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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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489 水底の朝駆け

 伏兵部隊は数人の不寝番を残し、残りは寝静まっていたようだ。
 これもセラフィナの能力で無音にされたところを不意打ちで強襲。あっさりと制圧することができた。隠蔽結界の内側に入ってしまえば生命感知の魔法も効果を発揮する。後は生命反応の強い者を指揮官や強敵と見定め、優先的に潰していけばいい。

「何がどうなっている!? 何故魔法が使えん!?」

 と、甲板に運んで確認作業をしていたところで目を覚ましたのか、海王の眷属がそんなふうに喚いた。

「ああ。気が付いたのか」

 視線をそちらに向けると梱包されたままで目を見開き、こちらを見てくる眷属。こいつは魔術師だ。伏兵達の指揮官クラスだろうが……呪具で魔力も膂力も封印された上で固められているので、力の発揮しようもない。
 騎士クラスも隣で梱包されて転がされている。ローズマリーの闇魔法で酷くうなされているが……まあ、命に別状はない。

 まだ何か喚いていたが、話は後で聞けば良い。改めてカバーを被せ、魔術師と騎士には外からでも指揮官だと見分けが付くように梱包に印をつけたところでピエトロの分身達が持ち上げて輸送していった。

 伏兵部隊は全部で30人程。
 規模としてはそこまででもないが、本来はウェルテス達の武器が通用しない連中だと考えれば十分過ぎる突破力を備えていると言えよう。突撃を止められないのであれば、陣形は乱されるし兵士達にも怯えが生じる。
 混乱が生じたら戦闘どころではない。潰走や追撃で被害が拡大するものだし。

「連中の積み込み、完了しました」

 と、ピエトロが報告してくる。

「第二船倉の余裕は?」
「平積みにできるので収容は容易でしたが……そろそろ限界がありますな」

 ふむ。平地での戦いに一段落がついたら後方に輸送してもらうというのが良さそうだ。
 ともあれ、伏兵達は無力化した。本隊に連絡して、平地に進軍してもらうとしよう。平地に展開する眷属達を叩き潰さなければならない。



「伏兵達は潰したとのことだ。全軍、前へ」
「全軍前へ!」

 カドケウスからの合図を受けて、待機していた将兵達が前進を開始する。
 進軍に際し前面に黒い盾を掲げることで、将兵達は遠距離からの発見を難しくしている。まだ暗い、夜の海でならば尚更だ。
 この装備は俺達が用意したものではない。エルドレーネ女王としても、海の都奪還のために目立たずに行動するなど、色々と準備を進めてきた結果である。

 敵陣の直上にはバロールが既に移動している。ライフディテクションでその数、規模などを偵察し、その情報をカドケウスに立体模型として反映させることで将兵達にも伝えているというわけだ。例えるなら偵察衛星からの映像情報のように、指揮官達は敵の動きをリアルタイムで捉えることが可能というわけだ。

「見えて来たぞ……!」

 本隊が進軍していくと、平地に設営された敵陣が遠くに見えてくる。合わせるように高度を落とし、海底を這うように進みながら司令官が指示を飛ばす。

「予定通りだ。このまま隊列を保ちながら前進。合図をしたら鬨の声を上げ、闘気を纏って上から突撃する。闘気を使えない者は決して前線に出るな。声だけでいい。連中の混乱と恐怖を煽れ」
「はっ!」

 伝令が命令を復唱し、各隊への通達へ動く。そうこうしている間に段々と敵陣が近付いてくる。見張りに発見されるかそれとも踏み込めるか。ギリギリまでを見極め――指揮官が手にした槍を前方へ翳す。

「行くぞッ! 続けーッ!」
「おおおおおッ!」

 全員が一斉に鬨の声を上げて、精鋭達が闘気を纏って上へと飛び上がる。暗い海底に闘気の輝きがいくつも瞬く。騎兵、泳兵。それぞれの精鋭が敵陣へと殺到した。

「て、敵襲ーッ! 敵襲だーッ!」

 見張りが声を上げる。しかし海王の眷属も好戦的だ。迫ってくる将兵達に驚いたのも一瞬のこと。声を張り上げて自分の務めを果たすや否や、牙を剥いて獰猛な笑みを見せると、得物を手に突っ込んで来る将兵達を迎撃することを選択した。

 そこまでは良い。見張りは4人1組で自分に向かってくる将兵達の得物が恐るるに足りないと思っているからか、闘気を全身に漲らせて無造作に突っ込んだのだ。
 油断している眷属達と、この戦いこそがグランティオスの興廃に直結すると覚悟を決めて臨んだ将兵達。結果は火を見るより明らかだった。
 先陣を切ったウェルテスが魚馬を駆り、振り上げられた鈍器をくぐり抜けて渾身の一撃を脇腹に突き立てる。

