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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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647 盟主ベリスティオ

「おはようございます」
「うむ。おはよう」
「おはよう、テオドール」

 と、神殿前の広場でアウリアやステファニア姫達と挨拶をする。
 今日は予定通り瘴珠の移送ということで、アウリア達には先に石碑から砦に移動してもらうという段取りだ。

「ふむ。状況が落ち着いたら、迷宮にも潜って調査をしてみたいな」
「確かに。私達の系譜とも関係があるのだし、色々な発見があるかも知れませんな」

 七家の長老達が広場を見回しながら言う。
 長老達もセイレーンとハーピー達、混成部隊に支給される魔道具が揃ったことで今日からは砦側で待機ということで、あちらへ同行する形となったのだ。
 シリウス号や砦にも鍛冶場や魔道具を生産する設備があるので、ベリオンドーラが動きを見せるギリギリまで入念な準備を進めていこう、というわけだ。

「僕としては……ラストガーディアンを倒した後にも色々手伝って頂きたくはありますね」
「迷宮の仕組みを解析し、クラウディア様の解放を目指す、か。うむ。それも大切なことですな」

 その際、長老達が研究や解析を手伝ってくれるなら心強くはある。
 だがまあ、まずはヴァルロス一派との決戦に注力しないといけないが。
 そんなわけで、早速みんなで連れ立って迷宮入口へと向かい、そこから砦地下にある石碑部屋へと転移する。
 発令所に行ってエリオットやサイモン、ペネロープ達に挨拶をする。

「おはようございます、テオドール殿」
「はい、おはようございます」

 砦を預かっているサイモンとは初対面の顔触れもあるので、それぞれ紹介していく。
 サイモンは高位精霊2人にはやや驚いたようだが、七家の長老達も砦側の加勢として加わるということで通達がいっていたらしく、長老達には落ち着いた様子で恭しく挨拶を返していた。

「長老達には、砦の内部から魔法による援護をして頂く方向で考えています」
「体術に関しては随分鈍ってしまいましたが、魔力と術式だけは未だにそれなりと自負しておりますぞ。お力になれれば嬉しい限りです」
「何とも心強いお言葉。となると、騎士や兵士達に身辺を守らせるのが常道でしょうな」

 そうだな。それが良いだろうと思う。姿を見せずに遠距離から魔法攻撃というのも魔術師の常套手段ではあるし。

「まずは……砦の内部で迷わぬように構造を頭に叩き込んでおくというのが良さそうですな」
「では、慣れるまでの間、案内を付けておくとしましょう」
「ありがとうございます、サイモン卿」
「ゴーレムの隔壁については長老方の裁量で自由に通れるようにしておく、というのが良さそうですね」

 ふむ。とりあえず長老達の予定は決まってしまった感じではあるが。

「我等はあまり、戦闘の役には立てそうにはないのが歯がゆくはあるが……」
「その分だけ、監視のお手伝いは、頑張るつもりでいるからよろしくね」
「うむ。北西の方角なら我に呼応してくれる精霊も多いだろうし、フローリアも一緒なら心強い」

 テフラとフローリアはそんなふうに言って顔を見合わせ、頷き合う。

「高位精霊2人もの助力を借りられるとなれば、相当な広範囲に監視の目を届かせることができるじゃろうからな。封印塔への移送が終わったら、精霊達の力を借りる儀式を行わせてもらうとしよう。早速準備に取り掛からせて貰おうかの」
「よろしくお願いします。僕達は予定通り、このまま瘴珠の移送に移りますので」
「気をつけてね、テオドール」
「ああ。行ってくる」

 セラフィナも影響を受けないように一旦砦側に居残りだ。まあ、セラフィナにしろ、テフラ達にしろ、この場所が彼女達の本拠地というわけではないから、影響に関しては本当に念のためという感じではあるのだが。



 砦から石碑で取って返し、シリウス号に乗って王城へと向かう。現在瘴珠が安置されているのは、魔術師の塔と呼ばれる、宮廷魔術師のリカード老や魔術師隊が預かっている塔の地下部分だ。
 シリウス号を迎賓館前の広場に停泊させ、そのまま魔術師の塔へと向かう。

