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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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539 幻影朗読

 訓練と文字の勉強、それに封印術の再現実験。後はアルフレッドと相談しながら次の魔道具用の術式を書き付ける。
 工房では他にもビオラとエルハーム姫が討魔騎士団の防具作成、ヴァレンティナの魔石作成、ジークムント老、フォルセトの文献や術式の研究と、他にも色々と並行して作業しているが……まあ、俺は今日工房でやるべき仕事は大半が終わったかなという印象である。

 後はラスノーテの発音練習と訓練の状況を見ながら、発酵関係の魔術書を読んだりして過ごそうかなというところだ。
 書き取りと発声練習をしているラスノーテの横で、俺も本を読んだりしながら過ごす。

「それが新しい魔術書?」
「ああ。発酵関係の術式を調べてた」

 ローズマリーの言葉に頷く。
 本には狙ったカビの活動を促すために温度、湿度の管理が最も重要と書いてある。要するに術式は発酵の促進をするが、その工程自体は魔法によって行うものではなく、カビの活動を魔法で補助してやることで発酵速度を早める、というものなわけだ。
 発酵とカビの活動の関係性、具体的にどんなことが起こっているのか、などの考察それに基づく実験等々、研究に関することも書いてあった。これはこれで俺が読んでも面白く読める内容ではあるかな。

 狙った菌を活性化させ、そうでない菌の活動を鈍化させるとか……研究の第一人者が元々治癒術師であることなども書いてある。
 腐敗と発酵は表裏一体。確かに、治癒魔法やその裏にも応用の利く分野ではあるだろうな。

「明日にでも迷宮か市場に行って、発酵実験のための素材でも探して来ようかな」
「満月が近いですから、早いほうが良いかも知れませんね」

 グレイスが頷く。うん。明日の予定は決まった。市場に出回っていなかったとしても、カノンビーンズの出現する場所はそれほど深い階層でもないので割合気楽に行ってこれるだろう。

 さて……。予定も決まったしみんなの訓練も一段落といったところだ。お茶を飲みながらみんなもリラックスしている様子である。
 ラスノーテも勉強するにしたって、発声練習と書き取りだけというのもつまらないだろう。楽しみながら覚えられる環境というのが重要なのだ。文字を覚えるとこういうことができる、というのを端的に示してやる必要がある。

「ラスノーテ、ちょっといいかな?」
「うん」

 声をかけると、ラスノーテが手を止める。

「他にも色々本を借りてきてるんだけどさ。それを読んでいくから、内容を聞いていてくれるかな」

 ラスノーテがこくんと頷いた。
 よし。それでは、本の読み聞かせと行こう。単語などを習得するにはそう言ったものから覚えるのが手っ取り早い。
 だが、ただ読むだけというのも芸がないので……マルレーンからランタンを借りる。

「それじゃあ、始めようか」

 借りて来た本は、実家の書斎にもあったものだ。俺がもっと小さい頃に読んだことのある本である。
 内容的にも問題が無く、イメージがしやすいということで借りてきたが……さて。上手くいくだろうか。

 まあ……まずは漂流記から行くか。舞台も海と孤島で、ラスノーテにも分かりやすいかも知れないし。本を開いて片手にランタンを持って――本の内容を朗読する。
 その内容に合わせるように、ランタンの力で周囲に情景が映し出される。朗読内容の字幕付きである。本は俺が持っていて読んでいるので、そうでなくては文字の勉強にならないしな。

 荒々しい海と波風、樽に掴まって流される男の姿。彼は船乗りであったが、ある日、嵐に見舞われて甲板から海に投げ出されてしまったのだ。
 樽に掴まってもがく男。仲間への助けの声は嵐にかき消され、嵐の海の向こうへと遠ざかっていく船の姿。

 ラスノーテはその光景を、固唾を飲んで見守っている様子であった。うん。中々掴みとしては上々だな。見れば、グレイス達や精霊王達やミシェル、ロヴィーサ達も幻影に注目している様子だ。ふむ。意外に受けが良いのかも知れない。

