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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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554 伯爵領の小さな事件

「ん、明日の墓参りにも来てくれるんだろ?」
「テオドールが良いって言うならだけど」
「勿論」

 と、ダリルには微妙に繋がっているような繋がっていないような話をしておく。父さんもそろそろ動くのではないかと思うが……雪が降っているし街の入口まで送っていく旨を話しておくか。こちらでも色々と段取りを考えていると、詰め所の物置きにいるカーター達のところにも動きがあった。

「よし……。身体も暖まってきたし、どうにか脱出する方法を考えよう」

 カップの中身を飲み干して一息吐いたカーターが言う。

「カーター。俺、考えたんだけどさ。全員じゃ無理かも知れないけど、1人だけなら、逃げられないかなって。とにかくテオドール様に、1人でも会えればいいわけだし」
「それはそうかも知れないけど。1人だけでって……いい考えが浮かんだのか?」

 カーターが言うと、少年はにやっと笑った。

「ほら。そこにちょっと壊れた兜と鎧が置いてあるだろ。あれをお前が着てさ……それで――」

 と、少年少女は固まって作戦会議を始める。

「なるほど。そうなると、人を呼び寄せる必要があるかも知れないな」
「なら、入口を塞いであの窓を割ってやれば――」
「おお。それなら行けるかな」

 と、子供達は脱出の策を真剣に練っている。ふむ。上手く行くかは微妙なラインだが……悪くはないアイデアだ。

 カーターが鎧一式を装備したところで、子供達は打ち合わせ通りに動き出した。
 全員で協力してソファやテーブルを、音を立てないように慎重に扉の前に移動させる。そしてカーターが配置についたところで、1人が物置きの中から手頃な大きさの煉瓦を手に取った。補修用の建材だろう。それを――少年が振り被って高い場所にある窓に投げつける。

 窓ガラスが割れて、大きな音が響いた。窓枠に残っている硝子を全て割ってしまおうと、再度投擲し、見事に命中する。中々良いコントロールだ。
 少年達は各々が慌ただしく動き出す。物置きの中にあるものを動かし、壁に立てかけて窓に到達できるような足場を作ろうというわけだ。

「破片に気を付けろよ!」
「ああ!」
「おい! 何の音だ!?」

 窓の割れた音であるとか、物置きの中で物を動かしている音はすぐに外の見張りの気付くところとなった。だがノブを回しても木の扉の前に置かれたソファーやテーブルが邪魔になって入って来れない。

「扉の向こうに物を置いてやがる! 全く……手を焼かせる連中だな!」
「みんなを呼んでくる! 扉ごと破っちまおう!」

 見張りは2人だ。1人をその場に残して走っていく足音。その間にも子供達は足場作りに集中している。途端に外が騒がしくなった。
 このあたりは流石に兵士の詰め所と言ったところか。行動が迅速である。

「危ないから扉の前に立つんじゃないぞ!」

 と、中の子供達に注意をしながら二度三度と扉に衝撃が加わると、呆気なく扉が壊された。人が入れそうな隙間ができる。そこから手を突っ込み、邪魔になっているものを無理矢理に動かしてやれば、バリケードはその意味を成さなくなり、呆気なく突破されて兵士達が物置きの中に入ってきた。ドタドタという足音や、物の落ちる音が部屋の中に響く。
 そして――そこで兵士達が見たものは、子供達が足場を作って、高い場所にある窓に手を伸ばしているという場面であった。しかし、そこに集まっていたのは3人。すぐにそのことに兵士達も気付く。

「おい! 2人も足りないぞ!?」
「おいおい、あの窓枠の隙間から逃げたのか!? あそこは嵌め殺しになっていて開かないはずだぞ!?」
「子供なら通れるってのか……? ちっ、ここに見張りを残して外を探して来い!」

 ……というのが、少年達の策略となる。逃げ出そうと割れた窓に集まっている自分達の姿を囮にして、兵士達の注意を引いているというわけだ。
 小柄な少女が樽の陰に毛布を被って隠れ、全員の中で一番大柄なカーターは鎧兜を着込み、小柄な兵士の振りをしつつ、扉の近くに潜んでこっそり兵士達に紛れるように合流。そしてドサクサ紛れで探しに行く振りをして脱出、と。

 中々悪くないアイデアだ。脱出が難しいなら外から開けさせれば良い、というのは理に適っている。
 向こうから脱出してきてくれると、遭遇しやすくはなるところはあるか。
 そこでカーターから話を聞いて事情を知るというのは……まあ、こちらとしても動きやすくはなる。俺と会って話をしたいというのなら、聞きに行くとしよう。



 雪が降っているし母さんの家は壁の外側にあるので、街の入口まで送っていく、と言うと父さんは頷いた。

「すまんな」
「いえ。街までの護衛ということで」
「私達もご一緒します」
「ああ」

 というわけで、グレイス達も一緒だ。内容が内容だし、少なくともカーター達は悪意があるわけではなさそうだから……みんなにも話をしたり、意見を聞いたりしたいというのはある。一緒に来て貰おう。

