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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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550 冬の帰郷

「力が湧いてきますね、ロヴィーサ様」
「ええ。ふふ、ここの温泉は実に心地が良いです」

 などと言いながら、マーメイド達とセイレーン達は流れるプールを泳ぎ回っている。
 ユスティアとドミニクもマリオン達と楽しそうにスライダーを滑っていた。楽しそうな声が火精温泉に響いている。
 テフラの力が満ちている温泉とプールなので、グランティオスの面々にとっては水質が良い、というのはウェルテスやエッケルス達の反応から分かっていたことではあるのだが。

 マーメイド達もテンションが高めで楽しそうに泳ぎ回っているし、セイレーン達はいつの間にか流水プールに流されながら竪琴を持ち出して、1人1人が歌を歌ってそれに耳を傾けたりと、何やら喉自慢大会のような様相を呈していた。セイレーン達のレパートリーを色々聴けるので面白いは面白いのだが。
 ……文字通りの水を得た魚と言うか何と言うか。ミシェルも植物園をかなり満喫していたようだからそれと似たようなものと言えるだろう。

 そのミシェルも先程まで泳いでいたのだが、今は俺の近く――プールサイドに腰かけて、セイレーンの歌を聴きながらもローズマリーと話をしているようだ。

「なら、次に来る時までに病気の防除ができる薬を多目に用意しておくわ。無闇に使うと研究に影響を与えてしまうところはあるでしょうけれど、もしもの時の備えというのは必要だものね」
「ありがとうございます。では、早めに資料を纏められるようにしますので」

 と、植物用の薬の話である。まあ……そういうのはローズマリーの得意分野だろう。

 ラスノーテはと言えば……人化の術を解くのは遠慮したようだが、流石は水竜という感じで、人化の術を使っていてもすぐに泳げるようになったらしい。人魚達や動物組と一緒に、自在に泳ぎ回り、中々楽しそうにしている。オルトナも一緒だ。

「テオドールの魔法……キラキラしてて綺麗、だね」

 と、水面から顔を出したラスノーテが、こちらに笑みを向けて手を振りながら泳いで行った。こちらもラスノーテに手を振り返す。一緒にいたコルリスやオルトナも反応してこちらに振り返って手を振っていたが。
 俺は前回同様、プールサイドであれこれと魔法を使って水面に高低差をつけてみたり、水のトンネルを作ってイルミネーションを作ったりといった具合だ。

 リンドブルムやアルファ、ベリウスが近くに寝そべっているので、リンドブルムに背中を預けて、軽くアルファやベリウスを撫でたりしながら魔法行使をしている。
 更に傍らにはウロボロス、膝の上にカドケウス、肩にバロール……と、何やら周囲が妙に賑やかな感じではあるが。

 グレイス達も近くに陣取り、休憩所に用意されていた夕食の類を準備してくれている。

「――テオドール殿は泳がずとも良いのかな」

 と、エルドレーネ女王がプールサイドに顔を出して尋ねて来た。

「いえ。僕としては、今回は護衛役や案内役で来ているつもりですからね。まあ……魔法を使ってあれこれするのも、それなりに楽しんでいますよ」

 それに俺の場合は、冬が嫌いということもあって油断していると気持ちが下降していく傾向があると自覚しているからな。
 この時期には色々とやることが多いほうが気が紛れて良いのだ。今年は割合賑やかだったり、色々やることもあったりで、あまり思考が内向きになることもないし、助かっているとも言えよう。

 みんなだって近くにいてくれるし、あまり情けないところは見せられないしな。
 ……ああ。もしかして、周囲をこうやってみんなで固めてくれているのはそういうわけかな。母さんの命日が近いから、と。ふとグレイス達と視線が合うと、微笑みを向けられた。それを見て、エルドレーネ女王も静かに目を閉じる。

「そうか。ならば良いのだが、その。実家に戻ってご母堂の墓所を見舞ってくると聞いたのだが」
「はい。歓待の日でありますので、あまり言いませんでしたが」
「迷惑でないなら、我等も同行させて貰っても構わぬだろうか。大人数では騒がしくなってしまうから、主だった者だけで、と考えておるのだが」

 と、エルドレーネ女王が言う。とすると、エルドレーネ女王と、ロヴィーサ、マリオンあたりということになるだろうか。
 それは……歓迎こそすれど、拒否する理由はない。エルドレーネ女王達はそれほど長居はできないという話だが、石碑からグランティオスに帰るのであれば、母さんの家の地下からだって帰れるわけだし。

