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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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588 戦乙女の心

「目を覚ますのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした。ガーディアンとしては一度の活動時間が長いもので、魔力の充分な蓄積が必要なのです」

 と、ヘルヴォルテは淡々とした口調で、クラウディアに謝罪の言葉を口にする。

「分かったわ。おはよう、ヘルヴォルテ」
「はい。おはようございます。姫様が誰かと行動中のようですので、様子を見に参りました。永らく無かったことですので」
「そう、かも知れないわね。まずはもう少し落ち着ける場所で、お互いに自己紹介してから事情を説明することにしましょうか」

 と、クラウディアが苦笑する。
 その言葉に従い、食堂に移動してみんなで椅子に座って話をすることになった。
 食堂に移動し、腰を落ち着けるとソードメイデン達がお茶を運んできてくれる。その間に各々をクラウディアに紹介してもらう。

「――なるほど。やはり敵というわけではないのですね。鼓動の動きなどから判断するに、姫様は安心なさっておりますし、貴方方も同様に虚言等を口にしていない、と判断します。そのベリウスという個体も、元は星球庭園の守護者でありながら付き従っているようですし」

 自己紹介をし、現在魔人集団と戦っていること、俺との婚約についての話、それから迷宮村の現状であるとか、ラストガーディアンを倒して迷宮のシステムを元に戻すことを計画していると聞かされて、ヘルヴォルテはそんなふうに答えた。

 話を聞いている途中もそうだし、今の返答もそうなのだが……驚いたでも感心したでもなく、さりとて怒るわけでも不快そうに思っている様子でもない。ただただ平淡な反応だ。

「ああ、失礼。かつてのエンデウィルズの住人達に誤解されてしまうことが多かったので先に言っておきますが、姫様と貴方の婚約を祝福していないわけではないのです」

 ヘルヴォルテはふと、俺の方を向いてそう言った。目蓋は閉じられたままであったが。

「私は姫様の身辺警護を行い、姫様に仇なすものを排除するためにここにいます。それ以外に不要なものはあまり持たされていません。私自身の感情があまり動かないようにできているので、他者の情動というものもよく分からないのです。そのようにご理解下さい」
「それは……長い年月の任務になるからということでしょうか?」
「はい。同時に、任務の速やかなる遂行のために、そうした感情が邪魔にならないようにという意味も持たされていますが」

 なるほど。ヘルヴォルテが妙に淡々としている理由は分かった。
 クラウディアも絶望しないようにと負の感情を迷宮側が制御しているわけだし、ヘルヴォルテも自我があるのなら、長期に渡る任務に堪えるような精神構造として作られているわけか。戦いにも、そちらの方が都合がいいと考えられたのだろう。

「ヘルヴォルテは――私が眠りに付いてしまった際の城の守り……と言うよりは、迷宮村に魔物が紛れ込んだり、或いは小さな子供が間違って城側に抜けてしまうことが無いように警備をして貰っているわ」

 と、クラウディアが笑みを浮かべて俺達に言った。
 実際のところはその接続通路は封鎖されていて行き来できないので、自分が休眠中の間は、寂しくないように迷宮村の住人と交流させる意味合いがあるのだそうだ。ここに足を運ぶ前に、そんなふうに笑って、俺達に説明してくれた。
 つまり――クラウディアは迷宮村の住人と同じように、ヘルヴォルテのことも心配しているらしい。

 というわけで通常、ガーディアンは侵入者を感知してから目を覚まして行動をするらしいのだが、ヘルヴォルテはクラウディアが眠りについている間は活動しているそうだ。
 なのでクラウディアが目を覚ますと活動した分だけ、しばらくの休眠が必要、とのことだった。
 といっても、城の状況やクラウディアの状態を見て強制的に目を覚ましたりだとか、割合融通の利く休眠だそうだが……今回は中々目覚めずに長かった、とのことだ。
 時々クラウディアが目を覚ます直前に、先に休眠に入ってしまい……そうなると結構長いこと起きてこないらしい。

「姫様。少々よろしいでしょうか。先程のお話の中に気になる部分がありました」
「何かしら?」
「僭越ながら――ラストガーディアンと対峙するならば、死ぬことのない私の方が適任かと存じます」