 伯爵家から寝具を運んできた馬車数台に分乗して領地に戻る。雪の降る街道を進んでいると、父さんが話しかけてきた。

「テオドール」
「何でしょうか」
「お前と領民達の間に確執があるのは私も知っている。私としても、正直な話をするのなら……複雑な感情を抱いているところはあるのだが、な」
「……はい」

 それでも罰しないというのは……父さん自身が間に合わなかった負い目でもあるし、後から私情で罰するのは領主のするべきことではないと思っているからだろう。父さんがそうしているから、俺だって連中に感情をぶつけずにいられるところはある。グレイスだってそうだろう。
 彼らがその時、何か出来たのかと言われれば、実際何もない。自分の身を、或いは家族を守るために精一杯だったということぐらいは、俺だって理解はしている。

「――もし、彼らがリサの墓所を見舞いたいと言ったら……お前達はどう思う?」

 父さんは俺とグレイスにそう尋ねてきた。ダリルの動きを知っているのか、それとも当事者の誰かから話か相談をされているのかは分からない。少なくともカーター達の動きを受けてのものではあるだろう。

「グレイスは……どう思う?」

 グレイスに尋ねると、軽く眉根を寄せてかぶりを振った。

「それだけでは何とも。それが形だけのものなら来て欲しいとは思いません」

 グレイスの言葉に頷く。そうだな。それは俺も同じだ。

「基本的にはグレイスと同じ考えです。僕の立場が変わったことで尚更動きにくくなっている部分もあるでしょう。結局は僕に対してではなく、母さんに対してどう思っているかを、話を聞いて判断するしかないのかなと」
「そう、だな……」

 そう言って父さんは目を閉じた。ダリルも少し遠くを見るような目をしている。

「だからこそ、と言うべきなのですかね。話をしたいと言うのなら、それがどんな話であれ一応は聞きますし、失望させられるような内容だったとしても、暴力で応えるようなことはしない……と言っておきます」

 グレイスを見ると、彼女も俺の意見に納得してくれたのか頷いた。うん。後でみんなにもここでの話をして意見を聞いてみるか。ジークムント老やヴァレンティナ、ロゼッタにも伝えたほうが良いだろうな。まあ、結局は全員にということになるか。

「分かった」

 と、父さんは静かに頷く。具体的な話が動いているのかどうかなどは……今は聞かないでおこう。
 そうであるなら、父さんが話をするべきと判断した時に打ち明けてくるだろうし……話が進んでいないだとか、或いは俺に話をするべきでないと父さんが思ったのなら、この話はここで終わるだけのことだ。カーターが俺にどんな話をしようとしているにせよ……当事者ではないのだし。

 そのカーターは現在どうしているかと言えば……逃げ出した子供を探しに動いている兵士達に紛れて、上手く詰め所を脱出したようだ。カドケウスに張り付いてもらって動きは把握している。
 当然、カーターは門の近くで母さんの家に向かうために機会を窺うのだろうから……上手くすればもうすぐ会うことができるだろう。

 やがて馬車がガートナー伯爵領の街の門に到着する。一旦俺達はそこで降りて見送る形になるが……さて、カーターは気付いてくれるだろうか。

 と、門に到着した時点で、兵士達が走って来て父さんに小声で何やら耳打ちする。子供が脱走したという話をされているのかも知れない。
 大きな事件というわけではないが……色々と気にすることや準備が多くて父さんは大変だな。

「……分かった。すぐにそちらに向かおう」

 と、兵士達に返答し、俺に向き直る。

「では……また後でな、テオドール。こちらの準備が整ったらリサの家にまた馬車を送ろう」
「はい。では後程」

 馬車の前でそんな話をしていると、門の近く――路地に潜んでいたカーターも俺に気付いたようだ。他の兵士に見咎められたら路地の捜索をしていたとでも言うつもりだったのかも知れない。

「ん、どうかしたかな?」
「いえ……。知り合いを見かけたので、父さんが行ったら少々挨拶をしてから戻ろうかと」
「ふむ、そうかね。もう一台の馬車は、行き来に使うと良い」
「分かりました。御者はこちらで引き受けますよ」
「うむ」

 父さんは頷くと、馬車に乗って兵士達の詰め所へと向かって行った。さて。カーターの捜索が大掛かりになるといけないから、父さんには通信機でカーターに話を聞いていると、連絡をしておくのがいいだろう。先程の馬車の中での話もあるし、父さんやダリルも安心していられるとは思う。
 馬車が行ったのを見届けて、カーターに近付く。カーターからしてみると、探していた相手が向こうから近付いてきたので大分驚いた様子だった。

「こんにちは」
「あ、え? ええっと、その…」

 と、戸惑っている様子のカーターに笑みを向けた。とりあえず友人ということにして、落ち着ける場所まで行って話を聞くというのが良いかな。
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