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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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575 塔の奥の記憶

 賢者の学連の敷地内は研究棟やら学徒の寮やら色々な施設に分かれている。
 俺達が今いる塔に関しては学連の秘術を秘匿するための施設であり、同時に七家の者達が生活する場でもある。
 なので塔には風呂に厨房、各々の居室であるとか、生活するのに困らない設備がしっかりと用意されているそうだ。

 というわけで、話し合いを終えて居住用の階層へ案内してもらうことになった。
 大書庫を出て塔の外周部へ向かうと、そこには塔の上階へと向かう螺旋状の通路があった。
 階段……ではない。言うなれば、螺旋状の坂道が塔外壁の内径に沿って、延々と上の方に向かって続いているという状態だ。通路は割と広々していて、4、5人は並んで通れそうな印象ではある。

「これを登っていく?」

 シーラが首を傾げる。

「いや、そうではないぞ」

 ジークムント老がそう言って、壁に埋め込まれている水晶球に触れる。すると坂道の一番下に、丁度人1人が足を乗せていられるような足場が……盛り上がるように生えてきた。

「これに乗って上に向かうわけじゃな」

 ジークムント老がその足場の上に乗ると、緩やかな速度で坂道を上へと向かって滑っていく。

「上昇と下降、それから加減速や停止……動きについてはある程度自由が利く。足場同士は激突せんようになっておるし、仮に転落しそうになっても足場となる平面部分が広がって受け止めてくれるというわけじゃな。極端な話、座ったまま、寝たままでも良い」

 どうやら足場はかなり自由度が高いらしい。少し進んだところでジークムント老が動きを止める。
 説明を実証するためか、ジークムント老はわざと踏み外すように前に出るが、足場が変形して、その一歩をしっかりと受け止めていた。

「だが、絶対に怪我をしないとは言えん。転落しそうになった時、後ろや下に人がいた場合は、最後尾で受け止めるようになっておる。足場の変形に後続を巻き込むのを避けるためじゃな。まあ、ここの住人は全員レビテーションぐらいは使えるからそんな心配もないのじゃが」
「安全性も充分に考慮されているというわけね」

 ローズマリーが感心したように言う。

「これは……ゴーレム生成技術の応用でしょうか。テオドール様のクリエイトゴーレムに少し感じが似ているような」

 と、アシュレイ。

「うむ。そういうことじゃな。因みに、上に向かう際は塔の内側。下に降りる際は塔の外側を進む決まりになっておる」

 俺の言葉にジークムント老は笑みを浮かべて頷いた。
 ……面白いな。王城セオレムでは浮石のエレベーターがあったが……こちらは巻き込まれる危険のない、魔法のエスカレーターとでも言えば良いのか。

 便利ではあるが、緊急時に作動をストップさせてしまえば、侵入者が空を飛べない場合は普通に坂道を歩いて登るしかないというわけで、侵入者対策にもなっているところがある。

「これは興味深いなぁ」
「流石は賢者の学連ね」

 アルフレッドが笑みを浮かべると、ステファニア姫が答えアドリアーナ姫がうんうんと頷く。
 マルセスカとシグリッタも興味津々といった様子で、シオンは2人が無茶をしないかはらはらしているような様子だ。まあ……アルフレッドとそれ以外の面々では興味の方向が別のベクトルに向いている気がする。

「では、早速使ってみましょうか」

 そう言って俺も壁の水晶球に触れると、足元に足場が生まれる。その上に乗ると、足場がそのまま坂道に沿って上昇していく。実にスムーズな動きだ。右に行ったり左に行ったりも割と自在で、こちらの体勢に足場も合わせてくれる。

「では、上に向かうとしよう。何か問題があったら声を掛けてくれるかの」

 そう言ってジークムント老は通路を先へと進む。後ろから3列になってそれぞれ足場を作り、みんなもついてくる。
 マルレーンとペネロープは仲良く手を繋いで足場に乗ってにこにことしていた。それをクラウディアが微笑ましいものを見るように目を細めて見ている。

 使い魔達も後足で立ち上がって壁の水晶球に触れたりしていたが、しっかりとそれぞれの体格に合った足場が生成された。コルリスも然りだ。足場の上にぺたんと腰を降ろすような恰好で、そのまま上へ運ばれてくる。

「中々……不思議な感覚ですね」

 グレイスがどこか楽しそうに言って、隣のアシュレイと微笑み合う。
 俺としては普通に移動している分には、そのままエスカレーターに乗っているような感覚だ。懐かしい、と感じてしまうのはそのせいか。
 前に人がいるとスピードは出ないので、自然と先頭にいるジークムント老や俺の速度に合わせるような形になる。

「何となくですが……七家の子供はこの通路で遊んだりしそうですね」

 ジークムント老は明言しなかったが、周囲に人がいなければスピードも出せるのだろう。想像すると……転落や激突の危険がないスケボーに乗って坂道を高速移動できるような感じだろうか?

