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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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553 ダリルの思慮

「んー。この分なら、明日の朝に雪かきすれば大丈夫かな」

 母さんのお墓周りは普段から手入れが行き届いているらしく綺麗なものだった。墓石の上に軽く被った雪を払ってやればそれで十分といったところか。
 雪もしっかり除けて纏めてあるし、墓石等々細かなところまでしっかり掃除してある。
 ハロルドとシンシアは、レビテーションの魔道具があるから仕事が楽になったと言っていたけれど、実際フル活用しているようで。
 直近で雪かきしたようなので地面付近が薄っすらと雪を被った程度の状態だが、この程度で雪かきをしているときりがないしな。今日の時点では特にすることもないだろう。

「2人とも、ありがとう」
「いえ。これが僕達の仕事ですから」
「そう言って貰えると嬉しいです」

 墓守の兄妹は笑みを浮かべる。

「家に戻ったら魔道具を見せてくれるかな。一応整備ぐらいはしておくよ」
「ありがとうございます」

 2人は静かに頭を下げてくる。

「それじゃあ、一旦戻ろうか」
「はい」

 と、グレイスが静かに微笑んで頷く。雪の降る木立ちの中を、母さんの家までみんなで歩いて戻る。

「テオ。私は一旦街に戻らなければならなくてな」
「分かりました、父さん。後でお屋敷のほうへ伺います」
「うむ」

 父さんも色々忙しそうだな。立て込んでいると言ってたが、それだろうか。とりあえず父さんの屋敷に誰が泊まるだとか、そのあたりは打ち合わせたし、挨拶も終わっているのでこちらはこれで問題はないだろう。では――カドケウスのほうはどうだろうか?



 鳥の姿を取らせて外壁を越えて――適当な屋根の上に降り立つ。周囲に人の目が無いことを確認してからカドケウスが形を失う。建物伝いに滑り落ち、細い路地にまで到達した時点で暗がりから黒猫が姿を現した。
 のんびりとした足取りで伯爵領の領内を闊歩させる。
 普段はあまり関わりたくないので伯爵領の街中を避けているが……俺の知る街の様子からそう大きく変わるはずもない。行き交う人々の様子も普通で、特に異常はないように見える。

 若干兵士の行き来する数が多い……かも知れない。兵士達の詰め所に行けば何か話が聞ける可能性はあるな。そうなると外壁付近まで戻ってもらう必要があるか。
 到着するまでにそれに類する噂話を聞けるかも知れないし、移動を開始しよう。
 街の中の様子が普通であっても、問題が外壁の外で起こっている可能性だってある。山賊や魔物等々、領主にとっての懸案事項というのは色々あるわけだし。

 思案しながら街の様子を窺っていると、兵士達が話をしながら歩いているのが見えた。連れ立って詰め所のある方向へと歩いていく。
 早速兵士達を尾行させる。
 一旦路地側に入らせて不定形にした後で、少し先回りをする。
 建物の影と、連中の移動が重なったタイミングで雑踏を縫ってカドケウスを紛れ込ませた。尾行させながら話を聞こうというわけだ。

「それじゃ、全員見つかったのか」
「ああ。だからまあ、一安心ってとこではあるな。ヘンリー様も喜んでおられたよ」
「そいつは良かったが、結局どこに隠れてたんだ?」
「外壁近くの納屋だとさ。隙を見て街の外に出るつもりだったんじゃないか?」

 と、そんな兵士達の会話が聞こえてくる。
 んー。誰かが逃げたとか……そういう話だろうか? 全員となると、バイロンは関係なさそうだな。

「なら、壁の外を見に行ったのは一応正しかったってわけだ」
「そのせいで雪の中を歩き回ることになったけどな。本当、さっさと戻って着替えて暖まりたいもんだぜ」
「人騒がせなもんだ。示し合わせて集団で家出なんて」
「全くだ」

 集団で家出……?
 とりあえず、全員が見つかったと言っているところを見るに、緊急性は低いのだろう。父さんもその報告を受けたからこちらに来ることを優先したのだろうし。まあ、メルヴィン王が来るというのも相当な内容ではあったので、父さんとしては領内を行ったり来たりと色々大変なのだとは思うが。

「で、そんなことをしたからには何か理由があるんだろ?」
「それがさ……。言おうとしないんだよ。今は詰め所で保護しちゃいるが……あれは何か訳有りだな」
「親達、は?」
「用事があるとかで、出払ってるそうだ。今行き先を探しているが――」

 そんな話を聞いている内に、兵士達の詰め所に到着した。
 ふむ。訳有りの集団家出、ね。ハーメルンの笛吹き男ではないが、そういった洗脳に近い能力を持った魔物や悪魔の類もいないでもないし、安心するにはまだ情報が足りないか。

