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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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499 新しい特産品

「んー。お腹いっぱい。満足した」

 と、シーラは夕食を堪能したのか、随分とご機嫌な様子である。まあ、表情はいつも通りだが、尻尾の動きなどからは感情が読み取れるわけで。
 遊覧船での宴も終わり、俺達は公爵の居城へと場所を移した。テラスのある貴賓室に泊まることになった。
 エルドレーネ女王達は、隣の貴賓室に宿泊しているが、彼女達としては星空を眺めるのが楽しいらしく、テラスに出て寛いでいる。
 まあ、確かに海底では星空は見えないだろうし、ウォルドムの一件で潜伏していたわけだから尚更というところはあるだろう。
 季節は冬。俺達もそれに付き合うようにテラスに出て、防寒の為の魔法でテラスを覆い、イルムヒルトの奏でるリュートを聴きながらのんびりと過ごさせてもらっている。

 貴賓室のテラスから中庭を見下ろせば、グランティオスの将兵達と公爵領の兵士達が酒を酌み交わしているという、珍しい光景も見られた。
 騎士と兵士、それに領民達には公爵から酒と料理が振る舞われた。配給された酒や料理が足りない場合は各々酒場に繰り出したりというのも自由らしい。
 兵士達は交代制で休憩に入るので、明日いっぱいは領内では酒を飲んでお祭り騒ぎが続くのだろう。

 中庭に兵士達が多く集まって酒盛りをしているのは、イルムヒルト達の演奏や歌声が聞けるからかも知れない。あちらもあちらで火を囲んでのんびりと楽しんでいる様子だ。
 話題に耳を傾けてみれば酒の上の他愛のないものから、公爵と大公の和解を喜ぶような、俺としても興味深い話題も時々聞こえてくる。

「何でも、前線に赴いて魔人達との戦いの作戦会議に加わっていたとか?」
「ああ。公爵と大公は女王陛下と共に、船で戦場まで同行しておいでだった」
「いやはや。大公は実にご立派なお方だ」

 ……と言った論調だ。やはり上の人間が前線に出ると、兵士達の尊敬は集まるところがあるかな。基本的には互いの将兵が入り混じって和気藹々とやっているようである。

「陸地の何が素晴らしいかと言えば、こうやって気軽に酒が楽しめることだな」
「あー。海の中じゃ酒は造れねえし、飲むのも難しいか」
「飲む場合はどうしてるんだ?」
「水守り殿に酒盛りができるようお願いするか、海上まで移動するかしなければならないなぁ」

 と、半魚人の兵士が酒杯を呷ってから、そんなふうに答えた。水を除けて貰うか、海上に移動してから飲むかということになるのか。普通に酒瓶を開けたら薄まってしまうし、周囲に広がってしまうしで、確かにそれは面倒ではあるだろう。

「そりゃ気の毒だが……あんたらも酒を持ち込んでるってのはどういうわけなんだ?」
「熟成させるだけなら問題ないぞ」
「そりゃ面白え。確かにあんたらが持ってきた酒はどれも美味いな。海で寝かせると美味くなるのかねえ」
「そういうことなら、俺らが陸で作ってあんたらが海で酒を寝かせるってことで良いんじゃねえか?」
「そしてこうやって集まって飲む、と」
「そりゃいいや」

 といって、陽気に笑い合う陸と海の兵士達。ふむ。中々盛り上がっている様子であるが。

「海と陸で熟成の仕方に違いが出るのかしら」

 と、ローズマリーがその会話の内容に興味を示した。

「海洋熟成酒っていうのは……聞いたことがあるような。陸上より熟成の速度が速まるとか何とか」

 これは景久の知識だな。

「中々興味深い話ね。薬を作る時に役に立つこともありそうな気がするわ」

 ローズマリーだとそっちに応用が利くかどうかという視点になるわけだ。
 まあ、応用はともかく陸と海を繋ぐ交流の理由となるのなら、それは良いことだろうとは思う。
 というより……グランティオスで熟成させた酒ということで普通に付加価値がつきそうな気がするな。現状では陸と海では主に水蜘蛛の糸や織物を輸出して、魔石を得ているという感じではあるのだが……上手くすれば他にも交易品が増えるかも知れない。

