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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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584 魔人達の策は

 座標を合わせたシリウス号がゆっくりと高度を下げていき、静かに造船所の台座の上へと着陸する。
 セオレムが見えた時から下船の準備を進めていたので、後は船から降りるだけだ。荷物を持ってみんなと共に艦橋を出る。

 通路を通り――甲板に出た途端に歓声が浴びせられた。

 騎士達と魔術師隊が隊列を作り、拳を突き上げながら異界大使や討魔騎士団を称える声を上げている。対魔人同盟の各国の将兵達も一緒だ。
 その先頭に、メルヴィン王とその側近達が出迎えに来ていた。また、盛大な出迎えというか。
 タラップを降りて、エリオットと共にメルヴィン王の前まで行き、臣下の礼を取る。周囲の歓声が静かになった頃合いを見計らって口を開く。

「ただいまベリオンドーラの調査より戻りました」
「うむ。よくぞ無事で戻ってきた。報告内容についても既に聞いている。魔人の跳梁する危険な土地より、よくこれだけの貴重な情報を持ち帰ったものだ」

 メルヴィン王はそう言って笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。しかし改めて、口頭での報告をしたく存じます」
「旅の疲れを癒してからでも構わぬ……と言いたいところではあるのだがな。情報を元に対策を進めるならば報告を優先させてしまうのも止むを得ぬか」

 情報を伝え、準備できるところは早めに進めていくわけだ。休むのはそれが終わってからでも充分である。
 というわけで、早速用意されていた馬車に乗り込んで王城へと向かうことになった。
 王城で夕食の準備があるらしいので、ベリオンドーラの調査任務に加わった者は全員同行という形だ。



 到着すると主だった者が迎賓館の一室へと通された。
 報告を受ける面々は、メルヴィン王とジョサイア王子、エルドレーネ女王。そしてメルヴィン王の側近達――騎士団長ミルドレッド、宮廷魔術師リカード老、宰相ハワードが並ぶ。

 更に北方沿岸の領地を預かるゲオルグと、フォブレスター侯爵。どうやら2人は竜籠による強行軍でやって来たらしい。
 タームウィルズの街からも冒険者ギルドからアウリアとオズワルド、魔人達との戦いを知る過去のヴェルドガル国王イグナシウスと、その護衛のラザロ、という面子になる。
 調査隊に加わったペネロープも含めれば、タームウィルズ各所の重要人物ばかりという印象ではあるか。

 リカードとハワードに関しては俺が宮廷内にあまり関わりを持たないようにしているから、向こうもなるべく接点を持たないようにと配慮してくれているらしいが、今日は同席している。
 対策を進める上で魔術師隊への通達であるとか、役人達の実務などもあるだろうから、今日の報告に立ち会って直に話を聞くというのは重要ということなのだろう。
 そういった面々を前に、シグリッタの絵を交えて色々と説明する。
 シグリッタの描いた絵に関しては写実的で雄弁に話のイメージを伝えてくれるし、警戒すべき相手の似顔絵にもなるので非常に重宝している。

 ヴァルロスに言われたこと等々含め、起こったことを全て報告していく。

「――そうした経緯によって、調査任務は中断して撤退することになりました。送り込んだ斥候ゴーレム……シーカー達3体もベリオンドーラの城内で行動不能となっております。こちらの手を少し晒してしまった点もありますが……」

 そしてエベルバート王やジルボルト侯爵とした話、浮遊城が敵側にあることで各所にある拠点を無視しての強襲を行ってくる可能性なども話をする。

「いや。高位魔人の追撃を受けて被害らしい被害を受けなかっただけでも僥倖と言えよう。その上、得られた情報も非常に有益なものだ。よくそこまでの仕事をしてくれた。何より、そなたが無事で安堵している」

