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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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623 精霊王の訪問

「……えーと、もう少しお代わりを貰って来ようかな」
「他のは食べ過ぎると太りそうだけど、そのみそしる、なら大丈夫そうだものね。私もお代わりを貰おうかしら」

 ドミニクが少し気恥ずかしそうに味噌汁のお代わりを求めて立ち上がると、ユスティアが笑みを浮かべて一緒に席を立った。
 うむ。まあ、米は確かに炭水化物なのであまり食べ過ぎると太りやすい一面もあるか。2人は劇場で歌を歌うし、訓練や迷宮探索などをしているわけでもないからな。そう言ったところを気にするのは分かる。

「それじゃあ、私も」
「そうですね。折角の新しい料理なのですし」

 2人の話を聞いていたのか、ロヴィーサとエルハーム姫もおずおずと味噌汁のお代わりを貰っていた。まあ、気に入ってもらえて何よりである。

「私はその分、訓練や探索で頑張る」

 と、そのへんシーラは気にしないといった様子で食事を満喫しているようだが。

「この、しょうゆの色が違うのは種類が違うということでしょうか? 風味も違うようですけれど」

 と、オフィーリアが質問してくる。

「ああ、それは発酵物なので、加熱処理をして保存しやすく、長持ちするようにしたものが濃い色の方です。これは加熱によって成分が変化して、色や風味、香りもその工程で少し変わってくるのかなと」
「色も変わるというのは不思議ですわね。小さな頃飲んだことのある、薬草のお茶のようですわ」

 俺の返答にオフィーリアは笑みを浮かべた。薬草のお茶……つまりハーブティーだな。色が変わるところからハーブティーを連想するあたりはオフィーリアらしい。

「それは恐らくマロウブルーのお茶ではないかしら」

 と、ローズマリーが言った。オフィーリアは心当たりがあるのか、明るい笑みを浮かべて答える。

「ああ、その香草だと思いますわ」
「持ち合わせもあるわよ。食後の座興としては丁度良いかも知れないわね。よければ用意をしておくけれど……」
「ああ、それは面白そうだ」
「お茶を淹れるのでしたら、お手伝いします」

 俺とグレイスの言葉にローズマリーは頷くと、魔法の鞄の中を探っていた。
 色が変わるお茶か。ハーブティーには流石に疎いからあまり詳しいことは分からないが、中々盛り上がりそうだ。

 お茶はともかくとして……醤油を加熱すると色が変わる理由は何だったかな。説明を求められた時にきちんと答えられるように思い出しておくのは食品の信頼度的に重要かも知れない。
 このあたりは景久の記憶で、醤油作りの際の蘊蓄として聞かされた記憶があるのだが。
 確か……加熱による成分変化でできる物質が褐色をしている、という話だったかな? この物質が色と香りを生み出しているのだとか。

 まあ、そういった蘊蓄はともかく、生揚醤油はやはり美味しいとは思う。発酵物なので扱いにくいところはあるのは確かだが、このあたりを上手く提供できるようにすれば、将来的に醤油や味噌が普及しても迷宮商会だけの売りにできるかなとは思う。

 空気に触れなければ劣化もしない、らしいが、菌が残っていると密閉保存には向かないかも知れない。発酵が進めば容器が膨張したり破裂したりする可能性があるからだ。

 となると……生揚醤油から菌だけを取り除き、外気に触れない容器に入れれば長期保存も可能、ということになるだろうか?
 魔法で菌の働きをコントロールできるなら、そのあたりもどうにかできるかも知れないな。今後の研究課題ということにしておこう。



 使用人のみんなも網焼きや味噌汁、焼きおにぎりに舌鼓を打っていた。味噌や醤油は概ね好評だと言えよう。
 そうして夕食が一段落し、普段は食後のお茶と談笑というタイミングで、ローズマリーとグレイスがマロウブルーのハーブティーを淹れてくれた。観賞しやすいよう透明なグラスに、透き通るような青いお茶が注がれる。

「これは……綺麗ですね」

 アシュレイが笑みを浮かべる。

「こういう鮮やかな青っていうのは、中々珍しいな」
「見た目は珍しくても味は淡泊なのよね」

 俺の感想にローズマリーが答える。
 見ているばかりも何なので、皆で飲んでみる。

「確かにあまり味がしないですわね。以前に飲んだ時は、いくつかの薬草を組み合わせたお茶と言っていましたわ」
「香り付けをした上で、視覚的にも楽しませようとしたのかも知れないわね。さっきも言った通り、このお茶は時間の経過で色が変わっていくわ。喉や胃腸の調子を整える効果もあるのよ」
「喉に良いっていうのは嬉しいかも」

