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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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545 ミシェルの使い魔

 発酵促進の術式を用いた醤油麹は、大体の見積り通りにその日の夕食ぐらいの時間には仕上がっていた。
 そこから醤油を仕込み、更に術式を用いて発酵完了までの速度を上げていくという処理を施した。
 術式を用いていない米麹、醤油麹等々はまだその時点では出来上がっていなかったが、こちらは自然に任せてなので、次の日からゆっくりと仕上げていくという流れとなったのであった。

「これを定期的に混ぜれば良いのですね」
「うん。少し手間がかかるけど、留守の時は頼むね」
「畏まりました、旦那様。お任せ下さい」

 セシリアやミハエラ、アルケニーのクレアやケンタウロスのシリル達、使用人のみんなを集めて、残っていた豆砲弾を用いて味噌と醤油の仕込み方の手順であるとか、発酵中の面倒の見方を実地で教えることとなった。
 こちらもグレイス達と同様、みんな楽しそうに作業をしていた。見慣れないものではあるが作るものは発酵食品ということで、割合こういった作業には馴染みがあるらしい。

「最近では機会が少なかったですが、チーズやヨーグルト作りというのはよくやったものです」
「私達も、迷宮村でこういう仕込みを手伝ったりしていました」

 と、ミハエラやクレアはそんなふうに言って談笑しながら作業していた。元々発酵物というのは生活に根差したものだけに、俺などよりもみんなのほうが作業経験が豊富なのだろう。
 というわけで、新しい発酵食品開発にも理解のある使用人のみんななのであった。

 またメダル使用のゴーレム作りを進める傍らでアルフレッドと魔道具を作り、魔力を充填した魔石を配置しておくことで、発酵促進の術式を定期的にかけ直す、魔法陣型の魔道具を作製するという話も進めている。
 これにより留守の間でも効率的に発酵を促進させることが可能となるだろう。味噌と醤油が出来上がる日も割と近いのかも知れない。



 そんな調子であれこれと動いている内に満月の日を迎えることになった。グランティオスからはエルドレーネ女王と共に、特別公演参加を希望するセイレーン達もやって来て、準備万端といったところである。

 日が明るい内にセイレーン達の劇場設備の確認であるとか、ペレスフォード学舎での召喚儀式の準備を進め……そうして日が落ちてから、ミシェルと共に召喚儀式を行うために、再度ペレスフォード学舎に向かったのであった。

「手順については大丈夫ですか?」
「はい。一応呪文も暗唱できる程度には練習してきました」

 儀式用の細剣を持ってやや緊張している面持ちのミシェルであったが、声を掛けると小さく笑った。
 うん。それほど難しい内容でもないし、ミシェルは基本的なところがしっかりとした魔術師だ。このあたりは大丈夫だろう。
 後は……どんな使い魔が来るかというところだが、ミシェルもそのへんのことを心配しているのかも知れない。
 ミシェルは目を閉じて深呼吸をすると、その後で俺を見てくる。

「もう月は見えているので、いつでも大丈夫ですよ」
「はい。では――」

 みんなと一緒に見守る中、ミシェルは祭壇の前まで行って細剣を構え、呪文を唱え始めた。
 朗々と呪文を唱える声が響き渡り――それに連動するように魔法陣に光の柱が立ち昇った。そして、その光が収まった後には……一匹の魔物が佇んでいた。

「え、ええと?」

 ミシェルがその姿を見て目を丸くして、そんなふうに呟いた。どうも戸惑っているような印象を受ける。もしかすると厳つい魔物が来たらどうしようかと心配していたのかも知れない。
 それはずんぐりとした体の動物であった。身体は濃い茶色の毛並みで、目の周りは黒い毛が生えている。丸い大きな目は愛嬌があると言えよう。

「確か……ヒュプノラクーンと言う魔物ですね。幻を操って人を化かしたり、煙で眠らせたりもするそうです」
「ヒュプノラクーン……」

 その姿を端的に言うなら、タヌキかアライグマか。
 見た目の愛嬌はあるがれっきとした魔物である。姿も普通のそれらの動物よりは一回りぐらいは大きいか。アライグマの特徴である尻尾の縞模様はないが、手先はかなり器用という話だ。

