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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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659 月光神殿の邂逅

 星球庭園の星々の瞬きと……真円を描く、落ちてきそうなほどに大きな月。
 そこから暖かく柔らかな光が降り注いでいて、周囲は明るい。満月の夜をもう幾分か明るくしたらこうなるだろうかという印象だ。
 月光神殿は、迷宮の性質により月女神の力が集積されるというだけあり、清浄な気で満ちた場所であった。
 周囲に満ちていたであろう清浄な気は、門が解放されたことでその力も迷宮側に流れ出て行った形跡がある。

 区画内部に立ち入ってまず目を引くのは、今まで目にしてきた精霊殿に比べても圧倒的に大きな――見上げんばかりの巨大なピラミッド状の建築物と、その頂点から突き出して遥か上の天井に向かって聳える巨木であった。
 盟主の肉体を封じるとされる霊樹だろう。神殿の傾斜に沿うように根が地面まで伸びている。

 何と言うか、ピラミッドも霊樹も、巨大過ぎて見ているとスケール感がおかしくなる程だ。そんな巨大な建造物と霊樹がある場所なのだから、空間の広さも推して知るべしというところか。これなら……ヴァルロスとでも思う存分戦えるだろう。

「テオドール! あれ!」

 そう言ってシーラが指差したのは、ピラミッドの中腹を飛んでいく5人の魔人の姿だった。月光神殿に潜ませたハイダーで、連中が侵入したのは分かっていたが。
 先頭を行くのはヴァルロス。そしてその隣に付き従うザラディ。遅れて3人の覚醒魔人の姿。連中は――ピラミッドの上部にある神殿入り口へと向かっているようだ。

「ヴァルロスッ!」

 風魔法を用いて大音声を月光神殿に響かせると、ヴァルロスが肩越しにこちらを見やった。だが、それも一瞬。奴は――そのまま進んでいこうとする。
 代わりにザラディと3人の覚醒魔人が振り返り、ザラディの指示を受けてこちらへと向かってきた。

 俺がパーティーメンバーと来たから、向こうもザラディ達にそれを抑えさせるつもりなのだ。部下が戦う場所と、自分が戦う場所を引き離せば、奴も思う存分力を振るえる。
 とはいえ、俺が連中を突破して先に進めない程度であるなら、そのままヴァルロスは神殿の奥へと進み、盟主の復活を早める算段――というわけだ。

 マジックサークルを展開。循環錬気で魔力を高めつつ、こちらも地面を蹴って進む。
 ピラミッドの最下層部にて、側近連中と距離を取って対峙する形になった。

「そこで止まるが良い、魔人殺しよ!」

 全身から瘴気を立ち昇らせてザラディが言った。他の覚醒魔人達も臨戦態勢のようだ。
 連中の一挙手一投足に注意を払いながら、機会を窺う。
 覚醒魔人3体も……中々隙が無いな。2人は男の魔人。1人は女だ。
「儂の名はザラディ。神眼のザラディという」

 ザラディの名乗りに呼応するように、3人の魔人達も名を名乗る。

「我が名はブレンツェルだ」
「グウェンデラよ。まさか……こんな子供が例の魔人殺しとはね」
「ベルハインだ……」

 騎士風の格好をした若い魔人がブレンツェル。
 日傘に帽子などという貴婦人風の出で立ちをした、女の魔人がグウェンデラ。
 長い黒髪に痩せこけた頬という、不健康そうな男がベルハインだ。
 二つ名を名乗らないのは……まだそこまで派手な大立ち回りをしたことがないから名付けられていないか、或いは能力を悟らせないためか。覚醒魔人であることを隠そうとしている、という可能性もあるな。だが……。

「お前らには用はない。そこを退け」

 ウロボロスを構えて魔力を高めながら言うと、ザラディの後ろに控えている3人の魔人が目を見開き、牙を剥いて好戦的な笑みを見せた。

「まあ、そう急くでない。お主の戦場でのやり口を見るに、儂の能力の性質を理解しておったようじゃな? こうまで良いように手玉に取られたのは、ついぞ記憶になくての。こうして笑ってはおるが、胸の内までは穏やかにはなれんのでのう」

 俺の言葉に、ザラディもまた笑いながら言う。魔人の中にあっては温厚そうな老人には見えるが……やはり人ならざるものということか。目が笑っていない。柔和そうな笑みと共に伝わってくる殺気は相当なものだ。
 ……俺の立てた作戦に嵌ったことは理解していたか。それで腹の内は煮えくり返っていると。

 俺はザラディには用がないが、向こうは俺に用があるらしい。
 この会話とて時間稼ぎというのは理解しているが、もう少しだけ付き合ってやる。強行突破を図るにも、駆け引きや機というものが必要だ。
 特にザラディは危険感知の能力がある。直接的な攻撃を仕掛け、それに乗じての突破というのは通用しないだろう。
 それにザラディが業腹だというのなら、俺の立てた作戦こそ偵察に行った時の意趣返しとも言える。

