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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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470 人魚の女王

 青い光が降り注ぐアイアノスの大通りを進む。柱の立ち並ぶ広場を抜けて、宮殿と呼ばれる建物へと近付いていく。
 ロヴィーサと同じマーメイドか、或いはセイレーンか。住人である人魚達の姿。ウェルテスと似た姿の者もいる。
 ウェルテスよりももっと魚寄りな半魚人達。これは一般にイメージされる半魚人だな。数は少なめだが亀の獣人などもいるようだ。やはり人魚の女王は他種族も纏めているということになるか。

 半分が馬で半分が魚の魔物は……ヒッポカムポスという名前だったかな。川や湖に出る者はケルピーと呼ばれる別種のようだ。
 ヒッポカムポスはどうやら騎馬として利用されているらしく、それに乗って街の上方を巡回している半魚人の騎士の姿も見受けられた。イルカやらシャチに跨がっている者もいるな。

「アイアノスに……地上の民とは……」
「地上の人だ」

 こちらが興味深くアイアノスを見せてもらっているのと同じように、向こうも興味津々といった様子である。沿道や民家などから、こちらを見ている通行人達。視線が合うと静かに挨拶してくる者もいれば、驚いたような表情で顔を引っ込めてしまう者もいて……反応は割合様々だ。
 鮫男の姿を晒していたら怖がらせてしまったかも知れない。顔を隠しておいて正解だろう。
 そして……どこからか、歌声も聞こえてくる。

「どうやらセイレーンもいるようですな」
「そのようですね」

 公爵の言葉に頷く。

「民家の作りも割と違うのね」
「そうですね。泳げば上からも出入りできるわけですから、そこに出入り口を作るのは自然ということでしょうか」

 と、ステファニア姫が漏らした言葉にエルハーム姫が感心したように頷く。
 2人の言う通り……屋上や二階部分に相当する場所からも住人が出入りできるような作りになっているらしい。
 市場のようなものも存在しているようだ。ふむ。食生活も分かるな。魚に貝、海老、烏賊、蛸。海草等々。海の幸を食べているのは間違いないようだ。水蜘蛛の糸で編んだ織物なども市場に並んでいる。

 興味深く街の中を見せてもらっていたが……やがて、宮殿に到着した。ここも街で使われているのと同じ石材で作られているが、表面に色々と複雑な文様や装飾が施されていたりして、結構手が込んでいるのが分かる。
 外壁を抜けるとアーチ状に組まれた石材が正面の入口まで続いていた。左右には兵士達の詰所。
 神殿のような壮麗で開放的な作りをしているが……宮殿全体を結界が覆っているようだ。入口以外の場所からの侵入には案外というか、かなり防御が厚いのではないだろうか。

「こちらです」

 と、ロヴィーサに案内されて入口から中に入ると、そこは大きな広間になっていた。
 巨大な真珠のような球体が天井に嵌められていて、それが大広間全体を煌々と照らしている。真珠の光が届かないところは、外でも見た光る珊瑚が配置されているようだ。陸上で言う松明や燭台のようなものかも知れない。

「ようこそいらっしゃいました。ロヴィーサ達を窮地から救って下さったこと、感謝します」

 俺達を迎えて頭を下げてきたのは人魚の女官であった。
 まずは……鮫男を兵士に預けてしまうか。身柄の引き渡しということで。

「犯罪者の引き渡し……ということで良いのでしょうか? 海王の眷属です。もし手に余るようならこちらで引き受けますが」

 そう言って城の兵士に鮫男を預ける。

「お預かりします。海王の眷属からも話を聞きたいと女王陛下は仰せですが……この拘束は安全なものでしょうか?」
「封印術で筋力を封じた上で固めていますので、自力での脱出は不可能かと思われますが……。女王のところまで連れて行くと?」
「そうですね。話を聞けるのならば直接言葉を交わしたいと仰せです」

 ……なるほど。ということで鮫男を預かった兵士も女王のところまで同行するらしい。

「ロヴィーサ様、ウェルテス殿もご無事で何よりです。さ、どうぞこちらへ。女王陛下がお待ちです」

 女官の案内を受けて広々とした回廊を進む。先を行く女官に、ロヴィーサが尋ねた。

「他の者達は、無事だったのですか?」
「怪我人は出ていますが、死者は出ていません。お2人が上手く引きつけて下さったおかげで、無事逃げおおせています」
「それは良かった……」

 ロヴィーサは胸を撫で下ろし、ウェルテスも静かに目を閉じる。
 ……ウェルテス達は鮫男と交戦した経験があるようだが、武器が奴の外皮を通せなかったと言っていたな。

 話や状況から察するに……もっと大人数でいたところを鮫男に強襲され、被害が大きくなりそうな状況だったがロヴィーサが引き付けることで、他の者達を逃がした、といったところだろうか?

