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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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496 慈母の遺志

 崩落の危険を無くしてしまえば、後は壊れた箇所を埋めるように元通り構築していく作業が主となる。壊れていない部分を参考にしたり、分からない部分はエルドレーネ女王やロヴィーサ達に話を聞いて装飾を施したりしていけば、その応用で進めていける部分が増えていくので作業がどんどん捗っていくという寸法だ。
 何度かバロールに魔力の補給をする必要があったが、手分けして修繕を進めることで、かなりの時間短縮にはなっただろう。
 ドラゴンズロアーで穿った穴も埋め――後は慈母像を含めた霊廟回りを済ませれば、城に関しては原状回復といったところである。

「バロール。外の片付けをしてきてもらえるかな」

 俺の肩に乗って魔力補充を終えたバロールは、頷くように目蓋をゆっくりと瞑ってから、城の外へと飛んでいった。
 霊廟に2人がかりでも効率が良くないからな。街中の瓦礫も片付けられるところは片付け、直せるところは直してしまえばいいだろう。

 さて……。目下の問題は、やはり慈母像となるだろう。
 元の石像は砕かれてしまって、殆ど台座しか残っていない。石像を作った職人も遥か昔の人物なので、歴史的、文化的価値を鑑みても貴重な品だ。今までの修復よりもかなり気を遣う必要があろう。

 あれこれと段取りを考えながら霊廟へと向かう。正面の扉を開いて霊廟の中に一歩踏み込むと……かなり清浄な魔力が外へと向かうように流れ出てくるのを感じた。
 昨日、ウォルドム達と相対した時とは、まるで場の空気が違うな。エルドレーネ女王や水守り達がグランティオスに戻って来たからだろうか。まあ、ともあれ、作業を始めることにしよう。

「慈母像に関しては手付かずにするようにと言っておったが、何か考えがあるのかな?」
「そうですね。今までの壁や柱とは少し違うので、破片を繋ぎ合わせて復元しようと思っています」
「そのようなことが……できるというのか」

 俺の言葉に、女王が目を見開く。水守り達が顔を見合わせ、言葉の意味を飲み込んでから明るい表情を浮かべた。

「完全に元通りになるかは分かりませんが、努力はします。元の形を教えて頂けると助かるのですが」
「う、うむ……!」

 エルドレーネ女王が緊張したような面持ちで頷いた。
 復元にあたり、元の形の見本があった方が良い。カドケウスに協力してもらうことで、それを行っていくとしよう。まずは……大まかなポーズからだな。

「こう、こうですね」

 と、水守りの1人が慈母像と同じポーズを取る。台座の上に腰かけ、両手を広げて、霊廟に来る者を迎えるようなポーズだ。
 それを、別の水守りが、首や手の角度はこうだった。指先はどうなっていた。尾の先はこういう形だったと……細部に修正を加えていく。
 エルドレーネ女王や水守り達は見慣れているだけあって、証言が具体的だ。
 顔立ちはこの子が似ているとか、体形は彼女に似ているとか、表情はこんなだった等々……そういった調整を細かく聞きながら、みんなの意見をカドケウスを変形させることで反映させていく。

「あ、この表情……! 似ていると思います!」

 微調整を加えていくに従い、ロヴィーサを始めとする水守り達のテンションが上がっていくのが分かる。最後に服装や装飾品の形などを反映させて――。ふむ。出来上がりの見本としての情報は充分に集まっただろう。

 さて。ここからが少々骨の折れる仕事だ。元々が歴史のある像だけに、壁や柱のように破片を混ぜ合わせて再構成すればいいというものではないだろう。
 オーベルクやルバルド将軍らに破壊されたであろう、砕かれた慈母像の破片の散らばり方を見て、どんな攻撃をすることで破壊したのかなどを推測していく。

 恐らく……最初に横から何か……大きな塊を撃ち込んだ、と思われる。へし折られて倒れたところを、上から更に叩いて砕いたのだろう。破壊の痕跡から見るに、やったのはルバルド将軍か。水の砲弾を撃ち込んで更にそれを槍の柄で叩き潰した……のだろうか。

 そういう推察を描くと……破片の散らばり方の分布から、どこがどのパーツだったか、概ねのところが分かる。
 後は破断面の形状、それから像の外側に相当する曲面を手掛かりにパズルのように組み合わせていく……というわけだ。

 まずは――台座と繋がる根元の部分からだな。欠片1つ1つをカドケウスに型取りさせて、そこから得られた情報を元に立体パズルを作り上げていく。
 大きな破片と台座をベースに、術式制御の能力を割いて、組み合わせを検証。断面の形がぴったりと合った物から土魔法で接合していく。
 ここで問題になるのは、ルバルド将軍が床の石材も諸共に砕いていたということだ。戦闘の影響で他所から紛れ込んだ破片もあるだろう。それも含めて考えなければならない。
 作業を続けていくと、何処とも繋がらないパーツというのが出てくる。それが、床や壁、柱などの建材だ。そういうものを除外しながらどんどんと作業を進めていく。

「何という、凄まじい……」
「この場に立ち会えたのは……誠に僥倖ですな」

 中空に浮かべた破片と破片が組み合わさって、段々と形を成していく。その光景にエルドレーネ女王や公爵が呆然としたような表情で感嘆の声を漏らした。

「……石像を作った職人も、相当な技術力を持っていたようね」
「ええ。装飾品や衣服の流れ方の表現が細かくてとても見事だわ」
「それを復元していくのだから……凄いことですね」
「ええ」