「迷惑などということは。母も賑やかなのは好きですから」
「そうか。それは良かった。では後程な」

 エルドレーネ女王は穏やかに頷いて、水に潜っていくのであった。



 そうして……エルドレーネ女王達のタームウィルズ観光は火精温泉で賑やかに過ごし、やがて無事に終了したのであった。
 グランティオスの面々は更に俺の家に一泊し、次の日……予定通りに帰ることになった。
 というわけで、迷宮の入口までエルドレーネ女王達を見送りに向かう。
 朝早い時間帯ではあるが、メルヴィン王とジョサイア王子も迷宮入口まで足を運んで来ている。

「またね、みんな」
「ええ、ユスティア。いっぱい一緒に歌を歌えて、すごく楽しかったわ」
「ええ。私も楽しかったわ」
「ドミニクちゃんもね。また私達もタームウィルズに来るからね」
「うん。ありがとう。あたし達も、またそっちに遊びに行きたいな」
「何時でも歓迎するわ」

 ユスティアとドミニクはセイレーン達との別れを惜しんでいる様子だ。部族のみんなと抱き合ったりしていた。
 そうだな。セイレーン達の集落だという洞窟にも一度遊びに行ってみたいところではある。まあ、これから少々忙しくなるところはあるが。

「テオドール様もお元気で」
「御実家への帰省、道中お気をつけ下さい」
「お母上にもよろしくお伝え下さいませ」

 と、グランティオスに戻る水守り達とセイレーン達が代わる代わる俺にも挨拶してくれた。

「ありがとうございます。皆さんもお気をつけて」

 そうして、別れを惜しんでから人魚達は石碑に向かい――そして軽い光を放って、グランティオスへと帰って行った。
 ロヴィーサとマリオン、ウェルテスとエッケルスはタームウィルズへの出向組なのでこちらに残る。エルドレーネ女王も墓参りに同行するので残ったが。

「テオドール達は、この後、転移魔法でミシェルを送っていくという話であったか」

 メルヴィン王が尋ねてくる。

「はい。その足で母の墓所にも足を運ぼうかと思っております」

 ミシェルも同行を希望しているので、先にガートナー伯爵領へということになってしまうが。

「聖女の墓所……か」

 メルヴィン王は俺の言葉に目を閉じて少し思案していたようであったが、やがて目を開き、俺を見て言った。

「どうであろうか。そなたさえ迷惑でないなら、余もそれに同行させてはくれぬか。護衛を引き連れての大人数では、そなたの父も歓待だなんだと静謐さを損なってしまうのだろうが……転移魔法であるならば騒ぎにならずに行って来れるのではと思ってな」

 となると……エルドレーネ女王に続いて、メルヴィン王も、ということになるか。その言葉に少し目を見開くと、メルヴィン王は静かな口調で続ける。

「聖女リサは紛れもなく英雄に他ならぬ。あの時、あの冬に……魔人の襲撃に対して後手に回ってしまったことも、英雄に孤独な戦いをさせてしまったことも……。余にとっては後悔なのだ」

 ……後悔、か。思えば、メルヴィン王が最初から俺に対して割合好意的であったのも、そういうところから来る気持ちがあったのかも知れない。
 あの時はメルヴィン王が母さんのことを知っていたから、それで俺に対しても期待しているのかななどと思っていたが。

 しかしそうすると、その後ヴァルロスの魔人一派のこともあって、俺が戦いの場に出て行くことを気に病んでいたわけだから……メルヴィン王の性格からすると余計に、という部分はありそうだ。
 それは俺が自ら望んだことなので、本当ならば気にする必要のないことだ。それはメルヴィン王にも伝えているけれど。
 ともあれ、母さんのことについて、そう思っていてくれたというのは、俺からも感謝すべきことなのだろうと思う。

「きっと……母も喜んでくれると思います」

 そう言って笑みを向けると、メルヴィン王はどこか、眩しいものを見るように目を細めた。

「――そう、か。では、一旦城に戻り、諸々の準備をしてくるとしよう。ハワード達にも話は通してあるのでな。後は指輪で姿を変えてくるだけで足りる」

 ……とすると、母さんの命日に合わせて色々手回ししていたわけだ。確かに、お忍びで王城を空けるとなれば相応の準備は必要だろうな。
 エルドレーネ女王もお忍びなので、服装を目立たないものに変えてくるのかも知れない。

「はい。では、後程」

 と言って、メルヴィン王とエルドレーネ女王、ジョサイア王子、その護衛達とは、一旦別行動を取ることになった。
 さて……。では俺達も準備をして来るとしよう。
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