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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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487 水底の野営

 アイアノスにはアウリアの使役する水の精霊が。公爵領にはアンブラムが残ることで、敵がそちらに現れないかの監視役となる。

 そうやって後方の憂いを無くしたところで、エルドレーネ女王は騎士達を従え、海の都グランティオス目指してシリウス号が進むというわけだ。
 シリウス号の周囲を固める騎士達が駆るのは、下半身が魚の姿をした馬の魔物、ヒッポカムポス。なかなかに勇壮な光景である。
 歩兵と言えばいいのか、泳兵と言えばいいのかは分からないが、騎乗していない兵士も随伴しているが、まあ……行軍速度は割と早い。人が泳ぐのとは比べ物にならないし、タフネスも相当なもののようだ。このあたりは水中で暮らしている者の強靭さというべきか。

 シリウス号は将兵達の組んだ編隊の、真ん中ぐらいに位置している。例によって、暗視と生命感知の魔法を用いての索敵を行っているが……今のところは静かなものだ。
 ジークムント老達やシオン達、それに使い魔達もモニターを確認しているが、通常の海の生き物しか目に付かない。

 絶対はないので、敵の斥候を見落とす可能性も考慮し、光魔法のフィールドを用いて姿を消している。船首と船尾、艦橋に船底、そして両翼のあたりに目印になるよう、着色したアクアゴーレムを配置。これにより随伴する将兵達はシリウス号のいる空間を、ある程度把握できるというわけだ。

 そして……艦橋では主だった者が集まって話し合いを続けていた。こういう場合、軍議と言えばいいのか。

「恐らく今の規模ですと、連中は軍と呼べる程の規模ではないでしょう」

 先遣隊の人数からエリオットが自分の推測を言うと、エルドレーネ女王が頷く。

「そうさな。武器が変わったこともある。妾もこちらの戦力で対応できる頭数ではあるとは思うのだが」
「例の魔術師階級や騎士階級がどれだけ残っているかで変わってくるところもあるかと。こればかりは当たってみるまで分かりませんが……」

 ウェルテスが言う。
 そうだな。頭数だけで言うのなら装備が変わった分だけ有利。しかし鮫男を基準にするならば、ハイブラとラルゴのように、一段上の実力を持つ個体が控えていてもおかしくはない。
 まあ……ハイブラに関して言うなら魔術師ということで近接戦の練度も甘く、水魔法ということで循環魔力で敵の術を塗り潰したりと、俺が戦う場合の相性はかなり良い方だったと言えよう。
 しかし、鮫男と比べるのならハイブラのほうが上なのだろうとは感じた。あくまでも相性的に楽だったというだけの話だ。
 そういった連中の、海中での実力はどれほどか。将兵5人で当たってどうなるのかというところはある。

「そうなると、先遣隊にいたハイブラとラルゴを排除できたというのは大きいかも知れないわね」
「そうね。連中にとっても貴重な戦力だったでしょうし」

 ステファニア姫とアドリアーナ姫が頷く。

「後は……騎兵や泳兵以外の戦力がどれだけこちらにとって有利に働くかでしょうか」

 と、仕事を終えたエルハーム姫が言う。
 こちらにも俺達とシリウス号、セイレーンの呪歌や女王や水守りの魔法、シルヴァトリアやハルバロニスの結界術などがあるわけだが……。それによってどれだけ天秤をこちらに傾けられるかがポイントとなるだろう。

「妾としては眷属達相手だけならば有利に運べると見積もっておるよ」
「やはり問題はウォルドムでしょうか」

 ロヴィーサが言うと、エルドレーネ女王は静かに頷く。

「うむ。そのハイブラという男は海の怒りが云々などとたわけたことを言ったそうだが……奴の感情がそのまま海を荒らすような高位精霊のようなことはないにしても、伝承によれば眷属とは一線を画しているという話だからな」

 ……ウォルドムだけは眷属などと比べても格が違うというわけだ。

「ウォルドムは、僕が相手をします」
「すまぬな。妾としては、それが最も心苦しくあるのだが」
「いえ。海王に関しては今まで議論や推測を重ねてきた通りに、ということで」

 俺が笑うと、エルドレーネ女王の表情は一瞬だけ辛そうなものになったが、その後少しだけ困ったように笑う。それからかぶりを振って表情を元通り気合の入ったものに戻した。

「うむ。よし。妾も気合を入れて臨まねばならんな」

 エルドレーネ女王は豪快な性格をしているが、将兵が傷付くのは快く思っていない。だからこそヴォルドムと戦うには自分の命を持って当たる、というところまで覚悟していたわけだし。

