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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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657 瘴珠共鳴

 着弾した火魔法の爆風を突き抜けるようにして――砦の外壁を突進の勢いに任せて駆け上がってきたのは、ハウンドナイトと呼ばれる魔物だ。犬の背中から人間の上半身が生えている、というような姿をしていて、地上での機動力に優れる魔物である。

 その動きに正確に合わせるように長老の1人、ブルクミュラー家の当主が外壁の狙撃窓から飛び出し、揃えるように突き出した2本の指先から展開した光の剣で2匹、3匹と、続けざまに一刀両断に断ち切る。あっという間の襲撃だ。シールドを蹴って後方に飛ぶと、また狙撃窓から外壁の内側まで撤退していく。

「サイモン卿! 地上の敵の波が途切れましたぞ!」
「承知しました! テオドール卿。正門を開いて空の魔物を幾分か砦の中へ呼び込んでみては?」

 長老の呼びかけに応じて、サイモンがこちらに提案をしてくる。サイモンは戦況を、地上側だけでなく空側までよく見ているようだ。

「魔人の指揮から外れている部隊は誘いに乗ると思います。ですが、無理はなさらない程度に」
「はい! それでは、実行します!」

 魔物を率いる指揮官である魔人を倒しても、命令は生きているらしく、魔物が退いたりするようなことは無い。
 討魔騎士団も各国の騎士団もその撃退にも追われているわけだが……その過程で怪我人というのはどうしても出て来てしまう。
 そういった場合、シリウス号が前に出て、消耗した者、怪我をした者を収容し、治療したり交代要員と入れ替えて出撃したりといった具合で対処するわけだ。

 幸いにして怪我の程度も軽微で、アシュレイの用いる範囲回復魔法の魔法陣の中にいればすぐに戦線復帰できるのだが、今は騎士達を交代しているタイミングで、それに比してやや空の魔物の数が多いか、というところだったのだが……それを砦側で一部引き受けてくれる、という提案だったわけだ。

 こちらとしてはまだ手札を伏せていられるということで、有り難い申し出でもある。
 案の定というか、正門が開いたところでその中に突っ込んでいくシャドウレイヴン達が出た。空の負担は間違いなく減らせるだろう。

 早速というかなんというか。砦の中に突入したシャドウレイヴン達は閉所に誘導されて、背後や頭上からゴーレム兵達に弓を射掛けられたりと、砦の中で散々な目に合っている様子である。

 ベリオンドーラで作り出した魔物の思考がどうなっているのかは分からないが、動く者に対して考えなしに攻撃を仕掛ける者や、連係しようとする者と、個体差があるようにも見受けられる。或いは、魔物に戦闘を任せると、瘴気の影響で短絡的な行動に出やすいのか。魔人の指揮がある時は統制も取れているのだが……。

 ともかく、依然戦況はこちらの優勢として進んでいる。想定より魔物の数は多いが、それでも押しているのだから。

「え? これは……」

 周囲の監視をしていたステファニア姫が声を上げた。そして俺の方を見て、言った。

「ベリオンドーラに送り込んでいたシーカー達から反応が返ってきたわ!」
「今になって、ですか?」

 ベリオンドーラに潜伏させた監視用ゴーレムであるシーカー達は、ミュストラの妨害によって通信が途絶され、行動不能になっていたはずだ。
 それでもベリオンドーラが距離を詰めて来れば、多少の通信も可能かも知れないと反応が返って来るかどうか試みてはいたが……今までそれも通用しなかったというのに。
 シーカーが発見されてしまい、解析されたり、それを逆手に偽情報を送ってくる等と言う、あちら側の策も考えていたが……それをするならば今のタイミングではあるまい。
 戦闘が始まってしまってからそういう工作をしても遅いのだ。それでも念の為にシーカーの制御用モニターを手に取り、異常がないかを確認してみる。前に待機を命じた時のまま、動かずにいたようだが……。

 ベリオンドーラの変化は他にもあった。黒い壁の向こうを探知系の魔法――ライフディテクション等で透かすことができなかったのに、それができるようになっている。

 つまり……これはベリオンドーラのセキュリティ系の術式が解除されている、ということか? だからシーカーの妨害をしている結界も解けた、と?