「おお、テオドール。来たか」
「お待ちしておりましたぞ、大使殿」
「これはメルヴィン陛下。リカード様も」

 魔術師の塔へ到着すると、既にメルヴィン王とリカード老が俺の到着を待っていた。
 魔術師である俺が宮廷魔術師と親しくしていると、政治的な影響が大きくなってしまうからと、宰相のハワード同様、俺とはあまり接点を持たないようにしてくれている人物の1人ではあるのだが……メルヴィン王からの話によると、リカード老にしろハワードにしろ、俺に対しては概ね好意的だという話を聞いている。

「瘴珠の移送に参りました」

 2人に挨拶してから、用件を切り出すとメルヴィン王が頷く。

「うむ。リカード。瘴珠に関して変わったことは?」
「予想された通り――若干瘴気の量が増してきておりますな。光の魔法や何重かの結界、女神の祝福等を用いて瘴気を閉じ込め、浄化を行っておりますので、今のところ問題は発生しておりませぬが」
「宝珠と瘴珠は対になっていますからね。精霊王の封印が弱まった分、瘴珠が盟主から吸い上げる力が増して、均衡を保とうとしているのだと思います」

 このあたりはまあ、予想されていたことではある。封印が万全なら霊樹の力を借りられるため、瘴珠の力が増大してもこうした対症療法的な対策を必要としなかったのだろうとは思うが……まあ、今はやむを得まい。

「陛下はあれに近付くことのなきよう。大使殿には私めが責任を持ってお引渡しします故」
「すまぬな、2人とも」
「いえ。お気になさらず」

 瘴気を撒き散らしている剣呑な代物だし、メルヴィン王は極力近付けさせないというのが賢明だろう。
 瘴珠を移送するにあたって、俺も瘴気を中和、浄化できるような魔道具をアルフレッドと共に用意してきているわけだし。
 そんなわけで、一旦メルヴィン王とは別れ、持参した魔道具の箱を持ってリカードの案内で魔術師の塔の地下部分へと向かう。

 螺旋階段を降りて――扉を開けて、内部へと入る。広々とした地下部分の祭壇に瘴珠は安置されていた。
 床には何重にも結界が敷かれ、魔術師隊の面々や月神殿の神官達が待機している。必要に応じて光魔法や祈りによる浄化を行う、というわけだ。
 ここで得られたデータを元にして、砦の封印塔も作られている。結界術、封印術等々を駆使し、瘴珠を安置できるような設備になっているわけだが……。

 ……こうして見ていても仕方がないか。早速移送作業に移るとしよう。

 魔力循環を用い、瘴気による影響を中和。祭壇の上で、毒気のようにゆらゆらと瘴気を立ち昇らせている3つの珠に近付く。
 祭壇へと続く階段を登り、一番内側の結界線を踏み越え、立ち昇る瘴気に触れたところで。
 変化が起きた。俺の魔力と干渉、小さな火花が散ったかと思うと、立ち昇る瘴気の量が増した。そして中空で混ざり合い――さながら人の顔のような形となったのだ。

 そいつは未だに微睡みから覚めやらないといったような、どこか焦点の合わない目で緩慢に周囲を見渡している。ちりちりと頬を焦がすような重圧。周囲ごとゆっくりと地の底に沈み込んでいくような、嫌な感覚があった。

「こ、これは――」

 リカード老がその光景に目を見開く。

「盟主――ベリスティオ」

 ウロボロスを構えて、何が起こっても問題のないように魔力を研ぎ澄ませると、その顔らしき靄は、そこで初めて俺の存在に気付いたというように視線を向けてくる。そして、目を異様な大きさにまで見開いて、俺の顔を覗き込んで来た。

「お、前は――私の眠り、に、呼び、かケた、あの男で……は、ナい、な? 貴様は――そう、か。貴様が、我等の敵、か」

 老若男女の判別がつかないような、途切れ途切れの擦れたような声。

「ああ。俺は、お前らの敵だ」

 低い唸り声をあげるウロボロスと共に、宣戦布告に近い言葉を口にする。
 浮かび上がる顔は楽しそうに薄く口の端を吊り上がらせ――そうしてまた、抗い切れない眠りに落ちるかように目を閉じて。周囲に散るように消え失せていった。
 後には――何もない。人の顔も、周囲に満ちていた重圧も。
 最初から何事も無かったかのようだ。瘴珠が立ち昇らせている瘴気も、最初に入って来た時より随分と放出される量が減ってしまっていた。

