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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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530 虚無の海

「虚無の海……というのは、何でしょうか?」

 グレイスが首を傾げる。んー。そうだな、俺は語感や効果などから宇宙空間のことと理解したが、違うということも有り得るし、今後関わってくることかも知れないだけに、みんなに共通認識を持っておいてもらったほうが良いのだろうか。

「空の上の……星々のある世界っていうことで良いのかな?」
「ええ。身近なところでは、月と地上を隔てている……そう、空間かしらね。地上からとても高いところまで行くと、その空間に入ることになるわ。私達のいる地上、そして月を含めて、全ての星々は虚無の海の中に浮かんで、点在しているだけに過ぎないわ」

 視線を向けると、クラウディアが頷いた。
 うん。やはり、ざっくりとした意味で宇宙空間を指す言葉ということで間違いないようだ。

「……そうね。月に行く必要があるかどうかはともかく、ある程度のことは話しておいたほうが良いのかしら。簡単に言うと、空気も水もなく、天地の区別もない空間よ」
「空気が無い……。それは、窒息するより酷いことになりそうだけれど」

 ローズマリーはクラウディアの言葉を受けて色々と思考を巡らしてしまったらしく、僅かに表情を曇らせた。

「そう……。そういった過酷な場所への備え無しに放り出されたら、生き物はすぐに死んでしまうわ」
「天地の区別がないというのは……?」
「虚無の海にいる時は常に浮かんでいるような状態になるわ。足を付けるべき地面もないから、上も下も無いというわけね。あらゆる物は通常、大地の中心に向かって引かれるような力を受けているのだけれど、この地上からも月からも遠く離れてしまえば、その力も殆ど感じられないほど弱くなってしまうから」
「そうなってしまうと、どこも地上としての基準にならない、と」

 アシュレイの言葉に、クラウディアは頷いた。
 天地がないというのは、要するに無重力のことだな。クラウディア達月の民は、月を拠点としていただけあって、そのあたりの知識は充分にあるらしい。

「水と空気、温度に、それから天地……か。このへんの環境が整えられているなら、確かに生き物は活動可能かな」

 四大精霊の加護を受けることで宇宙空間でも活動できるというのは、まあ、理に適っているのかも知れない。

「ふむ。一朝一夕で足を運べぬ場所というのは分かったが……問題は、月に行く必要があるか否かであろうな」

 メルヴィン王が少し思案するような様子を見せながら言う。

「そう、ね。今もまだ月で暮らしている者がいるかどうかはともかく、遺跡は残っている可能性が高いわ。仮に月の都が放棄されているなら、危険な物をそのままにするというのは考えにくいけれど。月側が、魔人の脅威を認識していて七賢者がやって来たのなら、尚更だわ」
「まあ……一応は視野に入れておくってところかな。そうなると、空気と水の浄化と作成。後は推進力か。このあたりが揃っていればシリウス号でも行けそうな気はするけど……」

 元々高空での活動も視野に入れているので、密閉性、強度については問題がない。
 後は推進力が十分あって、距離や方角等々の必要な計算をしっかりと行えば月まで行ける……のだろうか? 必要なら更にブースター型の推進器を取り付ける形になるのだろうが、どうにも魔石の質か量が求められそうな気はするな。

「推進力か。シリウス号に関して言うなら、空気が無い場所の移動も考えなくちゃいけないね」

 ふと視線が合うと、アルフレッドはそんなふうに言って笑みを浮かべる。

「んー。まあ、今はベリオンドーラの調査に注力しないといけないけど」

 今後の動きもその結果次第というところはあるので、今のところは計画や計算、準備まで、ということにしておこう。いざという時に対応できる手がある、というのが重要なのだ。



 俺への用件が一応終わったところで、改めて精霊王達にみんなが挨拶をしていた。
 メルヴィン王もそうだし、エルドレーネ女王も丁寧に精霊王達に挨拶をする。
 エベルバート王やファリード王の名代であるアドリアーナ姫とエルハーム姫もそうだ。
 ペネロープ、アウリア、ジークムント老にフォルセト。様々な組織の長である者達もそれぞれ丁寧に精霊王達に挨拶をしていく。各地で信仰され、親しまれる高位精霊達だけのことはある。精霊王の面々は明るく友好的な性格なので、割合和やかな雰囲気である。

