挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
560/1091

540 幻霧渓谷

 ――幻霧渓谷。迷宮地下20階の分岐点から降りることのできる区画だ。
 渓谷は大きく3種類の場所に分かれている。上層と谷底。そして上層と谷底を繋ぐ、岸壁内部の迷路部分だ。
 渓谷の上層は勿論、谷底も濃い霧がかかる場所である。外のように明るい区画ではあるのだが、やはり、霧のせいで見通しは良くない。これは魔力的な阻害効果も持つ。生命感知の魔法が霧越しでは役に立たないのだ。

 空……というより天井は霧に覆われていて、その内部の構造はよく分からない。BFOでは上に何があるのかと、天井に向かって飛んでいく実験をしたプレイヤーがいたが、いくら上に向かって行っても霧の中から抜けられず、諦めて戻ったら明らかに上に向かって移動した距離よりも少ない距離で帰って来れた、という現象が起こったからだ。

 そのため、天井を覆う霧に関してはどこかで無限ループしているのではなどと言われている。他にも感覚に対する幻惑説などもあるが……天井を覆う霧については探索には直接の関係がないので一先ずは置いておこう。
 幻霧渓谷のあちこちでは霧に幻影が映し出されたりするので、上層ではそれに惑わされてしまうと滑落の危険がある。よって、上層はあまりうろうろせずにすぐに岸壁内部へ入る入口を見つけ、そこから谷底を探索するのがセオリーとされていた。

 そういった渓谷での諸注意をみんなにしてから、俺達は20階の分岐点から幻霧渓谷へと降りて来た。市場を見て回っても、カノンビーンズの豆が手に入らなかったからだ。

「確か……前に市場で買ったスプリントバードが出るのもここ、という話でしたね」

 グレイスが首を傾げる。
 スプリントバードは幻霧渓谷に出現する大きな鳥の魔物だ。ダチョウやヒクイドリ、モアのような姿をしている。

「うん。渓谷の谷底で出現する。滅多に見かけないそうだから、あまり期待できないけどね」
「ん。確かに、市場でもあんまり見ない」

 羽毛といい肉質といい、利用価値が高いが出現頻度から言うと割合レアな魔物なのだ。

「今回探しに来たのは、植物系の魔物という話でしたね」
「カノンビーンズよね。岸壁に張り付くように生えていて、近付くものに遠距離攻撃を仕掛ける。秋のイビルウィードを何倍にも強化したもの、と考えてくれればいいわ」

 アシュレイの質問に、クラウディアが答える。離れた距離なら種を飛ばして攻撃。近距離では蔦を鞭のように使う。飛ばしてくる豆は……少なくとも、レビテーションだけの移動では避けきれない威力と速度を持っている。

「そう。通常はカノンビーンズや他の魔物がいるから岸壁を外部から降りることができない。カノンビーンズを仕留めたいなら、谷底から届く範囲のを狩るしかない……んだけど」
「わたくし達の場合なら、別にその必要もない、と」
「そうなる。だから今回は、リンドブルムも連れて来たわけだし」

 ローズマリーの言葉に頷くと、リンドブルムが楽しそうに喉を鳴らす。
 飛行していれば岸壁そのものを狩場にできるからな。十分な広さもあるのでリンドブルムの活動にも支障はない。
 このまま岸壁内部は通らずに、外部を移動しながらカノンビーンズを狩りに行こうという計画なわけだ。

「それじゃ、行こうか。下層に比べたらそこまでは魔物も強くはないけど、油断はしないように。後は、霧と幻影に注意かな。念のために今から空中を移動していたほうが良いかも知れない」

 俺の言葉にマルレーンがこくこくと頷いた。みんなも頷いて魔道具を用いる。

「それじゃあ、私達が先行するわね」
「うん、よろしく」

 イルムヒルトとシーラが前に出る。殿はベリウスだ。
 視覚よりは温度や音を探知して進むのが安全だろう。ベリウスも前を見ながら後ろも警戒可能なので殿としては頼もしい限りである。
 では……移動しよう。幻霧渓谷の上層は、丁度テーブルマウンテンのように平面の大地が広がっている。その平面上に亀裂が走るように渓谷があちらこちら、迷路のように伸びているという形だ。少し進んでいけば、すぐに渓谷にぶつかるだろうと思われた。

 その目算は概ね当たっていたらしい。真っ直ぐ進んでいると魔物も出てこない内に、すぐに断崖絶壁にぶつかった。あちこちに霧がかかっていて、見通しは良くない。

「どうする?」
「今回はカノンビーンズの炙り出しが目的だからな……。そうだな。リンドブルムに乗って、囮として先行させてもらおうかな」

 こう、リンドブルムが割とうずうずしている様子なので。あまり先行し過ぎないように程良い距離を行ったり来たりしながら、囮になりつつ敵の位置を割り出していくとしよう。
 移動範囲を広くする。敢えて目立つように行動することで広範囲の敵を誘引しようというわけだ。

