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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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52 乙女達の休暇

 ユスティアとドミニクが青空に歌声を響かせ、イルムヒルトがリュートを手に旋律を奏でている。勿論、普通の音楽ではあるが、景色に良く似合った爽やかで明るい曲調だ。
 今日はまた随分と良く晴れた。段々と気温も上がってきており、海で泳ぐにも丁度良い時期だろう。
 反面、迷宮に着ていくコートなどは暑苦しいのだが、迷宮の内部の温度は区画によって違いはあるものの、年間を通して一定に保たれている感じなので、入る前に着替えるなどの工夫をすれば問題がない。

 俺達はタームウィルズから外に出て、海岸沿いの道を馬車に乗って進んでいる。
 白い砂浜と、抜けるような青い空。海の色は――明るく淡い緑色。よく言われるエメラルドグリーンの海という奴で、非常に美しい。

 馬車の車体は幌馬車から幌を外したものだ。みんなで乗れるようにと、厩舎から借りて来ている。元々使っていた車体のような内装は施されていないが、広々としていて開放感があり、これはこれで悪くない。フォレストバードとロゼッタも誘ったのだが、依頼や仕事が暫く詰まっているらしく、予定が合わなかった。
 まあ少々残念だが、今回はパーティーメンバーと魔物娘達という事で。

「綺麗……」
「海って……こんなに透き通っているんですね」

 グレイスとアシュレイは馬車から海を食い入るように見ている。
 俺から見ても綺麗な海だと思うのだから、初めて見る2人としては相当な感動があるのではないだろうか。これだけでも来て良かった、とは思う。

「ところで、どこまで行くの? この辺の浜辺でも良さそうに見えるけど」
「もう少し行った所に良い場所があるって話だよ」

 シーラは海に遊びに行くと聞いても、あまり反応を返さなかったが……見た限り尻尾がぴんと立っているので、なかなか気に入ってくれているようだ。彼女に関して言うなら、表情よりも耳と尻尾に注目した方がその内心が解りやすいと最近分かって来た。まあ……油断している時というか、気を抜いている時ならの話ではあるが。

 タームウィルズ周辺の地形も把握している俺としては、近辺の海で遊ぶのに適した場所も知っている。街で聞いてリサーチしてあるという事にして、その場所に向かっている最中である。

 馬車を岬に向かって進ませる。途中で方向を変えて岩場と森の間の道を進んでいくと、丁度岩肌の陰に馬車がそのまま進めるぐらいの、天然のトンネルが口を空けているのが見えた。やや解りにくい場所にあるのだが……BFOではタームウィルズ近郊の人気スポットだった場所である。

「ああ、あった。あの先だ」

 砂地に車輪を取られると進めなくなるからどこまで馬車でいけるのかと思っていたが……トンネルの向こう側までは行けるみたいだ。
 トンネルの長さそのものは大した事が無い。すぐに終わりが来た。

「わあ……」

 アシュレイが小さく声を上げる。

「私、この雰囲気好きかも」

 と、その光景を見たユスティアが零すように言う。
 セイレーンのお墨付きが貰えるとは思っていなかったが。

 トンネルを抜けた先は、3方向を岩壁に囲まれた浜辺と海だ。
 所謂、入り江である。充分な広さがあり、陽の光もたっぷり差し込んでくるので、岩場に囲まれていても雰囲気が暗いなどと言う事は無い。神秘的で秘密の場所めいた、静かな空間だった。
 入り江の真ん中辺りに小島、というか丸い岩が水面上に顔を覗かせている。釣りをするならあの場所に陣取るのが中々良さそうである。

「じゃあそこの木陰で着替えてきますね」
「ん。了解」

 なら俺は、そこの岩場の影で着替えてしまうのが良いだろう。
 手早く着替えて戻ってくる。まず、ダークフィールドという第5階級の闇魔法を用い、薄い防御結界を広範囲に渡って張っておく事にした。
 効果の程は光属性ダメージの軽減であるから……紫外線の影響もカット出来るのではないだろうか。

 ユスティアが竪琴を手に、海に向かって走って行く。表情は満面の笑みで……普段のクールそうな様子とは大分違う。水に飛び込んだかと思うと人化の術を解除して、海面から飛び出してくる。

「あははっ!」

 ……まあ、喜んでもらえて何よりだ。文字通りの水を得た魚だな。
 ドミニクも人化を解除して海面すれすれを飛び回っている。海水浴とは少し違うが、あれはあれで楽しそうだ。

「あらあら。みんな人化の術を解除しちゃったのね。まあ、人目が無いものねぇ」

 イルムヒルトもそんな事を言いながら人化を解除して出てきた。彼女も泳ぐつもりらしく、半身が蛇の姿のままで海の中に入っていく。身体をくねらせ、器用に泳いでいる。ラミアの水泳シーンなんて無論初めてだが……あんまりじっくり見るのもな。何故かと言うと、かなりきわどい所まで人の姿だから……少々目のやり場に困るというか。

 次に出てきたのはシーラだ。
 ……なにやら過激なローライズ気味ビキニなのは……尻尾の邪魔にならないようにという配慮か。仕方が無いのかも知れないが。あの2人はやや目に毒だな……。

