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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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464 伯爵夫妻の思い

 そして明くる日――。窓から差し込んでくる、外の日差しを感じて目を覚ました。
 夏場の暑さ対策のためか角度や高さなどが計算されていて、部屋の奥までは直射日光が差し込まないようになっているようだ。窓の数も少ない。そのため部屋の中は少し暗く感じるが、寝台で横になっている分には心地良いぐらいだ。
 室温も元々の気候が暖かいためか、やや肌寒く感じる程度だろう。

「おはようございます、テオ」
「おはよう、テオドール」

 寝台から出てまずは身支度を整えようと手荷物を漁っていると、近くのテーブルで寛いでいたグレイスとクラウディアが俺に気付いて、声のトーンを落として朝の挨拶をしてきた。

「ん、おはよう。早いね」
「いえ。何時もと違うので少し早く目が覚めてしまっただけです」
「まあ、暖かいからよく眠れたけれど」

 と、2人は微笑む。グレイスの場合は早く目覚めたというよりは習慣な気がするが。
 朝食は昨日に引き続き屋上に用意してくれて、準備ができたら呼びに来てくれるということなので、出発するまでは俺達がすることは無いわけだし。
 まあ、寝間着でいるのも何なので身支度を整えてこよう。洗面台まで行き、水瓶から手桶で水を汲んで諸々の身嗜みを整え服を着替えてから戻ると、みんなも寝台から起き出してくるところであった。
 まだ少し眠そうなマルレーンに付き添って洗面台に向かうアシュレイ、その手にはセラフィナも抱えられている。

「おはようございます、テオドール様」
「うん。おはよう」

 そう言って朝の挨拶をするとマルレーンも笑みを浮かべて頷く。

「おはよう。テオドール」
「おはよう、マリー」

 と、ローズマリーとも朝の挨拶を交わす。ふむ。今日は起き抜けではあるが羽扇を持っているようだ。そのまま3人で洗面台へと向かっていった。
 シーラはまだ寝台の上だ。上体を起こしてややボーっとしている。イルムヒルトもゆっくりと起き出して、まだ眠たげに目元に手をやっていた。

 さてさて。今日は少しのんびりしてから西に向かって出発というところか。



「昨晩はお休みになれましたか?」
「ええ。北方に比べると大分暖かいので、朝までぐっすりと眠れた気がします」

 尋ねてくる伯爵にそう答えると、満足げに頷いて相好を崩す。

「それは何よりです」

 風呂も広々としていて心地良かったしな。
 昨日に引き続き、伯爵一家とも一緒に食卓を囲む。
 口当たりの良い、少し酸味のあるスープに、パンやヨーグルト、サラダにベーコンと言った、比較的さっぱりとしたメニューが青空の下の食卓に並ぶ。朝の冷涼で爽やかな空気に合っていると言えよう。屋外での朝食ということで、何となくキャンプか何かの朝を連想させるというか。

 食事が一段落すると、オリンピアはマールやコルリス、ピエトロのいる展望台へと嬉しそうに近付いていく。
 コルリスの背中に乗ってみたりピエトロに触れたり、マールに髪を撫でられたりして、くすぐったそうに笑っている。使い魔に高位精霊、猫妖精と……特殊な面々も多いが、オリンピアは昨日ですっかり慣れたらしい。
 俺ものんびりしながら椅子に座って景色を眺めていると、隣に伯爵と夫人が揃ってやってきた。

「昼頃に発つとお聞きしましたが」
「そうですね。公爵をお送りするだけでなく、少しやることもありますので」
「ああ。無人島を見に行くとか?」
「ええ。少し立ち寄って、開発前の下見をする予定ではあります。まあ……陛下からは羽を伸ばして来てはどうかと言われていますが」

 俺が僅かに冗談めかして言うと2人は穏やかに笑う。
 公爵の本拠地である大きな島の他にも、幾つか公爵領に属している離島があり、それらの島々にある港町と、隣国を結ぶように航路がある。
 この、海を挟んでの隣国というのが、第3王子ヘルフリートの留学先で、ローズマリーの母親の生国でもあるのだ。西の海から更に北上してシルヴァトリア側へ行けばエリオットの留学していた国も近くにあったりする。
 まあ、俺が今回管理人となる島については、そういった諸外国は絡んでこないので完全に余談ではあるのだが。

