挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
55/1056

幕間3 北の廃都より

 ――北方。廃都ベリオンドーラ。
 過去、魔人との戦いによって滅びた王国の都――その残滓であり、残骸。
 焼かれた街。抉れた大地。崩れ落ちた城。
 残った物は瓦礫。その上に積もった灰。そして物言わぬ骨となった人々の亡骸だけだ。
 呪われた地として訪れる者も途絶えて久しく、その名が口にされる時は魔人への恐怖と怨嗟と共に語られる。

 そんな荒れ果てた廃墟の、かつては賑わいを見せたであろう広場の真ん中に1人の男の影があった。
 精悍な顔付きに鋭い眼光を持つ、長身の男だ。
 容姿は整っていると言っても良いが、口元に張り付いた自信に溢れた笑みが、どちらかと言えば獰猛な印象を余人に与えるだろう。

「――来たか」

 男は満足そうに目を細めて呟く。男の声に呼応するかのように、廃墟の街にぽつりぽつりと人影が現れる。その中には紫色の肌に角を生やした者などもいる。人間と変わらぬ姿をしている者もいるが……この場に現れた者達は、1人として例外なく魔人であった。

「若造が。我らを呼びつけるとはな」
「ヴァルロス。お前、何様のつもりだ?」

 廃墟の一角から声がする。声には険悪な色があったが、ヴァルロスと呼ばれた魔人は気に留めた様子もなく、目を閉じて笑みを深くした。

「火急の用なのでな」
「そうまで言うからには余程の大事という事か?」
「下らねえ話だったなら……その時は分かってんだろうな?」

 言われて、ヴァルロスは肩を竦めた。

「事と次第によっては――計画の変更を余儀なくされるだろう」
「勿体つけていないでさっさと言ったらどう?」

 また別の声。今度は女のものだ。

「まだ全員揃ってはおらんだろう?」
「ミュストラの事か? 奴はどうせ、こういった会合に出る気はないだろうよ」
「ふむ……。では本題に入ろうか」

 ヴァルロスは一旦言葉を区切ると表情から笑みを消して言った。

「タームウィルズに潜入していたリネットからの、定期連絡が途絶えた」

 ヴァルロスの言葉に、一瞬魔人達は押し黙る。

「……リネットとは?」

 困惑の色を滲ませた魔人が、そんな事を尋ねてきた。

「まだ歳若い、女の魔人だ。人間共の術に詳しい奴でな。大迷宮に潜入し、封印を破る為の方法を模索して貰っていた」
「それが、呼びつける程の大事なのかしら? ただ単に遅れているだけかも知れないでしょう?」
「いや、大方、人間達に尻尾を掴まれて敗れたのだろうよ」
「そうだな。最悪、人間共に敗れたと俺は見ている。その辺は割としっかりした奴だったからな」

 ヴァルロスは楽観論を否定し、リネットが敗北したという見方に同調するが、敗北論を口にした者も含め、幾人かの魔人は顔を見合わせて笑った。その中には先程、ヴァルロスの招集に対して不満を口にしていた者達も含まれている。

「何か――面白い事でもあったか?」
「これが笑わずにいられるか。我らを呼び立てた理由がそんなものではな」
「全くだ。使い走りの下級が1匹、くたばっただけであろうが」

 そう言って彼らはヴァルロスの声に含まれた剣呑な色に気付かずにまた笑う。その連中を睥睨して、ヴァルロスは不愉快そうに眉を顰めた。

 ――莫迦どもが。

 ヴァルロスは、思う。
 なるほど確かに。リネットは純粋な戦闘能力では、今ここにいる者達より劣るだろう。
 リネット自身、自分の力が劣っているのを自覚しており、やや屈折した所があった。ヴァルロスに対してもその辺りの観点からあまり良い感情を持っていなかったようだし。

 リネットからのヴァルロスへの反感というのは魔人特有のプライドの高さに由来するものなのだろうが、その逆――つまりヴァルロスからリネットを見た場合は話が別で、決して彼女への評価は低いものではない。

「リネットが死ぬと、計画が変わると言っていたけれど?」
「先程も言った通りだ。あの女は知恵が回ってな。人間達の召喚術や結界、転移の術に詳しかったのだ。月光神殿への道を開く為には必要な人材だ」

 暴力の権化のような所のある魔人の中にあって、リネットはやや毛色が違った。その技術と知識を含めて稀有で貴重な存在だったと見ている。
 少なくとも彼女の希少価値であるとか、その死が何を意味しているのかに理解が及んでいない連中などに比べたら、遥かに有能で有用だっただろう。
 故にヴァルロスはリネットを高く買っていたのだ。リネットから見たら高く買うだとか評価だとか、そこからして既に驕りと受け取られていたのかも知れないにしても。

