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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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493裏 深淵の騎士団・中編

 少女――シグリッタはシールドを蹴って飛び回りながら、手にした本から様々な獣を飛び出させて相対する親衛隊員と切り結ぶ。
 シグリッタは扱う術の特殊さから敵との間合いの取り方や位置取りが独特だ。それだけに、やりにくい。
 個々の獣は然程強くはない。殆どは陸上の生き物だが、どういうわけだか当たり前のように飛び回る。そう。泳ぐのではない。犬だろうが猫だろうが飛び回るのだ。
 それに、数が多い。丁度上役であるディボリスの魔力魚と似たような魔法だが……それだけに自分が仕留められないと厄介なことになるだろう。他の者達を援護するための術として見れば、かなり強力だ。

「ちっ!」

 獣の群れだけを残して後ろに飛び退っていくシグリッタに親衛隊員は舌打ちする。
 しかし、シグリッタはそこまで距離を取らない。つかず離れず、のらりくらりと一定の間合いを取りながら戦うその動きに、親衛隊員は歯噛みした。本人も飄々としていて感情が見えないので尚更狙いが読めない。
 だが、いつまでもシグリッタの遅滞戦闘に付き合わされているわけにはいかないのだ。一刻も早く敵を片付け、仲間達の加勢にいかなければいけない。その術の性質からも、ここで確実に倒しておかなければならない相手だ。

 迫ってくる狼の群れを槍で迎撃。槍にかじりついて来た狼を闘気を込めて払うと、その勢いで一瞬で崩れ去る。この程度ならば――問題はない。ここを勝負所と決めて全身に闘気を漲らせ、シグリッタ目掛けて強引な突撃を敢行――。

「な、に!」

 しようとしたところで足に猛烈な痛みを感じた。狼の内一匹が闘気を漲らせたその上から牙を通してきた。
 それは――親衛隊員の与り知るところでは無かったが、魔法陣を用いて作られたラヴィーネの絵であった。弱い狼の群れに紛れ込ませ、相手の油断を誘ってから本命の攻撃を当てる。

 親衛隊員はそこで己の失敗を悟る。同じようなインクの獣でもまるで強さが違うのが混ざっている。単なる目晦ましや時間稼ぎなのか、それとも本命を紛れ込ませているのか、全ては少女の胸先三寸。何が飛び出してくるか分からない。
 槍を振るってラヴィーネの絵を破壊しようとするが――攻撃を食らう前に足を離す。大きく飛び退ると親衛隊員の周囲を駆け出す。その動きを目で追おうとして――シグリッタへの注意が逸れた。

「……今」

 声は近くで聞こえた。すぐ隣で、少女が本の頁を開いてこちらに向けている。その足元にはマジックサークル。術の正体は分からないが、本と連動しているらしい。恐らく、これこそが少女の狙い。本命。背筋を冷たい物が走る。 
 咄嗟に反撃を繰り出そうとしたが間に合わない。開かれた頁から、凄まじい勢いで何かが飛び出した。何か黒い大蛇のような――。
 噛まれたわけではない。重い衝撃が無数に全身に走った。打撃。無数の打撃が本の中から繰り出されていた。
 その親衛隊員が陸上の魔物に詳しければ、飛び出している何かがイエティの両拳であったと気付いただろう。それを、シグリッタが術式で一時的に強化している。

 圧倒的な手数で殴り飛ばされ、後ろに弾き飛ばされる。飛ばされた分だけシグリッタが間合いを詰める。
 霊廟の柱に激突。お構いなしに本からの打撃が降り注ぐ。骨の砕かれるような音と痛み。諸共に柱をも砕きながら親衛隊員を殴り続ける。親衛隊員は柱の裏側までめり込まされ、最後に特に重い一発を食らって霊廟の壁に叩き付けられる。マジックサークルが消える頃合いを見計らって、シグリッタは油断なく後ろに飛ぶが、親衛隊員は意識を失ったままで壁をずり落ちていった。



