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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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578 老魔人ザラディ

 七賢者が月から降りてきたのなら、当然その方法も残されているはずだったのだ。
 その答えがこれ。月の船だ。魔力が流れ――未だに生きている。
 ザディアスが持ち出した鍵は……この船を起動させるためのものではなかったのだろうか。

「迷宮も……作り出せる?」

 シーラが尋ねるが、クラウディアは首を横に振った。

「迷宮は無理だわ。魔力が足りない。実際、私達がこうして船の外殻に到達できている時点で、迷宮が生成されてはいないということだけは明らかではあるわね」

 タームウィルズの地下に広がる境界迷宮は、それこそ、この星ほぼ全てから大災害の原因になった魔力を掻き集めることで成立している。
 星々の力を借りて地脈を通じ、世界中から余分な環境魔力を誘導することでようやく成り立つのだ。
 場所の選定もしたのだろうし、同じような物がもう1つ作られれば均衡が崩れるので、クラウディアは必ず気付くと言っていた。
 だから、仮に可能だったとしてもそれは限定的なものになるだろう。

 問題はこの船に対してどう対処するかだが、その前にやっておかなければならないことがある。

「……先にシーカーを放っておこう。外殻を沿って上に行かせれば、城のどこかには出るはずだ」
「そうね。まずそれだけはやっておかないと」

 ローズマリーが真剣な面持ちで頷く。
 3体のシーカーは別々に放つ。仮に発見された際に一網打尽にされてしまうのを防ぐためだ。その場から1体を上に向かわせ、外殻に沿って暫く横に進んでからもう1体を放った。

 2号のモニターはシリウス号側にあるが、3号のモニターはこちらに持って来ている。
 ベリオンドーラの廃城に危険度の高いものを発見した場合、この時点で破壊可能なようにというわけだ。再接近するのにもリスクが伴うからな。
 だがこの場合は、この月の船そのものが最大の危険物ということになる。

「さて。それじゃあ……この船へのこの場での対処だ。外殻の曲面から計算すると――このぐらいの規模にはなるかな」

 シーカー達が地面を進んでいる間に、土魔法で模型を作り、船の大きさを推定してみる。
 地上の城部分と、地下に埋まっている部分とを作り上げていく。

「まず、この船を破壊するか停止させることは可能でしょうか?」

 グレイスが尋ねると、クラウディアは思案するように腕組みして口元に手をやる。

「破壊は、難しいわ。外殻の破壊は船の機能そのものには致命的な影響を及ぼしにくいし、仮に中枢まで攻撃が届いたとしても――溜め込んだ魔力が一気に放出されたら大規模な爆発を引き起こしてしまう。それでは攻撃をした側も、無事では済まない」

 大規模な爆発。仮に俺が破壊した場合、退避が不可能ということを暗に言っているのだろう。

「停止するだけなら、ザディアスが持ち出した鍵を確保できれば不可能ではないと思うけれど」
「そのためには魔物と魔人達の群れを退け、ベリオンドーラを制圧しなければならない、と」
「そうね。順序としてはそうなるかしら」

 高位魔人が控えているとなると、消耗を避けるために連中の手勢を引き受けられる人員が必要となる。俺達が直接潜入して奪取するというのは、この場の戦力だけでは難しいだろう。
 だからこそ、迎撃という話になっていたわけだが。

「この船が――月まで行けるという可能性はどうでしょうか?」
「地上から直接月に上がるためには、船に対する王族の承認が必要になるわ。私の代の船ではないからはっきりとは言えないけれど、船体に触れて調べれば、それぐらいは分かるかも知れない」

 アシュレイの言葉に、クラウディアはそう答えて俺を見てくる。調べてみる、というわけだ。

「相手側に悟られずにできる?」

 シーカーは送り込んでしまったし、最悪の場合は発覚しても逃げるだけ、ということになるのかも知れないが。

「ええ。それは大丈夫。けれど、私が制御権を握っているわけではないから……王族の権限で可能な部分を参照することぐらいね」

 そして、クラウディアは船体に触れる。クラウディアの触れたところから魔力の光が船体表面を走っていく。
 マジックサークルが広がり――クラウディアは目を閉じて何かを読み取っていたようだが、そっと離れた。

