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境界迷宮と異界の魔術師 作者:Phage321/小野崎えいじ
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50 イルムヒルトの解放

「アレは半分(・・)売却します、と言う事で」
「ありがとうございます。ですが、良いのですか?」

 ヘザーは驚いたような顔で聞き返してくる。

「ギルドもガーディアンクラスとなると色々活用方法があるんでしょう?」
「……そうですね。有り難いのは確かなのですが」

 冒険者ギルドのロビーには、ソードボアの巨体がどん、と置かれている。但し半分だ。綺麗に2つになったから売却するかどうかではあまり話し合う必要が無かった。
 ソードボアに限らず、ガーディアンは無駄な部分が無いので片割れでも結構な高値で売れる。

 ボアからの剥ぎ取りとしては、まずその毛皮が挙げられるだろう。死してなお、その堅牢さは健在である。甲冑並の防御力を誇る毛皮だ。軽くて丈夫。有用性については言うまでもない。
 毛皮の使用法に関しては、どうするか考えておかないといけない。
 他にも――肉は食えるし、魔石抽出でも相応に大きな物を生み出す事が出来るしで、とても利用価値が高い。あの牙も、削り出して槍の穂先に出来るだろう。

「すっげえ。俺ガーディアンの死体なんか、初めて見たぜ」
「あの毛皮……どうなってんだよ」

 ギルドのロビーに運ばれたソードボアの半身の周りは、黒山の人だかりだ。
 査定しているギルド職員の傍らで、野次馬に来た冒険者達が楽しそうに騒いでいる。

「誰があんなの倒したんだ?」

 そんな風に誰かが言うと、彼らは顔を寄せ合って小声になって噂し合う。

「ほら、あの例の……」
「ああ、魔人殺し?」
「あそこにいるのがそうだろ」
「あんな子供が魔人に続いてガーディアン倒したってのか? 他の仲間がやったんじゃなく?」

 うん。倒したのは俺じゃなくてグレイスだ。

「他の仲間も同じようなもんなんじゃないか? ガーディアン討伐についてったみたいだし」
「あ、あの女の子達が、か?」
「魔人殺しが一緒にいるんだから、やっぱり相当なんだろ?」

 連中は当のグレイス達を見て目を丸くしていた。まあ……気持ちは解らないでもない。
 グレイスが強い事が広まってくれる分には揉め事を避けやすくなると思うので歓迎したいとは思うが、こうやって噂をされるっていうのはあんまり居心地の良い物でもない。

 ヘザーの話によると先に転送した冒険者達はギルドの奥の病室で治療を受けている、との事だ。どうせ今日の戦利品の売却額算出が終わらなければ帰れないのだし、俺の循環錬気やアシュレイの治癒魔法が役に立つ事もあるかも知れない。ちょっと見舞いに寄ってみる事にしよう。



 病室へ歩いていくと――何やら澄んだ歌声と、竪琴の音色が聞こえてくる。聞いていると心が安らぎ、疲れが消えていくような、不思議な旋律であった。
 出所は病室からだ。前にイルムヒルトに会いに来た時と同じメンバーだろう。ノックして扉を開けると、魔物娘達が歌と演奏を止めてこちらに視線を向けてくる。ハーピーのドミニクとセイレーンのユスティアが歌い、イルムヒルトが竪琴という編成のようだ。

 寝台の上には冒険者達が寝かされていた。迷宮で見た時より、血色も大分良くなっている印象だ。
 治癒魔法による治療はアシュレイが終えている。
 イルムヒルト達3人が揃って子守唄を聞かせていた事と無関係ではあるまい。ラミア、ハーピー、セイレーンによる楽団とは、豪華な顔ぶれではあると思うが。

 3名とも歌声や演奏に魔力を乗せる事が出来るという特性を持っている種族である。今回の場合、歌の効果は鎮静、鎮痛や再生能力増強と言った所か。
 あの竪琴は彼女達の有用性を主張すべく、ギルドが用意したのかも知れない。だとしたらその思惑は正しいだろう。少なくとも、治療班としてギルドにいるメンバーに、文句を付ける冒険者はそうはいないだろうし。