「ふうむ。妾の立場から見ると……交流にもなるであろうが、他にも色々と考えてしまうところがあるな」

 同じような発想に行き着いたのか、隣のテラスにいたエルドレーネ女王が思案するような様子を見せてから、小さく笑った。

「公爵に話を持ち掛けてみるのも面白いかも知れませんね」
「うむ。今日はもう遅いが、明日話をしてみようか」

 エルドレーネ女王はそう言って笑うのであった。



 そして明けて次の日。交代の兵士達が休暇となるので、今日も公爵領は終日祝福ムードが続くようだ。俺達も遅めの時間に朝食を取ってから領内を見て回ったりと、ゆったりと過ごさせてもらっている。
 一応、デボニス大公とその使用人を転移魔法で領地に送るだとか、非戦闘員をシリウス号でアイアノスやグランティオスに送っていくという仕事がまだ残ってはいるものの、子供達は子供達でエルドレーネ女王が帰ってきたことに安心しているらしく、それほど急ぎという雰囲気でもない。まあ……祝いの宴の最中ではあるしな。

 領内を巡ってから船着き場に戻ってくると……公爵が区画の一部を解放していて、そこで人魚や半魚人の子供達が泳いだりと……中々楽しそうにしている様子であった。
 コルリスも背中に乗せて船着き場で泳いでいたりするが……あれはステファニア姫の計らいなのか、それともコルリスの自発的行動なのか。
 アウリアやマールが混ざっているのは気にしないでおこう。どちらも子供好きというだけなのだ。多分。

 まあそれはともかくとして……帰りたいと希望する者もいたので、そういった者から優先的にアイアノスやグランティオスへ送り届ける予定ではある。
 帰り支度を整えたグランティオスの民が、荷物などをシリウス号に積んでいく。

「ほほう。海の熟成酒ですか」
「うむ。公爵には聞かせておいたほうが良い話かと思ってな」

 エルドレーネ女王は船着き場に姿を見せたドリスコル公爵に昨晩の話を聞かせている。

「いや、アイアノスから運んできた酒は昨晩飲みましたが、実に円やかで良い味でしたぞ。あれならば確かに良い特産品になるでしょう」
「ふうむ。では、定期的にやり取りをするとしようか。細かい話は後で詰めるとして――」

 と2人は色々と計画を練っている。人魚の熟成酒などとして売り出せば人気が出るのではないかなどという内容であるが。

「実はタームウィルズに、信用できる商人の知己を得まして。迷宮商会と申しまして、テオドール殿の伝手なのですが」
「ほうほう。迷宮商会とな。それはまた面白そうな話よな。では、妾がタームウィルズに行った折に話を――」

 何やら迷宮商会のミリアムの話も出ているようだが……公爵領とグランティオス合作の海洋熟成酒を、タームウィルズでミリアムに扱ってもらってはどうかという話になっているようだ。
 まあ、グランティオスとしては魔石の需要があるわけだから、タームウィルズと交易をしたいという方向になるのは当然と言えば当然か。

「どうでしょうか、大使殿」
「そうですね。帰ったら店主に話をしてみましょう」

 良い笑顔の公爵に尋ねられて、苦笑しながら頷く。

「ああ。テオドール殿。こちらにおられましたか」

 と、そこにやって来たのはデボニス大公だ。ヘルフリート王子も一緒である。

「これはお2人とも」

 2人に挨拶をする。デボニス大公は静かに頷くと俺を見て言った。

「先程、商人との話を終えてきました。島の浜辺に資材を積んでおくので、それを使って欲しいとのことです。取引はもう終わっておりますので、後は大使殿の思うように活用していただければと」
「ありがとうございます。お手数をおかけしました」

 ふむ。では、こちらも後で見に行ってみるか。

「僕としても魔法建築は見学してみたいところですね」
「そうですな。私もテオドール殿の魔法建築を見学してから帰ることにしようかと思っていたのです」

 と、ヘルフリート王子と大公が静かに頷き合う。
 まあ、そうだな。海図や地図を参考にして縮尺模型を作ったりして、ある程度は構想として出来上がっている部分はある。
 入り江などにも設備を作る予定が増えたりしたが、大筋では変更がない。期待されているところもあるようなので、無人島に足を運んだ折に早速着手することにしよう。
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