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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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656 空と地上の戦い

「おお……。何という光景だ……」
「あの禍々しい城を……文字通りに縛り付けるとは……!」

 光り輝く鎖に縛られたベリオンドーラ。その光景に、騎士達が一斉に湧き立ち、魔人達が余りの事態に言葉を失う。それだけのインパクトを持った光景であった。

「やりましたね、テオ!」
「これでベリオンドーラを釘付けに出来たというわけですね!」

 グレイスが微笑み、アシュレイとマルレーンが手を取り合って喜ぶ。

「前もそうだったけれど、地下から接近するというのは緊張するわね」
「本当にね、みんな無事で戻って来れて良かったわ」

 クラウディアもローズマリーも、作戦の成功に安堵の溜息をついていた。
 ベリオンドーラを釘付けにするという作戦の大前提が成功した時点で俺はクラウディア、コルリスと共にシリウス号へと転移で戻っている。
 艦橋にコルリスもやって来ているが、ローズマリーの戻って来れて良かったという言葉に、笑顔のステファニア姫と共に、こくこくと頷いている。
 コルリスはいつも通りだったが、やはり臨戦態勢のベリオンドーラに少人数で近付くというのは緊張していたのかも知れない。

「僕はこのまま、シリウス号で待機し、いつでもヴァルロスに合わせて動けるように準備しています」
「分かりました」
「気を付けるのじゃぞ!」
「私はこのまま皆と共に祈りを」

 モニターの向こうからサイモン、アウリア、ペネロープの返答。

「テオドール! あれ!」

 シーラの緊張したような声。
 身動きが取れないはずのベリオンドーラで、大きな変化が起こったのだ。
 モニターの向こう――。ヴァルロスの手から爆発的に巨大な黒い刃が噴出した。巨大な鎖に勝るとも劣らないそれを、思い切り鎖目掛けて叩き付けたのだ。白と黒の雷からなるスパーク光が広範囲に弾け飛ぶ。

 一瞬、湧き立った騎士達の声も止み、誰もがその結末に見入る。
 光の鎖は――間違いなく断ち切られた。断ち切られたが――次の瞬間に元通りに接合してしまう。

 その光景に、ヴァルロスは眉をひそめて舌打ちをしたらしかった。隣に控えるザラディも、流石に目を見張る。

 人魚達の至宝を使った時の感覚から言わせてもらうと……あの封印の鎖は、魔人の力を打ち消すような、清浄な性質を持ったものであるように思えた。巫女の祝福等と同じようなものだ。だからこそ、ウォルドムやその眷属達も外に出ることが叶わなかったのだ。

 そういう相性差を、力技で覆して断ち切るヴァルロスもヴァルロスだが……幾重にも絡んだ鎖の一本を切り落としたところで、すぐに再生してしまうのでは意味が無い。
 或いは延々と時間をかけて断ち切り続ければベリオンドーラの解放が早まるのかも知れないが、ヴァルロスとて、そんな骨の折れる作業をこの状況で続けられるとも思っていまい。消耗してしまえば本末転倒だからだ。

 そんなヴァルロスに、魔人達が自信有り気に笑って何事か話しかけている。
 ヴァルロスは静かにその言葉に耳を傾けていたが、やがて鷹揚に頷いた。魔人達は好戦的な笑みを浮かべて砦の方へと向き直る。

「魔人達はやる気充分のようね」

 ローズマリーが羽扇で口元を隠しながらも眉根を寄せる。

「……だろうな。強者による支配を謳うなら、ベリオンドーラが動けなくなった程度で劣勢を認めるわけにはいかない」

 例えば……「あなたが出る幕ではない」「自分達が人間達を片付ければ良いだけのこと」だとか。奴に話しかけていた魔人達の言葉は、こんなところだろうか?

 ベリオンドーラを保有することの戦術的有利は言うまでもないが……それが失われたところで、足を止めての殴り合いになるだけだ。

 ここでヴァルロスが周囲の申し出を断って自ら動くようなら、それは他でもない、ヴァルロス自身が魔人こそが他者を支配するにたる強者であると、認めていないということになる。それでは矛盾だ。ヴァルロスの掲げる理想の根幹に関わるし、奴に付き従う魔人達の自尊心も大きく傷つける。
 だから、奴はまだ動かない。動けない。魔人集団の長であるが故に、弱腰であるところを見せられない。罠があることも承知の上で誘いに乗ってきたのも、全てはそういうところに帰結する。

