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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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643 傀儡と寸劇

 迷宮村、セイレーン、ハーピー達。3つの曲をマッシュアップした旋律が劇場に響き渡る。精神を落ち着け、集中力を高める効果があるというものである。静かで美しい、特徴的な旋律だ。呪曲というのは延々と演奏できるようにループできるパートを用意している。そこを一度分解して組み合わせていけば1つの曲に落とし込むのも、そこまで難しいことではない。
 統合した呪曲についてはセイレーン達にしてもハーピー達にしても、喜んでくれているようである。
 続いてBFOの曲だ。演奏するその前に口上を述べる。

「さて。呪歌、呪曲については、曲調が効果に影響を及ぼしているようです。そこで、今までに無かった様式の曲を奏でることで変わった効果を得られないものかと、少し調べてみました。騎士――戦士達が旗をたなびかせ、守るべき美しい故郷の山、海、草原や街並みを眼下に見ながら進んでいく。そんな情景を思い描きながら聴いて頂けると幸いです」

 呪歌、呪曲の作法に倣い、情景を最初に伝える。奏でるのはBFOのオープニングだ。静かな曲のイントロに合わせるように舞台を白い靄が覆い――ドラムロールとシンバルの音に合わせて一気に晴れる。雲海を抜けて、一気にルーンガルドの世界が広がるイメージだ。大空――或いは海原を思わせる青い光に包まれて、曲が奏でられていく。

 舞台演出を曲のイメージに合わせたわけだが、中々効果的な演出として作用しているように思える。観客のみんなは食い入るように歌の世界に入り込んでくれているらしい。

 酒場の曲は色取り取りの光の粒を舞わせて楽しそうな雰囲気を作り出していく。ゴーレム達が酒を酌み交わすように乾杯の仕草を見せ、ジョッキを空けるような動きをして、肩を組んで身体を揺らしながらコーラスを響かせる。

 神殿の曲は大きな月を浮かべて、星々を瞬かせるように青白い煌めきを散りばめる。
 工房でみんなに聴かせた時と違い、今度はコーラス付きである。月女神に祈りを捧げる巫女のイメージで女性型のコーラスゴーレムが手を合わせ、膝を突き、浪々と歌声を響かせて神秘的な空間を作り上げていく。

 不安を煽る迷宮の曲。四方八方から黒い影が伸びてきて、演奏しているゴーレム楽団の内、手の空いている者が影に怯えるような仕草を見せたり、或いはそれに恐々ながらも立ち向かったりといった挙動を見せる。
 これらは舞台装置の演出に寸劇を混ぜるという、また新しい試みだ。歌劇というほどではないが、観客の反応を見ると中々楽しんでくれているようである。

 そして――疾走感を伴う戦闘の曲だ。舞台の端から迫ってくる黒い大きな影へと、舞台中央から生まれた輝く光がぶつかって火花を散らすような演出をしていく。
 それに勇気付けられたようにゴーレム達が立ち上がり、剣ではなく楽器の音色を以って戦うような動きを見せれば、迫ってきた闇が段々と駆逐されていく。

 そうして演目を終えれば、割れんばかりの拍手が巻き起こった。ゴーレム楽団と手を取り合うようにして客席へと挨拶してみせる。

 アンコールを求める声。客席のイルムヒルト達に視線をやって合図を送る。彼女達は頷くと立ち上がり、客席を出て行った。楽屋に行って着替えてくる、ということだろう。では、彼女達の準備が整うまでの間にアンコールに応じて、もう何曲か演奏させてもらうとしよう。

 そうして対立する貴族家を跨ぐ恋愛の曲を、最初に背後関係の説明を交えて、コーラス隊のゴーレム、男性型、女性型を当事者に見立てて演技をさせながら演奏をすることにした。ゴーレムなので衣装替えも楽なものだ。変形させて貴族の後継ぎと令嬢風にするといったパフォーマンスを行う。そうこうしている内に、イルムヒルト達の用意も整ったらしい。舞台袖に彼女達の姿が見えた。
 穏やかな曲を奏でながら、当事者2人の顛末についても観客に説明していく。

「――送られた歌を耳にしたことで当主は感動し、貴族家の2人も結ばれた、とのことです」

 その話は――歌が良い結果を齎したということで、彼女達の好みに合致するものだったらしい。寄り添う男女のゴーレムを見ながら、彼女達は笑顔で大きな拍手と歓声を送ってくる。

「さてさて。僕からの演目は以上になりますが――まだまだ劇場の幕は下りません。ドミニクやユスティアが、普段この劇場でどんな舞台に立っているのか気になる方々もいるでしょう。どうぞ最後まで、心行くまで楽しんでいって下さい」

 そう言ってゴーレム楽団と共に一礼する。舞台が暗転。俺達は舞台袖に引っ込む。
 そうして――拍手が収まるのに合わせ、闇の中で客席側にスポットライトが当たり、ドレス姿のイルムヒルト達が姿を現した。透き通るような歌声と美しい音色を奏でながら、ゆっくりと客席の上を舞う。