「で、どうするね? 月光神殿に立ち入れないとなれば、我等の計画も頓挫してしまうのではないかな?」
「リネットから送られて来た研究成果を引き継がせる。上手く行けばある程度の結果が出せるかも知れん。いずれにしても――月光神殿の封印や、リネットの顛末に関してはもう少し情報が必要だ。誰かをまた、タームウィルズに送り込まなければならないだろう」

 その為の人員を選出するというのが、ヴァルロスが招集を掛けた理由であった。

「んな小娘の尻拭いをしろって? お前が行けば良いじゃねえか」

 そんな事を言ったのは、ヴァルロスの招集に対して不満を漏らしていた者の片割れだった。小馬鹿にしたような口調であった為か、リネットについて笑っていた者達も、含むような笑い声を漏らした。が――しかし。

「お――ごあっ!?」

 くぐもったような悲鳴と、石の砕ける音が聞こえた。
 猛烈な速度で踏み込んだヴァルロスによって顔面を鷲掴みにされて、地面に叩き付けられたのだ。やった事は全て力に任せたものだが、単純な動作のただそれだけが、地面に亀裂が走るほどの威力を秘めていた。

「あまり囀るな。叩き潰したくなってしまうだろうが」

 ヴァルロスはそんな事を言いながら無造作に地面へ叩き付ける。何度も。何度も何度も。魔人の手足が人形のように跳ね踊り、その度に地面が砕けて周囲の地形が陥没、崩壊して行く。
 独立独歩の魔人達が、目的の為とは言えヴァルロスを中心に据えている理由。それは――ヴァルロスが単純に強いからだ。

 たまった物ではないのが、顔を鷲掴みにされている魔人の方だ。最初の方は意地があるのか多少の抵抗をしていたが、やがて耐え切れなくなって、悲鳴に似た懇願を口にした。

「や、やめ、てくれ」
「では、分を弁える事だ」

 息も絶え絶えになった魔人を放り捨てると、ヴァルロスは改めて周囲を睥睨する。
 他の者への見せしめの効果も狙ったのだろう。先程まで笑っていた連中にあったような、弛緩した空気はもうどこにもない。
 ヴァルロスとしても、普段ならもう少し紳士的な所があるのだ。仮にもまとめ役を任された身としては。ただ――今日は少々虫の居所が悪く、ヴァルロスに反感を抱いている魔人の一人は、嫌がらせを仕掛けても大丈夫なラインを見誤ったと、それだけの話である。

「俺は知っての通り、ここからまだ動けん。他の者も、それぞれに似たような事情を抱えているだろうが……誰か手の空いている者で、タームウィルズに向かえる者はいるか?」
「俺が行こう」

 一歩前に出たのは、燃えるような赤い目の魔人だった。

「……ゼヴィオンか」

 ヴァルロスは眉を顰めた。
 自分から申し出たのが、よりにもよって戦闘狂のゼヴィオンだったからだ。結界を破る方法がないとなれば、強行突破と言い出しかねないのがゼヴィオンであった。そうでなくても、リネットが敗れているとなった場合、それをゼヴィオンがどう思い、どう動くか考えると不安が残る。

 出来るなら、他の誰かに任せたいというのがヴァルロスの偽らざる本音ではあった。が、他に動ける者がいるわけでもなし。戦闘ばかりしか頭にないから手が空いていたとも言えるのだ。
 こうやって申し出てきた以上はある程度自重してくれる、とは思うのだが。

「……そいつを連れて行っても?」

 先ほどまでヴァルロスに捕まっていた魔人を指差して、問うてくる。

「それは構わんが……使い物になるのか。それが」
「力に従うのであれば、二度と逆らうまいよ。貴公にも、俺にもな」
「なるほど?」

 ヴァルロスは先ほどの魔人の醜態を思い出して苦笑した。
 まあ、戦闘狂と悪知恵が回るコンビと言う事で、ある程度はバランスが取れているかも知れない。どうせ細かく指示しても、力に従っているだけの魔人連中が、命令に忠実に動いてくれるとは思えないし。そう言う意味でもリネットはやはり得難い人材だった。感情は感情として、理詰めで動いてくれる部分があったから。

「他に注意点は?」
「リネットの遺した研究成果の中に、タームウィルズに潜入する為の術具などが残されている。それを使って情報を集めて来てくれ。その道具も、そう簡単に用意できる品ではない。大事に使え」
「……わかった」
「それから――外の結界から侵入する時は誤魔化せても、内側……つまり迷宮深部や王城内部の結界のいくつかまでは対処出来ないと言っていた。充分に留意してくれ」
「よかろう」

 ゼヴィオンは、不敵な笑みを浮かべると、まだ倒れている魔人の襟首を掴んで肩に担ぎ、身を翻した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