 属性は水か土か。今1つ判然としない。どれに特化しているというわけでもないのかも知れない。
 睡眠効果のある煙を吹きかけたり、その能力を応用して催眠に似た幻覚を見せたりする能力を持っているそうだ。

 森の住人ではあるが、人里にも現れることがある。そういう点はアライグマより狸に近いかも知れない。
 人里では割合大人しいが、森の縄張りに入ってきた人に対しては往々にして「化かす」という悪戯を仕掛けることがあるそうだ。だが、総じてあまり悪意のある攻撃はしてこない、とは言われている。
 或いは悪戯ではなく、縄張りや群れの仲間、ヒュプノラクーンの子供を守るため等の目的から脅かして遠ざけているのかも知れない。

 幻術を操るという点ではフラミアにも似ているが……ファイアーテイルの方が妖しげな印象だな。召喚儀式でやってきた魔物で、化け狐と化け狸が揃ってしまったわけだが、何となく両者の性格や印象、属性の違いもイメージ通りというところがある。

 ミシェル自身は土と水、両方にも魔力適性があるが……。やはり属性的には近い相性の魔物がやってくるわけだな。
 ヒュプノラクーンはじっと召喚主であるミシェルを見つめている。ミシェルもまた同様――両者は僅かな間見つめ合っていたが、やがてミシェルのほうが思い出したかのように儀式を続けた。

「我が呼びかけに応えし者。ここに我が名を示し、汝に名を与え、悠久の盟約を結ばん」

 そう唱えて指先を切り、ヒュプノラクーンが映し出されている水鏡に触れる。
 儀式を続けるというのは、つまり召喚された魔物を使い魔として認める、ということだ。気に入らなければ送還するということも可能なのだし。

「我が名はミシェル。汝が名は――オルトナなり」

 オルトナと名付けられたヒュプノラクーンは――契約が成立して魔法陣が光を失うと……何か当たり前のように後足で立ち上がり、しっかりした足取りでミシェルのところまでやって来た。そして、ひょい、と何の気なしに手を差し伸べて来る。
 んん……。何となくだが、性格的にコルリスと相性が良さそうな気がするというか、彷彿とさせるというか。

「よ、よろしくお願いしますね、オルトナ」

 ミシェルは些か戸惑いながらもその手を取る。
 いや、コルリスは後から学習した感じだが、オルトナはミシェルが教えたわけではないようだしな。最初から人の挨拶を知っていたからそうした、という印象だ。人里にも現れるというだけのことはある。
 そうしてミシェルと握手を交わすと、オルトナはまた当然のように四足歩行に戻った。

 まあ、手先が器用というのは良いことかも知れない。ミシェルの温室管理周りを色々手伝えるだろうし、二足歩行も安定感があった。その能力を鑑みればボディガードとしても割合優秀だろう。
 んー……。レビテーションの魔道具を渡してやるか。見たところコミュニケーションも十分に取れそうだし、慣れれば使いこなしてくれるだろう。

「中々可愛い子ですね」
「頭も良さそうね。手先がかなり器用という話を聞いたことがあるわ」

 グレイスが笑みを浮かべ、ローズマリーが静かに頷く。ローズマリーも知っていたか。俺から細かく説明する必要はなさそうではあるが。
 オルトナはその場にいた他の面々――。アシュレイ、マルレーンやクラウディア。セラフィナ、それから動物組……と、順繰りに近くに行って挨拶回りをしている様子だった。ラヴィーネ達も大人しくオルトナに挨拶に応じている。シーラとイルムヒルトは劇場で準備しているので、後で挨拶をすることになるか。

「ありがとうございます」

 ミシェルはその挨拶周りの光景を見て安心したように笑みを浮かべた。

「それじゃあ、儀式の後片付けをしたら、一旦家に戻りましょうか。それから劇場へ向かいましょう」
「はい」

 セイレーン達は既に家で待機している。通常の公演が終わった後でセイレーン達も劇場に案内して、討魔騎士団の訓練終了の労いを込めた特別公演という流れになるだろう。
 さて。時間的な余裕はまだ十分にあるし、しっかり片付けをしてからオルトナをみんなに紹介するぐらいはできるだろう。
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