「おさかな食べたい」

 と、釣竿を片手に入り江中央の岩場へ向かっていくシーラである。犬かきと言うか猫かきというか。そういう泳ぎ方をしていた。

「テオ」

 名前を呼ばれて振り返る。
 グレイスとアシュレイが一緒に歩いてきた。2人とも、透けるような白い肌だ。
 明るい日の光の下で見ると陽光にきらめいているようで……風呂場で見るのとは全く違った味わいがあるというか。やっぱり水着は海だな。

「グレイスは泳げるの?」

 彼女は内陸部で育ったはずだ。俺が水路に落ちた時、引き揚げてくれたのは彼女だったかどうだったか。あの時の記憶は良く思い出せないが、彼女が水路に飛び込んでくれたのは間違いないわけだし。

「はい。海で泳いだ事は無いのですが、ここは波が穏やかみたいですから。問題なく泳げると思います」

 少なくとも流水は……グレイスには関係が無いらしい。ダンピーラだからなのか、指輪の効果か。それともこの世界の吸血鬼はそうではないのか。特に水魔法が有効というわけでも無かったしな。

 陽光を苦手とするのは間違いないが、吸血鬼の実像に関しては個体差が激しくて一概にこうと言い切れない所がある。地球側で伝えられる吸血鬼に関しては……民間伝承などが諸々混ざっているし、流れる水を恐れるというのは、狂犬病を患った者が水を恐れるの見て、吸血鬼伝承と混同されたなんて説もあったはずだ。
 どちらにしてもグレイスが大丈夫ならそれでいい。

「アシュレイは?」
「私は、泳いだ事そのものが無いので」

 アシュレイはやや緊張した面持ちだ。

「じゃあ浅い所で慣らしていく感じで。水中用の魔法も覚えたから、溺れる心配はないよ」
「はいっ」

 波打ち際で遊ぶのも、それはそれで良い物だ。グレイスは少々俺を心配しているようだが、大丈夫だ。水中呼吸の魔法さえあれば、もう溺れないから。



「そうです。そうやって体の力を抜いて。お上手です」

 アシュレイはグレイスの指導に従ってすぐに泳げるようになっていた。水中呼吸が可能だから息継ぎを覚えるにしてもあまり苦労しないで済むし、溺れる不安がないというのはリラックスが出来るのだろう。
 グレイスはやや塩水に面食らったようだが、元々泳げたようなのですぐに慣れたらしい。

 俺は水面に浮かんで漂ったり、水中活動用魔法の使用感を確かめたりしている。
 シーラの釣果は上々のようだ。ユスティアが岩場に陣取って竪琴を鳴らした途端に魚が入れ喰い状態になったみたいで。尻尾は立っているし、表情だってやや口角が上がっている。解りやすく嬉しそうだ。

「……んー?」

 浅瀬で漂って皆をなんとなく眺めていたが……水面に爪先を付けて白波を立ながら飛行しているドミニクを見て、何やら思いついてしまった。早速実験してみよう。
 まずアクアウォーク――水上歩行の水魔法を使って水面に立ち、同時に水流操作の魔法を用いて、推進力として利用する。

「お」

 水面を切り裂いて、身体が前に進んでいく。魔法を制御して右に左にターンする。
 ……行けるな。これ、もう少し制御する魔法を増やせば地上でも水に乗って滑走出来るんじゃないか?
 試しに、砂浜に乗り上げて、水作成の生活魔法と併用してみたら目論見通りに地上を滑走する事が出来た。

 ……実用面もそうだが。なにより楽しい。かなり速度が出せるから水上スキーでもやっているかのような感覚が味わえる。空を飛ぶのとはまた別種の楽しさだ。
 皆がこっちを見て驚いたような表情を浮かべている。

「面白いわ。人間に水の事で感心させられるとは思わなかった」

 とは、ユスティアの評である。

「テオドール様、すごいです!」
「本当です。楽しそうですね」
「2人もやってみる?」

 こちらを見て目を輝かせている2人を誘ってみると、こくこくと頷いた。
 水上歩行の魔法を使って、手を繋いでもらう。俺が水上バイク代わりだ。

「じゃ、行くよ?」
「はいっ」

 スケートリンクの上を手を繋いで滑るように、海面を疾走する。速度はさっきより控えめだが、2人ともかなり喜んでくれた。
 んー……。一応訓練も兼ねてという名目ではあったが。
 実際の所、遊びの方がメインだったはずなのだが。何だか新しい技を身に着けてしまった。これはあれだな。迷宮の中でも使えそうだな。

 ただ、誰かを引っ張る形だと少々不安定だ。加減速の時にちょっとバランスが崩れそうになる。速度を控えめにしてこれなのだから、実戦投入する場合は自分だけでやるべきだろうな。

「これは――面白いです」
「で、でもちょっと足の裏がくすぐったいかも知れません」

 推進力になっている俺と違って、2人は引っ張られる側なので、ちょっと感覚が違うらしい。
 楽しそうに笑いながら、バランスを崩しそうになって俺の腕にしがみ付いてきた。
 無論……水着姿でである。柔らかくて、暖かい感触が腕全体に伝わってくる。
 ……魔法の制御を手放さなかった自分を誉めてやりたい場面だな。
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