「ぐおあッ!?」

 激痛に身体を屈めた瞬間に、ウェルテスに続いた者達が眷属の肩を。足を。エルハーム姫の鍛えた槍で穿つ。血液を海中に撒き散らしながら見張りが悶絶する。
 異常に気付いた者達が天幕から飛び出してくる。鎧を身に着けているような時間はない。叩き起こされ慌てて武器だけを手にしているが――それを迎え撃つように次々と将兵達が突撃を繰り出した。

「ぎっ!」
「うがあっ!」

 あちらこちらで将兵達の気合の咆哮と、眷属達の悲鳴が重なる。

「は、話が違う……! う、うぐああっ!」
「気を付けろ! 連中の武器は闘気だけでは防げんぞ!」

 武器が変わっている。自分達の防御は絶対ではない。その認識を埋められない内に。朝駆けの混乱から立ち直れない内に。敵に対して与えられる損害を広げるだけ広げる必要がある。

 闘気が鎧として機能しないことを連中がしっかりと認識してからが本当の勝負だ。そうなれば連中も考えを変え、身体能力の差を前面に押し出して防御力を頼みにした戦い方はしないだろうし、魔術師や騎士階級の指揮で組織立った反撃を繰り出してくるはずである。

「おのれ! 人魚の使い走り如きが!」

 敵陣の奥にある大きな天幕から、一際異彩を放つ眷属が怒声と共に飛び出してくる。頭部は烏賊に似ているだろうか。だが、ハイブラよりも歳経た印象だ。錫杖を手にしている。

「ガルバノ殿!」

 と、全身に自前の甲殻を纏った武官らしき者も他の天幕から飛び出してくる。魔術師階級や騎士階級もその天幕付近に集中している。そここそが連中の本陣であり、発令所といったところだろう。

「ギオーレ! 連中の武器が変わっているぞ! 油断するな! 混乱する兵を纏め、隊列を組んで連中を叩き潰せ! 儂らが魔法で支援する!」
「はっ!」

 と、時間を与えると、連中も少し冷静な者が兵を纏めようとするわけだ。魔法を主体としてグランティオスの将兵達を制圧しようというのだろう。
 総司令官たるガルバノが身辺警護に他の騎士階級を引き連れ、魔術師階級達もガルバノに倣うように高度を上げる。魔法を用いようとマジックサークルを展開した――その瞬間だった。

「ギオーレ! 何か来るぞ! 貴様ら、散れッ!」
「何――ぐへあっ!?」

 ガルバノ達の目の前で、兵達を混乱から立ち直らせようと呼び掛けていたギオーレと騎士、魔術師数名が、巨大な質量での突撃を受けて、かなりの距離を吹き飛ばされて水底へと沈んでいった。
 突撃したのは光魔法のフィールドを纏ったままのシリウス号だ。
 敵陣の只中へと飛び込み、上級眷属が集まっている空間目掛けて突撃を敢行した。ガルバノは一瞬早く大質量の物体が突っ込んで来ることを察知して身を避け、その警告を受けて避けられた者と避けられなかったものが出たが――。

 少し行き過ぎ、敵陣を突破したところで制動をかけ、光魔法のフィールドを解除したシリウス号が姿を現す。泡に包まれた白い船の出現に、戦士級の眷属だけでなく、ガルバノ以下の指揮官クラスさえも言葉を失った。

「な、何だあれは!?」
「別動隊のいる方向から――? まさか……」

 奇襲の混乱から立ち直ろうとするタイミングでの奇襲。そして更なる不測の事態へ。連中には態勢を整えさせない。持ち直そうとするタイミングで続けざまに手を打ち出鼻を挫く。
 俺には最初から、真っ当に戦ってやるつもりなど欠片もない。実力は発揮させない。被害を最小限に抑え、勝つべくして勝つ。こいつらには、何もさせない。

「準備は良いわね?」
「勿論!」
「うんっ!」

 セイレーンの族長の呼びかけに、ユスティアとドミニク、シリルが頷く。呼吸を合わせ、竪琴がかき鳴らされて、戦場に歌声が響いた。勇壮な曲と神秘的な歌声がどこまでも広がっていく。
 シリウス号を中心に呪歌と呪曲が放たれた。魔術師達が準備していた術式が阻害されてマジックサークルの形が崩れてしまう。