「ちいいっ!」

 斬撃を槍で受けた時にはマルセスカは既に遠ざかっていた。手を伸ばし捕まえようとするが水を掻くだけに終わった。
 右に左にシールドを蹴って軌道を変えて、出鱈目な角度から切り込んで来る。その動きに、親衛隊員は内心舌を巻く。
 双頭の剣を自在に振り回しながらシールドによる反射を繰り返すマルセスカは、親衛隊員がかつて戦ったことのない、想像すらしたことも無い動きだ。

 水の中にあって、親衛隊員をも上回る速度。マールの加護があってこそのものではあるが……ともかく速度で圧倒的に勝る相手だ。特殊な動きと小柄な体で、余計にそう感じる。
 防戦一方。闘気による防御で凌いではいるが、細かな手傷は受けている。このままだと出血が増えて、どんどん状況が悪くなっていくだろう。
 だが、手はある。あの馬鹿げた速度を逆手に取ってやればいい。切り込んで来る角度を見るのではなく、戦士としての勘で先を読む。
 そして、攻撃を当てるのではなく、ある程度の範囲に攻撃を置く――残すことで自ら飛び込ませるのだ。あれだけの速度が出ているなら、回避行動を取るための反応もできないだろう。使うのは魔法。氷の槍衾。

 悟られてはならない。斬撃の嵐の中に身を置きながら無詠唱で集中する。二度、三度と浅く切り裂かれる。そう。動きを止められて捨て身の攻撃をされるのを嫌うなら、深く重い一撃は来ない。斬撃の間隔は一定。ならば――今――!
 親衛隊員は飛び込んで来る方向だけを予測して、そちらを見もせずに氷の槍衾を放つ。

 一瞬遅れてそこに視線をやり――親衛隊員は信じられないものを見た。氷の槍の手前で、マジックシールドを斜めに展開して坂道を駆け上がるように走り抜けていくマルセスカの姿。氷の槍の先端が伸びていく様を、きっちりと視界の端に捉えている刹那の一瞬だけが親衛隊員の目に焼き付く。その表情は真剣なものではあるが、驚きの色は浮かんですらいない。

 親衛隊員はそこで、自分が根本的な誤解をしていたことを悟る。今までの攻撃は、ただ瞬発力に任せていたものではない。反射神経や動体視力という点においても、このマルセスカという少女は自分の――遥か上を行く。つまり、氷の槍衾が生じるのを、見てから(・・・・)軌道を変えているという事実だ。

 しかも恐ろしいことに、マルセスカの速度を逆手に取った対策など、やられ慣れているといった動きをしたのだ。それは普段からこの動きについていけるような相手と、戦闘なり訓練なりをしているということを意味する。
 親衛隊員の口元に、諦めとも何ともつかない笑みが浮かぶ。称賛と諦観の入り混じった表情。駆け抜けたマルセスカが転身。背後から斬撃が迫る。

「これは――勝てんな」

 竜巻のような斬撃に巻き込まれた。全身から血を撒き散らして親衛隊員が吹き飛ばされる。



 ディボリスの魔力魚が渦を巻く。瘴気を纏った無数の触腕と、真珠剣で切り結んでいるシーラ目掛けて殺到するが、イグニスが立ち塞がるように魔力魚の前にその身を置いて盾となる。
 シーラは一瞬だけイグニスに視線を送ったが、そのままオーベルクの使い魔との戦いに没入していく。

「クカカッ! 随分と頑丈なものだな! 楽しませてくれるわ!」

 イグニスに魔力魚は通用しない。しかし、ディボリスは楽しげに笑う。光る魚群を操るディボリス目掛けてイグニスが突撃してくる。
 唸りを上げて迫って来る戦鎚を、亀の甲羅を模したような複雑なマジックシールドで受ける。イグニスの一撃をきっちりと受け止めるディボリス。シールドに応用を利かせることで防御力を向上させているのだろう。

 ディボリスの手にする杖の先端にマジックサークルが閃く。ディボリスとイグニスの間にある空間――水が一瞬ディボリス側へとたわんで、次の瞬間イグニス側へと弾けた。その巨体を後方に下がらせるほどの衝撃を発生させる。

