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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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533 ミシェルの境界都市訪問

 温室の二重硝子に割れたりしている部分はないか、開閉部分に不具合はないか。温度と湿度の調整装置はしっかりと機能しているか。それから温室用の導水管の機能は……といったあたりを確認すれば温室周りの点検は完了だ。
 ミシェルは設備を丁寧に扱ってくれているようで、硝子板にせよ外側から内側、天井に至るまでしっかり掃除してあったりと綺麗なものだ。まあ、レビテーションを使えるのであれば高所の掃除もお手のものだろう。

 点検が終わればシルン男爵家に戻って、そこからタームウィルズに向かうことになるのだが……そこにふらりと、1人の魔術師がやって来た。
 片眼鏡に白髪髭という、いかにもな風体の老魔術師であるが、その顔には見覚えがある。

「これは……お久しぶりです。その節はお世話になりました」
「おお。お久しぶりですな。ご活躍の噂は聞いておりますぞ。ミシェルがお世話になっているようで」

 こちらが挨拶をすると、老魔術師は相好を崩して礼を返してくる。シルン男爵領で魔法具店を営んでいるミシェルの祖父だ。
 タームウィルズに向かう際に杖を売ってもらったことがあったが、練習用という割に作りがしっかりしていて物が良かったし、堅実な実力を持った魔術師であることは窺える。

「名乗るのは初めてですな。フリッツと申します」
「では、僕も改めて。テオドール=ガートナーです」

 そう言ってどちらからともなく挨拶し、みんなも紹介する。

「むう……。大使殿であるならばそうもなりますか。魔法杖も……どうやら、相当なものを入手なさった様子ですな」

 紹介を終えて、みんなに挨拶を返したところで、フリッツは目を丸くしていた。ウロボロスを見て更に驚いている。

「これはメルヴィン陛下から褒賞として賜ったものです」
「なるほど……。王家の秘宝でしたか。道理で」

 フリッツは出自を聞いて納得したらしい。

「あの時売っていただいた魔法杖は、今も練習用として使わせてもらっていますよ」
「ほう。いや、あまり大した物でもなかったのでお恥ずかしい話ではありますが」
「いえ。色々助けられています」

 リネットと戦った時もそうだし、仲間と直接訓練する際に打撃の威力を抑えるのには色々と都合が良かったりして、重宝しているところはあるのだ。
 今現在では文字通りの練習用、訓練用といったところか。続いて、フリッツはアシュレイにも丁寧に挨拶をしたりしていたが、やがて何かに気付いたように言った。

「……っと、タームウィルズに向かうのでしたな。留守番があまりお引き留めしても申し訳ない」
「いえ。慌ただしくて申し訳ありません」

 アシュレイが逆に恐縮した様子で答える。
 んー。転移魔法でタームウィルズに向かうので到着の時刻がどうこうということはないが、植物園でマール達と会う約束もしているしそれほど時間的に余裕があるわけでもない、というのは事実だ。アシュレイの言葉にフリッツは、とんでもないと笑った。

「ごめんなさい、お爺ちゃん。留守の間を頼みます」
「いや、構わんぞ。店のほうは趣味のようなもんじゃしな。ノーブルリーフだったかの? あの連中が丁度良い温度と湿度を知っとるようじゃし、見ている分には大して手間でもない。お主が普段やっとる計測ぐらいはやっておいてやるわい」

 ふむ……。どうやらミシェルがタームウィルズに向かうにあたり、留守番を頼まれたということらしい。ノーブルリーフのサポートや、魔道具の調整機能があるとはいえ、ミシェルとしては不在にするのに不安があるのか、或いは観察に間が空いてしまうのが嫌なのかといったところか。

 資料を見る限りだと割と研究漬けのようだし。うーん。使い魔がいるとミシェルも行動にもっと自由が利くようになるんじゃないかと思うが。
 満月が近いし、それもミシェルと相談してみるか。実験を持ちかけた身としてはサポートとバックアップも万全にしてやりたいしな。



 というわけで、フリッツとの再会と挨拶もそこそこに、シルン男爵家からタームウィルズへ帰還することになった。
 男爵家に戻ると冒険者ギルド、シルン男爵領支部のベリーネも姿を見せていた。シルン男爵領にみんなで移動したのでベリーネにも再会できるかと思ってケンネルから声をかけてもらっておいたのだ。仕事の合間を見て向かうという返答があったが、どうやら間に合ったらしい。

