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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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560 雪の森の淡光

 父さんの家にはエリオットとカミラ、メルヴィン王とエルドレーネ女王達、ステファニア姫達、フォルセトといった面々が宿泊した。それに加えて要人の護衛兼連絡役として使い魔達を伯爵家側に置いている。

 エリオットとカミラは結婚式に参列してもらったお礼があり、メルヴィン王はお忍びではあるが情報が漏れた際でもガートナー伯爵に歓待を受けて、王家そのものとの関係は友好であることを示すためだ。

 姫達3人と、エルドレーネ女王達、フォルセトについては、それぞれの国の代表であったりその名代なので、ガートナー伯爵領とも接点というか繋がりを持っておこうという観点らしい。

 領民達はと言えば、隣町から来たハドリーを残し、それぞれの家に帰って行った。俺達も夜の雪道をソリに乗って帰り――そうして母さんの家に宿泊したのであった。



 そうして一夜明けて――若干の息苦しさに目を覚ますと、幾つか連結させたベッドの上で、グレイスとアシュレイから抱きしめられていることに気付いた。
 ん……。昨日は領民の一件があったからだろうか。2人としても色々と考えてしまうことだろうしな。

「あー……」

 珍しくグレイスより早く起きてしまったようだ。少し体を捩って呼吸しやすい体勢を整えるが……こうして両方から抱きしめられてしまっているというのは、どうにも落ち着かなくていけない。
 こういう場合はあまり今の状況を考えないようにしたり、何か別のことを考えたりだとか、睡眠のための魔法を自分に掛けたりと色々対処法を取っているのだが――。

「ん……。おはようございます」

 だが、今日のところはそういった努力をせずとも大丈夫だったようだ。
 俺が少し動いたのでグレイスが目を覚ましたらしい。割合しっかりと抱きしめられていたが、グレイスは今の状況に気付くと、少しスペースを空けるように動いてくれる。

「うん、おはよう」

 代わりに、グレイスと手を繋ぐ。こうして母さんの家の一室で、グレイスと天井を眺めていると色々と昔を思い出してしまうところではあるが。

「まだ、少し早いかも知れませんね」
「かもね。もう少しゆっくりしていようか」
「はい」

 寝息を立てているみんなを起こさないようにと、小さな声で言葉を交わして、目を閉じる。グレイスとアシュレイの体温や鼓動を感じている内に、また軽い微睡みの中に落ちていくのであった。



「お風呂からの眺め、すごい綺麗だね!」

 と、上階にある展望風呂から降りて来たマルセスカは些か興奮した様子でそんなふうに屈託のない笑みを見せる。
 濡れた髪に身体から湯気が立っているという状態であるが……まあ、楽しんで貰えたようで何よりである。遅れて風呂場から降りて来たシオンが、マルセスカの様子を見て苦笑する。シグリッタは目を閉じて、風呂場からの眺めを反芻している様子であった。後で絵にするつもりなのかも知れない。

 雪が降った後の風呂からの眺めは綺麗なので、折角だからと朝風呂を焚いたのだ。くじ引きして何組かに分けて、皆順繰りに入っているというわけである。
 そうこうしていると家の前に、コルリスに乗ってやってきたステファニア姫達が降りてくるのが見えた。ラヴィーネも一緒だ。連絡役として向こうにいたが、コルリスと共に護衛としてこちらに戻ってきたらしい。

「おはようございます」
「ええ、おはよう」

 玄関から迎え入れて挨拶をすると、ステファニア姫達も笑みを浮かべて挨拶を返してくる。

「時間まではまだ少しあるけれど、先に行っても良いということだったから、こちらに来させてもらったわ」

 と、ステファニア姫。まあ……お忍びとは言えメルヴィン王が来ている以上は、名代役ではないからな。
 アドリアーナ姫やエルハーム姫と行動を共にしているが、メルヴィン王が行動に自由時間を作ってくれたという感じなのだろう。