 その答えを握る人物が、モニターの向こう――ベリオンドーラに姿を現した。笑みの表情を顔に貼り付けた魔人、ミュストラだ。ヴァルロスとザラディは最初に姿を現した尖塔から、戦況を一望できる外壁の上へと移動していたが、そこにミュストラがやってきたのだ。

「……シーカーの中に、あいつらの会話を聞ける位置にいるものは?」
「近くに待機している子がいます。上手くすれば声が拾えるかと」

 エルハーム姫がシーカーの内、一体を動かしていく。
 城門の上までの移動は無理だが……連中の足元から聞き耳を立てるような形になるか。
 モニターを通して、あちらのやり取りが聞こえてきた。

「――封印が無防備になっている頃合いです。もう、充分なのではありませんかね?」
「……充分とは?」

 ヴァルロスに問われたミュストラは、肩を竦めて見せた。

「連中は想像以上に頑強で、備えも奇想天外。このままの正攻法を続けては、ただでさえ少ない魔人達が、戦いの後にどれほど残ることやら。折角作り出した魔物達もあまり損耗してしまうと、ベリスティオ殿が戻ってきた後にも差し支えるでしょう。ま、私としては見ていて色々面白いのでそれでも構いませんが」

 そんなふうに冷笑を浮かべるミュストラを、ヴァルロスは咎めるでもなく言った。

「……確かにな。つまり、お前は強引にでも作戦を前に進めろ、と言いたいわけか?」
「そうですね。とは言え、力技で作戦を進めれば、効果も相応に落ちます。セオレムへの本格的な攻撃は、恐らく諦めざるを得ないでしょう」
「ヴェルドガル国王の確保は、戦いを早期に終わらせるには手っ取り早い方法なのですがな……」
「儀式も中断させたかったが……味方の損耗や再封印までの時間を考えると、それも已む無し、か」

 ミュストラの言葉とザラディの言葉を吟味するようにヴァルロスは目を閉じる。

「ベリスティオの魂も……再封印までに肉体への固着が間に合わなければ、再び眠りについてしまうでしょう。瘴珠と宝珠は連動しているようですからね。急いだ方が良い、というのは間違いありません」

 七賢者の封印は、本当に厳重だな。連中の言葉を鵜呑みにもできないが。

 それと……気になるのはヴェルドガル国王の確保だとかセオレムへの攻撃だとかいう言葉だ。
 連中の目的は盟主ベリスティオの解放なのだろうが、作戦の1つとしてセオレムを攻略し、ヴェルドガルの要人を確保して降伏させるという案があったようだ。
 同時に再封印の儀式も中断させることになるのだから、盟主の解放も確実になる、という寸法か。それを……諦めると。

「だが、問題がある。この距離で強引な手に出るのは、相当な力の消耗が予想される。連中とて、ただ瘴珠を置いているわけではあるまい。そうなればこの後の作戦行動は難しくなるし、戦場であることを考えればかなりの危険を背負う。そして……それが実行できるとしたら俺かお前ぐらいのものだ」

 ヴァルロスが言うと、ミュストラが自分の胸に手を当てて答えた。

「私がやりましょう。そのために……ベリオンドーラを覆う結界の制御を解いて、全力を出せるようにしてきました。仮に消耗してしまっても、私であれば城の奥にいればいいだけの話」

 その返答が意外だったのがヴァルロスとザラディが少し驚いたような表情をした。

「クク。意外ですか? 私は別に、誰に信用されようとも思ってはいませんが……あなたの思い描く理想の行く末を見てみたいと思っているから協力しているところもあるのですよ。それに……これは、ヴァルロス。あなたの始めた戦いだ。目的成就のために戦地に赴くのは……やはり、あなたの成すべき仕事でしょう」

 その言葉にヴァルロスは目を閉じていたが……やがて言った。

「そうだな。確かにそうだ。ならば……この場を頼めるか?」
「無論」

 そう言ってミュストラが懐から取り出したのは――最後の瘴珠であった。ああ。ここに来て、瘴珠を使うか。
 シーカー達との通信が回復した理由も分かったし、連中のこの後の動きも分かった。
 そして、恐らくではあるが瘴珠の使い道も――。

「迷宮入口近辺に残っている人員は、すぐに避難を!」

 指示を出すとモニターの向こう、タームウィルズでは、オズワルドが心得ているとばかりに頷いて動き出した。すぐにギルドの職員や巫女、神官達を連れて王城への避難を開始する。
 可能性として、想定された瘴珠の使い道の1つだ。つまり――連中が人間の拠点を攻める時に、最も邪魔になる物は何か。それは――魔人と街とを隔てる結界に他ならない。それがなければ魔人も魔物共々、拠点を強襲できるからだ。

 本来ベリスティオの魂を封じるだけの目的で作られた瘴珠に、連中は何か、別の利用法を見出した。その、瘴気を発するという特性故に。
 例えば――結界の内と外とで瘴珠の共鳴を起こし、結界を打ち破るような手段であるとか。
 タームウィルズの街中に臨時の発令所は残したものの、冒険者ギルドにも月神殿にも最低限の人員しか残さなかったのはそういう理由だ。

