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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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644 温泉での夕食会

 温泉に人が集まっているのを察知したのか、まず最初にテフラが顕現、遅れて精霊王達もやって来た。

「あっ、テオドール」

 プール上空に浮いていたルスキニアが休憩所に俺の姿を認めると、ぶんぶんと手を振ってくる。

「こんばんは」
「うむ。良い夜じゃな」
「中々賑やかで楽しそうだな」

 プロフィオン達も顕現している。ふわりと浮いて、休憩所のテラス席まで飛んできた。

「そうですね。これから夕食なのですが、ご一緒にどうですか?」

 と、テフラと精霊王達を誘ってみると、笑みを浮かべて頷いた。精霊は基本的に普通の食事を必要としないそうだが……高位精霊ぐらいにしっかりと顕現しているなら食べられないこともないそうで。まあ、セイレーンやハーピー達も歌を聴かせまくっていても活動できるそうだが、食事は食事で楽しんでいるようだし。

「実は……発酵した食べ物というのは私達にとっても魅力的だったりするのです」

 そう言ってマールが少し気恥ずかしそうに笑った。ふむ。自然の力で加工されたものに近いから、だろうか。それで少し気になっていたのかも知れない。
 まあ、今回作った味噌と醤油に関して言うなら、魔法で発酵を促進したものだったりするが、それを行っているのは菌の働きによるものではあるか。
 というわけで顕現した高位精霊の面々を見て、目を丸くしているハーピーの族長達にテフラやマール達を紹介しつつも、休憩所でのんびりと夕食の席となった。

 さてさて。今日の料理は各種炊き込みご飯、味噌汁、天ぷらに茶碗蒸し……と、ラインナップを見ると和風の定食といった風情だ。
 炊き込みご飯の種類はキノコ、ワカメ、アサリが基本で、そこに共通して鯛の身をほぐした物が入っている。
 炊く際の調味料として、例によって醤油や酒等を混ぜたものを使っているらしく、炊き込みご飯からは、湯気と共に独特の食欲をそそる香ばしさが漂っていた。

「んー。良い匂い」

 と、シーラは待ちきれないといった様子で、食膳を前に目を閉じて大きく息を吸っている。そんなシーラを見て、イルムヒルトがくすくすと笑う。
 みんなに行き渡ったところで、いよいよ夕食の席となった。一応リサーチ済みではあるのだが、マーメイドやセイレーン達が普通に魚を食べるのと同じように、ハーピー達も鳥肉などはあまり気にしない、ということらしい。選り好みをしていたら食べるのに困る、だそうで。まあ、尤もな話ではあるか。
 さてさて。レシピは渡したが、どんな仕上がりだろうか。見た目は流石に完璧だな。

「ああ。これは……」

 味噌汁の具はキノコであった。出汁もしっかり取っている。具はナメコであるが、これも迷宮産だ。宵闇の森にいる木の魔物が身体に生やしていることがあったりする。トロミのあるナメコの独特な食感と味噌汁の風味が……何とも良い味である。
 王城の料理長ボーマンに各種レシピと味噌醤油を譲ったが、しっかりと味を引き出す研究をしてきているな。実に美味い。この分だと他の物も期待が高まってくる。

 炊き込みご飯は選択制だ。お代わりは可能ではあるが、どれにしようか若干迷ったが、最初はアサリにした。
 これがまた美味い。程良い調味料の香りと、貝と鯛の旨味がふっくらとしたご飯と合わさって食欲を増進してくる。

「おお。これはまた……」
「美味しい!」

 炊き込みご飯を口に運んで目を丸くするヴェラと、表情を綻ばせるリリー。ラモーナも目を丸くしている。どうやらハーピー達にも好評なようだ。

 天ぷらはどうだろうか。メルヴィン王やジョサイア王子達、それにエルドレーネ女王も出席して歓待なのでごま油をしっかり使ったそうで。そうなると天ぷらは割合高級料理という印象なのだが。

