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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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622 味噌と醤油の夕食会

「ああ、お帰りなさい」

 発酵部屋に向かうと、そこにはフローリアとハーベスタ、それからアルケニーのクレアと、ケンタウロスのシリルが、木べらを使って味噌を混ぜたりと、作業をしているところであった。発酵部屋に入ってきた俺の姿を認めると笑みを浮かべて挨拶してくる。

「ああ。ただいま。味噌と醤油はどんな感じかな?」
「普通に発酵させているほうも順調みたい」

 フローリアに尋ねると、笑みを浮かべて答え、浮遊していたハーベスタがこくんと首を縦に振る。
 ふむ。フローリアとハーベスタはそういうのも分かるようだからな。ハーベスタの頭を軽く撫でてやる。

「カビが生えたら拙いんですよね? そういうこともないですし」
「うん。魔法で発酵させてるほうは……そろそろ完成に近いかなとは思ってる。今日あたりの夕食に使えないかって考えてるんだけど――」

 スプーンを手に取って、魔法で発酵促進をしている樽から、味噌を少しだけ掬って口に運んでみる。
 ――ああ。懐かしい味と風味だ。記憶の中にある味噌そのままである。
 味わいながらも若干懐かしさに浸ってしまうところがある。

 カノンビーンズの砲弾豆が原材料だったのでどうなるかと思っていたが、これなら問題ないだろう。
 続いて醤油の出来栄えを見てみる。こちらは経過を見ながら温度管理などもしていたが……さて。どうなっているだろうか。樽の中のもろみを少しだけお玉で掬い、用意してもらっておいた清潔な布で受け止め、器の上でゆっくりと搾る。濃い色の液体が、皿の上に溜まっていく。

 生揚醤油という奴だ。色合いも薄めではある。味見してみると……こちらも良い出来栄えだ。醤油独特の深い風味が口の中に広がる。生揚醤油は加熱処理した普通の醤油に比べてまろやかでこくが豊か、という話だが……これは良い出来栄えなんじゃないだろうか。

「どうですか?」

 と、クレアがやや心配そうな面持ちで尋ねてくる。

「んー。良い具合に発酵が進んでるんじゃないかな。美味しいと思う」

 フローリア達も興味津々といった様子で見ていたので、正直な感想を口にすると彼女達は嬉しそうな表情を浮かべた。うむ。使用人のみんなにもかき混ぜたりの面倒を見てもらってきたからな。

「後はこの醤油を少し加熱して、保存が利きやすくしてやれば完成なんだけど……まあ、搾ったり加熱したりの作業は、みんなでしようかなって思ってる」

 生揚醤油は菌が生きているので、火入れした醤油に比べて長持ちしない、というデメリットがあるらしい。火入れをすると色も濃くなり、香ばしい風味も出てくるという話だが……。
 まあ、折角なので今日は生揚醤油も料理に使わせてもらおう。

「分かりました。皆さんにも声をお掛けしてきますか?」
「ああ。それじゃあ、頼んでもいいかな? みんな遊戯室にいると思う」
「では、いってきます」
「ありがとう」

 シリルが頷いてみんなを呼びに走っていった。
 さて。みんなと醤油を搾ったら火入れをして……それから夕食作りだな。うむ。



「何というか独特の香りがするのね」
「本当ですね。食欲をそそる匂いです」
「ん。お腹空いた」

 ローズマリーの言葉にグレイスが笑みを浮かべた。シーラもお待ちかねといった様子だ。
 ハルバロニスから持ち込まれた白米も炊いて、魔光水脈の食材と、味噌と醤油をふんだんに使っての夕食作りだ。この前砦に行った際はみんなに弁当を作ってもらったから今度は俺がというわけではないが、色々とこちら主導で夕食を作らせてもらった。

 そうやって夕食の準備をしていると予定通りにステファニア姫達もやって来た。玄関ホールまで迎えに行く。

「こんばんは、テオドール」
「はい。ようこそ、いらっしゃいました」

 と、ステファニア姫達に挨拶をする。ステファニア姫達はアウリア達とも一緒だった。
 勿論、コルリスやフラミアも同行している。
 お辞儀をしてくるコルリスとフラミアである。訪問した時はお辞儀。別れる時は手を振る、と、挨拶を使い分けている感じがあるな。
 俺も挨拶してもらったのでコルリスの爪の先と軽く握手をしてから、フラミアの尻尾とも握手をしておく。

 さてさて。アウリア達が一緒なのは、俺も折角色々作るのだし醤油や味噌を広めたいという思惑もあってのことだ。
 アウリアにも通信機で声をかけ、ドミニクとユスティア、それからフォレストバードの面々も招待しているのである。

 味噌と醤油が出来上がった時点で色々通信機で声をかけてみたが、何分少し急な夕食会ということで、都合がついた面子、つかなかった面子がいたりする。
 アルフレッドがオフィーリアを招待しているし、迷宮商会の店主ミリアムも既にやって来ているが、まあ、今日のところはそのぐらいだ。