 それが――魔人達への付け入る隙だ。個々の戦闘力が高くて長命という、間違いなく優れた種であるが故に、罠がある程度で引くなど弱腰だとか、この程度では劣勢ではないなどと、前に出て来てしまう。怯懦を自分達に許さない。
 まだまだ……こちらの優勢。こちらのターンだ。
 目を閉じ、大きく息を吸い――そして号令を発する。

「シリウス号、及び討魔騎士団を前へ! 迂闊に前に出てきている魔人を、端から叩き潰していく! その他の飛行騎士は空中を飛ぶ魔物共を討魔騎士団とシリウス号へ近付けさせるな! 地上の魔物は砦で迎え撃て! 呪歌曲隊! 戦いの歌を!」
「はっ!」

 号令に従い、皆が動き出す。戦闘の呪歌曲が奏でられ、皆が思考を研ぎ澄ませていく。まずは――簡易結界を破ろうと躍起になっている魔人達からだ。
 後方に控えていたシリウス号が動き出し、討魔騎士団と飛行部隊がそれに付き従うように動いた。ペネロープ達の祈りが――俺達と討魔騎士団、将兵達を、そしてシリウス号までもを包み込む。

 集団の空中戦故に、シリウス号は戦いの中核を成す。怪我をした味方が前線から逃げ込むことも可能だし、良くも悪くも目立つので狙われるだろう。ましてや、今は意図して速度を落として航行している。

 シリウス号を前に出したことで、結界を破ろうとしていた魔人は待っていたと言わんばかりに、右舷上方から突っかけてきた。

「食らうが良いッ!」

 その魔人が用いたのは――瘴気弾と呼ぶのは適当ではあるまい。胸の前で練り上げ、大口径の瘴気の砲弾とでも呼ぶべきものを形成してぶっ放してくる。だが、祝福と魔力変換の装甲に阻まれて届かない。艦橋に直撃。ぶち当たったところから波紋が広がっていくが、まさかの無傷だ。攻撃を叩き込んだ魔人がその結果に目を見開く。

 反撃とばかりにシリウス号の砲手が音響砲の照準を空飛ぶ魔人に合わせる(・・・・)
 砲手のしたことはそれだけだ。照準をただ合わせて音響を照射するだけ。イルムヒルトの鳴弦と同じ破邪の力が文字通りの音速で迫り、飛行術の制御を乱す。

「何っ!?」

 体勢が大きく崩れたそこに――エリオット達が迫る。

「行くぞっ!」
「おおおぉっ!」

 闘気を纏った討魔騎士団達が魔人を波間に舞う木切れのように呑み込んで、通過した後には魔人が灰となって散るばかり。
 技を放った直後。しかも空中で体勢を崩された状態で、反撃や回避を許す程、討魔騎士団は甘くない。エリオット達の空を飛ぶ動きは一個の巨大な生き物のようだ。

 この一連の流れこそが、シリウス号が当初より想定していた運用方法である。覚醒に至っていない程度の魔人であれば、問題無いと予想を立てていたが……充分な結果だ。
 瘴気を操り、飛行する魔人達は確かにそれだけで脅威だ。しかし、祝福と衝撃吸収装甲による防御、相手の機動力を奪う音響砲と攻撃の手段があれば、その程度ではもう相手にならない。

 左舷。迫ってくるシャドウレイヴンの集団へとシルヴァトリアの魔法騎士達が魔法の弾幕を張りながら激突していく。

「回り込め! 数を活かしてまともに当たるな!」

 そんなふうにレイヴン達の指揮を執っている魔人。そこへ突っかけるのは2つの影。シオンとマルセスカだ。シールドを幾度も蹴って反射を繰り返し、猛烈な速度で迫ってくる2人に気を取られた瞬間――砲手が音響砲を浴びせる。

「くっ! 何なのだ! これは!」

 体勢を崩しながらも何とか両手に瘴気剣を形成。すれ違いざまの2人の斬撃を、受け流すようにやり過ごす。

「……こっち」

 そこに――死角からシグリッタが放った大量のインクの獣がぶち当たっていった。

「ぐおおっ!?」

 物量に呑み込まれ、あちこちを切り裂かれながらも。周囲に瘴気の衝撃波を放って獣の群れから無理矢理抜け出したところで――魔人は背中から刺突を受けていた。
 呆然としながら振り返れば、そこには、錫杖を構えたフォルセトの姿が浮かび上がる。インクの獣に乗じるような、隠蔽術による無音、必殺の奇襲。

