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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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592 魔力循環の先へ

 セシリアやミハエラ、それに使用人として普段から働いてくれている迷宮村のみんなは、俺達がベリオンドーラの調査に出かけている間もしっかりと留守番をしてくれていたというわけで……普段の休日などとは別にヘルヴォルテ共々息抜きも必要だろうと、宴が終わった後で温泉へみんなで遊びに行くということになった。いつも通り、一般の営業時間外での貸し切りというわけだ。

 とはいえ俺は俺で、魔人との決戦に備えて色々やることがあるので……温泉で寛ぎながらではあるが、賢者の学連から受け取った古文書の内容について色々解読や考察を進めさせてもらう。
 あくまで今日遊んでいるのは使用人の皆やヘルヴォルテ達、ということで。

「ヘルヴォルテ様、一緒に滑りましょう!」
「私も!」
「分かりました。お望みであれば何度でもご一緒しましょう」

 ヘルヴォルテが迷宮村の子供達に手を引かれて、平常通りの表情で頷く。と、子供達の嬉しそうな歓声が上がった。そうしてウォータースライダーへ向かっていく。
 翼を小さく畳んだヘルヴォルテが、はしゃぐ迷宮村の子供達と一緒に滑っていく。そんな光景を、クラウディアやグレイスが微笑ましいものを見るように眺めていたりと、周囲は賑やかで楽しげな様子だ。

 まあ、今は迷宮村の子供達が独占している形なので、しばらくヘルヴォルテは引っ張りだこというところだろう。

 流水プールも動物達が子供達を背中に乗せて泳いでいたりと、あちこちから楽しそうな声が響いてくる。それを迷宮村の両親達が微笑ましいものを見るように眺めていたりと、色々見ていて和む光景だ。

 俺はと言えば、男湯でじっくりと身体を温めた後で、みんなと共に休憩所のテラス席に腰かけて炭酸飲料を飲みながら、焼き菓子を摘まみつつ読書の時間である。周囲からは風呂上がりでのんびり寛いでいるように見えて、その実は研究中というわけだ。
 とはいえ、貴重な古文書をあちこち持ち歩くのはどうかということで、カドケウスに記憶させた上でコピーし、本の形に変形してもらうことで読んでいるのだが。

 カドケウスの表面に浮かび上がる文字を目で追いながら、その記述に沿って魔力循環を行い、書いてある事を1つ1つ確認していく。
 魔力循環の基礎から始まり、応用技術である循環錬気の効能。それらへの考察等々……。

「ふむ。事故が起こらないように監視しつつも研究を進めておるというわけか。精が出るのう」

 と、本を読み進めていると、風呂から上がってきたジークムント老が俺の姿を見て苦笑を浮かべた。
 ああ、プールの監視塔にはバロールが詰めていたりする。迷宮村の子供達も来ているので念のため、といったところではあるが。

「今の時期にやれることはやっておきたいですからね。今日遊びに来ているのは使用人のみんななので、僕は自分のするべきことを進めておこうかと」

 そう答えると、ジークムント老は目を閉じて頷き、それから尋ねてくる。

「ふむ。古文書は役に立ちそうかの?」
「所感では色々興味深いことが書いてありますので、かなり参考になりそうです。この古文書を残した人物は、自分で自分の研究を異端視していたようではありますが――」
「ほう。異端視とな」
「はい。生命力と魔力を合わせて増強した循環魔力が、魔人達の瘴気を中和し、対抗しうる点に着目し……対になる物であるという発想から、もしかすると同祖だったのでは、というところまで推論も立てていますね。そのあたりが彼がこの研究を秘匿していた理由だったのだと思います」

 そのため、この古文書を残した人物の研究内容については、シルヴァトリアでも共有されていないようだ。長老達は禁書庫から引っ張り出してきたようではあるが。

「忌むべき宿敵と同祖、ですか。確かに、裏付けが無いなら研究内容を伏せるかも知れませんね」

 ヴァレンティナが腕組みをしながら静かに頷く。

「結論から言えば、同祖というところまでは当たっているものねえ」

 と、ローズマリーは羽扇の向こうで苦笑しているようだ。
 月の船で降りてきた七賢者と、ハルバロニスを捨てた魔人達。共に月の民の系譜であるという裏付けを、既に俺達は得てしまっているからな。