「んー。何だか……美味しそうな匂いがしているわ」
「うむ。これは期待が高まるのう」

 玄関ホールに通されたステファニア姫達は中々テンションが高めだ。

「中庭に座席を用意していますので、そちらへどうぞ」

 夕食の席へと案内する。中庭に向かうとテーブルに料理が並んでいた。

「おお……」

 と、歓声があがった。色々見たことのない料理も並んでいるからな。
 醤油の香ばしい匂いを辺り一面に漂わせているのは、貝やウニの魔物に醤油を垂らした網焼きだ。
 料理と呼ぶ程のものではないが、シンプルなだけに食欲にダイレクトに訴えかけてくるものがある。

 みんなが座席について、使い魔達も中庭の一角に陣取った。それぞれ夕食である。骨付き肉や鉱石が用意されたところで、短めの挨拶だけしておく。

「夕食会というか試食会で恐縮なのですが、今日は新しい発酵食品――調味料を用いて料理を作りました。あまり食事の前に色々講釈を垂れるのも何ですので、このぐらいにしますが、色々感想を聞かせて貰えたら嬉しく思います」

 そう言うと拍手が起こった。一礼して着席。夕食会の始まりだ。
 さて。では、何から行くかな。まずは……味噌汁から行くか。
 クローキングケルプと呼ばれる海草の魔物と小魚で出汁を取り……同じく小型の貝と蟹のぶつ切りを味噌汁に入れてみた。
 口に運ぶと、何とも言えない旨味が味噌汁の中に溶け出していて、それが味噌の風味に良く合っている。俺にとっては懐かしさを感じる味。では、みんなにとってはどうだろうか。

「む」
「お」

 と、味噌汁を口に含んだ途端、あちこちから声が上がる。

「これは……美味いのう」

 アウリアが目を丸くする。

「このスープの味付けに使ったのと、これに塗ってあるのが同じものかしら?」

 味噌汁を味わったイルムヒルトの興味は、同じく味噌を使った焼きおにぎりにも向いたらしい。焼きおにぎりを見て首を傾げる。

「そう。固形の調味料の方だね。スープのほうは味付けとしてお湯に溶いてある。そっちは米を握って味噌を塗って焼いたもの。醤油を塗って焼いたのもあるけれど」

 つまり、味噌と醤油の焼きおにぎりである。
 こちらもいい具合に香ばしくて食欲をそそる。焦がし過ぎないように気を遣ったので、焼き具合が良い塩梅だ。

 ブレードフィッシュを焼いた物に大根おろしを添えて、生揚醤油を掛けて頂く。これが丁度、秋刀魚に良く似た味わいで、実に合う。

「ん。これは止まらなくなる」

 と、シーラがもぐもぐとやりながら言った。うん。確かにご飯が進むな。
 白米も用意してあるから問題はないが。貝やウニの網焼きと一緒に頂くと、どんどん食が進んでしまう感じがする。
 それから、ウィスパーマッシュのソテー。これはエリンギに近い味なので、バター醤油で炒めたりすると何ともまた米に合う感じである。もろみそのものも白米に合わせるおかずとしては中々美味しい。

 刺身なども試したいところではあったのだが、みんなは味噌、醤油は初めてだからな。まずは食べるに当たってハードルの低そうなところから慣らしていくのが良いかなと思った次第である。

「お米と合いますね。口の中でばらけて……風味が広がる感じ、でしょうか」
「味噌も醤油も美味しいですね。豆が原材料でこうなるなんて……不思議です」

 と、グレイスとアシュレイ。
 グレイスは静かに分析している感じだ。後で色々料理に反映されるかも知れないな。アシュレイも不思議そうではあるが、楽しそうに料理を口に運んでいる。
 マルレーンはと言えば、その隣でにこにことしながら焼きおにぎりを齧っている。

「完成度が高いわね。これは驚いたわ」
「確かに。これは美味しいです」

 ローズマリーが言うと、フォルセトも目を閉じて味わいながら静かに頷いていた。
 製法そのものは完成されているからな。後は原材料の違い、工程に魔法が加わることでどうなるかと思っていたが……色々と上手く行っているようで何よりである。

「発酵物って言うからどんな感じかって思ってたけど、これは美味いなぁ」
「そうですねぇ。風味も独特ですけど、臭みっていう感じではないですし」

 フォレストバードのロビンとルシアンがそんなふうに笑顔で言葉を交わす。

「どうかしら。ヘルヴォルテ」
「深い味わいですね。今まで食べたことのないものなので、中々言葉にするのは難しいですが……」

 クラウディアに笑みを向けられながら問われて、ヘルヴォルテは料理を味わいながらそんなふうに分析していた。ヘルヴォルテの言葉に、目を丸くしながらこくこくと頷いているのはラスノーテだ。

「お米にこんなに合うなんて、驚きです」
「本当、美味しいね!」
「……お代わり」

 と、シオン達も満喫してくれているらしい。うむ。好評なようで何よりではある。

「製法もそこまで難しくはないので、僕としては米を広めるなら、味噌と醤油も一緒に広められれば、普及もしやすいのかなと考えています。仕込みに多少の時間はかかりますが」
「それは――素晴らしいお考えかと」

 ミリアムが目を輝かせながら言う。うむ。もう少し大きな設備で味噌と醤油を作って、そこで作ったものを迷宮商会で扱ってもらう、という手もあるかな。
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