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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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525 黒犬の狩猟

 聴覚と嗅覚に優れたベリウスが斥候。ベリウスの少し後ろについてウェルテスとエッケルスが道を行き、その後ろから俺達がついていくという隊列で樹氷の森を進んでいく。

 ウェルテス達は現在、一見すると魔道具を使っておらず、空を飛んでいないようにも見える。だが、歩きやすい道ではなく、氷の上を進んでいた。
 水分を魔力で操作しているのか、氷を融解して水に戻し、それを足元に纏っているらしい。これは術式というよりは能力に近いものらしく、魔力もそれほど消費はしないそうだ。
 ラヴィーネが氷を作り出したり、セラフィナが音を操ったりするのに術式を使っていないのと同じなのだろうが、氷であれど周囲に水分があるのならそれは有効に使える、とウェルテス達は声を揃える。

 恐らくはこのあたりが寒い海にも彼らが対応できると言っていた理由だろう。
 2人は揃って氷を水分に戻して、それを身体に纏っていく。水作製の魔道具は自身の魔力を変換する形なので、こうやって周囲の環境を利用しておいたほうが効率が良いのだろうし、戦闘が始まる前に水を調達しておこうというわけだ。

 やがて身体に十分な量の水を纏いながら、続いて魔道具を活用し、それに乗るようにして2人は宙を滑ってベリウスの後方を進んでいく。

 その少し前を行くベリウスはと言えば――道の真ん中を堂々と姿を隠す様子もなく、悠々と進んでいく。

 しかし油断しているというわけではない。三つの首が個別にあちらこちらに動き、視線をあちらこちらに向けながら鼻をひくつかせ、耳もピクピクと動かしている。
 そんな調子で臭いを嗅いだり音を聞いたりしながら歩みを進める。分岐点も一切迷ったような素振りを見せない。道の先を示すように軽く振り返ってから再び歩み出す。

「……もう討魔騎士団のいる方向は掴んでいるのかも知れないわね」

 その様子を見たクラウディアが言う。

「そうなんだろうな。あの様子じゃ」

 討魔騎士団からはエリオットを通して、既に樹氷の森についての新しい地図を受け取ってはいるが、今回はベリウスの探知能力を試す意味合いもあるので、地形その他については知らせていない。だが、今のところは正しい道を選んでいるようだ。

 こう言った探知能力の高さ、追跡能力の高さは迷宮深層を守る番犬の面目躍如といったところか。3つの頭を自在に巡らして斥候役を担っている様はまるでレーダー網でも張り巡らしているかのような連想をしてしまう。

 そうして進んでいると、ベリウスがぴたりと足を止めた。即座に反応してウェルテスとエッケルスも動きを止めて槍を構える。
 ベリウスは周囲の木立ちを見回して、低い唸り声を上げた。敵が近いということなのだろうが――威圧しているとか警戒しているとかではなく、口元を好戦的な笑みで歪ませているあたり、今の状況を楽しんでいるようにも見える。

「来る――」

 シーラが小さく呟く。木立の間を抜けるように迫ってくるのは鹿の魔物――プリズムディアーの群れだ。先頭に大きめのイエティが一匹。鹿達を先導するように棍棒を持って迫ってくる。
 更に道の先からスノーゴーレムとプリズムディアーの混成部隊が姿を現し、跳躍しながらこちらに突っ込んできた。

 森の中を抜けてくるイエティ達を迎え撃ったのは、ベリウスの吐き出した真っ赤な火線だった。
 容赦も呵責も無い一撃。三条の炎が樹氷の森を切り裂くように走り爆裂、炎上させる。先頭のイエティは跳躍して身をかわしたが、後方のプリズムディアー達は密集していたために避けそこなった者が多く、火線に焼き切られたり爆風に吹き飛ばされたり、或いは余りの高熱で燃え上がったりしていた。
 爆風によって薙ぎ払われる木立ち。一瞬にして樹氷の森が赤々と炎に照らされ、凄まじい有様になった。

 めきめきと音を立ててベリウスの後足が筋肉を隆起させ、砲弾のような勢いでイエティに突っ込んでいく。森の中から来る敵は任せろということらしい。

 ウェルテスとエッケルスはその光景に顔を見合わせて頷くと、正面から来るスノーゴーレム達に突っ込んでいく。
 スノーゴーレムとプリズムディアー達はウェルテス達に目掛けて氷の弾丸や魔力の弾丸で弾幕を張るが――。

「おおおおっ!」
「はああっ!」

 裂帛の気合と共に、ウェルテスは槍を風車のように旋回させる。水が槍に絡みつき、触れた弾幕を弾き散らす。エッケルスは身体に纏った水を渦のように巻かせることで飛んでくる氷弾と魔力を後方へと散らしてしまう。
 2人は地表付近を滑りながら敵団に突っ込み――ウェルテスが薙ぎ払うように闘気を纏った槍を叩きつければ、攻撃を食らったスノーゴーレムの頭が弾き飛ばされて吹っ飛んだ。
 槍を振り払った際に飛び散った水も闘気を纏っている。水が散弾となって飛んでいき、スノーゴーレムやプリズムディアー達に叩き付けられていた。

