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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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571 侯爵と精霊と

 ゆっくりと、見覚えのある港町が近付いてくる。高度を落とし、シリウス号を着水させて船着き場へと進んでいく。
 ジルボルト侯爵の直轄地は北国シルヴァトリアの日当たりの良い明るい港町だ。前に来た時より活気があるようにも見える。

「これは侯爵!」
「お久しぶりです!」

 ジルボルト侯爵領の港にシリウス号を停泊させる。港には出迎えとしてジルボルト侯爵と侯爵夫人ベリンダが家臣と共にやって来ていた。
 討魔騎士団に出向しているジルボルト侯爵家の家臣達――エルマー、ドノヴァン、ライオネルが港に姿を見せたジルボルト侯爵に挨拶をする。
 エリオットが到着時のシリウス号内での人員の配置を調整した結果であるらしい。
 このあたり討魔騎士団の団長として部下を大事にしているのが窺えるというか、粋な計らいというか。

「久しぶりだな、お前達」

 甲板の上から明るい笑顔を見せるエルマー達に、ジルボルト侯爵が笑みを浮かべた。
 シリウス号の動きが止まり、エルマー達がタラップを降ろす。

「ロミーナ様はお元気でいらっしゃいます。アシュレイ様や、フォブレスター侯爵家の御令嬢と親しくなさっておられるようで」
「うむ。それは何よりだ」

 ドノヴァンからの報告に、ジルボルト侯爵は静かに応じる。ロミーナの話を聞いてベリンダ夫人も柔らかい笑みを浮かべた。

「さて、余も侯爵には顔を合わせて来なければな」

 艦橋にいたエベルバート王はその光景をモニターから静かに見守っていたが、頃合いを見計らって立ち上がる。まずはジルボルト侯爵家の家臣達の再会やら報告やらの時間を取っていたというわけだ。

「討魔騎士団団員は、半舷上陸とする。出発までの間、決められた通りに交代で休憩を取ること」

 エリオットが伝声管を通して討魔騎士団に指示を出すと立ち上がった。俺やエリオットも、ジルボルト侯爵には挨拶をしてこなければというところだ。



「ご無沙汰しております、テオドール卿」
「こちらこそお久しぶりです。ジルボルト侯爵」

 エベルバート王やエリオット、それからみんなと共にジルボルト侯爵への挨拶に向かう。ジルボルト侯爵とは初対面の面々も多かったので、そちらも紹介しつつといったところだ。

「ロミーナ様もこちらにお連れしたいところだったのですが……」
「いや。娘からは手紙を貰っておりますが……あの子は自分の意思でタームウィルズに留まることを決めたのです。恩人や友人、エルマー達が戦っているその時に、自分だけ安全な場所に逃げ帰るようなことはできない、と言っておりましたよ」

 ……そうだな。アシュレイからもロミーナについてはそういった話を聞いている。
 ヘルフリート王子もこの時期に合わせるように留学先から帰ってきたが、このへんは王族としての矜持に近いものがあるだろう。ヘルフリート王子にしてもロミーナにしても、領地を抱えている領主とは、また責任のあり方が違うということか。

「タームウィルズでは封印解放が近付いたら王城に避難できるように準備を進めているのです」

 グレイスが避難訓練について言及する。そうだな。そのことは伝えておいたほうが2人とも安心してくれるだろう。

「分かりました。万一転移魔法で撤退する際は、テフラ山も視野にお入れ頂ければと思います。そのための蓄えなどは進めておりますので」
「それは心強いわね」

 ジルボルト侯爵の言葉にクラウディアが頷く。ファリード王の話もそうだが、南方でも北方でも退路があるというのは有り難い話だ。非戦闘員だけの脱出というのも考えられるしな。

「ロミーナ様とは、この前一緒に、南方の刺繍を見て刺し方を真似をしたりしていました」
「ああ。ロミーナも手紙に書いていましたね。アシュレイ様やオフィーリア様と楽しく刺繍をしたと――」

 アシュレイはベリンダ夫人とロミーナの話題で談笑したりしている。南方の刺繍。遊牧民のブルト族から貰ったものだな。
 侯爵夫妻と話をしていると、片眼鏡を通して見ている視界に変化が起こった。あたりの精霊達が活性化しているのが分かる。視線を巡らすと船着き場の開けた場所に、小さな火が生まれる。
 そのまま――大きな火柱となって立ち昇った。渦巻く炎が人の形を取って、テフラが顕現する。