「残念でしたね」

 錫杖の先端に魔力の輝きが宿ったかと思った次の瞬間、膨れ上がって炸裂した。一瞬早くフォルセトのしなやかな影が跳躍してシオン達と合流する。落下していく魔人が、途中で砕け散った。

 そうして前に出てきていた魔人を一先ず排除はしたものの、魔物の数はまだまだ多い。シリウス号の周囲、あちらこちらで戦闘が始まっていた。空中部隊同士の激突だ。だが、指揮官たる魔人を失った部隊は動きも精彩を欠き、全体として優位に立っている。

 調査で判明している魔人の数ももっといるはずだが……連中、やはりザラディあたりから注意喚起をされて、しかもベリオンドーラの動きまで封じられ、流石に慎重になっているのか、それとも魔物を当てて消耗を待っているのか。後続としては魔人ではなく、魔物を中心とした部隊が続々と出てきている。

 高位とは呼べないまでも覚醒に至っている中級の魔人は、ベリオンドーラにどれほどいるのか。数はそう多くはないのだろうが、それを見極めるのも俺の役目だろう。
 片眼鏡でもライフデティクションでも良い。反応の大きな魔人を見つけたら、それは優先的に叩かないといけない。

 一方で、温存や回復もしながら戦わなければならない。討魔騎士団や各国の騎士団も消耗してくれば交代でシリウス号に戻ってポーション等を使ったりしていく予定だ。

「妙な球体が出てきたわ!」

 その時だ。モニターを見ながら周囲の状況を監視していたアドリアーナ姫が言った。
 ベリオンドーラから一抱え程もある、空飛ぶ黒い球体達がこちらに向かって迫ってくる。しかも魔人とシャドウレイヴンの随伴付きである。
 球体は周囲から細い触手のようなものを生やし、その先端には目玉が点いていた。

「あれは――ゲイザーじゃな!」

 アウリアがモニター越しにその魔物の名を呼んだ。
 ゲイザー……。また、厄介なものを。
 ゲイザーは身体に相当するあの球体部分に、巨大な邪眼を持つ、飛行型の魔法生物だ。デザインとしてはバロールを大型化して目玉触手を生やした、といった具合か。

 今は邪眼を閉じているようだな。味方への誤爆を避けるためだろう。射程を伸ばそうすると、どうしても味方に誤爆してしまう。だから乱戦では使えないが近距離では、あの目の危険度が非常に高い。
 ましてや他の魔物が随伴しているとなると、尚更だ。元々そういう想定で運用するつもりなのだろうが……。

「飛行部隊総員に告ぐ! あの黒い球体には近付くな! 巨大な邪眼に睨まれると、動けなくなって落とされるぞ!」

 まず命令と注意喚起。それからすぐに対策を練らねばならない。

「あれの邪眼は――金縛りの効果だったかしら?」
「そう。睨まれると生物は肉体の自由を奪われて動けなくなる。周囲の触手から生えている目玉からも光線が出る。まあ、そっちの威力はそれほどでもないけど」

 眉根を寄せるクラウディアの言葉に答える。ベリオンドーラ側の飛行部隊における追加兵種とでも呼べばいいのか。
 有効な手札だ。金縛りになっても魔法は使えるが、機動力は奪われる。
 BFOでは空中戦殺しなどと呼ばれていた。もしかすると……偵察に行った時の俺の空中での動きを見て、対抗策として作り出したのかも知れない。それが上手く嵌らなくても、飛竜や幻獣には凶悪無比な力を発揮する。

「味方と接触すると色々厄介だな。将兵達の飛行部隊には任せず、俺達で優先的に潰してしまおう」
「そうですね。生物は、という話なのですから」

 グレイスが言った。
 そう。俺達なら、ゲイザーを問題にしない手札が色々揃っている。

「マルレーン、マリー。マクスウェル。頼めるかな」
「ええ。勿論」
「主殿の頼みとあらば」

 そう言うと、2人が立ち上がり、マクスウェルが核を明滅させる。マルレーンは真剣な面持ちでこくんと頷き、ローズマリーは何やら悪い笑みだ。
 マルレーンが甲板に出て、召喚魔法を用いた。そこで呼び出されたのはピエトロだ。

「承知いたしました、御主人様」

 マルレーンの術式制御による命令を受け、ピエトロが優雅に一礼をする。そうして一旦甲板から見えないところまで行ってピエトロが胸の毛を抜いて息を吹きかけると、ピエトロの分身達が甲板に出てくる。

 そうしてイグニスと共に、迫ってくるゲイザー達に向かって突っ込んでいった。シャドウレイヴン達と交戦している飛行部隊に横槍を入れようと、ゲイザー達は速度を上げて迫ってくる。