 天つゆ、醤油、塩と小皿に盛られており、好きなもので食べられるようになっている。
 では――。大きな海老の天ぷらを、まずは天つゆで頂く。さっくりと揚げられた衣の香ばしさと天つゆの風味、ぷりぷりとした海老の食感が相まって絶品だ。これは良い具合の天ぷらである。イカに白身魚、キノコに南瓜と……バリエーションも中々豊富だ。
 ちなみに南瓜に関しては、ノーブルリーフ農法によるお化け南瓜を提供させてもらっている。

「揚げ物も美味しいですね」
「本当。ご飯によく合うわ」

 グレイスが一口一口味わいながら言うと、ローズマリーが静かに頷く。

「これも美味しいね、カミラ」
「ふふ、そうですね、エリオット」

 エリオットとカミラは仲睦まじい様子で食事を進めている。砦の訓練で少々家を空けていたからな。だが、エリオット達は相変わらずといったところだ。
 アシュレイがそんな2人の様子を見て嬉しそうに目を細め、それから俺を見てはにかんだように笑った。そんなアシュレイに俺も笑みを返して頷き返す。

「お代わり貰ってくるね。マルセスカとシグリッタは?」
「……まだ決めきれない。私も行く……」
「フォルセト様の分も貰ってくるよ」
「じゃあ、お願いしようかしら。次は……キノコでお願いしますね」
「はーい」

 シオンが炊き込みご飯のお代わりを貰いに立つと、マルセスカとシグリッタもそれに続いた。そんな3人の様子を、フォルセトが微笑ましそうに見送った。

「私も」

 と、シーラもすっくと立ち上がった。食はかなり進んでいるようだ。
 俺はと言えば天ぷらに続いて、茶わん蒸しを試してみる。一番上に蟹の身をほぐしたものが乗っかっていて、中はキノコや卵、鶏肉等々、具沢山だ。
 食感や見た目が好みなのか、マルレーンがにこにこしながら茶碗蒸しを口に運んでいる。

「美味しいわね、マルレーン」

 クラウディアが声をかけるとマルレーンがこくこくと頷く。

「ううむ。これは良い。実に素晴らしい。テオドール殿が作った調味料は格別だな!」
「このスープや、タレがそうなのですか?」

 エルドレーネ女王が唸り、マールがしっかりと味わってから首を傾げ、にこやかに尋ねてくる。

「スープとタレもそうですが、風味付けの調味料として、炊き込みご飯や茶碗蒸しにも使っておりますよ」

 と、ボーマンが答えた。そして言葉を続ける。

「醤油については私も大使殿に頂いた覚書を元に少々研究してみましたが、味わいが深くなりますからそのまま使っても良いですし、隠し味に使っても良い……と、とにかく万能な印象ですな。これを使えば何でも美味しく仕上げられる気がしますぞ」

 王宮の料理長からそこまで言って貰えるのは嬉しい限りではあるが。渡したレシピから色々試した上で、今日のメニューとなったわけだ。何にせよ、ボーマンの腕は流石というか何というか、大したものである。

「この分なら今後、味噌と醤油も普及してくるでしょうし、これからの食卓が楽しみになるわね」

 と、ステファニア姫が言うとアドリアーナ姫が目を閉じて頷く。
 そうして、夕食の席は和やかに過ぎていくのであった。



 夕食の席が終わると、皆のんびりと火精温泉で過ごす。再び風呂に入りに行っても良いし、プールで泳いでもいい。

 騎士達は日々の訓練の疲れを癒すために、もう一度温泉に浸かりにいった。
 コルリスはハーピー達から鉱石を食べさせてもらった後で、他の動物達とプールに行ってリリーを背中に乗せたりして一緒に泳いでいる様子だ。
 セイレーン達は火精温泉のプールが好みなのは知っていたが、ハーピー達もウォータースライダーで滑ったりと中々満喫してくれているようである。休憩所にあるビリヤードやダーツで遊んでいる者もいるな。

 休憩所にはゴーレム楽団も待機していたりして、興味深そうに眺めたり、それを見て劇場での一幕を思い出したのか、気分良さそうに歌を歌ったりしているハーピーやセイレーン達もいた。休憩所とプールサイドで、みんなで合わせて歌うあたりは流石と言える。