 ステファニア姫とアドリアーナ姫、エルハーム姫が復元されていく石像を見てそんな会話を交わす。
 確かに……尾の先から鱗の一枚一枚、指先に至るまで写実的で、まるで生きているかのようだ。美術品として見ても、相当な価値があるのではないだろうか。
 頭部付近の破壊は割と執拗だったので中々に難航したが……段々と髪や頭部であるとか、霊廟に来る者を穏やかに迎える表情であるとかが形になっていく。
 宝冠に髪飾り。マーメイド特有の耳の形状などが組み合わさっていく。出来上がった慈母像を、最後に台座の上に設置し、接合すれば――完成だ。

 流石にというか、やはりというか、かなり神経を使う作業だった。欠片とも呼べないような砂粒がどうしても残ってしまったが……まあ、これも1つの塊にでもしておくか。
 作業が一段落して、大きく息を吐いたところで――みんなの拍手と歓声が巻き起こった。

「何という素晴らしい魔法か……。妾達海の民は、今日という日のことを決して忘れぬぞ」
「いえ。砂粒のような欠片は残ってしまったので、完璧な復元とは言えませんが」

 それらを球体状に固めたものをエルドレーネ女王に渡す。

「いや……。これこそが一度慈母像が敵の手に奪われ、砕かれたということの証。これは戒めであり、テオドール殿や地上の者達との絆の結晶でもあろう。これは……我が国が後世に伝えていくべき宝に他ならぬ」

 そう言って、目を閉じてしっかりとそれを握る。

「み、見て下さい。何か……不思議な輝きが……!」

 ――と、その時、ロヴィーサが慈母像の周囲を指して声を上げた。
 そちらに向き直れば、青白い魔力の輝きが慈母像の周囲に舞っている。それは……ウォルドムの封印から感じた魔力に似ている。輝きが集まって、穏やかに笑う1人の人魚の姿を成す。彼女は……慈母像の人魚と、とてもよく似ていた。

「これ、は――」

 その人魚は俺に向かって頭を下げ、女王達を見て目を細めると――光を放ってから周囲に散るように、いずこへともなく消えた。

「今の方は――私達のような……精霊にどこか似ていたかも知れません」

 と、それを見たマールが言った。
 ああ――。そうか。ウォルドムに施された封印は、慈母の残した魔力そのものに他ならない。そしてそこに込められたものは慈母の意思だ。それに人魚達の信仰が継続的な力を与えることで、封印を今日まで維持してきたのなら……ウォルドムが倒れることで、彼女の魂もようやく解放されたとも考えられる。

「慈母の――御遺志か。ウォルドムの封印を……今日まで守っていらっしゃったのかも知れぬな」
「私達を……今日まで見守って……」

 エルドレーネ女王やロヴィーサは、遠くを見るような目で呟くのであった。



 霊廟で起こった出来事は予想外ではあったが、それ以外については概ね予定通りにということで、女王達が落ち着くのを待って作業を進めていく。
 まだ、今後のために必要なものがあるのである。

「ふうむ。これが……転移のための石碑というわけか」

 有事の際の避難部屋を兼ねて、女王の居室から――寝台をスライドさせてから回転させることで通じる秘密の地下室を作った。

「ええ。タームウィルズの迷宮にある物と同じだわ。契約魔法はグランティオスの女王とのものということになるわね」

 クラウディアが答えると、エルドレーネ女王が神妙な面持ちで頷く。

「分かりました。妾が責任を持ち、後世へと引き継ぐとしましょう」

 アシュレイの領地への転移と同じように、契約魔法によって限られた面々しか行き来できない。
 女王か、或いは女王に許可を得た者だけがタームウィルズへの転移を可能としている。タームウィルズからグランティオスへ飛ぶ場合も、同じく女王の許可が必要だ。エルドレーネ女王には通信機を渡してあるので、今後は情報のやり取りも可能だろう。
 まあ、今後は海底にも月神殿を作るという話になっているから、何かあれば月神殿の巫女から情報を得られるのかも知れないが。

「ユスティアの里帰りや、妾や水守り、マリオン達がタームウィルズへ遊びにいくのも便利になりそうではあるかな。……うむ」

 と、石碑を見て満足そうにエルドレーネ女王は頷いている。
 信用のおける面々については、エルドレーネ女王としては割合自由にする方針のようだ。

 バロール側の進捗状況も概ね完了といったところだ。瓦礫を片付け、崩れた民家を元通りに積み直してある。亀裂は戒めとして残し、橋を架けるということらしいが、それはグランティオス側で行う、ということらしい。

 さて……。これでグランティオスでの作業も一段落といったところだろうか。
 後はドリスコル公爵の領地に避難したグランティオスの子供達やら、非戦闘員を迎えに行ったり、アイアノスに勝ったということを連絡する必要がある。
 公爵領に迎えに行くのであれば、歓迎と祝勝会を兼ねてお祝いをしたいと、公爵が言っていたので……女王や水守り、セイレーン達と武官達もシリウス号で同行するということになるだろう。
 元々公爵一家や大公を送って休暇という話だったので、これでようやくのんびりできるかな。
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