挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
655/1177

634 境界都市と冒険者の王

「今日はこの本を朗読しようかと」
「おお。アンゼルフ王の話か」

 と、持ってきた本に反応したのはアウリアだ。
 ヴェルドガルから見ると隣国を挟んで更に東に位置する場所に、ドラフデニア王国という国がある。その国の高祖と言われる人物……アンゼルフ=ドラフデニアを主人公とした冒険譚である。

「有名な人なんですか?」
「ええ。冒険者ギルドを立ち上げた人物として有名よ」
「私も小さい頃はアンゼルフ王の冒険譚を何度も読み返したものだわ」

 首を傾げたシオンにそんなふうに説明したのはステファニア姫とアドリアーナ姫であった。あー。ステファニア姫達の嗜好はアンゼルフ王の冒険譚の影響があると言われると色々納得してしまう部分があるが……。

「グリフォンとずっと一緒だったんですよね。羨ましい話です」

 と、シャルロッテ。シャルロッテらしい感想ではあるな。
 アンゼルフ王は冒険家として知られ、若かりし頃にグリフォンに跨って諸国を渡り歩いたと言われている。その際、あちこちで手記に当時の様子を記しているのだ。
 その手記の記述を元に冒険譚も書かれているので、色々と資料的価値も高いと言われている。冒険の話に加えて当時の様子を窺い知ることもできるというのが魅力であり、今回みんなに聞かせる内容としても向いているかなと思った次第である。
 ステファニア姫の言ったように、冒険者ギルドを立ち上げて有能な人材を集めた人物としても有名で、冒険者達の王という異名も持っていたりする。

「飲み物とお菓子の準備もできていますよ」
「音楽も任せてね」

 と、グレイスが言って、イルムヒルト達が楽器を手に取る。

「ん。それじゃあ、始めようかな」

 みんなも期待している様子なので、本を開き、ランタンを用いて朗読を始める。
 アンゼルフ王の子供の頃の話――ポーションの材料を採取しにいった森で、怪我を負っていたグリフォンの子供をアンゼルフ王が助けるところから物語が始まる。

 朗読に従い、茂みの中にいた、まだ身体の小さなグリフォンの脇腹にポーションを塗り込む少年の姿が映し出される。手当をしてもらったグリフォンは嬉しそうに一声鳴くと、アンゼルフ少年の頭上を何度か飛び回り、いずこかへと去っていったという。
 これがアンゼルフ王の終生の友、相棒とされるグリフォン、グリュークとの最初の出会いである。

 物語に合わせてイルムヒルト達が場面にあった音楽を演奏してくれるので、かなり臨場感がある。
 物語はそこから当時の街並みや暮らしぶりが解る描写、アンゼルフ王の出自や生い立ち、周囲の人間関係を語る場面へと続く。文章に忠実に街並みを再現していく。

「――少年の父親は薬師であった。森で薬の材料となる薬草を集め、魔法でそれを調合する。困っている人々を助けるためにあちこちを渡り歩き、薬を売ることで生計を立てていたという」

 アンゼルフ王は名家の出自である薬師の子だ。父親は薬草を調合してあちこちを巡りながらポーションを売るのを生業としていた。アンゼルフ王はその後継ぎとして、読み書き計算にポーション調合やそれを用いた治療等の高度な教育を受けていたのである。
 護身術や旅をするための知識もそこで身に付けたものらしい。護衛として雇った人物から剣術の指南を受けたり、鍵を開けたりする技術も父親との旅の中で教わった。
 後の大冒険家アンゼルフを形成する色々な要素が幼少期に詰まっているのが見て取れる。そういった日々の様子が描写されており、幻影もそれに合わせて映し出されていく。

 だが、そんな生活も長くは続かなかった。父親が濡れ衣によって投獄されてしまったのだ。これは安価で品質の良い薬を扱っていたために、同業者の妬みを買ったからと言われている。役人が買収され、父親が投獄されてしまったというわけだ。
 後に父親は嘆願により釈放され、冤罪に加担した者達が裁かれることになるが……その頃にはアンゼルフは奴隷商によって連れて行かれた後、行方が分からなくなってしまっていた。波乱万丈な人生である。

 その奴隷商は旅の途中でゴブリンに襲われ、アンゼルフの剣の腕前も見たが……高度な教育を受けていることから剣闘士などにはせず、高値で売ろうと考えていたらしい。
 外国の奴隷市まで連れていかれたが……そこでアンゼルフは剣闘士達との戦いの見世物にされそうになっていたグリフォンと出会う。それこそが昔、アンゼルフが助けたグリフォンに他ならなかった、というわけだ。脇腹の傷を見て、アンゼルフはグリフォンとの再会を確信した。