 そればかりではない。エルドレーネ率いる水守り達が呼吸を合わせるように一斉にマジックサークルを展開。シリウス号から放射状に波動が放たれ、眷属達の纏っている邪気が暴風にでも吹かれたかのように乱される。

「水守り共に……セイレーンだと!? あの船からか! おのれええっ!」

 ガルバノがその事態に激高する。

「逆賊に従う過去の亡者ども! 遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 妾こそはグランティオスの女王エルドレーネなり! 貴様らに奪われた海の都を返してもらいにきたぞ!」

 甲板に姿を現したエルドレーネ女王が黄金の杖を掲げて声を張り上げる。

「おおおおっ!」

 将兵達がその声に答えて咆哮。呪歌が敵の魔法を乱し、呪曲が将兵達の戦意を高揚させているのだ。

「右翼! 敵が崩れたぞ! 逃がさないよう外から回り込み、数を以って叩き潰せ!」

 将兵達の司令官が、目の前にあるカドケウス――戦場の縮図を見ながら的確に指示を飛ばす。
 海王の眷属達はすこぶる好戦的だが、それでも奇襲に次ぐ奇襲で崩れかけている。
 それでも眷属達が身体能力で勝る故に、戦闘していればどうしても怪我人は出る。出るが――甲板からアシュレイが遠隔で治癒魔法を用いれば、すぐに戦列に復帰していく。遠隔治癒で賄えない場合は水の精霊が回収するという寸法だ。その、両軍の損耗の速度が更に数の均衡を崩す。

 連中の目的が女王にある以上シリウス号は無視できない。こちらに女王がいることを明らかにして敵の目を引きつけつつ、本隊は敵陣の外から攻撃。俺達は本隊とは別の場所に陣取り、シリウス号を拠点に攻撃。
 これで敵は2方向にいる敵に対処しなければならない。人員をどう割くかはバロールが見て俺も把握しているしカドケウスが指揮官に伝えている。敵の動きに合わせてこちらも動くことが可能だ。

「船だ! 他の雑兵はどうでも良い! あの船にいる女王を捕らえろ!」

 そして――ガルバノが喚いて、その声に応じた騎士達が突っ込んで来るが突如発生した大量の弾幕に呑み込まれて下へ落ちていく。シリウス号の音響砲。コルリスの結晶弾にラヴィーネの氷の弾丸。戦場に響き渡る呪歌の魔力を集めたセラフィナの魔弾、イルムヒルトの光の矢……。

 圧倒的な弾幕に目を見張る連中の前に俺達も出撃し、姿を現す。のっそりとした動作でコルリスが出てくる。リンドブルム、ラヴィーネにエクレール、アルファ、ラムリヤ、フラミアといった使い魔達もだ。
 水中戦ができる者は船の周りで。水中戦が不得手の者は甲板の上で迎撃する形となるわけだ。俺、グレイスとシーラ、デュラハンにイグニス、フォルセト達、リンドブルム、コルリス、アルファ、シグリッタのインクの獣、ピエトロの分身が前衛となる。

 甲板から出て行き、ガルバノ達と向かい合う形でウロボロスを構える。奴はようやくこの事態の裏側を察知したらしく、俺達をまじまじと見て目を丸くした。

「地上の魔術師だと……? こ、この有様は貴様らのせいか!?」
「さあ、どうだかな」

 肩を竦める。正直に答えてやる意味はない。

「人魚共が地上の民を呼び込んだか! 貴様ら、海の民の誇りはないのか!?」
「馬鹿馬鹿しい。周辺国の動向を読み間違えただけだろう」

 ガルバノの隣にいた魔術師が吠えるが……。薄ら笑いを浮かべて応えてやる。
 手の内を少しだけ晒すようにウロボロスで増幅させた魔力を纏う。ウロボロスの唸り声と共に全身から余剰魔力の火花を散らすと、連中の表情が凍り付いた。

 連中が戦力が未知数のこちらに向かって踏み込むかどうか、判断を迷っている間にも、どんどん眷属達の被害は広がっていく。元々数の上ではエルドレーネ女王のほうが優位だったのだから、天秤が傾けば傾くほどこちらにとって有利になっていくのは自明の理だ。
 ましてや、兵の動き全体を把握し、戦況に応じて最良の手を打っているのだから。
 最大でも5対1で当たるはずが、今や拮抗は崩れ――代わる代わる休みもなく複数の班から攻められて叩き潰されている眷属もいる。騎士階級とてそれは同じだ。

