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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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590 戦乙女の行き先

 ――高速で壁に激突したような、芯に残る重い一撃。ヘルヴォルテの闘気による反撃は、最初に使ったそれよりもかなり強力なものだった。闘気を研ぎ澄ませていたためだろう。だが……転移への反撃は予期していたために、こちらは空中で体勢を立て直す事ができた。

 ヘルヴォルテ以外の者が相手なら封印術や大魔法を狙うようなタイミング。だが――まだだ。次なる転移に備えて身構える。

 壁の中に突っ込んだヘルヴォルテは、僅かな間を置いて瓦礫の中から立ち上がって来た。
 そう。ガーディアンなら、これぐらいの耐久力はあってもおかしくはない。表情に出ないのでどれぐらいのダメージを負っているのかが分かりにくいが――。

 だが、ヘルヴォルテは動かなかった。胸のあたりを押さえて、僅かに苦しそうな息を漏らす。俺が衝撃波を通した位置とは丁度逆側あたりだ。
 それから俺を見ると続行の意思はない、と首を横に振った。

「私の、負けです」

 表情も口調も淡々としていたが、開いていた目を閉じ、展開していた結界も解除してしまう。俺が構えを解くと、ヘルヴォルテは頷いた。

 続けても意味がないというのは――螺旋衝撃波の性質上、ダメージを内側に残すものだから、ということだろう。動きも、攻撃を食らう前に比べたら鈍ってしまうだろうし。
 俺がヘルヴォルテの転移突撃を一撃食らえば負けを認めるつもりでいたのと同じで――転移魔法があるからまだ戦えると判断して、それ以上を続けようと思うのなら……多分模擬戦の範疇ではなくなってしまう。

 そうして、ゆっくりとした速度で練兵場に飛んで行った。俺も彼女の後を追う。
 練兵場に降り立ったところで、真っ先にクラウディアがやって来る。

「どうだったかしら?」

 と、クラウディアが尋ねる。ヘルヴォルテのダメージの大きさを見ている様子でもあるが……気遣うような言葉は安易には口にしない。

「納得、しました。ラストガーディアン討伐のための協力に関しては、最早異論を差し挟む余地はありません。城を預かる身でありながら姫様の御前で負けてしまって、不甲斐ないところをお見せしてしまいましたが」

 ヘルヴォルテの言葉にクラウディアが首を横に振る。

「味方同士の模擬戦よ。正々堂々とした今の戦いに、恥じるものなど何もないわ。壊れた壁も――すぐに修復されるしね」

 クラウディアが少し冗談めかしてそう答えると、ヘルヴォルテは頷き……それから少しの間を置いて口を開く。

「……その、何と申しましょうか」
「何、かしら?」

 僅か戸惑っているような様子を見せるヘルヴォルテに、クラウディアが促すように尋ねると、彼女は自分の唇に触れる。

「不思議な感覚があったのです。先程の、あの精密に制御された動きを見て、互いの先を読んで手を読み合っている内に――」
「……楽しかった、かしら?」

 クラウディアが穏やかに笑って尋ねると、ヘルヴォルテは閉じていた目を、僅かに開く。少しだけ、驚いたような、戸惑うような表情だった。

「楽しい……? そう、そうだったのかも知れません。本当ならば、武官は敗北した時もっと悔しがる、というのが正しい反応だと学習していたのですが……。やはり私の心は、普通とは違っているのかも知れませんね」

 少しだけ遠くを見るように、ヘルヴォルテが言う。そして――少しだけよろめいたヘルヴォルテを、クラウディアが咄嗟に支える。

「これは――申し訳ありません」

 クラウディアは目を閉じて首を横に振った。

「良いわ。何時もは、私が支えてもらっている側だから。それに、正しい心の在り方や形なんて決まってもいないわ。あなたはヘルヴォルテで、他の誰でもないもの」
「姫様……」
「……自分は再生するから平気だなんて、思わないで。あなたが傷付くところを見るのは、辛いわ。だから、1人でラストガーディアンと戦うのも許可しないわ」

 ヘルヴォルテは……どことなく、小さな子供のようにこくんと首を縦に振るのであった。



「どう、でしょうか?」

 ヘルヴォルテに治癒魔法を用いながらアシュレイが尋ねる。
 場所をもう少し落ち着ける場所に移して、先程のダメージを診る、ということになった。食堂に戻り、イルムヒルトが回復のための呪曲を奏でる中、ヘルヴォルテの内面のダメージのチェックを行う。