 メルヴィン王は報告を聞くと、そう言って穏やかな笑みを向けてきた。居並ぶ重鎮達も同意するように頷いている。

「ありがとうございます」

 と、一礼する。

「しかし、高位魔人に魔物と魔人の軍に加えて、空を飛ぶ城とは……」

 リカードが渋面を浮かべてかぶりを振る。

「防衛のための拠点や包囲が機能しない、か。罠に掛けようにもそのザラディという魔人がいるせいで、警戒されてしまうというわけか」
「兵站という話をするなら、魔人達はその黒い城によって、負の感情を食い放題にできるだろうな。そうなれば船に供給される魔力も、魔人達の手によって補強することができる、か?」

 ミルドレッドとラザロが言う。
 そう、だな。そして供給された魔力が更なる魔物を増産することを可能にする、かも知れない。

「魔人の支配地域で瘴気を取り込んだ魔物が凶暴化して活性化するというのは今までもあったことだわ。つまり、あの黒い城の剣呑な見た目も……計算されたものかも知れないわね。月の船が動かせるのなら、城は無くても移動要塞としての機能は果たすはずだもの」

 と、クラウディアが僅かに眉根を寄せた。魔物は体内の魔石から、環境魔力を取り込んで活動することが可能だ。
 魔物の活動に必要な環境魔力の一種として――魔人が瘴気を生み出し、そして魔人を活動させる負の感情をあの城が生み出す。月の船自体も、迷宮ほどでないにしても環境から魔力を集めているし、連中にとっての備えという意味での不安はあるまい。

「何とも厄介な絡繰りだな」

 メルヴィン王は目を閉じてこめかみのあたりに手をやる。

「しかし一度だけなら、瘴珠を囮に引き付けることはできる、と思います。城の足止めが可能ならば、敵兵との主戦場をタームウィルズ以外に持ち込むことは可能かと」

 黒い城の果たす役割が色々と大きいので、流石に月の船を王城セオレムにぶつけるだとか、自爆攻撃などということは向こうも考えていないだろうけれど。
 いずれにせよあれをタームウィルズに接近させて、そこで魔人達との戦闘を行うというのは避けたいところである。

「しかし、敵兵はともかくとして、高位魔人はどうなるのですかな?」
「連中の目的は迷宮の奥にありますから。交戦の最中に宝珠を奪取するか、或いは月光神殿への転移を敢行してくると考えられます」
「なるほど……。連中も最大の戦力を目的外の場所では使いたくないと」

 質問に答えると、ゲオルグは顎に手をやって唸った。
 そう。一方で俺達も集団戦を有利に運ぶために、ぎりぎりまで連中の動向を見ることになる。ハイダーを各所に配置しているのはそのためでもあるわけだ。

「連中が宝珠を押さえられていない状況というのは、盟主を解放する時期を選べない、ということでもあります。仮に、封印や結界を無視することが可能な転移術が開発されればその限りでもありませんが、状況から考えればその可能性は低いかと」
「魔人達が月光神殿再封印の機会を選ぶしかない、というのは優位な点ではあるな。そうでなければ連中は必勝の確信を得た時に攻め込んでくるであろうし」

 俺の言葉にイグナシウスが頷く。そう。魔人達もこの機を逃すと「次」というのが遥か先の時代になってしまう。
 だからと言ってリネットの研究が完全なものにならない保証もないから安心もできないのだが……。少なくとも現時点では作り出された魔物の種類と数、そして維持コストなどを鑑みるに、決戦を近い時期に見積もっていると推測できる。
 戦力を温存しているということも含めての逆説的な結論ではあるが、封印を無視するような転移術に関しては完成の目途が立たないのだろう。

