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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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538 遺産の復元

 ペレスフォード学舎から本を借りてきて、その足で工房へと向かう。自宅、学舎、工房と、全て東区の近場なので移動も楽なものだ。
 昨晩家に泊まった顔触れも工房を見に来るということで、先に集まっているはずである。

「おはようございます」

 工房に入っていくと、中庭に机や茶器を出したりと、みんなが準備していた。
 まあ、話をしたり茶を飲んだりといった休憩を挟みながら訓練をしたりなんだりとしようというわけだ。冬ではあるけれど天気も良いので風のフィールドなどを張って暖かくしながら屋外で過ごそうという話になっている。

「おはよう、テオ君」
「おはようございます」
「おかえりなさい、テオ」

 と、アルフレッドを始め工房のみんなも、先に来ていたグレイス達も挨拶してくる。

「探していた本は見つかったのかな?」
「んー。大体ね」

 アルフレッドの問いに頷く。

「発酵促進の魔法……か。また何か始めるみたいだね」
「ハルバロニスの麹カビを使って何か作れないかなと思ってね。新しい発酵食品とか」
「って言うと……チーズみたいな?」
「んー。まあ、どういうものになるかは分からないけど」

 具体的には味噌と醤油を目指しているわけだが、完成形が先にあるとも言えない。
 ゴーレムに椅子などを並べさせながらアルフレッドとそんな話をしているとルスキニアが首を傾げてこちらに近付いてきた。

「ルスキニア。どうかした?」
「えっと。アルフレッド君の首飾りが気になってたんだけど、もっとよく見せてもらっても良い?」

 と、ルスキニアはアルフレッドが首から下げていた遊牧民のお守りを見やる。

「これ? テオ君が南の旅先でブルト族の族長に貰ってきたものだよね。ああ。風の精霊王に祈りを捧げたお守りっていう話だっけ」

 そうだな。遊牧民のブルト族の族長ユーミットにもらった、というより、アルフレッド製の魔道具へのお返しということで、アルフレッドに渡してほしいと俺が預かったものだ。

「うん、確かに……。あたし達への祈りの力が宿ってる」

 ルスキニアが首飾りの魔石に手を翳して、目を閉じる。

「このままでも、持ち主が危ない時にみんなが守ってくれるけど……。そうだね。この祈りをしている人達、とっても感謝してるって。子供が毒虫に刺されたけど、お陰で助かったって言ってる、みたい」
「クリアブラッドの魔道具……だね」

 アルフレッドはそう言って首飾りを見て目を細める。
 確かに治癒と解毒の魔道具に祝福の首飾りを渡してきたはずだ。……そうか。役に立ったんだな。それは良い情報を聞けたと思う。
 この首飾りも、持ち主に危険が迫った時に風の精霊が助けてくれるという点に間違いはないようだ。
 例えば突風で矢を逸らすだとか、暴漢を風で押し返すだとか、火に巻かれないように風が守ってくれるとか。風の精霊の加護はそう言った感じだ。

「ヴェルドガルはこれから大変みたいだし、こういう祈りの力が集まっているものがあるなら……」

 ルスキニアがそう言いながら魔石をゆっくりと撫でると、その輝きが増した。

「ええと……」

 アルフレッドが少し首を傾げると、ルスキニアは屈託なく笑う。

「もしもの時は、強い風の……結界が作れる感じかな? 何か危険があったら守ってくれると思う」
「それは……ありがとうございます」
「あたしに祈ってくれてる人がいて、その人達がアルフレッド君に感謝してるからだよ」

 信仰している者、感謝してくれている者がいるから可能なこと、か。魔石を用意すれば何でもというわけにはいかないのだろう。精霊王達は大きな力を持っているだけに力を使うにも色々制約もありそうだが、こういった形なら問題ないわけだ。
 アルフレッドからして見れば、自分の作った魔道具が感謝されているということで。嬉しいことなのではないだろうか。
 首飾りを静かに見てどこか嬉しさを噛み締めるようにしている。

「良かったですわね、アル」

 オフィーリアもそんなアルフレッドの気持ちが分かるのか、穏やかな笑みを浮かべて言った。マルレーンもオフィーリアと一緒ににこにこと笑う。

「ん。ありがとう」

 アルフレッドはオフィーリアの言葉に嬉しそうに笑うのであった。相変わらずアルフレッドとオフィーリアは仲が良さそうで何よりだな。
 そうこうしている内に準備が整った。グレイスとアシュレイがお茶とお茶請けを運んできてくれる。

