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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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466 海の住人との遭遇

 マールの指先から青い光の粒が放たれ、俺の身体の周囲を舞う。
 ……水の精霊王の加護か。

「水の中でも陸上と同じように長時間活動ができますし、深みに行っても身体が潰されることもありません。注意して欲しいのは水の魔法のように、私達精霊の理から外れるものは軽減することができても、無視できるわけではないということでしょうか」

 効果は水中呼吸と耐水圧。水温から受ける体温低下なども無視できそうだ。水中呼吸の魔法などと違って魔力の消費もないし効果時間を気にしなくても良いというのは有り難い。
 だが、水の大魔法等を無効化するというところまではいかない。そのあたりはテフラの加護と同じだな。

「ありがとうございます。これなら存分に戦えそうです」

 礼を言うとマールは笑みを浮かべて頷いた。
 さて……。俺としても人魚や半魚人を見つけて、話をする程度のことを期待して、遊覧がてら探知範囲を広げていたところはあるのだが……。いざ発見してみてこの状況というのは、少し事情が変わって来る。
 人魚達が俺達をどう思っているかも問題になってくるので、まず話を聞いてもらえるように配慮する必要があるだろう。

「もう1つ、頼まれては頂けませんか? 逃げる側の2人と接触する時に、同席して欲しいのです。戦闘になるようならこちらで引き受けます」
「分かりました」

 では、段取りは決まった。一旦シリウス号を上昇させ、光魔法のフィールドで姿を消して現場に急行する。操船はアルファに任せ、現場上空を並走する形で飛び続けてもらいながら甲板に出る。
 眼下に生命反応の輝き。逃げる2人と、その追手。まだ距離はあるが……それも段々と縮まっているようで、追い付かれるのは時間の問題だろう。
 ……というよりも、逃げる2人のほうが速度が落ちているようにも思える。どちらかの体力が限界というところか。

「それじゃ、行ってくる」
「分かりました。不測の事態があれば援護に回ります」

 振り返って言うとグレイスが答え、みんなも俺を見て頷く。
 一応、西の海に出るということで、水中戦用の装備も用意してきている。新手などが現れたとしても対応可能だろう。では――。

 マール共々甲板から飛び立って、真っ逆さまに海面目掛けて突っ込む。頭から海水に飛び込んだところで気付く。水の抵抗がとても弱く感じる。
 なるほど……。これなら確かに水中でも不利はないな。水魔法で水流を操作して目的の深度までマール共々急行する。

 殆どぴったりだ。人魚達の後方に滑り込むように降下して急停止する。

「なっ!? ……に、人間!? それに、水の精霊だと?」

 2人は予想外の速度で急潜降してきた俺に対応できず、半魚人は振り返ると人魚を庇うように前に出てトライデントを構える。
 こちらは害意を無いことを示すために、まず目を閉じて一礼する。

「突然驚かせて申し訳ありません。追われているようなので、僭越ながら助けに入らせて頂きました」
「地上の者が……我等に助け?」

 半魚人は些か戸惑っているようだ。黒真珠のような黒目がちの瞳を丸くする。
 人魚のほうは一般にイメージされる通りの姿だ。金色の髪が水に揺れている。水蜘蛛の糸で拵えた衣服を身に纏っていた。怪我を負っているらしく……肩口に傷痕を処置したのが見て取れる。何か、ゼリー状の薬でコーティングして出血を止めているようだ。半魚人の後ろに隠れ、怯えたような表情でこちらと周囲の様子を窺っている。

 一方で、半魚人はと言えば……イルカやシャチのような質感の肌を持っている。
 顔の側面にヒレなどが備わっていて、全体的に水の抵抗を受けにくい流線型。足も魚型ではなく、水かきのある二本足。顔の作りは人間に似ていて表情も読み取れる。
 胸部と腰回りに鎧のような装備を身に着けていて……一般に想像される鱗に覆われた魚顔というイメージではなく、どちらかと言えば水棲人類と呼んだほうがしっくりくる出で立ちだろう。

「ヴェルドガルは人間と友好的な他種族を歓迎する方針ですので。ドリスコル公爵と交易を続けて来た種族も一緒となれば尚更です」
「それは……い、いや、だがしかし……」
「本当のことです。嘘は言っていません」

 と、マールが未だ戸惑っている様子の半魚人に向かって言う。

「ウェルテス……。この人達は……信じてもいいのでは?」

 人魚が言うが、ウェルテスは首を横に振った。

「我等は……女王より地上の者達と過度の接触は控えるようにと言われているではありませんか。それが互いのためであるからと……」

 だが、話はそこまでだった。
 後方から追って来ていたもう一体が、後方を警戒していたバロールの視界に入ったからだ。殆ど同時に、ウェルテスと呼ばれた半魚人もそれに気付く。

「逃げろ、少年。水の中では……地上の者に勝ち目がある相手ではない」

 そういってウェルテスは俺の前に出ようとするが――手でその動きを制する。魔力の輝きを見せると、ウェルテスは俺をまじまじと見てくる。
 元よりウェルテスが人魚を連れて戦える相手ならば逃げたりはしないだろうし。
 振り返ってそいつと対峙する。凶暴化した魔物の類であるならお構いなしに突っ込んで来るかと思っていたが、向こうも動きを止めた。

