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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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463 海の住人達

 大公の護衛はカドケウスに任せ、シリウス号の警備にはバロールを残しておくことにしよう。

「それじゃあ、コルリス。留守の間を任せていいかしら?」

 領主の館への移動前に、ステファニア姫はコルリスに対して声を掛ける。ステファニア姫から指示を受けたコルリスはこくこくと首を縦に動かすと、船着き場から飛び立って甲板に上がり、縁から顔を覗かせて手を振って来る。それを見たステファニア姫が笑みを浮かべた。

「ふむ……。飛行する船とお聞きしていましたが、停泊は水上に限るのでしょうか?」

 と、それを見ていた伯爵が尋ねてくる。

「いえ。空に浮かばせておくこともできますよ」
「では、領主の館に横付けする形でも問題ないかと。ここに船を残していくのでは警備上の不安もありましょう」
「良いのですか?」

 実際は使い魔達がシリウス号側に残っていれば大抵のことには対応可能だと思うが……領主の館付近に船を持って来て構わないというのならこちらとしても気が楽という部分はある。シリウス号は目立つ分、盗難にしろ何にしろ警戒はしておく必要があるからな。それに何より、警備で居残り組がいなくなるし。

「無論です。使い魔は普通の動物とは違いますからな。領主の館の最上階がここから見えますか?」
「はい」

 伯爵の指差す領主の館を見やり、頷く。
 領主の館はウィスネイアの小高い山というか、高台の上に位置する場所にある。
 その最上階は――何やら平面で構成されていて、周囲に柵が設けられており、東屋のような構造物まであるように見えた。

「あの館は最上階に何室か貴賓室がありましてな。屋上はそれらの貴賓室から直接出ていくことが可能で、街を一望したり、食事をとったりできるようになっているのです。今の時期はやや寒いので食事には不向きかと思いますが……館の隣に船を置けば、屋上から直接船と行き来もできるのではないかと」

 ……なるほど。屋上部分が貴賓室共有の広いバルコニーのようになっていて、高所から街と海を展望したりできるようになっている、というわけだ。
 確かに眺めが良さそうだ。複数グループの賓客を招いた場合にはそのまま交流用のサロンともなるし、良い構造をしているな。

「ありがとうございます。では……折角なのでみんなで船に乗って移動することにしましょうか。伯爵もどうぞこちらへ」

 そう言ってタラップへと案内すると、伯爵は目を瞬かせるのであった。



 伯爵の乗ってきた馬車をレビテーションで浮かせて船に積み込む。馬も驚かせないように光の魔法で心を落ち着かせて船に乗せ、そのまま領主の館へと移動した。

 船での移動に際し、伯爵は感嘆の声を漏らし、甲板から街を見て頷いていた。気に入ってもらえたようで何よりである。
 館に横付けし、空中に浮かばせる形で停泊させる。馬車を入口側に降ろし、改めて正面玄関側から館に入ると、玄関ホールでは使用人達と共に、伯爵夫人とその子供が出迎えてくれる。

「ようこそウィスネイアへ。主人共々、皆様の到着をお待ちしておりました」

 と、夫人が優雅に一礼すると、その隣の小さな少女も、夫人に倣うようにスカートの裾を摘まんで一礼をする。

「ありがとうございます」

 出迎えてくれた礼を言い、それぞれに自己紹介をする。夫人はトリーシャ。娘はオリンピアと言うらしい。

「マールというの。よろしくね」
「み、水の精霊王とは……」

 と、流石に夫人は水の精霊王の同行に驚いているようだ。オリンピアは夫人の陰に隠れてはいたが、マールの髪が気になるのか目を瞬かせていた。

「どうぞこちらへ。貴賓室へ案内致します」

 自己紹介と挨拶が終わったところで、そのまま屋敷の中へと案内してもらう。
 何というか……伯爵夫人は小柄で華奢な人物だ。伯爵とは色々な意味で対極的な印象である。伯爵令嬢は、マルレーンよりも年下だろう。容姿は夫人譲りか。
 客が多くて人見知りをしているようで、伯爵と夫人にぴったりとくっついている。小さな手で伯爵の指をしっかりと握っていたりして、仲の良い親子といった風情なので見ていて和むところはある。