 精霊王が集まっているということで、妖精にも良い環境であるらしく、セラフィナは上機嫌で、テーブルの端に座って、イルムヒルト達の曲と歌声に合わせて鼻歌などを歌っている。マルレーンもそれに合わせるようににこにこと笑みを浮かべながら小さく手拍子などをして足を揺らしてリズムを取っていた。
 儀式場周りにも、植物園から出て来たらしい花妖精が集まってきており、また窓の外が賑やかなことになっている。

「ラケルド様、ご無沙汰しております」
「イグナシウス殿か。前に顔を合わせたのは、確か前回の儀式の折だったか」
「そうですな。我等は必要なくば眠っておりますゆえ。間借りしているというのに、あまりお話相手になれず、申し訳ない」
「いや。イグナシウス殿とラザロ殿の使命や事情は分かっているつもりだ。気にすることはない」

 そう言った挨拶回りが一段落したところで、マールが話しかけてきた。

「水竜親子のことについてお話をしたいのだけれど、いいでしょうか?」
「はい。構いませんよ」

 先程通信機でマールとやり取りした際に、ラスノーテがマールに会いたがっていたという旨も知らせたからな。
 そう言ったことから水の精霊殿を面会場所にできないかと伝えてみたが、他の精霊王が足を踏み込むと封印に影響が出てしまうということで地上での面会となったわけだ。
 面会場所は王城でも良かったのだが、流石に精霊王が顕現して揃い踏みとなると人も多くて大事になってしまうことが予想されたので、最終的にはメルヴィン王とマールの間で調整して儀式場に、ということで落ち着いたが。

「ペルナス達は事情が事情ですから。今は隠遁に近い生活を送っていますし、ラスノーテに過保護になっている自覚もあるそうなのです」
「そう、かも知れませんね」
「ですから、私としては、ラスノーテに外の世界を見せて学ばせてあげられればとも思うのですが……どうしても竜は人目を引いてしまいますので、何かいい方法はないかと」

 言われて少し考える。外の世界を学ぶ、か。

「生きていくに当たって何が危険で何に気を付けなければいけないかというのは……別に実体験から学ばなくてもいい、と僕は思うのです。書物で得た知識でも、その内容が正しくて、それを役立てる心構えさえあれば問題はないのではないかと」
「確かに、そうですね」

 子供を教育するというのは、そういうものだろうと思うし。
 そう言った知識や、見識を得るだけならばタームウィルズの街中でもできるはずだ。元々竜種なのだから、基本的な能力は他の種族より遥かに上なわけだし。

「というわけで、人化の術を用いるというのはどうでしょうか? 術を維持している間は竜としての力が無くなってしまうかも知れませんが、目の届くところにいてもらえるなら護衛は可能かとは思います。術の習得と維持に関しては既に魔道具がありますし、すぐに準備できますよ」
「本当ですか?」

 マールが表情を明るくする。

「はい。術の適性が無い場合は、不完全な姿になりますが。それと……竜達は誇り高い種族ですから、わざわざ人の姿を取ってくれるのならの話になりますか。ペルナスとインヴェルが外の世界の住人を信じるかどうかという点もありますね。これは繊細な問題なので、あまり無理にとも言えませんが」

 この案に関しての問題点はそのあたりだろうか。

「では……今日あたり水の精霊殿に顔を出して、話をしてみます」

 うん。話の流れがどうなるにせよ、ラスノーテは喜ぶだろう。

「分かりました。ではその前に魔道具をお渡ししておきます。明日はこの儀式場近くにある植物園の地下水田に行っているので、何かあれば通信機で連絡を頂ければ、こちらから迎えにもいけるかと」
「植物園ですか。分かりました」

 そう言ってマールは微笑みを浮かべるのであった。
いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

550話の節目ということで、活動報告にて451から500までに
初登場した人物の簡易紹介記事を掲載しております。
ネタバレ防止のために簡素な内容とはなっておりますが、ご活用頂けましたら幸いです。
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