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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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582 長老達の信頼

 シルヴァトリア王都ヴィネスドーラに戻ったのは、一晩を見通しの良い雪原で明かしてからのことであった。
 敵の追跡が無いか、一晩野営して様子を見るという意味合いもある。追跡には気を遣っていたが、それでもとなるとこちらの予想を超える手ということになるので、見張りを立てて怪しい動きがないか、見破れるものは見破る、というわけだ。
 結果としては何も発見できなかったが、エベルバート王や賢者の学連の長老達のところに立ち寄らなければならないので、強行軍でシルヴァトリアまで戻って、シリウス号で深夜や早朝に騒がしくするのも悪い。


 まあ、戦力は温存できていて、団員の消耗もないから様子見に追跡の監視ということもできるわけであるが。
 一晩の間に俺達も時間があったのでシルヴァトリア側に渡す報告書も作成したりと、体裁も整えたりもしていた、というわけだ。

 そういったわけで……ヴィネスドーラには到着するなり、エベルバート王や長老達がシリウス号を停泊させた広場にやってきて、無事な帰還を祝う言葉と労いの言葉、そして先日到着した時以上に長老達にもみくちゃにされて歓迎されてしまったのであった。
 報告があるので早速王城の貴賓室に場所を移し、今回の調査内容についての話などをする。

「――というわけで、送り込んだゴーレム達はミュストラの仕込んでいた術式か……或いは瘴気特性により、行動不能を余儀なくされてしまいました。首魁ヴァルロスとその副官ザラディの能力を鑑みて、調査続行は難しいと判断して撤退しております」

 エベルバート王と長老達は俺の報告に静かに聞き入っていたが、話を終えると目を開き、そして言った。

「魔人達の拠点の調査――必要な事とは分かっていても、どうしても悪い方向に想像を広げてしまってな。結果について、そなたにとっては不満が残るようだが、何も分からなかったことから考えれば、十分過ぎる成果と呼べるであろう。特に、そなた達が1人も欠けずに帰還したことは、これ以上ない程に素晴らしい結果であろう。誠に喜ばしいことだ」
「ありがとうございます」

 エベルバート王に一礼する。エベルバート王は俺に笑みを返してきたが、ふと真面目な表情になった。帰還と再会の喜びに、弛緩していた空気が引き締まる。

「空を飛ぶ城に魔物の群れ……。更に魔人達、か。前途は多難だな」
「それに確認されただけで3人の高位魔人、とは。厄介な能力を持っているようですな」

 長老の1人、エミールが紙を見ながら渋面を浮かべる。
 テーブルの上に並べられているのは、シグリッタが描いてくれた絵だ。空に浮かぶベリオンドーラの黒い影。そして城の周りにいる魔物達の姿。そしてヴァルロス、ザラディ、ミュストラの似顔絵――。シグリッタの絵ではあるが、普通に書かれたものなので魔法的な効果はない。しかしかなり精密な描写だ。
 特に高位魔人については、その能力も俺からの推測という形で補足を紙に書いてある。

「ヴァルロスは、今まで確認された魔人に比べても別格よな。そしてこのザラディという老魔人もまた……それとは違う意味で手強い。漠然と策があることを見破るのでは、策を用意するのも難しいのではないかな?」
「連中がどうしても必要な手札を、こちらでも押さえていますから。一度はこちらから仕掛けられるかなと。後は僕としても漠然と対策は考えています。上手くいくかは分かりませんが」

 瘴珠が連中にとって必要なら、分かっていてもこちらの手に乗らなければならない。それとも連中の考えている瘴珠絡みの策は、それをも上回るような何かなのか。
 だが、だからこそ奴らも動かざるを得ないはずだ。