「ありがとう」

 礼を言うと、2人が微笑んで頷く。
 さて。まずは……そうだな。ラスノーテに言語を教えるというところから始めようと思う。

「ラスノーテ。早速だけど良いかな? 昨日言っていた通り、言語から教えていきたいんだけど」
「うん」

 真剣な面持ちでラスノーテが頷く。では……始めよう。机の上に教本と筆記用具を並べる。それからゴーレムを作り出した。あまり威圧感を与えないような、ずんぐりむっくりとした丸い体形のアクアゴーレムだ。水魔法で舌と唇部分にそれぞれ着色する。ラスノーテが不思議そうに首を傾げた。
 教本と実演の両輪だ。ゴーレムを作り出し、その口の内部を人間そっくりにすることで、発音の際の唇や舌の動きを見てもらい、効率的に発音の仕方を覚えてもらおうというわけだ。

「それじゃ、各種文字と発音から始めようか。なるべくゴーレムの動きを真似て発音するように。まずは、この文字からだね」
「うん。分かった」

 文字を指で指示しながら言うと、ラスノーテはこちらの意図を理解したらしく笑みを浮かべて頷くのであった。



 というわけでラスノーテに発音の練習をしてもらいながら、並行してゴーレムを作り出し、みんなとの戦闘訓練を続けていく。
 アクアゴーレムとの近接戦闘やら弾幕戦闘やら。立体的に動き回りながら目まぐるしく立ち回る。
 シーラは真珠剣で新しい技を覚えたからか、それを主体に練習をしているようだ。まあ、実戦で使う前に慣れてもらうのは重要だろう。
 このあたりはいつも通りの日常ではあるが……ミシェルやロヴィーサ、マリオン達は見慣れない光景だからか、目を丸くしていた。

 一方のラスノーテはと言えば、中々上達が早い。水竜全体がそうなのか、それともラスノーテが特別なのか。或いはモチベーションが高いからとも取れるが、身体的な事に関する記憶力が良いのだ。
 教本やゴーレムを見ながら文字を書き取りしながら発音という流れだ。
 練習すればした分だけとまでは言わないが、個々の発音に関しては目に見えて良くなっている。ふむ。上達が早いので、もう少ししたら単語などに移るか。

 ラスノーテの練習を見ながら、俺も俺で自分の仕事を進めていく。手にした研究資料を見ながら間違いがないかチェックを進める。
 こちらは発酵促進の魔法を調べる前にやっておくべき仕事、というわけで、封印術絡みの内容だ。
 母さんの遺した封印術を基本とし、シルヴァトリアやハルバロニスの文献や術式を参考に応用を加えたもの……というよりは文献の内容を再現したものになるか。

「バロール」

 バロールに声をかけると肩から宙に浮かぶ。魔力の補充は充分。では、実験を始めようか。

 少し皆から離れた場所まで行き、バロールと向かい合う。まずは研究中の封印術の防壁を展開。青い色の壁が俺の身体の周囲に展開した。そこにバロールが火球を放つが、防壁に触れた瞬間に消失する。

「おお。不思議な術だな」

 それを見たラケルドが感心したような声を漏らした。
 対火炎は――こんな感じか。
 個々の属性を弱める結界。耐性を持った防壁、或いは身体に纏ったままで動ける魔法の鎧。そして相手に命中させることで力を弱める光弾を発射するといった術の内容である。
 展開の仕方が違うが、全て同じ術の派生、応用系だ。

 当然、相手に直接ぶつける光弾版も応用の一種である。封印の楔と違って、当たりさえすれば効果を発揮する。
 反属性のフィールドを直接付着させることで相手の属性攻撃を弱めることができるという理屈だ。あくまで弱体化であって封印ではないから効果は絶対的なものではないし、発動しても時間制限がある。更にこちらからの攻撃もその属性の術が通りにくくなる、などの欠点はあるか。

 更に相手の得意な術を見てから使う必要があるので、下調べをしておくか出方を見るかしなければならないところはあるが……まあ、上手く嵌れば封殺が可能なので便利は便利だろう。

 これはシルヴァトリアの文献にあった、封印術に関する記述を参考に再現したものだ。
 バロールにそれぞれの術を撃たせて、反属性の防御魔法が上手く動作するか、使い勝手や安全性がどうかを確認してからシャルロッテに継承するという形になるだろう。

「封印術の復古か。大したものじゃな」

 ジークムント老が実験風景を見て静かに頷く。

「元の術と比べて、使い勝手は変わっているかも知れませんが」
「いや……。多少の差異はあれど、効果としては十分なものであろう」
「次代の封印の巫女は継承する物が大幅に増えてしまいそうではありますね」
「頑張ります」

 ヴァレンティナのその言葉に、シャルロッテは気合を入れるように拳を握るのであった。そうだな。母さんの遺した術からの派生だし。本来あるべきところに戻せるのなら、それは俺の望みでもある。
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