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境界迷宮と異界の魔術師 作者:Phage321/小野崎えいじ
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48 宵闇の森

 ――門を潜った瞬間、世界が一変した。森林独特の空気だ。
 非常に暗い。だが暗視の魔法を使えば良いと言うわけでもない。
 暗視の魔法を使うと森に漂っている青白い靄がぼんやりと光って見えてしまう為に、逆に視界を悪くしてしまうのだ。だから宵闇の森においては、魔法で視界確保する事が出来ない。
 それよりも優先して掛けておくべき魔法がある。睡眠の魔法を仕掛けてくるウィスパーマッシュ対策として、サイコフィールドの魔法を用いておかなければならない。

「……あの光っている花は何?」

 と、周囲を警戒しているシーラが尋ねてくる。暗闇の中に浮かぶように、薄い緑やら紫やら……ぼんやりと光る極彩色の明かりが見えている。見様によっては幻想的な光景ではあるだろう。

「――あれはフェアリーライト。摘んで持ち歩けば明かりの代わりになるはずです。でも、この森で光源として火を持ち出すと、周囲の植物に一斉に襲われるから気を付けて下さい」

 そう答えると、シーラが周囲を見渡して眉を顰めた。そう。幻想的ではあるが、剣呑な場所なのだ。
 この森に漂う靄も……フェアリーライトの花粉である。
 宵闇の森は、陽光を必要としない特異な植物が群生する場所だ。当然、生態系も奇妙な事になっている。

 炎に対して攻撃を仕掛けてくる植物群は魔物扱いではない。
 と言って、往来の障害になっている植物を片っ端から薙ぎ払ってしまえば良いのかと言うと――ここの木は迷宮の壁代わりであるから、度が過ぎると迷宮側によって壁を作られて塞がれてしまう。
 壁抜き、床抜きと言ったショートカットは出来ないようになっているのだ。BFOでは生き埋めにされて死に戻った奴もいた。
 シーラはフェアリーライトを1輪摘んでくると、それで足元を照らして確認する。

「……人の足跡が多い」

 ……分岐点を過ぎたばかりだからだな。迷宮の構造が変われば足跡も一掃されるはずだが。

「ソードボアの足跡を見つけたらそちらを追いましょうか」

 順序としては先にガーディアンを排除してから捜索でも良い。ガーディアンは非常に好戦的で、侵入者の排除を最優先で動いている。下の階層に逃がさない為に階段や石碑の近くに陣取る場合が多い。
 この階層の場合は――石碑側に戻る事は出来ないから、階段側に陣取れば侵入者を逃さずに済むわけだ。

 だから階段の方向に向かって進めばソードボアに近付く、と言う事になる。冒険者達も先に進むしかない事は解っているはずなのでソードボアの隙を衝こうと窺っているだろう。
 皆でフェアリーライトの明かりを掲げて森の奥へと続く道を進む。俺は俺で、ライフディテクションをかけて人間の反応が無いか見渡しながらと行きたい所なのだが――。

「来る――! 数が多くて特定出来ない!」

 シーラの言葉に反応してライフディテクションを中断した。
 俺の生命探知魔法には何も引っかからない。俺が見つけようとしているのはあくまで人間の反応で、敵の殆どは植物系の魔物だからだ。敵の反応が背景に紛れてしまうのである。会敵したら一々解除してかけ直すなどしなければなるまい。

 茂みの揺れが大きくなってキラープラントと言われる殺人植物が飛び出してくる。根っこで歩き、枝で殴りつけてくる植物の魔物である。イビルウィードを巨大にして、凶悪にすればこうなるだろうという感じ。
 木の瘤で殴りつけてきたのを打ち払い、竜杖で真っ向から叩き潰す。

「邪魔です!」

 グレイスに向かって行ったキラープラントも斧で2つに断ち切られた。

「一々相手をしている暇もない。排除しながら進んでいこう」

 救助と被害拡大を防ぐ為の討伐が優先だ。当然剥ぎ取りなどしている暇は無いし、相手をしているだけ時間の無駄であろう。
 正面から来る敵を俺が。後ろから来る敵をグレイスが排除しながら、森を進む。
 その間、あちこちから小さなささやき声が聞こえてくる。茂みの中に潜んでいる、ウィスパーマッシュの魔法行使だ。生憎対抗魔法を用いてあるから通用はしないが、好き勝手に魔法をかけられるというのもあまり気分の良い物でもない。
 茂みの中に火球を打ち込むと、火だるまになったウィスパーマッシュが飛び出して四方へ走って行き、木々の根っこで袋叩きにされていた。うむ。



「人間の――血の臭いがします」

 分かれ道に来た所で、グレイスが足を止めて眉を顰める。

「どっちに続いてる?」
「すみません。よく解りません。空気が澱んでいて」

 宵闇の森に風は吹かない。空気が澱んでいるから臭いだけでは追えないようだ。
 シーラはグレイスの言葉に足を止め地面を注意深く観察する。

「……血痕がある。あっち」

 シーラが示す方向へ走り出した。
 程無くして――冒険者が倒れているのを発見した。グレイスは辺りに漂う血の臭いが気になるのか、小さくかぶりを振っている。

 全部で、3人。――酷い有様だった。
 血だまりの中に転がっている者、茂みの上に投げ出されている者。もう1人は木の幹に引っかかったままだ。
 その誰もが、全身切り傷だらけである。周囲の地面が抉れていたり、大木がへし折れていたりと、ソードボアが暴れ回った痕跡が見られる。