「んん……。そう、じゃな。七家の者ならある、かも知れんのう。パトリシアもそうじゃったし、用事があって訪れてきた宮廷貴族も、一度この通路で遊んでいるのを目撃されてしまったことがあっての」

 ジークムント老は苦笑いを浮かべて言った。だが、ヴァレンティナや七家の長老達も何故か目を逸らしたりする。
 ……ああ、うん。母さんについては何となく予想がついていたけれど。長老達にも子供時代はあったわけだし、シルヴァトリアの宮廷貴族も、こういったものを見るのが初めてなら仕方がないということにしておこう。

 螺旋状の通路を進んでいけば――各階ごとに踊り場部分が設けられていたりする。更に階層ごとに壁に刻まれたレリーフの意匠が違うので、今が何階かというのが分かるようになっているらしい。

 水瓶を傾けた女神の意匠のレリーフの階層までやって来ると、ジークムント老が口を開く。

「こっちじゃな」

 と、水平部分をそのまま足場に乗って滑っていく。みんなもそれに続き、塔の内側へと繋がる通路を進むと、開けた場所に出た。広場になっていて、テーブルやソファ等が置かれている。応接室……というよりはサロンのような雰囲気だ。
 足場が動くのはここまでのようだ。つまり、ここが居住区画ということになるだろうか。

「この階層近辺が七家の居住用の階層なのです。ここはウィルクラウド家とブルクミュラー家の階層ですね。この広間は七家の者が集まって話をしたり、客の応対をしたりするためのサロンになります」

 ヴァレンティナが色々と掻い摘んで説明してくれた。ウィルクラウド家……つまりジークムント老や母さんの実家だな。
 塔の一階層、その半分がウィルクラウド家のものということになるだろうか。

「客室もあるが、学連は秘匿性が強いために普段は使われることもあまりなくての。まあ、一応掃除はしてある。まずは荷物を置いて落ち着けるようにしてしまおうかの」

 ジークムント老はそう言って、広場の壁に埋め込まれた水晶球に触れる。壁の一部が溶けるように消えて、更に広間から続く通路を進んでいく。
 通路にあった扉を開いて中に入ると……そこがウィルクラウド家の玄関ということになるらしい。内装については案外普通だ。予備知識が無ければ塔の中とは思わないかも知れない。まあ、居住スペースを奇抜にし過ぎても落ち着かないというのはあるだろうが。

「この部屋とこの部屋は自由に使ってくれて構わんぞ。ああ、テオドールは、少し良いかの」

 そう言って客室に案内してくれた後で、ジークムント老は俺を呼ぶ。

「はい」

 頷いてジークムント老に付いて行く。居間を抜けて、廊下の突き当たりにある一室に案内された。
 華美な調度品はないが……ベッドや鏡台、ドレッサーなど、置かれた家具から見るに、貴族の女の子の部屋という印象である。
 その中にあって異質な――立てかけてある、木彫りの髑髏の杖などの小物が、この部屋の主が誰であったかを雄弁に物語っているが。

「母さんの部屋、ですか」

 髑髏の杖を手に取って苦笑して尋ねると、ジークムント老も苦笑いを浮かべて頷く。

「うむ。儂らがここに戻ってきた時には、この部屋もザディアス一派の者に家探しされた跡があってな。整頓するまではお主に見せるのも忍びなくての。ここに重要なものは置いてはおらなんだから、私物などは無くなっておらんはずじゃが……」

 ……なるほど。ジークムント老の書斎も荒らされていたと言っていたし、封印の巫女の私室もそうなってしまうだろう。

「今日はこっちに泊まっても構わんぞ。気に入ったものがあったら、持って行っても構わん」
「流石に、この部屋では少し落ち着かないですよ」

 と、ジークムント老に小さく笑って答えた。
 内装が当時の母さんの年頃に合わせたものであることもそうだが、個人用の部屋だからみんなと一緒というわけにもいかないし。

「それに……ここはあまり使わずに、なるべくそのままにしておきたいという気はしますね」

 重要なものが置いてあるわけではない、というのなら尚更だ。ここは俺の思い出にある母さんの部屋ではなく、お祖父さんの思い出にある、一人娘の部屋なのだから。

「そうか。そう、かも知れんな」

 ジークムント老は静かに頷く。
 机の上に置いてあった羽ペンを手に取って目を閉じる。当時の母さんは……大書庫から本を持って来て、ここで魔法の勉強をしていたりしたのかも知れない。
 そんな光景を目蓋の裏に描いて、羽ペンを元通りの場所に置く。
 うん。ベリオンドーラに出発する前に、この部屋を見れて良かったという気はするな。
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