 そこに――イグニスがマクスウェルを握って、先陣を切って空中を走って突っ込んでいった。魔人達はゲイザーの能力を知っているからか、その能力をまず行使させるつもりのようだ。
 ゲイザーが邪眼をイグニス目掛けて見開く。イグニスや分身達が固まって自由落下を始め、そこにシャドウレイヴン達と魔人の1人が肉薄した。

 攻撃を喰らおうかというその瞬間。ピエトロの分身達が邪眼の視線に晒されたままで反転する。シャドウレイヴン達に分身達が向かっていくことで、その動きを抑え、迫ってきた魔人を引き付けるだけ引き付けてイグニスの右腕が猛烈な勢いで戦鎚を跳ね上げた。

 瘴気の槍を突き込もうとしていた魔人は、何が起きたか分からないといった表情のままで、胸に戦鎚を喰らって吹き飛ぶ。同時にイグニスがシールドを蹴って飛んだ。

「こ、こいつら、人間では……生物ではないのか!?」

 別の魔人が迫ってくるイグニスを見て目を見開く。
 一対一という状況なら、魔人達もすぐに気付いただろう。だが、様々な思念、感情が飛び交い、恐怖とは違う感情を向けられるこの戦場である。特定の誰に感情があるとか無いとか、感知は難しい状況だ。
 魔人は自身に向けられる感情を察知する。故に一対一での心理戦であるとか、敵を把握していない状況での奇襲や不意打ち、面と向かっての騙し討ち等には滅法強いが、その感覚は決して精度の高いものではない。

 雷を纏うマクスウェルを振り被り――そしてもう一人の魔人に向かって投擲する。砲弾のような速度で射出され、尚も加速するマクスウェル。

「お、おおおっ!?」

 その速度に、咄嗟に瘴気の壁を作り出す魔人。しかしマクスウェルは全くそれを無視した。旋回しながら魔人のすぐ横を悠々とすり抜け、ゲイザーの集団にぶち当たる。
 一匹、二匹、三匹と。ゲイザーの胴体部分を易々切り裂いて地面へと叩き落し、ブーメランのような軌道を描いてイグニスの手元へ戻る。まだ、マクスウェルが魔法生物であるという手札はぼやかすような結果だ。

「おのれっ!?」

 裏をかかれた魔人が激昂してイグニスに突っかけようとする。しかしまだ終わってはいない。馬のいななきと瞬くような青緑色の炎が虚空から現れたのだ。振り返った魔人が目にしたのは、実体化したデュラハンが横合いから残っていたゲイザーの只中へと突っ込んで、当たるを幸い大剣を叩きつけて駆け抜けていくという場面だった。

 こちらの狙いはゲイザーのみ。あっという間にシャドウレイヴンと魔人を残してゲイザーを叩き潰し、マルレーンの使役するシェイドが一帯を暗黒の空間に呑み込んだかと思えば、イグニスもデュラハンも撤退してくる。

 その時、だ。

 後方の砦――こちらの空中部隊がマークを外した、ベリオンドーラの地上軍――グランドトロールの一匹が全身から血をしぶき、身体を魔法で焦しながらも、あきれるほどのタフネスと再生能力に物を言わせて、砦の正門に到達した。
 破城鎚と見紛うばかりの大槌を正門に向かって叩き付ける。

 その一撃で門が砕かれた。アーマーリザードや他の魔物が雪崩を打つように砦の外壁内側へと突っ込んでいく。
 その光景を見た魔人が笑うが――。

「だが、残念」

 続く光景に、魔人の顎が落ちた。砕かれた正門が、適度な量のアーマーリザードを内側へ呼び入れたところで、あっという間に元通りに再生し、後続と分断してしまう。
 正門は、ゴーレムなのだ。砕かれたふり(・・)もするし再生もする。
 もう一度グランドトロールが大槌を叩き付けるが、今度は揺らがない。七家の長老が巨大な岩の槍を空中に生み出し、グランドトロールに容赦なく叩き付けて、中庭に呼び込んだ部隊へと雷撃や火炎を散々に浴びせる。

 地上へ飛行戦力が攻撃を控えているのは、役割分担というのもあるが、砦そのものの防衛能力が非常に高いからだ。そう易々とは突破できないし、させはしない。
 ましてや魔人達が突入できない状況だ。長老達の消耗とマジックポーションによる回復速度等々に合わせて、砦の内部に呼び込んで殲滅するという選択も、視野に入れて動くのが良いだろう。
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