「これは、テフラ殿」

 それを見たエベルバート王やジルボルト侯爵がテフラに挨拶をした。
 ジルボルト侯爵の直轄地はテフラ山の裾野にあるからな。テフラも自由自在に顕現可能といったところだ。

「うむ。みんな元気そうで何よりだ。テオドール、到着を待っていたぞ」

 そう言ってテフラは明るい笑みを浮かべた。



「これが火口付近の源泉から汲んできた水です」

 テフラが姿を現したところで、ジルボルト侯爵が兵士達に指示を出し、前もって準備してもらっていたものを船着き場に運んでもらう。程無くして兵士達が荷車に積まれた樽を運んできた。
 テフラ山の源泉から汲んできた水である。流石に……魔力が豊富だ。早速、討魔騎士団の面々が源泉水をシリウス号の中へ積み込んでいく。

「ありがとうございます。こんなに運んでくるのは大変だったのでは?」

 火口付近の源泉というのはテフラからの提案であったが、冬の雪山、しかも火口付近でということだったので危険が予想される。
 到着してから俺達が汲みに行けばいいかと思っていたのだが……ジルボルト侯爵が諸々準備しておくと乗り気であったのだ。
 テフラも危険が無いようにすると言っていたし、厚意を断るのもと思ったので頼んだけれど、実際はどうだったのだろうか。

「いえ。竜籠や魔術師も動員しましたので。冬のテフラ山はそれなりに厳しく、やはり火口は危険ではあるのでしょうが……何せ本人がこちらに付いてくれておりますからな。天候などにも恵まれておりましたぞ」

 ジルボルト侯爵はにやりと笑い、事もなげに言う。テフラもジルボルト侯爵の言葉にどこか得意げな表情で目を閉じて頷いていた。

 なるほど。テフラやそれに同調した精霊達の協力もあるのだろうが、このあたりの手際の良さは流石という感じだ。特殊な部隊を抱えているジルボルト侯爵だからな。人材も豊富である。

 ともかくテフラ山の源泉の水ということで、飲用にするなりポーションの原料にするなり、色々と使い道はある。
 シルヴァトリアの王都にエベルバート王を送ってからベリオンドーラに向かって出発することとなるので、移動中にポーション作りだ。ぎりぎりまで、やれることは全部やっておく。連戦も想定しての疲労回復と魔力の補給。どちらも重要だ。

「我としては直接力を貸せないのが歯がゆくはあるのだがな」

 テフラは申し訳なさそうに目を閉じる。

「いや。テフラにはかなり助けられてるよ」

 と、笑みを浮かべて答えると、テフラは小さく頷いて笑みを返してくる。
 高位精霊は感情の昂ぶりが自然現象として連動してしまうからな。特に近くに人里を抱えるテフラに関しては、直接的な戦力として頼るわけにはいかない。
 まあ、精霊王達から預かっている例のアミュレットも、テフラが顕現してから活性化しているようだしな。テフラの力もここに集まっているのは間違いない。

「この後は――すぐに王都へ向かうということでしたか」
「そうですね。エベルバート陛下をヴィネスドーラにお送りし、一泊してからベリオンドーラへ向かう予定です」

 旅程を長くすればするほど疲れてしまうところがあるからな。気力を充実させた状態でベリオンドーラの調査に臨みたい。道中結構飛ばしてきたのもそういう理由があってのものである。
 シルヴァトリアの王都ヴィネスドーラか。前回はザディアスの一件が解決していなかったから色々気を回すことも多かったが、今回はそういうこともない。
 賢者の学連のみんなに顔を合わせるのは……俺としても少し楽しみでもあったりするし。

「では……私はここでお見送りするという形になってしまいますな」

 と、ジルボルト侯爵が少し残念そうに言った。侯爵も領地を預かる領主である以上、この時期に動き回るというわけにもいかないのだろう。

「我もここに残る。この土地で何かがあればテオドール達とタームウィルズに知らせられるようにしておかねばな」

 テフラも連絡役に徹してくれるというわけだ。

「2人とも……ありがとうございます」
「何の。テオドール卿に助けて頂いた事を考えればこの程度のこと。恩を返した内にも入りませんぞ」
「我もだ。魔人共は厄介だが……無事に帰ってくるのだぞ」

 頷いてジルボルト侯爵とテフラを交えて、しっかりと握手する。テフラとの握手をした後には、じんわりとした温かな熱がしばらくの間残ったのであった。
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