「重いものが残っていたような感覚があったのですが、薄れてきました」
「魔力の流れも正常に戻ってきたかなと」

 俺もヘルヴォルテの背中側に手を添え、アシュレイの治癒魔法と並行して循環錬気で魔力の流れを整えている。内面のダメージはアシュレイとイルムヒルトが和らげ、乱れた魔力の流れをこちらで整えるといった具合だ。

「魔力が炸裂する打点を――少しずらして下さったようですね。鍛えようのない、内面からの破壊。体術と武技、魔力の制御が混然一体となった……実に精緻な技です」

 と、ヘルヴォルテはそんなふうに螺旋衝撃波を分析していた。そんなヘルヴォルテの様子に、クラウディアが微笑ましいものを見るように笑みを浮かべた。
 ヘルヴォルテのダメージも案外すぐに回復できるようで、心配がないと分かってからはマルレーンや彼女に抱えられたセラフィナもにこにことしている。
 そうして治療が一段落したところで、またソードメイデンの淹れてくれたお茶を飲みながらの話となった。

「さて。話の続きになるけれど……ラストガーディアンの討伐は、魔人達を退けてからと考えているわ」
「ラストガーディアンについては、私達から攻め入らなければ危害を加えてこない、ということですね」

 クラウディアの言葉に、グレイスが答える。

「順序立てて言うのなら、やはり魔人からということになるでしょうね。それまで深層を訓練と資材調達の場にすることを考えていたけれど……」

 と、ローズマリー。

「城の魔物は私の統制化にあります。先程もお話しましたが、彼らとの訓練をお望みなら協力は惜しみません」

 ふむ。安全に城に立ち寄れるとなれば、ステファニア姫やシオン達、コルリス達の訓練の場としても使えるかな。

「魔人達との戦い……には、姫様を守るために私も参加したいのですが、私がここから離れると城の監視が手薄になってしまうという点が懸念されます」
「ん。それなら、ハイダーを置いておけばいい」
「はいだー、とは?」
「拠点監視用のゴーレムよ。侵入者を見つけたら離れた場所に連絡してくれたりするの」

 と、クラウディアがシーラの言葉を補足した。

「便利なものがあるのですね」
「んー。増産しようかな。今まで配置したハイダーも、映像情報を貰えるように改造したいってアルと話をしてたし」

 城に置くならヘルヴォルテ専属ということにしてしまおう。そうなると……ヘルヴォルテ用の通信機も必要になるか。ヘルヴォルテに直接連絡が行ったほうが便利だろうしな。
 後は……資材調達の場の選定だ。

「中枢部に続くまでの道っていうのは、どうなのかな? やっぱり危険だったりする?」

 尋ねると、クラウディアは思案するような仕草を見せた。

「そう、ね。強い魔物も出るし。けれど……無理だとまでは思わないわ。資材調達ということなら、魔石を初めとして得られるものも多いでしょうし」

 そうだな。良質な魔石はいくらあっても困らない。
 いずれにしてもその道も突破しなければならない。実戦訓練を全くしないというのも問題があるからな。

「なら、様子見をしつつ、城の地下から中枢部までの道を探索していくっていうのが良さそうかな」

 そう言って尋ねてみると、みんなも真剣な面持ちで頷いた。資材調達と鍛練は必須だからな。では、今後の方針は決まりだ。

「ヘルヴォルテは、どうする? ハイダーを配置したら、私達と外に出てみる、というのはどうかしら? 迷宮村の住人達も、最近ではテオドールの家に行っているから私としても安心していられるし」
「外へ、ですか?」
「そう。魔人との決戦やラストガーディアン討伐とか、そういうことは関係なく。命令でも任務でもないわ。ヘルヴォルテが考えて決めることよ」

 クラウディアとしては、ヘルヴォルテの感情が刺激されたことを喜んでいる様子ではある。例えば、感情の抑制から解放されている迷宮村の住人や、似たような立場にあるシオン達、人間社会について学んでいるラスノーテと交流する、というのも、彼女にとっては有意義な内容になりそうだしな。外に誘いたがるクラウディアの気持ちはわかる。

「お邪魔に……ならないのであれば」

 ヘルヴォルテは少し思案した後に、そう言った。クラウディアはヘルヴォルテの返答に、嬉しそうに笑みを浮かべるのであった。
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