「前に……ベリオンドーラに偵察に行った時にはしてやられたからな」
「なるほどのう……」

 俺の返答にザラディが肩を震わせた。

「では今度は儂の番、というわけじゃな」
「それはどうかな。お前らの敵は俺達だけじゃない。ヴァルロスを1人で行かせて、本当に良かったのか?」
「何――?」

 俺の視線は連中の遥か後方。神殿の入口に到達しようかというヴァルロスの姿を捉えている。霊樹の枝葉が揺れて――そこから銀色の弾丸のようなものがヴァルロス目掛けて降り注いだのだ。大きく後ろに飛ぶヴァルロス。ピラミッドの石段を、易々と降り注いだ弾丸が砕いていく。
 そして樹上から姿を現す、月光神殿の守護者。翼を持った巨大な蛇。宝石のような青い瞳が、高い知性を秘めているのをうかがわせる。
 無数の――鱗のようなものが長い身体の周りに、螺旋状に連なるように舞っている。銀色の弾丸は、それを放ったものだろう。

 ザラディ達が背後で起こった光景に、一瞬気を取られたその瞬間。
 俺は巨大なマジックサークルを展開しながら目の前の魔人達目掛けて突っ込んでいった。

 俺の動きに誰より早く反応したのはザラディだ。そのザラディ目掛けてウロボロスを構えて打ち掛かる。振り切られるウロボロスがザラディに命中するかしないかという寸前に、転移魔法コンパクトリープを発動。短距離を転移して連中の後方に抜ける。

 しかしそれも奴の感知能力の範囲を出るものではなかったのだろう。攻撃がフェイントであると見越していたのだ。
 冷静にこちらの動きを観察し、出現地点を読んでいた、とばかりにザラディの額にある第三の目から、閃光が俺の背中目掛けて放たれる。
 だが――無駄だ。再び俺の姿が掻き消えて、更にピラミッドの上方へと転移していた。

「何っ!?」

 環境魔力と自前の魔力による連続転移。その動きまでは読み切れなかったか。ザラディが目を丸くする。
 その先読みは奴自身の能力と、能力とは関係がない判断力や経験によるものなのだろうが――直接的な危険が無ければ感知の対象外である。

 ネメアとカペラの膂力を合わせてシールドを蹴って一気に加速。そこからバロールに乗って最高速でぶっ飛んでいく。

「あなた達の相手は私達です!」

 そこに――有無を言わせずみんなが切り込んでいく。肩越しに振り返り、グレイスの赤い瞳と視線が合った。互いに笑みを向けて頷き合い、俺はヴァルロス目掛けて追い縋る。

 ヴァルロスは、月光神殿の守護者との戦闘をしている最中であった。跳躍するヴァルロス目掛け、銀色の大蛇が口から銀色の吐息を撒き散らす。
 その吐息に触れた霊樹の枝葉が、瞬時に石化した。石化の吐息と猛烈な速度で打ち出される鱗の弾丸。近距離に寄れば毒で殺し、距離を取れば弾幕を放つ。強烈な能力を秘めた魔法生物だが――。

 その戦闘力を見て取ったか、ヴァルロスは瘴気の翼と剣を展開すると、お構いなしに真正面から突っ込んでいった。
 吐息も弾丸も物ともしない。真正面から打ち込まれた銀弾がヴァルロスの作り出した壁によってあらぬ方向に弾き飛ばされていく。間合いに踏み込まれた瞬間に銀色の吐息が吐き出される。それを黒い球体に呑み込んで――。
 一瞬の交差。すれ違いざまに守護者の首が斬り落とされていた。ヴァルロスの背後で宙を舞う守護者の首――その大きく広げられた口の中から、逃げ出すように小さな銀色の蛇が悲鳴を上げながら飛び出してくる。同時に崩れ去っていく大蛇の身体。

 これが守護者の本体ということか。止めを刺すべく、宙を舞う小さな蛇に向かってヴァルロスが振り返るも、その攻撃の手が止まる。

「……貴様か」

 小さな蛇を空中で受け止めた俺を見て、ヴァルロスが静かに言った。ここから踏み込めば、もう互いの間合いだ。俺の指先には、本体から飛び出してきた蛇の姿がある。
 蛇は俺のことを青い瞳で覗き込んでいるが……俺には攻撃してくる意思はないようだ。精霊王の加護を受けているからだろう。

「今は、隠れてろ。後は俺が引き受けた」

 そう言って遠くに押しやるように手を差し出すと、蛇は俺に向かって何度か振り向きながら、よろよろと翼をはためかせてその場から飛び去っていった。
 本体が無事ならば、また守護者として再生するだろう。それよりも……今は――。

 ヴァルロスの構えは自然体だ。全身に黒い雷を纏いながら瘴気剣を片手に佇む。
 俺はウロボロスを構え、青白い火花を散らしながら奴と対峙した。

「最早――語るだけ無駄なのだろうな」
「お前が諦めない限りな。魔人としての力なんて捨ててしまえば、手も取り合えるだろうに」

 封印術を駆使すれば、それも不可能だとは思わない。或いは魔人化を解くことだって。
 だが、ヴァルロスは言った。

「それは聞けぬ相談だ。俺の思い描いた夢のために、多くの犠牲を払った。俺の夢に殉じた者達のためにも、立ち塞がる全てを斬って俺は先へ進む。進まねばならない」

 ……そうだな。俺が奴の立場だとしてもそうだろうさ。
 ならばもう、言葉を交わす余地はないのだろう。どちらかが消えるだけだ。 
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