 それならば、セオレムを攻めることも可能になるし、メルヴィン王を生かして捕えるという言葉にも繋がるだろう。連中の言葉とも、矛盾しない。

 結界の破壊と魔物と魔人による飽和攻撃による儀式の中断と、戦いの早期終結。これが魔人達の作戦。しかし――。

 モニターの向こうでミュストラが瘴珠を頭上に掲げる。
 尋常ならざる量の瘴気と黒紫の火花がミュストラの全身から立ち昇り――瘴珠に注ぎ込まれていく。凄まじい程の力。それに応じて変化が生じた。

「はああああああっ!」

 ミュストラの裂帛の呼気に呼応するように、封印塔全体から火花が散っている。内側からの圧力に抗するように。

 消耗させるだけさせてからの妨害は――無駄か。ここから大魔法による狙撃などの手段を考えたが、その方法を思いついた瞬間にザラディがヴァルロスに耳打ちをし、それを受けたヴァルロスは、瘴珠への共鳴現象を起こしているミュストラの前に出て、立ち塞がるような構えを見せた。

 ……ザラディが行動を共にしている以上は、それではザラディへの直接攻撃と同義だからな。本人に関わることなら予知の精度が上がると言っていたが、その能力の正確さを窺わせる結果だ。ヴァルロスが守りに入ったのであれば、攻撃は無駄に終わるだろう。

「衝撃に備えろ!」
「はっ!」

 エリオットが命令を下し、あちこちから返答の声が上がる。砦側も――些か緊張の色があるものの冷静だ。

「ク、クク。何者かは知りませんが、随分とまあ……強固な封印を施したものですねえ!」

 牙を見せて笑うミュストラの四肢から血がしぶく。軋むような音を立てて大気が鳴動した。
 爆発的な高まりを見せた瘴気と共に、ミュストラの掲げる瘴珠と封印塔の最上部から、同時に膨大な量の瘴気が噴き上がった。
 封印塔そのものの構造が強固な上に、エネルギーを上に逃がすような構造をしている。内部で爆発が起こっても真上に逃がす構造になっていたから、封印塔自体の爆発は免れたようだが――。

 全身から血をしぶいたミュストラが、荒い呼吸を整えながらその場に膝を突く。憔悴しているようにも見えるが、その表情は相変わらず愉快そうに笑っていた。

 混ざり合った瘴気が巨大な人の姿を成す。盟主ベリスティオ。――結界の外と内とで合流するような動きを見せる。簡易結界をぶち破り、内側からの圧力で砦外壁の結界を打ち砕き――。

 四つに分かたれた魂が平野の上空で1つになると放たれた矢玉のように南の空――タームウィルズへと飛んでいった。肉体のあるところへ帰る、ということか。

「ミルドレッド卿!」
「話は聞いております! これより、外壁の結界はこちらも無いものと思って対処します!」

 モニターの向こうからミルドレッドが答える。あちら側の映像でも、凄まじい勢いで暗雲が迫ってきて、タームウィルズ外壁の結界を打ち破ってしまう。
 真っ直ぐに月神殿の屋根に穴を開け、迷宮の入口へと雪崩れ込んでいった。
 セオレムの結界は無事。砦そのものも無事だ。ベリスティオが向かう先も予想がついていたから、近辺からの避難も済んでいる。人的被害は出ていない。

 砦とタームウィルズの外壁の結界破壊、盟主ベリスティオの魂の一時的な解放と引き換えに……高位魔人ミュストラの戦線離脱ということになる。交換条件としては、良いのか悪いのか。

「少なくとも……一連の対策は大きな効果を発揮した、とは言えるのう。連中に有利な条件で瘴珠を使わせていたら、どうなっていたことか」

 ジークムント老が、大きく息を吐いた。確かに、それはあるか。
 この結果が良かったのか悪かったのかはさておき、状況は変化する。
 ベリオンドーラから魔人達が次々と姿を現したのだ。結界が壊れたことで、ここに来て攻め手にも本腰を入れてくると言うわけだ。

「ヴァルロス殿、ザラディ殿。我等もお供致します!」

 ヴァルロスに跪く4人の魔人達。高位魔人達ほどではないが、どいつもこいつも生命反応が大きい。温存していた覚醒魔人と見て間違いはあるまい。
 一方でミュストラの反応はかなり弱まっている。先程のやり取りも、嘘というわけでは無かったのだろうが……。

「よかろう。だが、1人残れ。ミュストラは見ての通り動けん。奴に代わって戦場の指揮を執る者が必要だ。多分……あの魔人殺しは俺を追ってくるからな」
「はっ!」

 ヴァルロスとザラディについて月光神殿に向かう覚醒魔人が3人。この戦場に残るのが1人。どうやら、覚醒魔人は連中にとって本当に貴重な戦力のようだな。
 ヴァルロスとしては俺をこの戦場から遠ざけたいと考えているわけだ。月光神殿で決着をつけようと。
 ベリスティオは、まだ復活には至っていない。この状況で、月光神殿で連中の好きにさせるわけにはいかない、か。
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