「そっちの2人は――まだ生きている」

 ライフディテクションに反応があったのは、茂みに投げ出されている者と、木の幹に引っかかっていた者だ。残り1人は、残念ながら既に息を引き取ってしまっている。生きている2人にした所で、生命反応を表す光がかなり弱まってきている。すぐに処置しないと危険だろう。

「しっかりして下さい!」

 すぐさま地面に並べて横たえさせると、アシュレイが治癒魔法を用いた。傷は塞がって行くが、流した血液が戻ってくるわけではない。体力増強の魔法もかけているが持ち直すかは半々という所だろう。蒼白な顔で、片方の男がうめき声を漏らす。

「う、あ、あんた、ら――」 
「助けに来ました。しっかりしてください」
「た、助け、か。頼……む。仲間が、あいつを、引き付けて――」

 男は森の奥を指差して言う。
 彼の仲間が囮になったから止めを刺されなかった、と言う事か。或いは戦闘不能に追い込んだ時点で他の者の排除を優先したのかも知れない。

「赤転界石は使えますね? 残りの仲間は、何人です?」
「あ、ああ。助けて、やってくれ。後、2人……いるんだ」

 男に手持ちの赤転界石を渡す。
 赤転界石の欠点は――転移ゲートの展開まで、やや時間が掛かる事だ。だから、極力安全な状況を作ってから使う必要がある。男は仲間の亡骸をかき抱いたまま、赤転界石を地面に叩き付けた。と、赤転界石が砕け散った場所を中心に魔法陣が展開して行き――やがて光の柱が立ち昇った。男は仲間達と共にその中へと消えて行った。
 迷宮外部から持ち込んだ物は赤転界石で持ち帰れる。つまり……仲間の遺体もだ。今頃彼らは神殿の迷宮入口まで転送されている事だろう。

「……ソードボアの足跡はどんなのか解った。すぐに追える」
「――行こう」



 ソードボアの足跡を追って走っていくと、森の奥から雄叫びが聞こえた。かなり近くから聞こえたが――。
 途端、森の中が騒がしくなる。あちこちの草むらで葉擦れの音がする。

「何ですか? 今のは」
「……ガーディアンは、階層の魔物に召集を掛けられるんだよ」

 理由は解らないが……仲間に召集を掛けたらしい。
 声の聞こえた方へ走って行くと、すぐに開けた場所に出た。
 ライフディテクションの反応で――2人の人間が、樹上で肩を寄せ合っているのが見えた。皆の動きを手で制して止め、木の影から様子を窺う。

 そこにそいつはいた。かなりの巨体だ。図体に似合わない忙しなさで、落ち着きなく動き回っている。
 執拗に周囲の臭いを嗅ぎ回り、苛立ちをぶつけるように木々をへし折ったり、引っこ抜いたりしているようだ。樹上の冒険者たちは認識阻害の魔法を使っているようだが、奴の感覚を誤魔化し切れていないという所か。こちらも向こうからは見つかっていない。風魔法で臭いと音の双方を向こうから遮断しているからだ。

 鋼のような硬質の体毛と、鋭い牙を持つ亜人の魔物。――それがソードボアだ。オークの変異上位種である。豚ではなく、猪だが。
 名の由来は、体毛の鋭さから。抱き着かれでもしたらズタズタに切り裂かれるし、それはそのまま奴の防御力に繋がっている。爪も牙も非常に頑強である。

 基本的には力押しの魔物だ。力押しと言っても、ガーディアンクラスのように強力な魔力を内側に秘めている魔物というのは、魔法に対する耐性も高い。保有する魔力がそのまま魔法に対する防御力に繋がっているからだ。
 要するに、ただの大きなオークだなんて括りには収まらないという事である。

 ソードボアは適当に暴れて隠れている冒険者を炙り出すつもりのようだ。樹上の冒険者達は何時自分の所に来るのか気が気じゃない様子である。
 さて……あいつを吹っ飛ばせるほどの派手な魔法は、近くにいる樹上の2人まで巻き込んでしまう可能性がある。かと言って、召集がかけられてしまった以上は、あまり悠長に考えている時間もない。乱戦になってしまえば大威力の魔法をぶっ放せないのは同じだからだ。

「私が引き付けますので、キラーアントの時と同じようには出来ませんか?」
「同じっていうと……ディフェンスフィールドを使って凌ぎながらって方法?」
「はい」

 グレイスは頷く。
 なるほどな。乱戦さえ避けられれば俺としては一網打尽にする方法はあるし。敵の侵攻を抑えられれば赤転界石で逃がす事も出来るだろう。
 その為に、あの2人を結界魔法の中に入れるように魔法を展開しなければならない。グレイスがこちらに引き付け、俺達があちらに向かう、という手順か。
 だけど、グレイスが囮と言うのは――。
 俺の心配が解ったのか、グレイスは視線が合うと少し困ったように、薄く笑みの形を作る。

「本当の事を言いますと――人の血の臭いが、濃過ぎてさっきから苦しいんです。ですから少々暴れて、発散したくて。アレは私に任せてもらえませんか?」
「危ないと思ったら加勢に入るからね?」
「――はい」

 目を細めて、彼女は嬉しそうに笑った。
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