 それにBFOでの盟主の復活に関しても、封印弱体化の時期を狙ったものかも知れないしな。まあ、楽観視はできないし、そちらに関しては確認しようもないが。

「しかし、そのヴァルロスという男の考え方や黒い城について考えると、戦いはまさに決戦となりますな。引き分けであるとか、その結果として封印が維持されるのは上々。しかし主戦場での敗北は、相当深刻な影響を後々まで及ぼすことになるかと」
「そうね。向こうに策があるとしたら対抗戦力を撃退して、圧倒的優位に立ったところで魔人による人間の庇護を打ち出して、士気や結束を切り崩してくることだと思うわ。いいえ。それをして『策』と呼ぶのは違うわね。ヴァルロスは、少なくとも本気で先の事を考えているもの」

 ハワードの言葉にローズマリーが同意する。策ではなく、真正面からの主張ということになる。ヴァルロスの言動に矛盾せず、しかも効果的だ。

「正面から自分達の主張をぶつけ、約束を言葉通りに履行する、か。それだけでも劣勢に立たされている心理面には効果的よな」

 と、エルドレーネ女王が表情を曇らせる。

「そして魔人達の力と、連中や黒い城への恐怖がそれを後押しするというわけか。本来なら、魔人達の庇護や口約束など当てにできたものではないが……ヴァルロスが率いている限りは言行を一致させてくるであろうしな」

 例えば、投降すれば命は奪わないなどと添えて、実行すれば……彼らに投降する者も出てくるだろう。人間を庇護と共存の対象だと言い切るヴァルロスだからこそやれることではある。俺はあいつの誘いを断ったが……他の者もそうとは限らない。

 冷静に考えるなら、ヴァルロスの作ろうとしている国の行く末がどうなるかは現状では不透明だ。人間達にとっては言うなれば、やる必要のない博打に近い。掛け金は大きく、実入りは不明。敢えて選択する理由はどこにもない。
 ヴァルロスだって完璧な統治はできないし、多くの魔人達が残虐な真似をしてきたのも事実だ。いくら理想を掲げても、そう上手くはいかない。現状を大きく変えようとするのなら、抑えようとしても多くの血が流れるのは間違いない。

 しかしそう分かってはいても、天秤に掛けられているのが自分の命となれば否応無しに選ばざるをえないという者も出る。逆に今までの経緯と感情から、殺されても魔人に従わない、と言う者もいるだろう。

「ともあれ、例え魔人であれど、行動を違えたら見せしめに処刑ぐらいはする、でしょうね」
「……信賞必罰か。統率の取れた魔人などと悪い冗談のようではあるが」

 敵である俺に仲間になれと言うのと同じぐらい公平に、魔人同士であれどヴァルロスは躊躇わないだろう。
 そしてそこに盟主が加わると……魔人達の力の全体的な底上げのみならず、恐らく今まではヴァルロスに付いていなかった魔人も呼応するということになる。

 そして魔人の勢力は増大。警戒するべきは魔人側についた人間も、となって……ああ。考えるだけでうんざりする状況だ。決戦と言い切ったハワードの見解は正しい。

 だが、現時点ではメルヴィン王が名君で助かったというところだ。例えば、ロイやザディアス、カハールのような者が実権を握っているような状態だったりすると、決戦を待たずして離反者が出る可能性さえあるからな。

 と言っても、これは現状の分析と確認に過ぎない。そうであっても俺のやることは何も変わらない。

「しかし……大勢が決するまで、こちらに対してその切り崩しの一手が行われることもない、と思います」

 そう言うと、みんなの視線が俺に集まる。他ならない、ヴァルロスが率いているが故にそう思うのだ。

「あいつは俺達に勝つことで自らの主張の正しさを証明しなければなりません。強い者が上に立つべきというのは、魔人達にそのまま跳ね返る言葉です。それに……単なる個々の戦闘能力が、種族としての強さを意味するのかと言うと、それは違いますから」
「なるほど、な。団結や知恵も含めての強さというのは、確かにある」

 メルヴィン王はそう言って、真っ直ぐに俺を見て頷いた。
 ともあれ、黒い城を迎え撃つ主戦場の選定と、そしてそれを足止めする手立て。これをまず、みんなと共に練らなければならないだろう。
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