 館の上階へと向かい、幾つか分かれた貴賓室へと通される。大公と使用人達。公爵家一家とその使用人。姫3人の部屋に護衛のシオン達。そして俺達とマール、といった具合だ。
 貴賓室はかなり広い。俺達のパーティーの人数を収容してもまだ余裕がある。奥の扉は屋上に出るためのものだろう。

「では、滞在中はごゆるりとお寛ぎ下さい。必要なものがありましたらお申し付け頂ければと」
「ありがとうございます」
「礼には及びません。暫くすれば夕食の準備も整います」
「屋上で食事をするというのは可能ですか?」

 そう尋ねると伯爵は頷く。

「そちらに準備させることは可能ですが、風があって些か寒いかも知れませんな。夏場ならば心地良いのですが」
「でしたら、魔法で風を操って調整ができます」
「なるほど……。それは大使殿ならではですな。承知しました。そちらに準備をさせるとしましょう」
「では後程、晩餐の折に」

 伯爵達は一礼して貴賓室を出て行った。

「屋上、気になる」

 と、シーラが言う。それは同感だ。

「そうだな。手荷物を置いたら早速屋上を見に行ってみるか」



 部屋から屋上へと出る。貴賓室は内側から鍵がかけられる構造で、共有スペースである屋上からの各部屋への出入りは自由というわけではないようだ。
 部屋の横にある通路を通ると、すぐに広々とした空間に出た。大きなテーブルと椅子。その奥に3段程度の短い階段があって、東屋まで建てられている。
 あれは展望台とでも言うべき場所だろう。館から少し離れた場所に灯台が立っているのも見えた。

 横を見れば、景色の妨げにならない場所にシリウス号も浮かんでいて、甲板の縁からアルファにリンドブルム、ラヴィーネ、エクレール、コルリス、フラミア、ラムリヤといった面々が顔を覗かせている。
 高さが合っているのですぐ目と鼻の先という感じだな。使い魔達の屋上への立ち入りも許可されているので、このまま屋上側へと呼んでしまおう。

 まずは……風の防壁を構築して寒さ対策をしてしまうか。
 魔法を使って防壁内部の温度調整などをしていると、それぞれの部屋からみんなが屋上へと出てくる。

「わあ……。凄い景色!」

 と、マルセスカが展望台から海を眺めて瞳を輝かせる。

「本当。海って綺麗だな……」
「これは後で、絵を描かなくちゃいけないわ……」

 シオンとシグリッタも眼下に広がる光景に目を奪われている様子である。
 シオン達だけでなく、海を見慣れているオスカーやヴァネッサにとっても良い景観だったようで表情を明るくしていた。そんな2人を、レスリーが眩しいものを見るように目を細めている。

 領主の館側からだとシリウス号で到着した時とは逆側から街を見下ろす形になる。眼下に広がる白い街並みと、海原に浮かぶ小さな島々。青い海の水平線……見事なものだ。
 もう少しすれば夕方になって、これが夕焼けに染まった景色が見られるのだろう。

「南西部の海……。確かに綺麗ね。これが沖に出るともっと澄んだ海というのだから……」

 と、ローズマリーが遠くを見ながら呟く。

「そうなのですか?」
「ええ。本で読んだところによると、陸地から土砂が流れ込む量が少ないほど海が綺麗、という話だったはずだわ。ドリスコル公爵の本拠地は、海の向こうに浮かぶ、島にあるの」
「西にある国々からの交易の中心にもなる場所と聞いています」