 エッケルスは――身体に纏う渦を槍にも纏わりつかせ、プリズムディアー目掛けて突き込む。それを透ける角で受け止めようとしたプリズムディアーであったが、渦によって体勢を崩され、手元の動きで巻き上げられて上空に吹き飛ばされていた。

 エッケルスが左腕を振り上げれば――身体に纏った水の一部が槍となり、吹き飛ばされた鹿の身体を貫いていく。その時には既にエッケルスは次の獲物に躍り掛かっている。

 なるほど。飛び道具主体の敵の中に、寡兵で飛び込むことによって敵の射撃そのものをやりにくくしてしまうという作戦らしい。どちらも水の鎧を持っているからできる作戦だろう。
 それを見て取ったスノーゴーレム達は、両腕からツララのような剣を生やして躍り掛かってくる。プリズムディアーも接近戦ということで右に左に跳躍して、頭突きを見舞うつもりのようだ。

 だが、近接戦闘となれば彼らの領分でもあろう。元々、水の中で活動する彼らの膂力や身体能力は相当なものだ。後は――攻防と移動に用いる水の技があれば――陸上でもかなりの力を発揮できるところはある。
 見ていると、どちらも水を纏って戦うという点は同じだが、ウェルテスはスピードを活かしてのヒット&アウェイが好みで、エッケルスは水の操作によって防御を固めつつ、攻防の技術の研鑽を前に出して敵と真っ向から切り結ぶという違いがあるようだ。

「エッケルス殿!」
「承知っ!」

 互いが互いを視界のどこかには入れ、後方をフォローしている。
 ウェルテスの声に反応してエッケルスは上に跳躍すると、後ろから突っ込んできたプリズムディアーをやり過ごし、水を操って急降下してくると直上から刺し貫いて真横に跳んでいく。

 どちらも今のところ危なげなく戦っている。見ている限りだと手に入れたばかりである魔道具には頼り過ぎない、という方針のようだ。
 高速離脱する際であるとか、足元の悪さから不覚を取らないように水の上を滑走したりといった局面で魔道具を活用している節は見られるが……同時にいくつも操ろうとはしないなど、しっかりと安全マージンを取っているらしい。このあたりは戦闘経験や訓練の賜物だろう。

 ウェルテスもかなり地上戦が上手いが、このあたりは宮殿に仕える武官として、水の無い状態でも戦えるようにと訓練しているからだそうだ。
 仮に宮殿への侵入者がいた際に、水の無い場所でも戦えるように訓練しておけばそれだけで優位に立てるからだろう。
 確かに……同族同士であればこそ有効な手段かも知れない。水の無い状態で訓練ができる環境など、単なる賊が用意できるとは思えないし。

 バロールとカドケウスを放ってあるので、危険だと判断した時には割って入れるが……今のところは安心して見ていられるな。2人ともグランティオスの選りすぐりの実力者だけあって、かなりの戦いぶりである。

 一方で、ベリウスはと言えば――。全身に炎を纏い、空中を疾駆し、木立を立体的に飛び回りながらイエティとすれ違いざまに攻撃をぶつけ合っていた。
 イエティと渡り合いながらも3つの頭部による視覚、聴覚、嗅覚を存分に活かし、背後から来る魔力弾も悠々と回避して見せると、ぐるりと振り返った頭部から火球を口から応射。プリズムディアーが跳躍して逃げようとすると、着地点にもう1つの首から火炎を吐き付けて炎上させるという有様だ。

 数のいる鹿達を後ろに行かせず、多勢を引きつけつつ個別撃破、という狙いらしい。俺達のいるところにも、エッケルス達のところにも、後逸を許していない。多数と渡り合いながら一頭一頭、確実に撃破していく。

 その光景にイエティが苛立たしげに咆哮する。木を用いた反動でベリウスに飛び掛かっていくが、それを嘲笑うかのように炎を纏ったベリウスが弧を描いて遠ざかっていく。

 炎をばら撒きながら、すれ違いざまに鹿の首を牙で抉り取っていくベリウス。むきになって追うイエティ。空中で反転してベリウスがイエティ目掛けて戻ってくる。
 それを――イエティは闘気を込めた棍棒で迎え撃とうとしたが、虚しく空を切っていた。
 空中を蹴って跳躍するように飛んだかと思うと即座に反転し、ベリウスがイエティの背中を取っていた。ああ……。今の動きは俺が見せた空中機動に近いところはあるな。元々空中戦もできるわけだし、それぐらいはやってのけるか。

 イエティの両肩に左右の頭が齧りついて動きを封じた上で、真ん中の頭が延髄に牙を突き立てる。
 そのまま地面へと一塊になって落ちていく。イエティを地面に叩き付けながらも延髄を噛み砕き、脊髄を蹴り砕きながら跳躍。きっちりと止めを刺している。

 予想はしていたが……イエティやプリズムディアー程度なら相手にもならないか。1つ1つ自分にできることを確かめていた様子でもあるが……。
 くるくると空中で回転しながら地面に降り立つと、獲物をしとめた喜びを表すようにベリウスは誇らしげに咆哮を響かせる。久しぶりに暴れられたので上機嫌といった様子ではあるな。
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