「ご無沙汰しております。お忙しいところすみません」

 と、ベリーネと再会の挨拶をする。

「ふふ。いえいえ。どうにか間に合ったというところでしょうか」

 ベリーネはそう言って笑みを浮かべる。グレイスやアシュレイ達も、ベリーネに丁寧に挨拶をしていた。

「その後、森の様子はどうですか?」

 グレイスが尋ねるとベリーネは頷く。

「お陰様で落ち着いていますよ。魔物の種類と数も段々と均衡が取れてきていますし、今は本格的な冬の到来に備えて、保存食にしやすい魔物を中心に依頼を出したりしています」
「うむ。警備兵の再編も進んでおりますからな」
「ええ。アシュレイ様は冒険者に人気がありますし、エリオット様の御婚礼も評判で、シルン男爵領は冒険者の層が厚くなっています。警備兵達もそれに触発されたのか、かなりやる気になっているようですからね」

 なるほど。冒険者ギルドも、正規兵の再編も順調であるらしい。

「もし、あの森で対処できないような魔物が出た場合は、すぐに駆けつけますので」
「それは心強いですね。心に留めておきましょう。見たところ、これから出発ですか?」

 ベリーネは頷くと、俺達の格好を見て首を傾げる。

「そうですね。これからタームウィルズへ出発する予定ではあります」
「私としては……ケンネルやベリーネさんもタームウィルズに招待したかったのですが」

 と、アシュレイが言う。

「お気持ちはありがたいのですが、私めが不在ですと、シルン男爵領で起こったことの報告が遅れてしまいますからな。こちらが気がかりという状態では失礼でしょうし」
「私もです。後任の予定になる方に色々ノウハウを教えたり事務処理も多いので、今は少しギルドは空けられませんね」

 アシュレイの言葉に、ケンネルとベリーネは些か残念そうに笑う。

「では……また日を改めてということで」
「はい。いずれまた」

 そういって、俺達は2人と約束を交わすのであった。



 そうしてケンネルとベリーネに見送られ、俺達はクラウディアの転移魔法でタームウィルズへと飛んだ。光が収まると迷宮入口の石碑に出る。転移魔法と、出た場所に驚いているミシェルである。説明をしながら月神殿に出る螺旋状の通路を上がりつつ、色々と説明をしていく。
 転移魔法のことや、植物園と稲作についての話。将来、シルン男爵領でも稲作を考えているということ等々。

「南方の植物に、地下水田、ですか……!」

 ミシェルは転移魔法に少し戸惑っていたようだが、俺の説明が植物園や稲作の話になるとその戸惑いもどこへやら、途端に目を輝かせている。
 ……うん。植物園や稲作などはミシェルの興味を引きそうだと思っていたが。まあ、研究者肌なんだろうな。ローズマリーもそのあたりの機微が分かるのか、何やら納得したように目を閉じて、羽扇の向こうで頷いていた。

「南方の果物も育ててる。収穫が楽しみ」

 シーラが言うと、ミシェルは色々と植物園について想像を巡らせている様子である。そんなミシェルの様子を見て、マルレーンがにこにこと笑みを浮かべる。

「水田に関しては資料を用意してありますので、詳しいことはそれを見て頂ければと思います。ついては、シルン男爵領の春先から秋の終わりまでの温度や天候などを調べたいところではあるのですが……」

 シルン男爵領が稲作に適しているかどうかなどを調べたいところではあったのだが。尋ねるとミシェルは少し思案するような様子を見せてから言った。

「気温や天候でしたら……ここ数年の記録であれば家にあります。元々農業に魔法を役立てる研究をしておりましたので、ほとんど毎日日記につけています」
「それはまた……素晴らしいと言いますか」

 それは十分過ぎるほどのデータだろう。

「そうですね。個人的な日記でもありますので、そのままお見せするのには抵抗がありますが……私のほうで天候と気温についてまとめたものを後でお渡ししますね」
「お手数おかけします」
「いえ。お役に立てれば幸いです」

 月神殿を出て、待たせておいた馬車に乗る。行き先は温泉街の植物園だ。フローリアやフォルセト達は既に準備して待っているだろうしな。マール達とも植物園で落ち合う予定であるし。
 さて。馬車に乗って移動している間に、使い魔についての話もしてしまおうか。

「話は変わりますが……見たところ温室に掛かりきりなようですし、使い魔のような補助要員がいると色々負担も減らせると思うのですが、どうでしょうか?」

 そう言うと、ミシェルは目を丸くする。

「つ、使い魔、ですか? 確かにいれば便利かとは思いますが……。召喚には割と大がかりな儀式の準備が必要と聞くのですが……」
「そのあたりはこちらで行うので問題ありませんよ。色々実験を頼んでしまっている立場でもありますし、負担を減らせるのなら安いものです。良い仕事をするには余裕を残しておくことも大事でしょうし」

 と、笑みを浮かべて答えるとミシェルは目を瞬かせるのであった。
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