「ぬううっ!」

 そして――ルバルド将軍は長大な槍でデュラハンと一歩も退かずに渡り合っていた。大剣と槍をぶつけ合い、額から生えた角で馬の突撃を抑制する。
 切り結びながら口から大きく水を吸い込み――吐き出せば強烈な水の砲弾となってデュラハンに迫る。
 大剣を砲弾に突き出すように繰り出す。剣の腹で水の砲弾を斜めに逸らし、刺突でルバルド将軍を仕留めようという、攻防一体となったデュラハンの一撃。

 将軍は転身して回避しながら薙ぎ払いを馬の顔面へ見舞う。馬は下へ潜るように身を屈め、デュラハンは上へ飛んで、間を通過させるように槍を飛び越える。ルバルド将軍が目を見張るような曲芸じみた回避を見せると、再び馬に跨って大上段から剣を振り下ろしてきた。闘気を込めた槍で重い一撃を受け止め、将軍が笑う。

「全く、良い相手に恵まれたものよ! 封印される前に戦った連中は、どいつもこいつも手応えのない連中ばかりでな!」

 大笑すると全身から闘気を漲らせて大槍を繰り出す。デュラハンの大剣とぶつかり合って重い金属音を幾度も響かせた。
 共に重量級の武器。普通の人間ならば持ち上げることも困難であろう大剣を、片手で木切れのように振るうデュラハン。それを真正面から迎え撃つルバルド将軍。力任せにぶつけ合って弾かれる。

 距離が開いた瞬間、槍の穂先が水を切り裂くように薙がれれば扇状に衝撃波が放たれた。デュラハンの馬が緑色に燃え盛る蹄鉄を叩きつけて迎撃。遠距離から勢いを乗せて突っ込んで来る。水の中だというのに、馬の走ったところに緑の炎が残る。

 デュラハンの乗る馬もまた、普通のそれではない。槍を合わせて馬から潰すだとか、そういった手は通用しないだろうとルバルド将軍は分析する。
 続けざまに衝撃波を放ちながらルバルド将軍も突撃。デュラハンは大剣を振るって衝撃波を切り裂き肉薄する。

 将軍は激突の勢いに任せて大剣に槍を叩き付けその動きを止める。槍を回転させて下から跳ね上げればデュラハンの馬が前足を高々と掲げるように避けた。
 降って来る蹄鉄の一撃を転身して回避し、追ってくるような斬撃を槍で受け止め、至近から水の砲弾を放つ。吐き出されたそれは、先程の物より強烈だった。螺旋状の回転を加えた、抉り込むような一撃。

 腕を交差させてデュラハンがそれを受け止める。デュラハンの身体が揺らぎ、後ろに押し出される程の衝撃だった。
 馬の蹄ががりがりと、まるで地面を削るように空間に緑色の炎を残して制動をかける。

 間髪を入れずルバルド将軍が突っ込む。槍の一撃にデュラハンが上半身を突き出すように乗りだし、穂先を皮一枚で避ける。
 下から掬い上げるような斬撃。槍を回転させて柄で受け止める。斬撃の勢いに乗るように後ろに飛んだ。

 瞬き1つ許されないような攻防。距離を置いて、向かい合う。と――丁度その時、シオンとエッケルスの戦いに決着が付いたらしい。エッケルスが水底へと沈んでいくところだった。

「ちぃ。エッケルスの阿呆めが。相手が餓鬼だからと甘く見たか!」

 ルバルド将軍が吐き捨てる。親衛隊長として実力も指揮能力も申し分ないのに、無抵抗な相手を殺せないだとか、ルバルド将軍からすれば甘さが目につくのだ。それを補って余りある武功を立てているから親衛隊長の座は任せていたが、甘さを苦々しく思っていたところはある。

 しかし自分にその甘さはない、と断じる。向かい合うデュラハンを見て、ルバルド将軍は牙を剥いて笑った。ここまでの戦いで、十分な手応えを感じていた。
 力対力は五分。剣舞も相当なもので、確かに恐るべき使い手ではあるが、武器は槍のほうが有利だろう。
 しかもデュラハンに遠距離攻撃は無いらしい。ならば先程のように、それを前面に出していくことで、有利に戦況を運べるはずだ。