 ウェルテスは戦闘での怪我を免れたので、ロヴィーサの護衛を続行したと。鮫男もロヴィーサが重要そうな人物であるために陽動に乗ってそちらを追ったわけだ。ロヴィーサはアイアノスのある場所とはまるで違う方向に逃げていたわけだし。
 確かに……全滅するよりは良いのだろう。誰かが逃げのびてアイアノスに報告が行けば今後の対応も取れるし、ロヴィーサは……捕まっても嘘を吐いて時間稼ぎをするぐらいのことはするかも知れないな。

「ロヴィーサさんは、やはり重要な役職についているわけですか?」
「ロヴィーサ様は水守りのお1人です」

 少し気になっていたことを問い掛けるとウェルテスが答えた。仮に重要人物であったなら話しにくい部分もあるだろうと今までは敢えて聞かずに来たわけだが。
 宮殿まで来たからか、割とあっさり答えてくれた。

「水守り、ですか……?」
「私達が暮らしている場所の水を綺麗に保つお仕事です」
「それは……瘴気や邪気のように実体のない、性質の良くないものからも、ということかしら?」
「そう、ですね。砂や塗料、それに毒だとか……実体のあるものからそうでないものまで。水を濁らせる全てからという理解で間違いありません」

 クラウディアが尋ねると、ロヴィーサは頷いた。マールも静かに頷いている。
 ……となると、魔法が使えるのだろうか。それとも性質から考えれば祈りなどによるものかな? 陸上で言う神官や巫女の仕事のようなものと考えれば良いのかも知れない。

「水守りは将来の女王候補でもあります。我等にとって重要な役職で間違いないでしょう」
「となるとつまり、女王の座は血縁というわけでは……」
「血縁とは限りません。通常の手順であれば、優れた力を持つ水守りが集められ、その中から女王陛下が選んだ者が次の女王となるのです」

 ……なるほど。人魚の女王が他種族も統べるのはそういうわけか。環境を維持する仕事を一手に担うが故に、他の種族からも尊敬を勝ち得ていると。
 海洋生物にとっては水質は大気汚染よりも重要な問題だろうしな。魔物の凶暴化などに関する知識が陸上より広く知られているのも、それが理由だろう。
 色々陸上とは異なる文化は持っているようだが……まあ、ヴェルドガルやシルヴァトリアの王に近い仕事と考えれば理解しやすい。

「この扉の向こうで女王陛下がお待ちです」

 ふむ。立派な装飾の扉だ。門番もいるが、控えの間、謁見の間という感じでもないような気もする。

「客人をお連れしました」

 まずは武器を預かってもらい、それから女官が扉の向こうに声をかけると、中から返答があった。

「客人達をこれへ」

 女官が扉を開き、部屋の中に入る。
 そこは――水蜘蛛の糸で織られたカーテンに絨毯などで飾られた部屋だった。織物には細やかな装飾が施されていて……何とも華やかな印象だ。
 女王の居室か、それとも応接室か。文化が少し違うので、判別しにくいところはあるが。
 そして部屋の奥に巨大な真珠貝のような台座が据えられている。そこには――乳白色の長い髪を持つ人魚がいた。

 意思の強さを感じさせる切れ長の青い瞳。水蜘蛛の糸で編んだドレスと、煌びやかな宝冠。尾鰭や鱗は光を複雑に反射して角度によって青や紫に輝いている。
 人魚の女王か。髪の色などは神秘的だが、自信のありそうな表情と相まって、女王というより女帝、という印象を受ける。
 人間で言うなら20代半ばぐらいだろうか? 人魚は不老の種なので見た目と年齢が一致しているとは限らないが……。

「ようこそ、アイアノスへ。妾はエルドレーネ。まずは……ロヴィーサとウェルテスを助けて貰ったことへの、礼を言わせてもらおう」

 女王は腰かけていた場所から立ち上がる。

「ああ、最初に言っておくが、あまり堅くなる必要はないぞ。数多の海の民を統べる立場ゆえにこうして威厳のある話し方をしているが、妾も元はと言えば一介の水守りに過ぎぬ。他の者への示しもあるゆえ、節度を守ってもらえればそれでよかろう」

 エルドレーネはそう言って笑みを浮かべた。なるほど。女帝的な印象を受けるが、本来の性格も豪快というか……威厳があるのは後付けというわけではなさそうな気がするな。まあ……まずは自己紹介からかな。
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