「ふうむ。そなたが味方で良かった。実に頼もしいことだ」

 俺の返答に、エベルバート王は感心したように頷く。

「ミュストラについては……よく分からんな。術式なのか瘴気特性なのかすら不明とは」

 結界術の一種、とも見れるしな。返す返すも黒い建材を入手できなかったのが残念だ。

「そうですね。1つ言えるとしたら、例えば城そのものに突入を敢行する際も、ミュストラが内部にいると、危険度が跳ね上がる可能性が高いと思われます」
「それは確かに」

 エベルバート王は顎に手をやって思案する。更に俺から、連中の今後の動きについての補足を述べておく。

「連中はタームウィルズでの決戦を前に、戦力を温存したがっている様子ではあります。魔法騎士隊や高い魔法技術を擁するシルヴァトリアに、積極的な攻撃を仕掛ける可能性は低いとは思われますが……相手が浮遊城だけに、十分に注意して下さい」
「承知した。こちらも気を緩めず備えておこう。将兵達も予備知識による心構えができるというだけで天地の差があるだろうからな」

 エベルバート王は頷くと、それから言葉を付け加えるように言った。

「もう一点。七家の当主達からテオドールに話があるそうでな」
「はい。何でしょうか」

 頷いて長老達に向き直る。

「うむ。実はだね。調査報告の前に不確定な要素を混ぜ込むのはどうかと思って伝えずにいたのだが、最近になって禁書庫からこのような魔道書を掘り出してね」

 と、長老達は机の上に明らかに時代の古いものと分かる古文書を机の上にそっと置いて、俺に差し出してきた。
 長老達直筆の、解読用のメモまで一緒についている。本を傷付けないように慎重に頁を捲り、内容に目を通してみる。

「これは――」
「かなり古い時代のものだ。どうやら、魔力循環についての研究に関するもののようでね。当時は術者も現存していたようだから、テオドール君には何かの参考になるのではないかと思ったのだよ」
「魔力循環の行えない我等には、感覚的な部分の話はどうにも理解しにくくてね。だが、他ならない君ならば分かる部分もあるのではと期待している」
「なるほど……」

 魔力循環の研究と、その応用の話か。
 確かに、俺の知らない技法や応用法だとか、或いは新しい応用法のヒントに繋がるような内容が記述されているという可能性は、充分にあるな。
 長老達にしてみると、内容についてよく分かっていない部分がある書物だ。繊細な作戦の前には伝えられなかった、という理由も頷ける。

 追い詰められて、いきなり不慣れなことをして裏目に出るとか、有り得る話だけに笑えない。それでは作戦ではなく賭けだ。だからこちらではなく、安定した効果を発揮する上に、作戦にも合致した指輪の魔道具を、ということになったのだろうしな。
 だが、今ならまだ時間がある。読み進めて得た内容を元に練習や試行錯誤する時間が。

「私達の望みは1つだけだ。ヴェルドガルに持ち帰り、解読を進めて欲しい」

 これも……本来なら賢者の学連にとっては門外不出の秘伝書といった扱いだろうな。
 魔力循環を扱える術者を熱望していた学連だけに、この書物の意味するところは大きい。それを預かる、という意味も。
 だから、静かに一礼して答えた。

「ありがとうございます。責任を持ってお預かりします。魔力循環について知られていない発見がありましたら、それも報告書ということで学連に提出しますので」
「はっはっは。そう言ってくれるのは嬉しいし、我等としても諸手を挙げて歓迎したいところなのだがね。君も忙しい身だろうから、そういう雑事は後回しでも構わんよ。まずは、君にとっての都合を優先してくれたまえ」

 と、エミールは愉快そうに笑うのであった。
 報告のために立ち寄るだけと思っていたけれど。
 現時点では古文書の内容は未知数ではあるが……色々良い目標ができたな。俺個人の修練や研究にも幅が出る。



 王城での報告を終えてシリウス号に戻る。報告が終わったらすぐに出発という形なので、討魔騎士団の面々も船からは下りずに待機していた。
 エベルバート王と長老達が見送りに直接広場に現れると、討魔騎士団は敬礼を以って応じる。

「ただいま」
「お帰りなさい」
「お帰り、テオドール」

 と、船で待っていたみんなが微笑む。

「報告してきたよ。学連から魔力循環に関する古文書まで借りられることになってね」
「それは……有り難いことですね」

 それを聞いたグレイスが、我が事のように嬉しそうに微笑んだ。
 ん。そうだな。長老達の信頼や親愛故にという部分があるから。

 そうして……俺達は見送りに来てくれたエベルバート王と、そして長老達に挨拶をして、そうして甲板から手を振りながらヴィネスドーラを後にしたのであった。
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