 その見立ては――ある程度正しかったかもしれない。デュラハンがマルレーンの召喚を受けて顕現したばかりであれば結果は違っていただろう。或いは、ルバルド将軍が勇敢ではあれど残虐ではなかったなら――。

「ぬおおっ!」

 裂帛の気合と共に槍を繰り出し、払うように穂先を叩き付ける。動きを抑え込んで額の角から電撃を放とうとしたところで、デュラハンの首が笑っていることに気付いた。ぞくりと。言いようのない怖気が走る。
 その口から、何の前触れもなく真っ赤な液体が吐き掛けられた。鉄錆の臭い。濃密な血臭。広がる血煙。その向こうにルバルド将軍は煌めきを見る。
 ルバルド将軍は後ろに飛びながら迫ってきた斬撃を勘で避ける。しかし、何かがおかしい。緑色の炎がその剣に纏わりついているのが見えた。
 血煙が晴れてくる。それとは反比例するように、デュラハンから感じる圧力のようなものが増していく。生き物のように剣の回りに纏わりつくそれは――。

「何……だ、これは?」

 呆然と呟く。
 見覚えのある顔があった。炎の中に瞬く、顔、顔、顔。ルバルド将軍が、封印される前に殺してきた者達。それはグランティオスの民達だ。笑っている。笑っている。
 それは――魂ではなく、ルバルド自身の業そのものだった。ルバルドに染みついた死者の残留思念。或いは怨念と呼ばれるそれが、デュラハンに呼応して、その力を増大させていくのだ。

「死、神……」

 デュラハンの鎧の隙間から。馬のたてがみから。噴き出す緑の炎が勢いを増す。笑い声。影さえ留めない速度で、緑色の人馬が炎となって突っ込んで来る。
 交差は一瞬。反応さえできずに胴薙ぎにされたルバルドの全身を、緑色の炎が炎上させた。


 シーラは――オーベルクの使い魔と接近戦を繰り広げていた。
 鯱は他の者の援護が無ければシーラからは逃げ切れないと悟ったのか、触腕に瘴気を纏い、そのまま斬撃として繰り出してくる。
 シーラも一歩も退かず、闘気を込めた真珠剣で切り結ぶ。互いの腕の先が見えなくなるほどの、高速の斬撃の応酬。接触する度に弾ける火花。

 触腕は数で勝る。シーラと切り結びながら、鯱が腕の一本をもたげて、そこから瘴気弾を放ってくる。
 それを――見切る。転身して避けるが、反撃には転じられない。避けた分だけ攻防が遅れるからだ。嵐のような密度の斬撃を双剣だけでは受け切れず、突撃用のシールドを展開して威力を殺しながら後ろに飛ぶ。即座に転身。互いに間合いを詰めてぶつかっていく。

 斬撃斬撃。あらぬ角度から放たれる瘴気弾でシーラの攻防が寸断される。間合いの内側へと踏み込めない。攻め切れない。
 首を傾げるような仕草で瘴気弾を皮一枚の距離で避けて、マントの内側から不可視の刃を投擲した。鯱の体表を浅く切り裂く。意表をつかれた鯱が一瞬固まる。

 見逃さない。シーラはそのまま疾風のように踏み込む。回避は――ぎりぎりで間に合わなかった。触腕をすれ違いざまに一本切り落とせば、鯱は苛立たしげに唸り声を上げながら弾幕を張る。右に左に飛んで回避。避けきれない一撃は真珠剣で切り裂く。
 しかし、結果には不満が残る。不可視の刃という手札を1つ見せてしまった。それに対する成果は触腕1つ。敵の手数が多く、どうにも分が悪い。

「……また」

 しかし、シーラは別の思いに駆られていた。戦いながらも、僅かに戸惑うような声をシーラは漏らす。
 そう。こうやって剣を振るっていると――何かの拍子に極々僅かな違和感を感じることがあるのだ。
 平原で眷属達と戦っている時もそう。前は……そうだ。確か、魔光水脈で戦っている時にも感じた。その時は気のせいかと思ったが、間違いではない。今もそうだ。何かが引っかかっていて開かないような。もどかしさにも似た感覚。その正体が分からない。