 クラウディアは、ヘルヴォルテの言葉に少し困ったように眉根を寄せる。

「ヘルヴォルテ。私達は何度もあれを倒そうとして、その度に負けて……何時しか私の心の方が先に折れてしまった。私にはもう、あなたや村の住人達がいれば良いって、そう思って。外の世界のこともできるだけ触れないように距離を取ってきたわ」
「はい。姫様は――私が傷付くことさえも厭われますから。しかし前にも申しました通り、私一人であれば、姫様がそれを見て御不快に思われることもないかと。今は勝てずとも、何度もラストガーディアンと交戦すれば、いずれ突破口も見えましょう」

 ヘルヴォルテは淡々とした口調で、そんなことを言った。クラウディアはその言葉に首を横に振る。

「私は……テオドール達と会って、また人を信じよう、立ち上がろうと思えたわ。テオドールや他のみんなが、自分の身を危険に晒して戦っているのを見て、信用できる人だと思えた。好ましいと思えた。だから、次はみんなと力を合わせてラストガーディアンを倒そうと考えているの。そのみんなの中にはあなたも含まれているのよ、ヘルヴォルテ。目を覚ましてきたからには、あなたにもお願いするわ。みんなと一緒に戦って欲しいの」

 ヘルヴォルテは――すぐには答えなかった。

「……姫様について学習した経験上から私の所見を述べますと、テオドール様達の喪失は姫様に強い悲しみの感情を与えるものと理解しております。そうであると知っているなら、それを簡単に是とは言えません」
「それは――」

 クラウディアは言葉に詰まった。
 ……学習上、か。感情が動かないので分からないと言っていたが、長い年月で色々見てきて、どういう時にどういう感情になるのかを学んでいるということなのだろう。特にクラウディアの感情の動きに関しては。
 誤解されることが多かったから先に言う、というのもそれだ。エンデウィルズの住人などに不快感を示された事があるのだろう。

「どうか、その任は時間と共に再生する私にお任せを」

 ヘルヴォルテは繰り返すように言うが、クラウディアは首を横に振った。

「駄目よ。前に禁じた通り、見ていないから良いというものではないわ」

 クラウディアは、ヘルヴォルテを心配しているのだろう。では、ヘルヴォルテからのクラウディアへの気持ちはどうなのだろう。
 クラウディアに言われたから。任務だから。合理的に判断しているからそうしているのだろうか。

 それは――何となく違うような気がする。
 もし本当に機械的に動くのなら、誤解を解こうとしたり、気持ちを慮ったりだとか、その必要性さえ感じないだろうから。
 もっともヘルヴォルテは嘘は言っていないのだろうし、他者の感情が理解しにくいというのも本当なのだろう。

 要するに、感情の振れ幅が極端に小さいだけという気がするのだ。だから苦痛への不快感や、一時的な死への恐怖を任務が簡単に凌駕してしまう。
 しかし、それを見せられたらクラウディアだって心配もするだろう。だからこそ、ガーディアンの休眠という、隙が生まれてしまうことを承知の上で迷宮村のことも頼んでいるのだ。

 しかし、ヘルヴォルテは自分が心配される側になることもある、ということにまでは意識が向かない、か。

「――模擬戦をしませんか、ヘルヴォルテさん」

 だから俺は、2人が次の言葉を口にする前に、横からヘルヴォルテに言った。

「テオドール……」

 クラウディアとヘルヴォルテが、同時にこちらに向き直る。

「模擬戦、ですか?」
「僕達が――あなたと肩を並べてラストガーディアンと戦うに足る……いや、倒せるだけの腕があると、実際に見てもらって証明し、納得や安心してもらえばいいわけでしょう?」
「安心……。要するに共に戦えば勝てる公算や可能性が高いと私が思えれば、ということですか」
「そうなります」

 少しの間ヘルヴォルテと向き合っていたが、やがて彼女は静かに頷いた。

「分かりました。お相手しましょう」

 うむ。何の話をするにしても、まずはヘルヴォルテにこちらの戦力を見せて、ある程度腕前について信用してもらう事が必要だろう。
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