 本の内容としては――船乗りの男が無人島に漂着し、色々と苦労重ねながらサバイバル生活をしていく姿を描く、というものである。
 色々と状況描写が細かいわりに分かりやすく、実際のサバイバルに役立ちそうな知識も散りばめられていたりするので、俺などは結構好きな内容ではある。

 話も進んで場面も変わる。船乗りが気が付くと、樽を抱きしめたままで見も知らぬ砂浜に打ち上げられていた。空は快晴。嵐が嘘のようだ。その光景を見たラスノーテがほっとしたように安堵の表情を浮かべた。

 だが、話はここからが本番だ。何せ、水も食料も住居もない。持ち物は腰に吊るしていたナイフだけだ。ここからどうやって男が生きていくかがこの話の面白いところである。
 ふむ。見たところ楽しんで貰えているようだし、話の区切りの良いところで何回か休憩を挟みながら、ラスノーテには分からなかった部分を質問してもらうという感じで進めていくとしよう。
 イルムヒルトも俺の意図を察してくれたようで、BGMで臨場感を付けてくれるようである。うむ。中々盛り上がってきたな。


 そして――船乗りの男は狼煙を上げて。近くを通りかかった船から上手く発見されて、島を脱出したのであった。

 船乗りを拾ってくれた商人は、男の知恵と根性をいたく気に入って仕事の世話をした。そしてその後、娘との結婚を認め、船乗りは末永く幸せに暮らしたという……まあ、ハッピーエンドで終わるところも含めてラスノーテに話すのには丁度良いネタだったかなというところだ。
 漂流記を最後のオチまで朗読し終えて本を閉じる。と、同時にランタンで周囲に映し出されていた結婚式の情景も薄れ、消えていく。

 終わると同時に、みんなからの大きな拍手が起こった。話の途中でステファニア姫達も工房に遊びに来て、漂流記観賞に加わっていたのだが……。うん。多分ステファニア姫とアドリアーナ姫には好みの題材だったのではないだろうか。

「ありがとう、マルレーン」

 ランタンを返すと、マルレーンはランタンを手にして満面の笑みを浮かべる。マルレーンにも楽しんで貰えたらしい。ラスノーテはどうか、と言えば。

「すごく、面白かった」

 と、目を輝かせている。

「文字が読めると、こういうのを色々楽しめるからね」

 ラスノーテは俺の言葉に、少し興奮した様子で首をこくこくと縦に振る。
 目論見としては大成功といったところか。言葉と文字の勉強のモチベーションが更に上がるのなら俺としては狙い通りなのだが。

「そういうことなら……迷宮村や孤児院の子供達も一緒に、色々物語を読み聞かせるというのはどうかしら」
「ん。それは良い」

 クラウディアが言うとシーラも頷く。ああ、確かにな。

「良いかもね。字を覚えるのも早くなるし。まあ、内容は先に把握しておかないといけないけど」
「このお話も、大変そうでハラハラはしましたが、怖い内容ではなかったですからね」

 アシュレイが俺の言いたいことを察したらしく頷いた。そうだな。知恵と工夫と試行錯誤で難局をどう乗り切るかという話だったし、事前に内容を把握しておくのは重要だろう。

「このお話は私も読んだ事はありますが、風景も一緒に見れたので楽しかったです」

 と、グレイスが笑みを浮かべる。
 映像付きというのは割合新鮮だったかも知れない。シオン、マルセスカとシグリッタ達だけでなく、ジークムント老達も楽しんでくれていたようだし。

「良いわね。私も子供の頃から好きなお話だわ」
「そうね。お城の書庫にもあったわ」

 ステファニア姫とアドリアーナ姫も楽しんでくれたようで何よりであるが……やはり好みの題材だったか。精霊王達もあれこれと先程の話について楽しそうに話をしている。
 まあ……これだけ好評なら第二弾や第三弾と幻影付きの朗読をしていくというのは良さそうだな。迷宮村の子供や孤児院の子供も交えて、時々やることにしようかな。
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