 頬を掠めていく斬撃。応じるように切り結びながらシーラは1つ1つの攻防を確かめるように斬撃を応酬する。

「陸の者相手に、このような技を見せることになるとはな!」

 そんな声。シーラが視界の端に一瞬それを捉える。そして目が見開かれた。それは親衛隊長エッケルスの技だ。シーラの脳裏に、違和感の正体が姿を現す。

 鯱が大きく水を吸い込むような仕草を見せた。シーラの五感が危険信号を察知。横飛びに飛ぶと背後の壁にひびが入る。思わず表情を顰めてしまうほどの不快な音が乱反射する。超音波による攻撃だ。

「セラフィナの技に似てる」

 シーラはくるくると回転しながら飛ぶ。寸前までシーラのいた空間に、いくつも超音波の弾丸が炸裂。その度に音の波がシーラを揺らす。
 分かっている。音を遮断できなければこちらの感覚――特に聴覚にダメージを負うだろう。テオドールから聞いている。耳は平衡感覚にも直結している、だとか。
 そこにダメージを蓄積されるのはシーラにとって死活問題だ。ならば、どうする。至近では手数で押され、遠距離では瘴気弾はともかく超音波は避けきれない。不可視のナイフは見せてしまっている。決め手にはなるまい。それを分かっているのか、赤い瞳の鯱がにやりと笑う。だが――。

「こうやって、こう――」

 シーラの手元が、僅かに円を描くように揺れた。
 真珠剣。真珠剣を通して、水に闘気を纏わせる。手元で描く円は、すぐに大きな渦となった。
 向きを変えて踏み込む。真珠剣を跳ね上げれば水の渦が巻き上がる。下から跳ね上がった渦が長大な鞭となって、間合いを読み違えた鯱を弾き飛ばす。

「ギイイイイッ!」

 思わぬ距離からの反撃と痛みに、鯱が苛立たしげな声を漏らした。
 シーラの中で、違和感が確信へと変わる。そう。真珠剣は元々魔光水脈のガーディアンから得たものだ。水との親和性が悪いはずがない。
 しかし闘気を纏って水の中で剣を振るっていても、その力を十全に活かすことができていなかった。それが僅かな違和感となっていたのだ。
 後はその親和性を活用する技術に、道筋さえつけばいい。双剣に渦を纏いながら弾き飛ばされた鯱に向かってシーラが踏み込む。

 体勢を崩された鯱は逃げ切れないと判断したのか、その場でシーラを迎え撃つ。斬撃を繰り出してシーラと切り結ぼうとするが、先程とは違う結果となった。触腕数本を絡め取られてしまうような水の渦。腕も弾かれ、体勢も崩される。鯱は目を見開いた。水の中で、水の技によって不覚を取る屈辱。

 怒りに燃えてシーラを見やるも、それで動じるはずもない。
 斬撃が迫る。避けきれない。合わせるも、何かが触腕に巻きついてきた。
 粘着糸だ。アラクネアリングから生み出したそれを渦の中に紛れ込ませて、受け止めた触腕に絡みつかせたのだ。数本の腕を同時に封じられて致命的な隙を晒す。そこに――シーラが右に左に複雑な動きで飛んでくる。

 追えない。動きを追えない。鯱は――防御を捨てて反撃に転じた。水を大きく吸って、超音波を至近から全方位に放ったのだ。が、超音波を受けて尚、シーラは止まらなかった。すれ違いざまの斬撃。2条の闘気の煌めきが奔る。十字に交差する残光をその身体に刻めば――鯱は目を見開いたまま霊廟の床に崩れ落ちていった。

「……ああいう技は、きちんと狙いを付けられないなら大したこと、ない」

 落ちていく鯱を見て、シーラは呟く。それでも無傷というわけにはいかなかったのか、顔を顰めてふるふるとかぶりを振るのであった。
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