「大丈夫。船の、月への航行は許可されていないわ」

 ……そうか。なら、一先ずは月の都に魔人達が侵入するということはないわけだ。

「となると、残る問題は……」

 そこまで言ったところで、それは来た。
 微弱な振動。地震かとも思ったが、普通のそれとは違う。船体に走る魔力の光がせわしなく動いている。

「これは――」
「コルリス、船から離れるように土を掘ってくれ! みんなも固まって退避!」

 考えるより先に指示を飛ばす。コルリスは頷くと猛烈な勢いでシリウス号がある方角に向かって穴を掘り出す。
 コルリスの補助をするように掘り出した土を除けて、今いる場所が振動で崩れ落ちないように補強しながらコルリスの作った穴を進んでいく。
 轟音と振動。巨大な質量の物体が俺達の見ているその前で、空中に浮かび上がっていくのが、土の向こうに見えた。

 揺れは大きかったが、長くは続かなかった。それはそうだ。地震を起こしている物体が、地上から離れたのだから。

「ど、どうなったの?」

 ステファニア姫が呟く。
 あちこち土に埋もれてしまって、こちらからは見えないが、シリウス号からは――シリウス号にいる、カドケウスの視点からはその全容が見えている。

 船は城と、その周辺の土地ごと空中に浮かび上がっていた。ベリオンドーラごと、月の船が下から支えている――というよりは、船と城が一体化しているような印象だ。
 月の船……。いや。もう浮遊城ベリオンドーラと呼ぶべきか。

 シーカー達はどうなったのか。
 いる。無事だ。しっかりとベリオンドーラに潜入している。アドリアーナ姫が操る1号は城門から中に入って天井付近に張り付いているし、フォルセトとジークムント老が操作している2号は何処かは分からないが中庭のような部分に出たようだ。
 俺達が担当している3号は――どこか分からないが、城の内部である。廊下のようなところ。3号はこちらでモニターを見ながら制御して、壁に埋まるように姿を隠させる。

「今の揺れは何だ?」
「まさか船が飛んだのか? 起動はまだと言っていただろうに」

 そんな疑問を口にしながら、何人かの男女が廊下を走ってくる。揺れを不快に感じたのか、瘴気を漲らせている者もいた。
 ならば、こいつらは魔人だろう。魔人達を集めているという予想はしていたが、それが裏付けられた。
 だが、それよりも連中の会話。連中にとってもこれは不測の事態ということになる。

 こちらの存在が発覚したのかそうでないのか、判断の付きにくい状態。エリオットもどう出るべきか判断を決めあぐねているようだ。 

 その答えは――フォルセトがモニターを預かっている、2号が出してくれた。
 中庭に、2人の男が姿を現したのだ。

 銀色の髪と赤い瞳。鍛え上げられた身体を持つ長身の男と、その男に付き従う、老いた男。

「申し訳ありませんな。根拠の薄い話に付き合わせてしまいまして」

 老いた男が言うと、赤い瞳の男は目を閉じて答えた。

「ヴァル……ロス」

 モニターを覗き込んだフォルセトがそんなふうに呟いた。
 こいつ……この男がヴァルロスか。
 ぞくりとした何かが背中を駆けていく。歩き方を見るだけで分かる。武術、体術の研鑽を積んだその有り様――。

「構わん。ザラディ、お前の能力には信頼を置いている」
「これは有り難いお言葉を。私自身のことであるなら、もう少し正確に視ることもができるのですがな。何やら危険が迫っているという、感覚だけがあったのです」

