き、せめて一太刀と瘴気を集中させたそこに――。

「あなたの術は、自分が意識を失っても効果が続くのですか?」

 そんな言葉と共に――。
 巨大な氷柱が頭上へと落ちてきた。アシュレイが頭上に掲げたロングメイスに氷を纏い、急速に成長させながらそれを振り下ろしたのだ。
 ベルハインが氷の下敷きになり、轟音と共に氷柱が砕け散る。ばらばらと砕けちり舞い上がる破片。
 そう。意識を失えばデュラハンの力に抵抗することはできない。氷塊の亀裂の間から、緑色の炎が盛大に噴き上がった。

 そうして、ヘルヴォルテに呼び出された彷徨える死者達の魂も、それを弄んでいたベルハイン自身も。
 一切合財の魂を炎と共に掻き集めると、デュラハンは虚空へと消えて行ったのであった。
+注意+
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