 そんなみんなの様子を横に眺めながらも、セイレーンとハーピーの族長達は、メルヴィン王やエルドレーネ女王を交えて明日からの予定についての確認作業だ。

「造船所の準備は整っていますので、明日からは何時でも合同練習が可能ですよ」
「造船所……シリウス号が置かれている場所でしたね」

 と、ラモーナが少し思案しながら言った。

「はい。騎士達にも来て頂きますか。呪歌、呪曲で支援する相手の顔やその動きを見ておいた方が良いかなと思いますし」
「それは確かに」
「では、騎士達にはそのように通達しよう」

 ヴェラが答えるとメルヴィン王が頷く。

「それから、楽譜の用意もできています。新しい曲を練習する期間について不安がありましたが……皆さんの様子を見ているとその心配もないようですね」

 聞こえてくる歌声はBFOのオープニングをなぞったものだ。食後の気分の良さに合わせて口ずさんでいるだけなのにパートごとに分かれていたりと、技巧の高さや歌に関する記憶力の良さなどがそこかしこから窺える。

「歌や曲との出会いについては最高でしたからね。思い入れの強さや、何のために歌うのかといった意思統一も問題ないと思います」

 マリオンがそう言って頷いた。
 ふむ。これなら明日以降も問題はないか。
 後は……月光島の話だろうか。多分温泉等で意気投合している内に月光島の話も聞いていると思うから、こちらから切り出してみたほうが良いだろう。
 メルヴィン王に相談してみたところ、ブロデリック侯爵領の財政が好転するのは歓迎だと言っていたし、通信機で尋ねてみれば侯爵領領主のマルコムもハーピー達さえ良ければ歓迎すると言っていた。
 目の前の問題が片付いてからの話になってしまうが、侯爵領に関しての話もしておこうかと思う。

「そう言えば……月光島の話は聞いていますか?」
「ああ。聞いております。セイレーンの皆様が交易所と、歌を歌うための場所を大使殿に作っていただいたとか」
「セイレーンの皆さんが羨ましい話ですね」

 と、族長。ふむ……。では、少し切り出してみるか。

「僕としては異界大使として、ハーピーの皆様とヴェルドガル王国の親善を進めていきたい、と考えています。もしよろしければ、ヴェルドガル王国の東――ブロデリック侯爵領に、同じような設備を作りたいとも考えているのですが」
「というと、交易をしたり、歌を歌ったりというような?」
「そうですね。外部との接触を控えていることから考えると、そういうお話を皆さんに持ちかけるのも余計なお節介なのでは、とも思ったのですが」

 俺の言葉にメルヴィン王が頷き、そして続ける。

「ふむ。余としてもヴェルドガルにとって得るところがある話。とは言え、テオドールの言う通り。大事なことは当人達が望んでいるか否かという部分であろうな。目前に迫った大きな問題もある。ゆっくりと思案し、話し合ってから決めてくれて構わぬぞ」

 メルヴィン王としては劇場としての集客効果の他に、ブロデリック侯爵領の今後の方針として更なる採掘や農地開拓が必須なので、そこで呪歌による体力回復が見込めると娯楽にもなるし生産性も増すので色々有り難い、とのことで。

「それは――確かに。魔石や情報を得るために、人の姿をして紛れたりする必要もなくなると考えると、我等にとっても大きな利のある話だと存じます」

 ヴェラが顎に手をやり、思案するような様子を見せる。

「ヴェルドガルとの交流があるなら……確かに魔石も入手しやすくなるでしょうね」
「でも、精霊達の少ない場所で大丈夫かしら?」
「それについては妾が請け合おう。術式で場を清め、魔に堕ちる心配を無くせばよいのだからな」

 と、エルドレーネ女王が自分の胸のあたりをぽんと叩いて笑う。ハーピーの族長達は顔を見合わせ……そして笑顔になっていった。

「歌を自由に聞かせて良い場所があるなんて」
「それは素敵な話ね。みんなも喜ぶのではないかしら」
「今までは森に隠れて聴かせていたものね。ヴェルドガル王国なら安心だわ」

 ということで、反対意見は出ない様子だ。

「では……その方向で話を進めていくか。テオドールには、資材の準備が出来たら知らせるとしよう」
「分かりました」

 まあ、着工できるとしたら決戦の後になってしまうだろうけれど。話は纏まったが、明日から、決戦の日に向けてしっかり頑張らないとな。
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