「……人間と、水の精霊」

 こちらも言葉を操るか。
 やはり、見たことのない種族。全体的な姿としては……鮫と鰐を足して割った亜人という印象だ。泳ぐのに適した流線型の姿ではあるが、ごつごつとした分厚い鱗に覆われており、手足の指先に鋭い爪まで備えている。
 太陽光の薄れた暗い海の中に、爛々と輝く赤い瞳。裂けた口と、そこに並ぶ鋭い牙。こちらも、鎧のようなものを身に纏っている。更に巨大魚の背骨をメイスに加工したかのような妙な鈍器を手に持っていた。

「そこを、退け……。我は……そいつらを捕え、我が主の元に連れ、帰る」
「……人魚達は僕達にとっては交易の相手です。まずは詳しく話を伺いたいのですが」
「……グ、ググ。地上の……猿に話だと? 笑わせるな」

 くぐもった声でそいつは肩を震わせた。

「水の精霊が、後ろについているから、猿如きが良い気になっているようだが……。知っている、ぞ。高位の精霊は、大きな力を持つゆえにこういった争いには手を出せぬ、とな」

 ……ふむ。まあ……マールに関して言うならそれはその通りではあるのだが。

「それが何か?」

 と言うと、奴は苛立たしげに牙を剥く。

「貴様を刻み、食い散らしてこの海にばら撒いたとて、助ける者などおらぬということだ。今ならば見逃してやる」

 ……そうか。一応言葉は交わせるが、交渉相手としては不適だな。
 後ろの2人は地上の者達だからと一線を引きながらも尊重してくれているようではあるのだが。

「――単刀直入にお聞きします」
「何だ?」

 肩越しに振り返り、ウェルテスに尋ねる。視界の端で対峙した鮫男が鼻白み、牙を剥いたのが分かった。

「彼の主はあなた達お2人の種族にとっては、主ではありませんね?」
「ああ。我等の主は人魚の女王ただお一人だ」

 ウェルテスは俺を見て、はっきり頷いた。まあ……それだけで十分だろう。人魚達の女王についてはBFOでも情報が示唆されている。

 こちらが振り返るより早く、鮫男が動いた。
 身体をくねらせ、加速しながら魚雷のような速度で突っ込んで来る。狙いは脇腹。こちらが反応できない速度で動いて、大顎で肉を抉り取る構え。猛烈な勢いで牙が迫るが――。

 シールドで受け流す。初撃が当たらなかったことに舌打ちしながら通り過ぎ、旋回して加速し、再び突っ込んで来る。こちらの死角となるような位置から、延髄目掛けて――喜悦に瞳を細めながら。

「まあ、大体分かった」
「何っ!?」

 突っ込んできた角度に合わせてシールドを展開して受け止め、魔力衝撃波を叩き込むと鮫男は顔面を押さえて仰け反った。
 思わぬ反撃に離脱して仕切り直そうとする鮫男に、シールドを蹴り、水流操作でくっついていく。それを見て、奴は目を見開いた。水中の移動速度で追い縋って来るとは思ってもみなかったというところか。

「猿如きが!」

 骨の鈍器で薙ぎ払いを見舞ってくる。鈍器そのものが水の渦を纏っているようだ。逆回転の魔力渦を纏ったウロボロスで受け止め、その衝撃力の差で骨の鈍器を砕きながら逆端を跳ね上げれば――奴の顎先で魔力のスパーク光が炸裂する。

 仰け反りながらも爪を振るって来る。身体を側転させるように避けてそのまま一回転し、離脱しようとする奴に追いつき、並走しながらの接近戦を仕掛けた。
 今度は渦ではなく、闘気を込めた手足の爪でこちらの首や心臓を狙ってくる。一撃必殺を狙うのは正しいが、動きは野生動物のそれに近い。早く鋭いが、狙いに無駄がなく、正確ゆえに視線と反応から狙いも軌道も読める。だから簡単にカウンターを叩き込むことができた。

 肘、脇腹、鳩尾、足の甲――。繰り出される攻撃に合わせるようにウロボロスの一撃を叩き込んでいく。外皮、筋力、骨格。いずれも堅牢ではあるが、攻撃に意識が向き過ぎて、闘気の集中と防御が甘い。魔力衝撃波を同時に叩き込んで、攻撃手段を1つ1つ叩き潰していく。

 しかし……動きが軽いな。水の中で戦っているとは思えないほどだ。マールが有利不利が無いと言ったのはこれか。

「地上の猿とは思えん! この化物がっ!」

 刃物のような鋭さを持つ尾鰭が跳ね上がる。転身して避けながらウロボロスに込めた魔力を解放。背鰭目掛けて膨れ上がる凝縮魔力の棍棒を叩き込むと、身体を仰け反らせながら奴が苦悶の声を漏らした。

 水――水か。展開した凝縮魔力を身体に纏い、シールドで足場を踏みしめ――全身の関節の連動と共に、魔力の掌底を解き放つ。

「吹っ飛べ」

 螺旋衝撃波。一点に集約された魔力が水中を伝わり――距離の空いた鮫男の鳩尾を撃ち抜いて衝撃が炸裂した。一瞬、衝撃で身体をくの字に折り曲げたが横回転の勢いに負けて手足をだらしなく投げ出す。
 一撃で意識を刈り取られたか、白目を剥いて舌を出しているようだ。生命反応は有り。まあ……攻防の間に大体の耐久力を予想したが、こんなものだろう。

 続けざまに封印術を解き放つ。光の楔が鮫男の身体に突き刺さり――内側から噴き出した魔力の鎖が十重二十重にその身を縛り上げる。
 力の論理で押し通ろうとしたのだから文句もあるまい。筋力を封じてから梱包してやれば多少は話をする気にもなるだろう。
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