 だが、事が始まってしまったからには弱気なところを見せるわけにもいかない。士気を上げるためであるとか、そういったこともきっちり念頭に置いて動いているところはある。
 まあ……上にいるのがエルドレーネ女王のような人物のほうが、率いられる側としては有り難い話なのは間違いない。如何に損害を少なくするか、というところに頭を使ってくれるわけだしな。

「儂も頑張らねばなるまいのう」
「そうですね。頑張りましょう」

 と、アウリアとマールも顔を見合わせて頷き合い、気合を入れている様子である。このあたりエルドレーネ女王の人徳故、というところか。
 2人は水の精霊に呼び掛けて怪我人をシリウス号まで回収する役回りだ。マールは高位精霊なので直接戦闘は難しいが、顕現していない精霊に助力を頼むことは可能である。
 うむ。俺としても損害を抑えられるように気合を入れていくとしよう。



 海底に――静かな竪琴の調べと歌声が響いていく。セイレーン達の歌声。疲れを癒し、体力と魔力の回復を早める呪歌だ。
 効果としては急激なものではないが……ゆっくりと確実に、気力や体力が充実していくのが分かる。シリウス号やカドケウス、バロールへの魔力補充も行っているが……その効果も上がっているな。操船席の近くに控えるアルファは、楽しげに喉を鳴らしている。

 海底にはシリウス号を中心に、幾つも天幕が設営されている。天幕からはぼんやりとした明かりが漏れていて……今頃は将兵達がその中で夕食を取っている最中だろう。俺達はシリウス号の中で。将兵達は天幕の中で夜を明かすというわけだ。

 シリウス号もかなり人員を乗せているので、船室だけの活用だけでなく、艦橋や通路に寝袋を用意しての雑魚寝をする予定である。俺達も何か動きがあった時に対応できるよう、艦橋で寝る予定だが……セイレーン達の歌を聞きながらというのは、中々寝付きが良さそうだ。

「テオドール様。お代わりは如何ですか?」

 と、アシュレイが操船席まで来て尋ねてくる。今日の夕食は白パンにチーズ。焼き魚に魚介のスープである。

「ありがとう。それじゃ、スープをもらえるかな?」
「はい」

 そう言って、アシュレイは俺の木皿を受け取るとスープのお代わりを持って来てくれる。
 さて。グランティオスまでの道のりとしては……通常、何回かの野営を挟むことになる。野営というよりは海底営であるが、ともかく行軍の疲れを癒すために休憩と睡眠の時間が必要だ。

「結界の外で様子を見てきましたが、全く音も光も漏れておりませんな」

 と、そこで艦橋に戻ってきたウェルテスが報告を行う。エルドレーネ女王は満足げに頷いた。

「簡易型の結界とは思えぬな。何とも素晴らしい」
「ハルバロニスは、ずっとそういうことばかりを研究してきましたから。ですが、ここでこういった技術がお役に立てるというのは嬉しいことです」

 フォルセトは少し自嘲気味に笑うが、エルドレーネ女王は首を横に振る。

「いや。実に助かる」

 こちらから攻め上るにあたり、敵に次の攻め手を打たせないということで割と強行軍ではあるのだが……それを可能にするのがこのセイレーン達の呪歌と呪曲というわけである。

 呪歌、呪曲はどうしても音を立てるので、通常ならば敵に発見されるリスクも背負うことになるが、隠蔽のための結界は音にまで機能するし、シリウス号に詰めている人員も交代で遠方までの監視を行える。
 これによってより安全且つ迅速にグランティオスまで向かうことが可能というわけだ。

 のんびりとした気分で、食事を終えたところで……カドケウスを海図に変形させて、進んだ距離とグランティオスまでの残りの距離、行軍速度などを割り出していく。

「これをご覧ください」
「ふむ」

 みんなが操船席の回りまでやって来て海図を覗き込んで来る。

「ここまでが今日進んだ距離ですね。同じような速度で進んでいき……この場所の休息で少し時間と距離を調整すれば、夜明け前ぐらいの時間帯に襲撃を仕掛けられるかなと」
「夜討ちというよりは……朝駆けということになるのかしらね」

 ローズマリーが羽扇で口元を隠したままで楽しそうに肩を震わせる。

「となると、今の内から行軍と休憩の時間を調節していくのが良さそうな気がします」

 グレイスが言うと、エルドレーネ女王が頷いた。

「うむ。無理のない範囲で少しずつずらしていくとするか。こちらも起きてすぐより、少し時間を置いたほうが頭と身体が活動的になっているであろうし」

 そのあたりを試算したところで、ウェルテスは将兵達に通達するために再び艦橋を出ていくのであった。
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