 ザラディと呼ばれた男は自嘲するように笑ってこめかみのあたりを指でトントンと叩く。その額には、もう1つの目があった。
 危険が……迫っている?
 ――何だ、それは。未来予知? 預言? こちらはまだ方針も決めてさえいなかったというのに「危険」を察知した? 理屈をつけるなら――今ある事象から未来の危険を感じ取る、ような能力だろうか。

 ともかく、予知に類する能力で漠然とした「危険」を察知した側近の魔人と、その言動に信頼を置いていた魔人の首魁が、ベリオンドーラを浮上させたということになる。

「敵の居場所までは見えんのだな?」
「敵と決まったわけではありませんが……。具体的な原因や場所などは分かりませんな。いやはや全く、不安定な能力でしてな」
「充分だ。敵がいるなら、見つけ出すまで」

 中庭に駆けつけてきた魔人達をヴァルロスは睥睨する。それだけで、魔人達は足を止めた。

「まずは外からだ。内側にいるのなら、連中に探させれば良い」
「ヴァルロス様、加勢は?」
「いらん。今の時期に整えた戦力を削られるのは煩わしい」

 ヴァルロスは――そのまま高空に飛び上がる。膨大な量の瘴気がその身体から立ち昇るも、一瞬でその両手に集束した。右手を振るえば薄い紫色の波となって、視界に収まる範囲を浅く広く薙いでいく。地上、空中問わず。破壊のためではなく、触れたものに反射し、選別するような。

 それはまるでソナーだ。地下に潜んでいる俺達は、あれでは見つけ出せないだろう。しかし――シリウス号は姿が見えないだけでそこにいるのだ。
 触れれば、分かる。背筋を悪寒が走った。

「クラウディア! シリウス号へ転移!」
「ええっ!」

 俺の言葉に、クラウディアは転移魔法の準備を始める。
 左手から波を放ち、そしてヴァルロスはそちらへ向き直る。

「――そこか。どうやらそこそこの大物のようだな」

 見据える。真っ直ぐに。その視線の先にはシリウス号がある。
 ヴァルロスの頬に赤い魔力のラインが走り――両腕に赤黒い雷を迸らせる。そしてその背中に、黒い瘴気の翼が開いていく。1対、2対。4枚の黒いエネルギー翼。

 初速から猛烈な速度でヴァルロスが踏み込む。姿が掻き消えるほどの加速力。
 何かを感じ取ったエリオットやフォルセトが艦橋を飛び出し、甲板に向かって走っていく。シオン達が驚いてそれを追った。

 エリオットとフォルセトが外に飛び出した時には、既にヴァルロスが近くまで迫って来ていた。

「ヴァルロス! あなたは!」
「フォルセト、か。今更になって地の底から這い出してきて、俺の前に立ち塞がるか」

 その姿を、互いに認める。感情をぶつけるフォルセトに、ヴァルロスは冷たく言い放つと、右腕に込めた瘴気を無造作に振り被る。
 甲板のエリオットとフォルセト、そしてシオン達。艦橋のジークムント老やペネロープ、アルフレッド達が、その姿に目を見開いた。

 そして、次の刹那。ベリオンドーラの雪原に爆発音が響き渡った。

 ヴァルロスは目を見開き、大きく後ろに飛んでいた。
 否。正確には下がらせた。突っ込んできた空間が、その眼前で爆ぜたのだ。
 ――風魔法第7階級レゾナンスマイン。

 奴の赤い目が、見据える。俺を見据える。俺もまた、真っ直ぐに奴と対峙した。
 ウロボロスを構えて魔力を高めていく。余剰魔力が放射して、青白い閃光を辺りに散らす。

「ほう……」

 ヴァルロスは俺を見て、小さく、表情1つ変えずにそう零した。
 クラウディアの転移魔法が、ギリギリ間に合った。みんなも。1人として欠けずにシリウス号に戻って来ている。
 討魔騎士団の人員もシリウス号から離れていない。
 さて。そうなると、こいつをどうにかしての撤退戦ということになるか。
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