「今のが……盟主ベリスティオですか」

 グレイスがやや険しい表情で呟くように言った。

「盟主の意識が、魔力循環状態での接触で刺激を受けて、一時的に目を覚ました……ってところかな……?」

 再封印の時期が近付いているから、盟主の眠りが浅くなっている可能性がある。刺激を受けて浅い眠りから目を覚ましたが、奴にとっても予想外だったということなのだろう。

「……気になることを言っていたわね」
「聞き取りにくかったですが……眠りに呼びかけた、とか何とか」

 ローズマリーが言うとアシュレイが答え、マルレーンもそう聞こえた、というように頷いた。そう。そうだな。

「あの男というのは……多分、エベルバート王の事では無いのでしょうね」
「多分、ね。眠っているところに呼びかけるっていうのは……鎮魂の儀式を行うエベルバート王とは逆の行動に近いと思う」

 と、クラウディアの言葉に答える。
 俺のことを敵と断じたのは、魔力循環を用いていたからだとも言えるが。
 盟主に呼びかけるような理由のある人物、それが可能な人物となると、候補が極端に絞られてくる。
 だから恐らくは――ヴァルロスから情報を得たのだろう。残り1つの瘴珠から、盟主の意識にコンタクトを取ることが可能だったとすれば、ベリスティオ自身も封印されていながら、既にヴァルロスの考えに同調していると考えられる。

「ここから情報が漏れた可能性は?」

 シーラが言うと、その言葉にマルレーンが、俺に心配そうな表情を向けてくる。
 その言葉に、少し腕を組んで思案する。
 3つ揃って置かれていること。精霊王の封印が解ける時期が近付いていること。それに俺が接触して刺激を受けたこと。ベリスティオの意識が現れたのは、幾つかの条件が重なったからこそ、とも考えられるが……。

「あいつは……眠りに抗えないように見えた。地下に安置されていたことから考えても、情報が色々渡っているというのは……ちょっと考えにくいかな。だけど、慎重になったほうが良いのは確かかな」

 仮に情報を集められるとするならば、そんな手札を晒す利点は魔人達には無い。それに奴は、最初は意識がはっきりしない様子で、俺とヴァルロスの区別さえついていなかったように見えた。

「ベリオンドーラに向かった際のことを思い出しても、魔人達に情報が伝わっている様子は無かった……ような気がするわ」

 そうだな。そこはイルムヒルトの言う通りだ。
 その上、これだけ厳重な封印を受けた状態で、そうそうベリスティオの自由が利くとも思えないが……まあ、油断は禁物だ。こういうことがあると分かった以上は、確認しておかないのは怠慢というものだろう。

「では、ここに出入りが許されている者全員から聞き取りをしておきましょう。人員はそれほど多くは無いので時間はかからないはずです。念のために、余計な人間を出入りさせていないか、裏切ってはいないかなども、魔法審問も交えて調べましょう。勿論、私も例外ではありませんぞ」

 と、リカード老が言った。ああ。リカード老は俺との接点が少ないから、自分の潔白もしっかりと証明しておこうというわけだ。

「では、そちらはよろしくお願いします。僕は今の出来事を陛下に報告し、瘴珠の移送を行います」

 もしここに配置されている人員が、世間話等から何かしらの情報を漏らしてしまっているようなことがあると想定される場合、そこを逆手に取って罠を仕掛けるまでだ。

 いずれにしても、今からすることは変わらない。封印塔に移送して3つを離れ離れにしてしまったほうが、情報漏洩や盟主の意識が一時的に醒めると言った心配も無くなって、俺としても安心できるしな。さっさと移送作業を済ませてしまうとしよう。

 しかし、盟主ベリスティオか。
 予想外の出来事ではあったが……俺としては奴と接触して言葉を交わし、逆に戦意が増したようなところがある。魔力循環はしたままなので杖から小さく火花が散り、ウロボロスも戦意の高まりに応じるように口の端を歪ませるのであった。
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