「だからと言って肝心の研究の内容が正しい物とは限りませんが……魔人達の瘴気を負の力、循環させた魔力を正の力として対極に位置付けるというのは、実際の効果としても頷ける部分ではありますね」
「ふむ。確かに効果的じゃからな」

 そうして考えると、魔力衝撃波や螺旋衝撃波にも改良の余地が見えるな。あれは相手の魔力を利用して内部へ衝撃波を伝播させているわけだが……そうではなく、こちらの魔力を直接流し込みつつ衝撃波を伝播させることができれば、魔人に対してはより大きなダメージを与えることが可能になる、かも知れない。

「クラウディア様とマルレーン様の祝福も、正の力として守りを与えるものとも言えますね」

 グレイスが言うと、マルレーンがこくこくと頷いた。

「そうかも知れないわね。呪法などからも身を守る力ではあるのだけれど、瘴気に対しても有効だから」

 と、クラウディアが目を閉じる。そうだな。月の王族の力での守りだし、こちらも同祖だ。
 そういう意味で言うなら、盟主に対して封印として働いている精霊の力も正の力と言える。信仰を力に変えているクラウディアや精霊達と、負の感情を食っている魔人達……。
 月の民は精霊に近い性質を持つ一族だと考えれば、精霊の力が魔人に対して有効という理由も何となく分かる気がする。

「まあ……そういった観点を持って研究しているあたりで、内容には期待しています。今まで魔力循環の先達はいませんでしたが、こうして賢者の学連から情報が貰えるというのは、ちょっとした弟子入り気分ですね。中々読んでいて楽しいですよ」
「ふうむ。確かにの」

 冗談めかして言うと、ジークムント老はにやりと笑った。

「古文書の内容としては発表をあまり意識していないからか、研究とはあまり関係のない日々の雑感なども端の方に書かれていますよ。当時の暮らしとか、誰それが実験に失敗して研究棟の屋根に穴が開いた、とか……」
「それは……中々読んでいて面白そうですね」

 アシュレイが俺の言葉に苦笑する。
 ジークムント老やヴァレンティナはそういった日常風景に心当たりがあるらしく、俺から話を聞いて小さく肩を震わせた。

「んー。どうやら著者はウィルクラウド家の当主であった人物のようです。エーリック=ウィルクラウドというらしいですね」
「七賢者の家系は色々混ざっておるが、儂らとは直系の御先祖様、ということになるのかのう」

 ご先祖様に弟子入りか。ますます内容が興味深く感じるな。
 まあ、多少横道に逸れることもあるが、著者が魔力循環について深く研究をしていた人物であることに間違いはない。肝心の本筋については俺にとって、大いに興味深い内容となっている。

 循環の基本的な部分から始まり、その力をより高めるには何に意識を置き、魔力の流れや身体のどこに意識を置くべきかなど……感覚的な話とそれに伴う考察、そこから導き出される理論的な部分が書き連ねてある。確かに、実際に魔力循環ができないと内容を理解するのは難しいところだろう。
 基本に立ち返って記述部分を意識して循環を行えば、それだけでも底上げになるかも知れない。

 そして……そこからの派生による応用技術についても、アイデアという形で触れられていた。色々考えているが、案を挙げると同時に、実用化を難しくしている問題点や予想される危険性などにも触れられている。
 ああ。これを読んでいると修行のためのアイデアを掻き立てられるな。身体を動かしたくなってくるというか。何にせよ実際に会って話をしてみたかった人物ではある。

 さて。彼の挙げている問題点等を解決できるのならば、実戦投入もしていけるというものもある、かな?

 問題点の解決には魔道具による補助なり俺の知っている他の術式や技術なりを組み込んでやれば良いわけで……。
 戦力増強のためのヒントやアイデアは得られそうだから、このあたりを明日からの訓練なり迷宮探索なりで実践していくというのが良さそうだ。

 まあ、今日のところは記述にある部分を意識し、基本に立ち返って疎かになっている部分がないかなどをチェックしつつ丁寧に魔力循環をして、それで底上げになっているのかを確かめてみることにするとしよう。
明けましておめでとうございます。
今年も頑張っていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
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