「少年は――彼を売り飛ばすための商談が纏まって上機嫌になった奴隷商が酔って眠り込んだのを見計らって逃げることにした。少年にとって奴隷市で拾った髪飾りの金具さえあれば両足を繋げる戒めの鎖の鍵を開けるのは難しいことでは無かったのだ」

 脇腹に傷痕の残るグリフォンの檻を開け放ち、友との再会を喜び――そして少年とグリフォンは奴隷市を逃げ出したのだ。

「――最早何処へも戻る事はできない。逃げ出した奴隷の身の上故に。友であるグリフォンもまた、彼の立場を悪くするのだろう。だが彼らは今、自由を得たのだ。力を得たら、いつか父親を助けるために故郷に戻って来ようと、夜の風を切りながら少年は友に語る。グリュークは嬉しそうに一声を上げた。自分達を誰も知らない遠くまで――彼らは星空の下を駆ける」

 そうして彼らは長い冒険の旅に出た。ポーションを売って路銀を稼いだり、剣の腕と機転でゴブリンを退治したり、或いは友好的な魔物を助けたり助けられたり。
 父親と同様、困っている者に薬を分け与えたりもしたそうだ。旅先で父親が釈放されたという噂を耳にしたが、それでもアンゼルフは自分が帰ることで父親に迷惑を掛けてしまう可能性があると、故郷へは帰らなかったらしい。
 後に冒険の旅で得た仲間達と共に、アンゼルフは故郷に戻ってくるが、それは圧政を敷く故郷の国の暗君を打ち倒すためであった。その後、荒廃した国を建てなおすために自ら王となり建国することになる。

 今のように冒険者ギルドがあったわけではなかったから、根無し草として色々苦労をしたらしい。そうした者達に仕事と安定した身分を与えようという発想になったのはこれらの経験を経たからこそなのだろう。

 そうしてアンゼルフ王の冒険譚の序章とも言える、生い立ちから旅立ちまでの話を終えると、皆から拍手が起こった。映像もあって、みんな聞き入っていた感じだな。リリーやラスノーテ、それからシオン達は初めてアンゼルフ王の話を聞くというのもあり、身を乗り出して物語と映像に入り込んでいた感じである。

「昔の話なので今とは全然時代背景が違いますが……アンゼルフ王が建国し、ヴェルドガル王国とも示し合わせて、色々変わったことは多いんですよ」

 友好的な魔物を保護する立場ではヴェルドガル王国もドラフデニア王国も同じだからな。ドラフデニアとは剣闘士などを禁じる協定を結んだりしているし。

「タームウィルズにもやって来て、迷宮に潜ったりもした事があるそうね。父親も薬師として高名な人物よ」

 ローズマリーが言う。ああ。薬や錬金術関係でもアンゼルフ王の影響があったりするわけだ。その方面からの視点というのはローズマリーのほうが詳しいかも知れない。

「アンゼルフ王がヴェルドガル王国の在り方や制度に、色々感銘を受けたという話は授業で聞いたことがあります」
「そうだね。冒険者ギルドの性格にも影響が出てるところはありそうだ」

 アシュレイの言葉に頷く。ペレスフォード学舎でもドラフデニア王国について教えているらしい。貴族教育をするなら冒険者ギルドの成り立ちなどについても教える必要もあるだろう。

「そうなると……クラウディア様の考えが影響している部分も大きいとも言えますね」
「ああ。それは確かに」

 グレイスの言葉に頷く。冒険者ギルドの性格にヴェルドガル王国の治政が影響を及ぼしたというのなら、そもそもヴェルドガル王家と契約を結んだり、月神殿の巫女や神官達に神託を送っていたクラウディアの影響があればこそとも言える。そう考えると、色々と歴史的にも興味深い話ではあるな。

「んん……。私は……その当時は多分、迷宮の奥にいただけで、特に大したことはしていないのだけれど」

 と、当人であるクラウディアは少し頬を赤らめて咳払いなどをしているが、ヘルヴォルテは納得した、というように静かに目を閉じて頷いていた。シリルやクレア達、迷宮村の住人達も得心顔である。マルレーンもこくこくと首を縦に振っていた。

「いや、面白かったです。話を聞いている限りだと続きもありそうなのですが……」

 と、ハーピーの皆にも好評のようだ。どうも期待されているようではあるな。それならば……。

「そうですね。アンゼルフ王の冒険譚は沢山ありますし、もう一話ぐらいはお話できる時間もありそうですね」

 そう答えると皆が嬉しそうな顔をした。みんなの反応も良いので、今日だけでなく定期的にアンゼルフ王の話をするというのも良いかも知れないな。一日やそこいらで終わる話でもないし。
 そうして、ドミニクの家族達を迎えての夜は、幻影を交えての朗読と共に過ぎていくのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