「屋上から湯気が出ていたけれど……」
「朝風呂を焚いたのです。雪が降った後に晴れると、眺めが綺麗なので」
「中々良いお湯だったわ」

 と、羽扇で口元を隠したローズマリーが言う。ふむ。経験則からするとステファニア姫達も興味を示しそうではあるが。

「殿下さえ良ければですが……ご入浴なさいますか?」
「それは素敵ね」

 ステファニア姫は嬉しそうな表情を浮かべる。好奇心旺盛というか、何事もまず試してみる、といった性格ではあるからな。
 そんなわけで、姫達3人に加え、後からやって来たエルドレーネ女王達もその話を聞いて風呂に入ったりといった朝を過ごしたのであった。



 朝食後は父さん達の到着を待つまでの間……少し思うところがあって、軽く遊んで過ごすことにした。
 雪遊びをした事が無い面々も多いので、どうせならということで家の周りの除雪がてらに雪山を作って、そこを木魔法で作ったソリで滑ったりしてみようというわけだ。

「周囲の木や人に突っ込まないようにね」
「舵を切れば曲がるんですよね?」
「うん。舵と体重移動で多少の操作はできる」
「はい」

 ハンドル付で、連動して、板の向きが変わる仕掛け付だ。シオン達は反射神経が優れているから、スピードを出しても大丈夫だろうけれど。3人は最初からフルスピードで雪山の斜面を滑り降りていく。森の間の木々をジグザグに縫って進んでいくあたりは流石といったところか。

「ハロルドとシンシアは、真似しないようにね」
「あの速度は無理ですよ」

 と、ハロルドは苦笑する。

「……こういうふうに、家の周りが賑やかなのって素敵だわ」

 と、フローリアは上機嫌な様子である。フローリアは母さんの家が精霊として顕現したところがあるので、こういう空気は好きなのだろう。

「母さんも、こういう賑やかさは好きですからね」
「……そうね。リサはこういうの、喜ぶと思うわ」

 俺の言葉にロゼッタが小さく笑うと、フローリアも頷いた。

 問題はコルリスだ。ソリを見たコルリスは結晶の鎧をソリ状に展開して腹側に纏い、背中に乗るように鼻先の仕草で促してきた。……これはステファニア姫の発案なのか、それともコルリス自身のアイデアなのか。

 マルレーンがラスノーテを誘い、にこにこと笑みを浮かべてコルリスの背中に乗ると、足元に展開したシールドを軽く蹴って、雪の上をコルリスが滑っていった。コルリスにしては抑えめなので、割合加減して滑っているようではある。

「ふふっ、これ楽しい」

 ラスノーテがマルレーンと顔を見合わせてくすくすと笑う。
 ……コルリスの身体能力で滑るので、坂道でなくても普通に進めるというのは優れた点かも知れない。

 まあ、中々楽しそうではあるか。交代で乗ってみるのも良いかも知れない。
 そんなことを思いながらふと視線を巡らすと――ラヴィーネやベリウスも、俺に何かを期待するような視線を向けてきている。

「ラヴィーネも雪で遊びたいみたいです」
「ベリウスもかしらね。多分、雪で遊ぶのは初めてでしょうし」

 と、笑みを浮かべるアシュレイと、小さく苦笑するクラウディア。
 んー。そうだな。引くタイプの犬ぞりも木魔法で作ってやるとしよう。

 そんな調子で使い魔達のソリに乗って森の間を滑って遊んでいると、街道を馬ぞりに乗った父さん達がやって来た。

「おはようございます」
「うむ。おはよう」
「おはよう、テオドール」

 馬車から父さんやダリルに続いて、メルヴィン王達や領民達も降りてくる。これで今日の墓参りの顔触れは全員揃ったというわけだ。

「中々賑やかというか何というか」
「そう、ですね。話も落ち着きましたし、いつまでも暗い空気でいるのも、母さんに心配をかけてしまうかと」
「そうだな。確かに」

 そう答えると、父さんは静かに頷いた。母さんに対しての考えとしてもそうだし、領民達に対してもそうだ。
 これから先、前を見てカーター達と歩くためには、俺が暗い顔を見せていたのでは、話を付けた意味がないからな。



