挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
532/1121

512 術式と能力測定

 黒ゴーレムに使われていた素材は、強靭なゴムのような性質を持っている。しかし、温度変化には強いとジークムント老から見せてもらった資料にはあった。
 北国であるシルヴァトリア製なので低温で弾性を失うことがないようにということなのだろう。また、戦闘用ゴーレムの素材として採用されているだけあって、高熱や電撃等に対しても強い。

 要するに、その性質は魔力の蓄積と供給によって固定されているということだ。しかし、素材の配合比を変えることで、弾性と剛性といった性質をある程度操作することができる。
 そうすると、骨格と骨格の間を繋ぐ軟骨のような役割を果たす部品を作ったりもできるようになる、というわけだ。素材としては最高の部類だろう。
 後は、それを活かすための最適化作業を行っていく必要があるわけだが。

 工房の中庭を、ケルベロスの姿を模したカドケウスが走り回る。地面を蹴って走り、飛び上がり、反転する。
 まずは基礎となる部分をということで――ミスリル銀を形成し直し、ケルベロスの骨格部分を作っていくわけだが……そのための前段階といったところだ。

 首から先の枝分かれした部分は、ヒュドラなどを参考にして土魔法での骨格の試作品を作り上げ、カドケウスを被せて実際に動いてもらうことにより、どんな動きをした時にどこに負担がかかるのか、どの部分を補強することでより強固になるのかなどを確かめ、改良していくというわけだ。

「首の接合部――ここか」

 骨格に被せたカドケウスと五感リンク行いながら、気になる部分を1つ1つ検証し、作り直していく。
 俺の脳裏に焼き付いたケルベロスとの戦闘。あの時に見せられた動きは全て再現可能なぐらいにしてやらないといけないだろう。
 可動域を大きくするためには、より俊敏で柔軟な動きをさせるためには、どうするべきか。ケルベロスの姿を模したカドケウスを高速で動き回らせながら、延々と検証と改善を繰り返していく。そうしてある程度納得のいく形になってきた頃、背中に声が掛けられた。

「焼き菓子が出来ました」
「お茶もどうぞ」

 と、グレイスが皿に山盛りになった焼き菓子を持ってきてくれた。アシュレイも、お盆にティーセット一式を乗せて運んできてくれる。

「ありがとう。それじゃ少し、一息入れようかな」

 割合、作業は長丁場になるだろうし糖分と水分は補給しながらというのが良さそうだ。

「テオドール。少し良いかしら」

 焼き菓子とお茶を楽しんでいると……中庭にローズマリーとアルフレッド、ジークムント老とフォルセトも出てくる。

「こっちは一段落ついて休憩しているから、大丈夫だよ」
「そう? では、術式を見てもらえるかしらね」

 ローズマリーが術式が書き込まれた紙を持ってきた。
 俺が骨格と筋肉の構造に改良を加えている間に、ローズマリーとジークムント老、フォルセトには魔法生物に組み込む五感系についてを調べてもらっていたわけである。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。そう言った感知能力全てが必要だとは言わないが……それらの鋭敏さが優れているかどうかというのは色々な面で重要になってくる。身体的スペックが高くても感知能力が劣っていてはどうしようもないわけで。
 まして、本人はクラウディアの護衛役を希望しているわけだからして、できる限り高スペックにしてやりたい。

 というわけでヴェルドガル、シルヴァトリア、ハルバロニスの魔法生物技術を結集し、感知能力をより鋭敏なものにできるよう、それぞれの場所で魔法生物作成に用いられている術式を可能な限り多く列挙して貰っていたのだ。

「これを……自律型の簡易ゴーレムに組み込んで実験していくということになるのかな?」

 アルフレッドの言葉に頷く。

「そうなる。魔石の容量から見た場合の、アルフレッドの見解は?」
「ケルベロスの魔石に組み込むのなら、この術式の中から一番大きな規模になるものをそれぞれ選んで、全部刻んでもまだ余裕があるね。ケルベロスの魔石も大概桁違いだし」