「ぎゃああっ!」
「だ、駄目だ! 都まで逃げ――うごっ!」

 と、将兵達に気を取られているとシリウス号からの援護射撃を食らい、シリウス号に注意を向ければ将兵達に追い立てられ……阿鼻叫喚といった様子である。
 水守り達の浄化、セイレーンの歌も合わさって、眷属達は壊滅しつつある。その光景に、魔術師達の表情にも恐怖の色が浮かんだ。
 前衛が役に立たない。それは本来、エルドレーネ女王や水守り、セイレーン達が覚悟していた状況のはずだ。
 それでも尚、死地に身を晒し、海王の眷属達を弱体化させて将兵達と共に戦うという覚悟を決めていた。同じ苦境に立たされて、こいつらに戦う覚悟ができるのかどうか。

「エルドレーネ陛下は、大人しく投降するのなら命は助けると言っているが」

 揺さぶりをかけてやると、魔術師達が顔を見合わせる。中には手にしていた杖を捨てる者も現れた。
 だが――その魔術師に向け、ガルバノが水の槍を放って肩を撃ち貫く。悲鳴を上げながら落ちていく魔術師。

「臆病者めが! 何をしておるか! 地上の者に水底で後れを取るわけがあるものか! さっさとあの船を落とせ! 女王を連れて来い!」

 ガルバノが喚き散らして部下に命令を下し、それからこちらを睨みつけてくる。

「海王陛下からお借りした兵達を、よくもここまで……!」

 ガルバノは完全に冷静さを失っている。だが、投降する気は全くないらしい。戦局を見る以前の問題だな。頭に血が昇ってしまっている。
 では次は――指揮官を叩き潰すというのが良いだろう。上官が投降を邪魔するというのなら、上から潰していけばそれもなくなる。

 ガルバノは乱される魔力の集中を、力尽くで引き締め、魔法を行使しようとする。マジックサークルも無理矢理安定させるつもりのようだ。
 こちらも真正面から突っ込む。奴の魔法行使は普通よりも僅かに遅れるだろう。そのタイミングを見計らい、後出しで大きなマジックサークルを展開すると、奴は笑った。

「侮ったな! 如何に妨害があるとはいえ、そのような大魔法が間に合うものかよ!」

 ガルバノの杖から放たれたのは巨大な水の刃。しかしこちらの使う魔法はガルバノを狙ったものではない。
 転移魔法コンパクトリープ――。一瞬にしてガルバノの間合いの内側へと出現し、ウロボロスをその脇腹に叩き込む。直撃。十分な手応えにガルバノの身体がくの字に折れた。

「がはっ……!?」
「寝てろ」

 掌底を跳ね上げて顎から脳天へと魔力衝撃波を叩き込む。脳を揺らされ、脱力して落ちていくガルバノに封印術の鎖を叩き込み、即座にシールドを蹴って飛ぶ。次! 武器を構えていた魔術師!

「ガ、ガルバノ殿!? う――おおおっ!?」

 何とか水魔法を放つが、制御が甘い。全方位に展開したシールドで水魔法の飛んでくる角度を見切り、身体を転身させて回避。ネメアの爪ですれ違いざまに肩口を切り裂き後頭部にカペラが頭突きをかます。白目を剥く魔術師。次だ――!

「ま、まだだ! 諦めるな! 女王を捕らえさえすればいい! 人質に――」
「妾を捕らえるとな。面白い。やってみるがよかろうよ」

 マルレーンのランタンと、フラミアの炎の幻術で、甲板の上はエルドレーネ女王でひしめいていると言った有様だ。女王を生かして捕まえる必要があるんだったか。樹を隠すには森の中とはよく言ったものだ。

 そして――突っ込んでいった騎士達もそこまでだった。迎撃に迫ってきた多数のインクの獣が、一斉に音響閃光弾を炸裂させたのだ。
 光が収まったタイミングで船の外にいた前衛達――グレイスやシーラ、デュラハン、イグニス、シオンとマルセスカ、シグリッタにコルリス、アルファにリンドブルムといった面々が突っ込んでいく。
 如何に海の中、騎士達とはいえ、視覚と聴覚を潰された状態ではそれに対応できない。あっさりと叩き伏せられて沈んでいく。

「もう一度だけ言う。武器を捨てて投降しろ」

 更に数人叩き伏せたところで、大魔法のマジックサークルを展開しながら呼び掛けると、連中は怯えきった目で1人、また1人と武器を捨てていく。
 ……どうやら大勢は決したな。海の都目掛けて潰走していく眷属達もいる。このまま追撃を仕掛けられるだけ仕掛けて、グランティオスまで攻め上る。
+注意+
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