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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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586 深層の都

 ――明くる日。俺達は迷宮の入口にやって来ていた。
 昨晩クラウディアに尋ねてみたところ、居城に行くこと自体は問題無いとの回答を貰っている。但し、城を守る魔物のこともあるので、自分から離れないように行動して欲しいと言っていた。
 単独で行動していると敵と間違えられて攻撃される可能性があるのだとか。
 居城の魔物がクラウディアの身を守るためにいる点などを踏まえれば、そうなるだろう。クラウディアの身を守っている護衛連中とは俺も戦いたいとは思わないし。

「準備は良いかしら?」

 クラウディアが石碑の前に立って問い掛けてくる。

「ああ、俺は大丈夫。みんなは?」

 そう言ってみんなを見やれば静かに頷いた。

「では――行きましょうか」

 クラウディアの言葉と共に光に包まれる。
 そして一瞬の後には――何やら左右に生えた木々の枝葉がアーチ状になって、延々と連なっているという、植物で作られたトンネルのような場所に出た。
 あたりは暗い。宵闇の森に生えていたのと同じ、フェアリーライトがあちこちに自生していて、ぼんやりとトンネルの中を照らしていた。何とも幻想的な光景ではある。

 一本道だ。若干の傾斜があるので、トンネルの先がどうなっているかは見通せない。

「こっちよ。上は月光神殿の封印の扉に繋がってしまうから、今の時点では進めないと思うわ」

 クラウディアはそう言って、迷わずにトンネルの下に向かって歩き出した。ベリウスがそれに続く。俺達もクラウディアに付いていく。

「月光神殿の先がクラウディア様の領地ということでしたね」
「つまり、わたくし達がマールに初めて会った星球庭園の最深部の封印の扉から……月光神殿を飛ばしてその先の通路がここ、と」
「そうなるわね」

 グレイスとローズマリーの言葉にクラウディアが頷いた。

「綺麗なところですね」

 と、周りを見回してアシュレイが言う。その言葉にマルレーンがこくこくと首を縦に振った。

「ふふ。ありがとう」

 そうしてクラウディアを先頭に、幻想的な美しさのトンネルを進んでいくと、その終わりが見えた。
 一歩トンネルの外に出ると――そこは石で作られた広場だった。
 広場の中央に石碑があるが……機能を停止しているらしく、他の石碑のように燐光を纏ってはいない。恐らくは、ラストガーディアンが暴走して以降、この場所への石碑を使っての転移はできなくなっているのだろう。

 翡翠のような色合いの巨石の柱が浮かんでいて辺りを照らしている。

「ん。すごい光景」
「本当……」

 シーラが言うとイルムヒルトが言葉を漏らす。
 広場の向こう――正面に見上げるような巨大な門が見える。門には細かな装飾が施されており、厳かな印象だ。
 門の周囲は……城壁か外壁が延々と左右遠くまで続いている。もっとも、見えている星空だとか、遠景は本物ではないのだろうけれど。壁伝いにもどこまで進めるのかは分からない。この門以外からは侵入できないのだろうから。

「門番がいるけれど、私が一緒なら攻撃は仕掛けてこないわ」

 クラウディアはそう言いながら広場を横切り、門の前に立つ。すると、ガラガラと何かが作動するような音と振動を立てながら巨大な門が開いていく。
 門が開けば、重厚な鉄の巨人が大槍を構えたまま直立不動でそこに控えていた。身長6メートル……はあるだろうか。クラウディアを確認すると、臣下の礼で彼女を迎える。

「これが門番か」
「中身は巨人なの?」

 セラフィナの質問にクラウディアは首を横に振る。

「いえ、空っぽよ。炎熱城砦の鎧達の仲間かも知れないわね」

 巨大なリビングアーマーか。鉄の巨兵に見送られるようにして先に進む。外門を抜ければ――そこは城下町と思しき場所だった。建築様式自体はタームウィルズの中央区に似ている。
 大通りの向こうに聳える城も……どこかセオレムに似ているような印象を受けた。街や城の建築様式そのものは、だが。

 タームウィルズとはまた印象が違う。空は星々が瞬いていて暗いはずなのに街を照らす光は明るい。だが夜だから、ということではあるまい。
 最大の違いは……空に浮かんでいるのが月ではないことだ。城の尖塔の向こうに、月よりも巨大な、青い青い天体が見えていた。
 みんな、言葉も無い。呆気に取られてその光景に見入っていた。

「……あれは……」

 分かった。ここが夜である理由も、空に青い星が浮かんでいる理由も。

「あの青い星は、ルーンガルド。私の生まれ育った月の都から見た、この大地の姿よ」

 そうだ。ここはクラウディアの生まれ育った世界の再現なのだろう。月から見える景色を再現している。
 空が暗いのに明るく照らされる理由も、青い星――ルーンガルドが空に浮かんでいる理由も、それで説明がつく。クラウディアがまだ、月の都にいた時代の景色、ということになる。