 一瞬にして劇場の空気を塗り替え、自分達の世界を構築するあたりは流石だと言えるだろう。光と泡と、そして歌声と音色とが、境界劇場の中に神秘的な空間を構築していくのであった。




「いやあ、凄かったわ」
「本当本当。ゴーレム達の演奏も面白かったけれど、その後のあの子達の演奏も――」
「ドミニクちゃんが、少し羨ましいかも」

 境界劇場から火精温泉へと、歓待の場を移してもセイレーン達とハーピー達の興奮は覚めやらぬ、といった具合であった。あれこれと話をしながら女湯へと連れ立って向かっていく。
 んー。こうしてセイレーンとハーピー達が意気投合すると、公爵領の月光島の話も出るだろうな。

 そうなるとハーピー達も自由に歌を聴かせることのできる施設があった方が良いかなという気もする。色々と今後の相互理解に繋がるだろうし。
 ヴェルドガルの東となると――ブロデリック侯爵領か。あの場所に人を呼べるような設備があると、先代侯爵が傾けた財政も元に戻るのかも知れないが……ふむ。

 まあ、先々の話は相談してみないと分からない。
 それに今の状況だと魔人達への対策以外に手を広げている暇がないし、こちらが良い話だと思っても、当事者達が望まないなら大きなお世話になってしまうからな。

「ん。テオドールのゴーレム達。動きが面白かった」
「本当。みんなも楽しそうに盛り上がっていたものね」

 それぞれ男湯、女湯に向かう前に、シーラが先程の舞台について口にすると、イルムヒルトが笑みを浮かべて頷いた。

「ゴーレムなのに、演奏しながら役者のような動きをしてたわね」

 ローズマリーが羽扇の向こうで目を閉じると、クラウディアとグレイスが頷いて言った。

「あれを制御でやっているのだから、そういう意味でも見所があったわ」
「テオのゴーレムは、訓練の時もそういう細かな反応をしますからね」
「ああ。少し喜劇的になるように意識してたからね」

 歌声や演出で魅了するイルムヒルト達と同じ方向性でやっても、決められた通りに演奏しているゴーレム達では、やはり技巧や気持ちの入れ方などで見劣りしてしまうだろう。

 だから競合することのないように、造形や挙動なども含めて、ややコミカルな路線で演奏させてもらった。オーバーリアクションで人間臭い動きを交えることで、制御された演奏であるという印象を薄める、という目的もあるにはあるのだが、何より気軽に娯楽として楽しんで貰えれば俺としてはそれで良かったのだ。

 そして楽しんで貰えた分、後で呪歌、呪曲として演奏する際に、曲に対しての思い入れを深くして貰えれば、それで御の字といったところである。元々歓待と友好の意味合いで今日の舞台に立ったわけだしな。

「うむ。中々見所も多かったが、新しい曲というのも余は気に入ったぞ」
「妾もだ。テオドールには色々驚かされるな」

 メルヴィン王とエルドレーネ女王がそんなふうに言って頷き合うのであった。



「ああ――。良いお湯でした」

 男湯にのんびり浸かってから風呂から上がり、休憩所でのんびりしているとグレイス達が湯から上がってきた。ほんのりと頬を赤く染めて湯気を立てて、みんな気分が良さそうな印象である。

「皆さん、劇場で奏でられた曲を一緒になって口ずさんだりしていましたよ」

 と、アシュレイが嬉しそうに微笑みながら教えてくれた。マルレーンもにこにこしながらこくこくと頷く。

「ああ、それはまた……。そっちは盛り上がってたんだろうなぁ」

 男湯でもハーピーの男衆が色々歌ったりしていたからな。当然ながら、彼らも大した技巧を持っている。

「そうね。一度で色んな曲を覚えてしまっているのも驚きではあったけれど」
「迷宮村の住民もそうだけど、歌に関しての記憶力や耳の良さは凄いわね。楽器でも、慣れたものであるなら、ある程度はもう弾けるんじゃないかしら?」

 ローズマリーが言うとクラウディアが頷く。……なるほどな。あまり多くの曲を練習する時間がないかもと厳選していたが、そのへん認識を改めるべきかも知れない。
 まあ、必要かと思われる曲は揃っているので、あれもこれもというのはどうかと思うが。

「いや、良い湯であった。何というか、魔力が充実してくる」
「テフラ様の加護がありますからね、この温泉は」
「なるほど。精霊の力が強いとは思っていましたが――」

 と、ヴェラと一緒にラモーナやマリオン、そしてそれぞれの部族の族長達が女湯から上がって休憩所に姿を現した。俺達に気付くとヴェラやハーピーの族長達が一礼してくる。

「ああ。テオドール殿」
「実に良いお湯でした」
「ありがとうございます。夕食の準備もできていますよ」

 王城の料理人が渡したレシピから色々作ってくれているのだ。休憩所には食欲をそそる香りが漂っている。
 味噌と醤油を使った料理ということで、歓待のために用意してもらったのだ。折角歓待の席を設けるなら出し惜しみはしないということで。
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