 母さんの家から――森の中にある墓所まで。雪を魔法で除けながら道を作っていく。積もった雪をスノーゴーレムにして、一定の間隔を置いて積み重ね、雪山にしてしまう。
 後でまた雪が降った際に、雪かきがしやすい状況を作っておくというわけだ。
 俺達が帰ったら、ハロルドとシンシアが雪かきなどするのだろうし、その時に雪を除けられるスペースを多く作っておこうというわけである。

 母さんのお墓まで到着する。昨日から夜半にかけてまで雪が降ったのだろう。墓石も雪を被っていたが……。

「昨日も様子を見に来てたけど……ただいま、母さん」

 そういって、スノーゴーレムにして除けることで、一気に周囲の雪を片付ける。墓石の上など、細かなところは、みんなで手分けして綺麗にしていくわけだ。このあたりは魔法頼りではなく、手作業で進めていく。

「こんなところかな」
「そうですね。綺麗になりました」

 ある程度納得のいくところまで墓所の手入れを行う。出来栄えを見て俺が言うと、グレイスが穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

 では――墓参りといこう。ジョサイア王子から預かっていた花束や、こちらで用意してきた花束をローズマリーから受け取ると、周囲も静かになって……雪の森にある墓所らしい、静謐な空気になっていく。

「これは、ジョサイア殿下から預かってきたものです。こっちは……僕達から」

 そう言って墓前に花束を捧げる。そうして、墓石の前で目を閉じる。
 報告することが……色々あるんだ。
 領民達との話もそうだし、キャスリンから頼まれた伝言のこともある。彼らの話を聞いて、どう思ったか。これからどうしたいか。思い返しながら、母さんに伝えるように黙祷する。

 伝えたいのは、昨日のことだけではない。
 前に墓参りに来た時から今日までにあったこと。ヴェルドガルの西方への旅……港町のウィスネイア伯爵一家から伝えられた、母さんへの感謝の言葉であるとか、グランティオスでの戦いのことであるとか……。

 諸々を黙祷の中に乗せて母さんに伝え、やがて目を開く。みんなも――静かに母さんの墓石の前で目を閉じて、黙祷を捧げていく。
 父さん、それにグレイス達、ダリルやメルヴィン王達と続いていく。

 そして……最後に領民達だ。俺に向かって深く頭を下げてから、墓石の前に行って、跪くようにして手を合わせる。彼らにとっては母さんへの謝罪でもあるのだろう。
 母さんへの言葉だけでなく……あの時、俺やグレイスに背を向けてしまったことを謝る言葉も聞こえた。声にならない嗚咽も漏れている。
 子供達も大人達の後ろで母さんに黙祷を捧げる。長い長い、祈りと謝罪だった。

「……母にも、きっと届いたのではないかと思います」

 もう一度、俺も目を閉じて黙祷してから目を見開き、領民達に声をかける。ハドリー達は俯きながらも1人、1人と、ゆっくりと立ち上がった。

「墓所へのお参りを許して下さったこと、感謝します」

 ハドリーの言葉に頷く。

「……戻りましょうか。身体が冷えてしまいますから」

 そう言って、帰り支度をする。
 みんなが去っていく、その最後に墓所を振り返った時。
 片眼鏡を通して、墓石の横に燐光のようなものが見えたような気がした。顕現していない精霊よりも曖昧な――。

 それはほんの一瞬だけのことだ。目を凝らした次の瞬間には消えてしまっていた。
 俺の目の錯覚か、願望が生んだ幻か。或いはそこに本当に何かがいたのだろうか?
 人の形をした淡い光は――少しだけ俺を見て微笑んだ、ような気がする。胸の奥に、じんわりとした温かさだけが残るような感覚がある。

「……行ってきます、母さん」

 少しその場に立ち尽くしていたが、母さんの墓石に向かってそう言ってから一礼し、俺もみんなの後を追ったのであった。
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