 言葉も無く、暫らくの間俺達はその光景に見惚れていた。見惚れながらも他に気付いたことがある。何がタームウィルズと違うのか。

 人通りがないのだ。人っ子一人いない、無人の街。巡回の兵士はいるが、中身は空っぽ。鎧だけだ。見回りをする鉄の足音だけが静かな街に響く。
 ただ……あちこちにフェアリーライトが生えていたり、空に浮かぶルーンガルドからの太陽光の照り返しであるとか……幻想的で美しい街だった。

「かつては、この街に人を迎え、住まわせたこともあったわ。だけれど――」

 魔力嵐の鎮静化、そしてクラウディアへの裏切りとラストガーディアンの暴走、人間達と魔物達の不和……。諸々の事情から、この街には人を置いておけなくなったのだろう。
 ヴェルドガル王家の祖先がクラウディアにタームウィルズを任されて、人々を纏めて、地上に出たのだ。
 タームウィルズが地上にあるのならば。迷宮が機能しているのならば。人々が暮らしていくのに不都合はないのだから。

 街は寒々としていた。無機質な見回りの足音は静寂を余計に強調する。クラウディアにとっては本来原風景であるはずなのに。街の作りそのものはタームウィルズに似ているはずなのに、人がいないだけでこんなにも雰囲気が違ってくる。
 街に活気さえあれば、この景色だってクラウディアにとっては馴染みのあるものとして、彼女の心を落ち着かせるものだっただろうに。

 マルレーンが心配そうな表情でクラウディアを見るが、彼女は首を横に振った。

「私は大丈夫よ。確かにこの街は少し寂しい雰囲気だから、以前は訪れることを避けていたのだけれど……」

 マルレーンの髪をそっと撫でてクラウディアは言った。

「今は――みんながいるものね。ここから繋がる迷宮村にも住人達が残っているのだし、全然平気よ」
「ん。そうだな」

 頷いてクラウディアに笑みを向けると、穏やかな笑みを返してくる。

「ようこそ、エンデウィルズへ。歓迎するわ」

 と言って、クラウディアは大通りを進んでいく。それがこの街の名前か。
 エンデウィルズの街は、先程石の広場で見たような光を放つ石柱であるとか、フェアリーライトであるとか、あちこちに幻想的な光が灯っていて何とも美しい。

 そして俺達は跳ね橋を渡って、クラウディアの居城へと入る。巨大な回廊が城の奥へと続いていた。何本も太い柱が連なり、壁には彫刻や装飾が並んでいる。
 外から見た印象は確かにセオレムに似ているが……内部の印象は結構違うな。
 装飾の細かさから見ていると溜息が出てしまうような高級感はあったりもするが、優美さを基調としていて厳つさや無骨さがない。

 魔法の光で照らされた回廊の奥から金属鎧に身を包んだ者達の足音が聞こえてくる。城に相応しく、騎士のような格好をした魔物達が姿を現した。
 しかし城内に控えている魔物は、空っぽの鎧ではないようで。その顔は――ライオンや黒豹、熊や狼だったりする。武器も大剣、槍、大斧に弓と、それぞれ違う。

「この人達は大丈夫。命令があるまでいつも通りに」

 クラウディアが現れた猛獣の騎士に命令を下すと、厳つい顔に似合わず、恭しく一礼をしてから踵を返し、回廊の奥へと消えて行った。

「うむむ。何とも強そうな……」

 と、ケットシーのピエトロがその背を見送ってそんな感想を漏らした。……俺も初めて見る魔物であったが、結構腕が立ちそうだ。

 他に見かけるのは青銅のような質感のメイド達だ。こちらは騎士より数が多く、ゴーレムに近い印象だ。
 従者という意味では正しいのだろうが……どうも戦闘もこなせそうな雰囲気だな。クラウディアの身の周りの世話と共に、侵入者を排除する役割でもあるのだろう。

「騎士達はそれぞれ姿が違うけれど、総称してビーストナイトという魔物よ。女官達はソードメイデンね」
「彼らはベリウスのように外には出られないのですか?」

 グレイスが尋ねると、クラウディアは少し困ったような顔をする。

「そう、ね。そうだったら戦力としても当てにしていたのでしょうけれど。基本的に通常の迷宮の魔物と同じよ。他の区画より大分強いのは確かだけれど」

 ふむ。確かに全体的に力量は高めに見えるが……ガーディアンや準ガーディアンとは作りが違うらしい。何にせよ、クラウディアの居城は色々と興味深いな。
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