「イルムヒルト」

 シーラが駆け寄って行き、イルムヒルトの手を取る。彼女は驚いたように目を丸くした。

「シーラ。テオドールさん達も。ガーディアンと戦ったって聞いているけれど、怪我をしてしまったの?」
「いえ、そういうわけではありません。彼らを連れてきたのは僕らなので、様子を見ておこうかと思いまして」
「ああ――そういう事」

 イルムヒルトは胸を撫で下ろし、ようやく相好を崩す。

「中々良い物を聴かせていただきました」
「あら、ありがとう。私は他の2人と違ってあまり得意分野じゃないから、ちょっと恥ずかしいんだけどね。ラミアの場合はそっちの能力って、おまけみたいなものだから」

 そうなのか。お世辞を言ったつもりは無いというか、今の内容なら十分金が取れると思うけど。とりあえず、演奏の良し悪しで言うならかなりの腕前だったと思うが、技巧と歌の効果が比例するとは限らないのだろう。門外漢なので、流石に呪歌の事までは細かく知らない。

「あたし達、この先もギルドで働かないかって言われてるんだよね」
「ええ。帰る場所はなくても、ここなら粗雑に扱われないもの」

 ドミニクの言葉に、ユスティアが頷く。
 リネットは彼女達を売り払うのが目的であって、別に彼女達に歌や演奏を期待していたというわけではないようだが……実際の所、呪歌の有用性は高い。精神や肉体に作用するとされ、効果範囲が広いので敵に回すと厄介な特技である。
 治療への応用だって容易だというのが優れた所で、治癒魔法との併用で相乗効果が期待出来るという特性を持っていたはずだ。プレイアブルとしては吟遊詩人がいたが……BFOではマイナーな職だったんだよな。

 ふむ。治療班として彼女達がギルドに詰めていれば、立ち位置も確立出来るし冒険者達の死亡率も下がるだろうしで、良い事尽くめのように見えるが――。イルムヒルトとしては2人に一方的に支えられているように感じてしまって、素直に頷けない所があるのだろう。

「テオドールさん。算出終わりましたよ」

 ヘザーがやって来て顔を覗かせた。

「わかりました。そちらに伺います」
「その前に、ヘザー。少し……良い?」

 シーラがヘザーを呼び止める。

「何でしょうか?」
「イルムヒルトは、まだ帰れない?」
「それは――暫く止めておいた方が良さそうですよ。官憲が神経を尖らせていますから、結局ギルドにいるのが安全かと」
「ん……それは、解るんだけど」
「シーラ、私は大丈夫だから。みんなには元気にしているって言っておいてもらえると嬉しいわ」
「……うん」

 シーラの耳が垂れ下がる。落ち込んでいるようだ。
 騎士団と話が付いても、イルムヒルトの立場はまだ微妙な所と言う事か。ヘザーの口振りから推察するに、魔人事件の余波で官憲が必要以上に神経質になっているのだろう。

 ギルドの立場としては、イルムヒルトの身柄を押さえているというか、保護しているという方向が近いかも知れない。
 彼女が放免になったらみんなで海に遊びに行こうなどと考えていたが……まだ乗り越えなければならない部分は多いようで。

「みんなとは?」
「西区の……孤児院の子供達」

 ……なるほど。そんな施設が確かに……あったな。

「ええと。身元を保証出来る人が居れば、外出しても大丈夫なのでは? お力になれるのでしたら協力しますが」

 と、それまで成行きを見守っていたアシュレイが言った。
 領主として、貴族として、か。確かに、アシュレイとしては、見過ごせない場面ではあるだろうな。

「僕も協力しましょう」
「……いいの?」

 俺は頷く。視界の端でグレイスが嬉しそうに微笑みを浮かべたのが解った。
 グレイスの将来。アシュレイの道。それに俺のスタンスと照らし合わせてみても矛盾するものでもないからな。シーラをパーティーメンバーとして認めているし、彼女達に協力するのは吝かではない。
 俺達の言葉を受けて、シーラは何かを期待する目で、ヘザーを見やった。
 ヘザーは、そんなシーラに苦笑して答える。

「レディ・アシュレイとテオドールさんが、ですか。それなら確かに、大丈夫だと思いますが」
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