 カドケウスを兵士達から離れさせ、石材の隙間を縫うように天井の暗がりを滑らせて移動させる。
 詰め所内部の構造は一応知っている。保護と言っていたが、脱走されないようにするには、奥まった場所に閉じ込めることになるだろう。あくまで保護であるから牢ではないだろうし。

 そうなると条件に合っていて、見張りが立っている部屋ということになる。
 詰め所内部を移動させていると……見つけた。条件にも合っているし、見張りも2人立っている。多分、あの部屋だな。

 見張りに気付かれないように注意しながらカドケウスをゆっくりと動かしていく。扉の上の隙間から、糸状にして内部へと。
 気付かれないようにカドケウスの身体を細く伸ばしながら、部屋の外から中へ注入するように侵入する。

 ……よし。見張りにも部屋の内部にいる者達にも気付かれていない。
 部屋は元々物置として使われていたようで、雑然と物が置かれていた。その奥に古びたソファが置いてあり、そこには子供達が5人固まっていた。如何にも急拵えでスペースを作ったという感じだな。

 少年が4人に少女が1人。物置きに暖房はないのだろうが、子供達は与えられた毛布に包まっているし、暖かい飲み物も出されているようだ。とりあえず寒がっている様子はないな。

「……これからどうする、カーター? こんなふうに捕まっちゃってさ」
「今、脱出の手を考えてる」

 弱気な声を漏らす少年に、リーダー格の少年――カーターが答えた。その返答には淀みも迷いもない。……なるほど。確かに訳ありだろうな。

「あの窓は?」

 物置の隅にある採光窓を示して1人が言う。

「高過ぎるな。物を動かしたり積んだりしてたら音で見張りにばれるだろうし」
「正直に話すっていうのは……?」
「それは駄目だ。ダリル様の……あの話を盗み聞きして、俺達がこうするのを決めたなんて言ったら、ダリル様に迷惑がかかるだろ?」

 ……ここでダリルの名前が出てくるか。だが、ダリルが唆したとか、そういう話ではないらしい。
 整理すると、ダリルが誰かに何かを話して、彼らがそれを聞いてしまった。その話を理由に、集団での家出を決めた……ということになるのだろうか。

「だからお前らも、ダリル様の名前だけは絶対出すんじゃないぞ」
「分かった」
「絶対言わない」

 少年少女達はカーターの言葉に、そう言って頷き合う。

「父さん達を連れてくる、のかな?」
「かもね。これで話を聞く気にはなってくれるかも」
「どう、だろうな……」

 そう言ってカーターは首を横に振った。

「抜け出したとしても……テオドール様は、俺達に会ってくれるのかな」
「分からない。でも、親父達にそのつもりが無かったとしても、俺達は行かなきゃ駄目なんだ。ダリル様の話を聞いた感じや、ハロルドやシンシアを見てるとさ……。きっと話ぐらいは聞いてくれるんじゃないかって……そう思う」

 ……そう、か。ああ、分かった。分かったよ。
 確かにダリルは……俺との仲が改善してから、領民達のことについても何とかしたいって思っていたしな。

 母さんの墓前を見舞いに来て欲しいと言ったのか、それともあの時のことについて、どう思ってるか、これからどうするかを聞きに行っただけなのか。
 ダリルの話がどこまで踏み込んだ物だったかは分からないが……彼らはその話を聞いてしまったのだろう。
 親達の背中をせっつくためか。それとも彼らに代わって俺に謝るためか。或いは反抗心故だとか、既に親子喧嘩をした後、ということもあるだろう。ともかく、結果として示し合わせて家出して、俺に会いに行こうとしたというわけだ。

 ……ダリルも案外心配症というか、義理堅いと言うか。
 墓の掃除から戻って来たところでダリルは居間に座って茶を飲んでいたが……父さんからは話を聞いていないのかも知れないな。
 父さんも、家出した者達の顔触れからある程度の察しが付いているかも知れないが、全容が見えない以上は俺に伝えないというのも分かる。領民達との関係については割合気を遣ってもらっている。

 俺自身に歪んでいる部分があることも……それを周囲の人間が心配してくれていることも、分かってはいる。
 領民達とは立場も力関係も違ってしまったから、俺からは何もする気はないし、期待もしていない。それだけなのだ。
 第一、家出した子供達は当事者の子供であって……。そこにまで責任を求めようなどとも思っていない。だけれど――。

「――ダリル」
「ん? 何だい?」

 名を呼ぶと、ダリルはこちらを見てくる。俺に何も言わないのは、まだ何も結果が出ていないからか。それはそうだ。ダリルからして見れば割合繊細な機微の話だろうしな。だけれど結果はどうあれ、ダリルの行動や気持ちには関係がないだろう。

「いや……。色々ありがとう」

 目を閉じて、軽く笑みを浮かべながらそう言うと、ダリルは何の事を言われたのか分からずに、怪訝そうな表情を浮かべるのであった。
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