 リンドブルムに跨って、断崖から飛び立つ。循環錬気。跨るリンドブルムと一体になるような感覚と共に猛烈な勢いで加速。眼前に広がる霧が蠢いて形を成そうとするより早く――風魔法で吹き散らして谷底まで急降下。急制動と共に反転、一気に高度を上げていく。

「ははっ」

 その解き放たれたかのような速度から(もたら)される爽快感とでもいうべき感覚に笑いが漏れる。リンドブルムも楽しそうに笑った。
 同時に何か、銀色の影が谷底から飛び出してきた。銀色の被毛を持つそれが、断崖から断崖へと跳躍して方向転換をして見せると、こちらに向かって突撃を敢行してくる。

 それは山羊――銀色の山羊の魔物だ。断崖、岩場を物ともせずに高速で移動して強固な頭骨と角で頭突きを仕掛けてくる魔物、ソリッドゴートである。
 リンドブルムは山羊が突っ込んでくる角度を見て取ると、足元にシールド展開し、それを掴むことで急制動をかける。急激に停止して反転。良いタイミングだ。突っ込んでくる山羊に合わせてウロボロスを叩きつければ脇腹に直撃する。火花を残して吹っ飛ばされたソリッドゴートが岸壁に激突し、谷底に向かって墜落していく。

「リンドブルム。右だ」

 リンドブルムに警告を出す。ごう、と風を裂いて飛来する豆の砲弾。大きさは野球のボールほどもあるか。硬質化のための魔力がたっぷりと乗せられたそれは――直撃すれば相当な威力を持つだろう。

 それをリンドブルムは見もせずに首を巡らして避けた。循環錬気で一体となっているために、言葉よりも早く感覚で警告と回避方法を伝えられるのだ。互いの感覚で互いをフォローする形だろうか。

 片眼鏡の視界では、豆に乗せられた魔力をしっかりと捉えている。生命感知は通用しないが、片眼鏡であるなら魔力濃度の多寡で飛んでくる豆は見て取ることができるようだ。
 発射してきた方向を見極めて風の弾丸を放って霧を吹き散らせば、断崖に張り付くようにしている植物の魔物が姿を現した。

 カノンビーンズ。頭に手足と、シルエットだけは人間的な形をしている魔物だ。手足は蔦を束ねたような感じで、両肩に巨大な枝豆のような鞘を担いでいる。あそこから連装砲のように連続して豆を放つことが可能である。
 だが次弾は撃たせない。リンドブルムの身体が右に左に揺れる。シールドを蹴って反射しながら飛ぶことで、狙いを散らす。カノンビーンズの砲口が狙点を定めようと動くが――ミラージュボディで幻影を飛ばしながら幻惑してやる。

 そこへ――。
 直上から降って来たのはシーラだ。外套の力で姿を消して、音も立てずに強襲を仕掛ける。
 真珠剣から長く伸びた水の刃がすれ違いざまに一閃。あっさりとカノンビーンズの身体を両断する。
 しかし植物系の魔物ということで耐久度も高いのか、胴体を輪切りにされてもまだ動く。空中で半身が転身して攻撃してきた相手を見定めようとしたが――。

「そこですね」

 猛烈な速度で突っ込んできた影がある。紫電を纏った斧の一撃が、今度はカノンビーンズの頭部に当たる部分から胴体にかけてを縦に断ち割った。先行したシーラに意識を集中させ、続いて上から攻撃を仕掛けたグレイスの突撃で倒した、というわけだ。
 まずは一匹。砲弾も使わせたのは一発だけだ。まずまずの成果と言えよう。

「どうやら、行けそうね」

 みんなも遅れて降りてくる。クラウディアが地形図を見て笑みを浮かべた。
 俺の把握したものなどは、クラウディアの抱えるカドケウスに周辺の地形図として反映される。グランティオスではバロールと併せて戦場の敵の動きを把握したが……まあ、あれと似た感じではあるか。

 リンドブルムと共に先行して崖を飛んで囮となり、更に後衛のみんなと情報を共有することで相手に豆の砲弾を無駄撃ちさせずに狩ろうという作戦である。
 ふむ。上手くすれば飛んでくる砲弾も直接キャッチできそうな気もするが……まあ、これは後で試してみるか。
 まずは先程倒した山羊共々、剥ぎ取りをしてからカノンビーンズ狩りを進めていくとしよう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