 話を戻すと……例の島はドリスコル公爵領の本拠地と離島の間を結ぶ航路からは、少し外れた位置にある。その島にも港を作っておけば離島同士の行き来の際、補給の利便性が増すか、というぐらいの位置関係である。

 逆に言うなら、無ければ無いで特に支障はない。要するに、開拓の優先度はそこまで高くないので公爵の立てた開発計画ものんびりとしたものだったということなのだろう。
 その内に死睡の王の襲撃が起こり、3家が国内の復興に尽力している内に後回しになってしまったというわけだ。

「西の海は航路が多い分、凶悪な魔物というのも少なく、波も穏やかですからな。大使殿はその若さで獅子奮迅の活躍をなさっておいでだ。良い休暇になることを願っておりますよ」
「ありがとうございます」

 礼を言うと伯爵は頷いた後、フラミアの尻尾と戯れているオリンピアを見て微笑んだものの、ふと遠い目をして言った。

「――武を志し、領主として治世を望みながら高位の魔人達に力及ばぬことの、何と虚しきことか。だからこそ魔人殺しを成し遂げた者……聖女リサ殿とタームウィルズの英雄は、騎士や兵士達にとっての希望なのです」
「それは……」
「我等には魔人殺しがいるのだ、と。国内を荒らして回ったあの忌まわしき魔人も、聖女に打ち倒された。決して勝てない相手ではないのだと。そう言って、彼らは自らを奮い立たせているのですな」
「それは、将兵達だけでなく民達も同じです。リサ様や大使様の成したことに随分勇気付けられております」

 ……そう、かも知れないな。死睡の王襲撃の惨禍からの復興も、魔人が倒されたかどうかはモチベーションに関わってくる。
 母さんと、今の魔人殺し……俺との繋がりは明確にはされていないのだろうが、何度かの高位魔人の襲撃が起これば、それはヴェルドガルが魔人に狙われているということを示している。その襲撃を撃退したことが、母さんのしたこと同様、誰かを勇気付けている、か。

「ですが私は……魔人との戦いに立ち入ることのできない、無力なこの身を恥じております」
「しかし、だからこそ大使殿とリサ様には感謝の言葉を伝えたく思うのです」

 と言って、伯爵と夫人は俺に深々と頭を下げてきた。
 そうか……。それはメルヴィン王と似た苦悩かも知れない。
 他の者を率いる立場もあるし、仕事の上で俺のことを知ってしまったということもある。実態を知るからこそ単純に魔人殺しを英雄と呼び、希望として縋るのは憚られてしまうわけだ。
 民を守るために武を志したというのであれば尚更か。戦いを見ているしかできない口惜しさというのも、分かる。だから俺も本音に近い部分で答えた。

「僕は……魔人と戦える力がこの手にあることが嬉しいのです。他の誰に言われたからでもなく、自分の意思で魔人と戦っています。ですから、お2人が負い目を感じる必要など、どこにもありません」

 そう言って……改めて握手を求めて手を差し出すと、2人は少し目を見開き、それから小さく笑った。

「では、少しでも大使殿の仕事の助けになるよう、私は私にできることやすべきことを精一杯していく、というのが良いのでしょうな」
「月神殿との連絡は密にしておかなければいけませんね」
「うむ」

 そう、だな。後方の安定や、月神殿絡みでの協力があればこそ、俺も自分の仕事に集中できるわけだし。

「母について、お2人や皆がどう思っているのかという話は……聞けて嬉しかったです」
「私共も大使殿とお話ができて良かった。どうか、御武運を」

 そう言って2人と握手を交わす。先程話したことは、伯爵と夫人にとっての気がかりであったのだろう。母さんへの感謝の言葉にせよ、今まで伝えるべき相手もいなかったわけだし。だが……今の言葉は確かに受け取った。

 さて。このままもう少し屋上でのんびりさせてもらったら、西の海へ向かって出発ということになるか。
 良く晴れた青空の下には、日差しを受けて透ける海が見渡す限り広がっている。天気も良いし気分も悪くない。なかなか良い旅になりそうである。
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