 と、ドミニクが嬉しそうに言った。うむ。ローズマリーのこう言った薬草に関しての知識は流石だと言えよう。
 ということで、色の変化を見ながらのんびりとお茶を楽しむ。
 マルレーンとセラフィナ、それにラスノーテは一緒に座って、色の変化を興味深そうにじっと眺めていた。鮮やかな青色が段々と色が変わって、紫がかった色になっていく様に目を奪われている様子である。

「こういうこともできるわ」

 ローズマリーが自身のグラスに、輪切りにしたレモンの汁を多めに垂らす。すると紫色からピンク色へと変化する。その光景にマルレーン達が嬉しそうに笑みを浮かべて拍手をする。
 レモンの汁を入れてペーハー値を変える、というわけだな。ローズマリーの手際に感心していると、当人はスライスしたレモンが置かれた皿をテーブルの上に置いて、それから羽扇を取り出して言った。

「まあ……好みで色を変えてみるのも面白いかも知れないわね。レモンの量で色合いも微妙に変わるから」

 色を変えたければ自由にどうぞ、後は任せる、と言うわけだ。ストレートな好意を向けられるのに弱いローズマリーである。
 そんなローズマリーの様子に、グレイスが穏やかに笑みを浮かべたりしていた。
 アシュレイ、マルレーン達とシオン達年少組は、早速各々のグラスを並べ、レモン汁の量を調整して、グラデーションを作ったりして楽しんでいた。クラウディアやオフィーリアはそんな年少組の様子を微笑ましいといった様子で見ていた。

「さて……。折角喉に良いお茶を飲んだことだし」

 ドミニクが小さく咳払いをするようにして、喉の調子を見ている。それを見てユスティアとイルムヒルトは何かを察したかのように顔を見合わせ、頷き合った。

「良いわね。私達も食後の余興をしましょうか」
「ええ。それじゃあ一緒に」

 ユスティアが竪琴を取り出すと、イルムヒルトもリュートを手に取った。
 そうして3人は楽しそうな歌声と音色を中庭に響かせる。こういう場でイルムヒルト達が演奏する時は、劇場でのそれとはまた雰囲気が違う。レパートリーの中からもう少し素朴な曲目を選んでいるようだな。

 3人の演奏を聞きながら寛いでいると、片眼鏡に反応があった。精霊達が活気づいている。これは――。

「あ。マールちゃんやルスキニアちゃん達がやって来たみたい」

 フローリアが何かに気付いたらしく、明るい笑みを浮かべながら言った。水が渦を巻いて人の形を取り、上空ではつむじ風が舞ったかと思うと、その中からそれぞれ水の精霊王マールと、風の精霊王ルスキニアが姿を現した。
 続いて炎が立ち昇り、火の精霊王ラケルドと、土が盛り上がって地の精霊王プロフィオンも現れる。

「こんばんは」
「突然の訪問ごめんなさいね」

 ルスキニアが元気よく挨拶をし、マールが静かに笑みを向けてくる。

「いえいえ。こんばんは」

 俺の家もフローリアの領地とも呼べる場所で、精霊に親和性が高い場所だからな。高位精霊が顕現するのには問題の無い場所のようである。
 さてさて。精霊王達が訪問してきたということは、ドミニクの故郷についてある程度の情報が集まってきたというところだろう。何かしら情報が集まったら知らせにくると言っていたからな。

「やはりドミニクに関することで?」
「うむ。まだ決定的な情報があるわけではないのだがな」
「そなたには早めに知らせておいたほうが良さそうではあるからのう」

 ドミニクの故郷探しについては精霊達の情報収集待ちという状態だ。
 探索範囲が広くても情報を持った精霊が戻ってくるまでという部分で時間が必要になる。
 ハーピーの集落を見つけても、そこに精霊と交信できる者がいなければ住人に直接話を聞いたりもできないので尚更だ。そこで、集落を見つけたら地図と地形を照らし合わせて模型を作り、ドミニクに見てもらうことで故郷との類似点を探して行こうと考えているのだが……。

「私は別に、この時期みんな忙しいし、無理しなくても良いって思ってるよ。決戦の時だって、みんなの力になりたいから、こっちにいたいし」

 と、演奏を一旦中断して、ドミニクが言ってくる。まあ、そういうふうに言われると余計何とかしてやりたくなるのが人情というものではある。

「ドミニクの意志は尊重するよ」
「うん。そこは絶対」

 迷いなく、決意を込めた眼差しでドミニクが頷いた。ユスティアもグランティオスという故郷に帰れるが、そうはしなかったからな。その友情にドミニクも応えたいのだろう。
 今回の情報でドミニクの故郷が特定できるとは限らないが、場所次第ではシリウス号を思い切り飛ばして、一気に行って帰って来れる可能性もある。決戦が近付いているとは言え、そのぐらいの余裕はあるはずだ。
 上手くすれば近隣の月神殿を転移拠点にして気軽に行き来できるようになるかも知れない。まあ、まずは、精霊王達から情報を聞いてみることにしよう。
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