 ……なるほど。では、この中からの組み合わせは、術式同士が干渉し合うようなものでもない限り自由というわけだ。
 それぞれの場所に伝わっている術式を比較検討することで、改善点なども見えてくるだろうしな。骨格と筋肉については一段落しているので、休憩の後に早速実験を始めてみよう。



 さて。実験の内容としては――自律型ゴーレムにそれぞれの術式で感覚を与え、動体視力や聴覚、嗅覚の鋭さなどの感知能力や認識能力が、どれほど優れているかを検証していく、という形になる。
 まあ何というか。言うなればそれぞれの場所で先人達が積み重ねてきた魔法生物の作成技術を結集させて、良いとこ取りしていくようなものだな。

 例えば視力検査であれば、カドケウスを高速で動かして、文字を形作らせ、それがゴーレムに読み取れたかどうかを確認していくというものになる。
 聴力なら風魔法で色々な音を作り出し、可聴音域はどうか。小さな音をどの程度聞き取れるか、どの方向から音が聞こえたか――などをテストしていく形になるわけだ。

「何だか、面白い」
「確かに……魔法の実験に見えないわね」

 というのはシーラとイルムヒルトの弁である。
 そうだな……。やっていることはゴーレムの能力測定なので。
 こちらの発した音が聞こえたら手を挙げるだとか、離れた場所に土魔法でCの文字を作って、どちらの方向が空いているかを確かめるだとかいうものになるために、見た目的には自律型ゴーレムの身体測定か健康診断みたいな様相を呈している。まあ、それでも必要なデータは得られているので良しとしよう。

「んー。右斜め上ー」

 セラフィナも面白がって、一緒に視力検査などをしているようだ。セラフィナの視力は中々良好な様子である。

「んー。後でみんなの持ち物を1つずつ借りてきてくれるかな?」
「どうするのかしら?」

 クラウディアが首を傾げる。

「嗅覚の判定に使って、持ち主当ての実験を行う」

 そう言うと、マルレーンは早速、にこにこと笑みを浮かべながら、ハンカチをテーブルの上に置いたりしている。
 そうやってしばらく実験を続けていると……幾つか見えてきたものがある。

「うーん。術式に一長一短があるようですね」
「ふむ。というと?」

 ジークムント老が首を傾げた。

「例えば視覚なら――動いているものの判別に優れた成績を残せるものと、暗い場所で見えることに特化しているものと、というのがあったりするわけです」
「ほう」

 これはそれぞれの魔法生物の目的に合わせて、術式を特化させていったために違いが出て来たのだろうと推測される。

「しかし……元が同じ技術体系なので、共通している部分もありますね。比較検討して違う部分を抽出していくことで、無駄を省いて優れた部分を統合していくことができるかも知れません」
「それはまた……とんでもないことになりそうじゃな」

 ジークムント老の笑みが若干引き攣る。

「先生が前にやっていた、術式の単純化というあれの応用ですね」

 シャルロッテが感心したように頷いた。術式を基本パーツごとに分化してそれを組み直す作業であるが。
 しかし、良いところ取りして統合するとそれだけ術式の容量が大きくなってしまいそうだ。そうなると活かせるだけの容量を持った魔石が必要になるから、ケルベロス以外に応用が利くかとなるとまた話は変わってくる。

 ケルベロスの魔石にしたって容量が大きいとは言え、限度はある。勿論、極力効率化を考えるつもりではいるが、場合によっては取捨選択の必要も出てくるだろう。
 犬の魔物であるなら聴覚、嗅覚が優れているものだから、術式の規模を大きくとるのなら、それらを優先的に優れたものにしてやったほうが、ケルベロスから見ても馴染みやすい身体ということになるだろう。

 生物の能力というのは……あれもこれもと欲張っていると器用貧乏というか、非効率的になってしまいがちだ。何が必要で何が不必要かは……そうだな。ケルベロスの魔石は明滅で意志疎通できるのだから、本人と相談して決めていくのがいいだろう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