 と、アシュレイが隣にやってきたラヴィーネを撫でながら笑みを浮かべる。
 そう。西にある国の船がヴェルドガルに入って、補給などを済ませるのがそこだ。商船などが行き交う、海の玄関口というわけである。

「ですな。必要なものは交易で揃いますし、島と言ってもそれなりに広いので不便はありませんぞ」

 公爵が言う。地図で見れば陸地からそこまで遠くに離れているわけでもないしな。いくつか離島があって、それら全てをひっくるめてドリスコル公爵領、というわけだ。

「それは……楽しみですね」
「まあ、そうね」

 グレイスから微笑みかけられて、ローズマリーは羽扇で口元を隠しながらも静かに頷いた。ふむ。ローズマリーも中々機嫌が良さそうに見えるな。

「夕食まではまだ少し時間があるわね。船からカードを取って来ましょうか」

 クラウディアが言うと、マルレーンが嬉しそうに頷く。

「私も、楽器を取ってこようかしら」

 イルムヒルトの言葉に、彼女の肩の上に乗ったセラフィナが嬉しそうな表情を浮かべた。

「使い魔達の食事もできるように用意をしておきましょうか。私も船に行って、色々取って来るわ」

 と、展望台から景色を眺めていたステファニア姫が言うのであった。



 ――日が暮れて夕食の席。
 魔法の明かりを浮かべた屋上は中々風情のある空間だった。
 月の光を受けた海は神秘的だし、街の中でもあちこちで篝火やランタンの明かりが瞬いていて……夕暮れ時が過ぎても綺麗だ。

 そして夕食は、やはり魚介類が中心だ。新鮮な魚料理に貝料理の数々。スープに焼き魚、酢の物、煮魚、焼き貝等々……。魚料理に一家言あるシーラの尻尾が反応しっぱなしである。
 どうも魔光水脈解放の影響はこちらの近海にも及んでいるようで、豊漁が続いているそうだ。港町も潤っているようでなによりである。

「――人魚、ですか。確かにそういう話もありましたな」
「うむ。私達がタームウィルズを訪問している間、何か新しい話は無かったかと思ってな」

 食事が一段落したところで、公爵と伯爵の話題は人魚のものに移ったようだ。

「ふうむ。人魚に関しては新しい情報というのはありませんが……半魚人を見た、という船乗りがいたという話は聞いておりますぞ。恐らく公爵が居城にお戻りになれば正式な報告も上がっているかも知れませんな」
「半魚人ですか」

 半魚人は魔物ではあるが……これも基本的には敵対的な種族ではない。こちらが敵対行動を取らなければの話だ。育った魔力環境で凶暴な個体が出て来てしまうということはあるのかも知れないが……伯爵の話し方が落ち着いていることからも分かる通り、敵対的な部族ではない、ということだろう。

 まあ……見た目が人魚より厳ついのは確かだが、案外紳士的という話もある。
 独自の文化を形成し、一族のほとんど全員が誇り高い戦士だという話である。人魚とは別種だが、共生している場合もあるそうで。

「ふむ……。近海ではあまり見なかったはずなのだがな」
「人魚達も以前より色々な場所で目撃されておりますからな。しかし、漁民や船乗りに危害が加えられたという話もありません。どちらかというと、我々との交易時以外は関わらないようにしているようで」
「なるほどな……。向こうが距離を取っているのなら、こちらとしても注視していくというのが良いのだろう。私としても海の住人達とは上手くやっていきたい」

 公爵は静かに目を閉じると、ゆっくりと酒杯を傾ける。
 ふむ……。もしかすると何か活動範囲を広げるような事情があるのだろうか。人間達側に実害がないから問題がない、とも限らないわけで、多少気になる話ではある。

 今回の旅で人魚や半魚人達に会えるとは限らないが……マールが同行しているなら遭遇した時に話を聞くぐらいはできるかも知れないな。割合頻繁に目撃されているようだし、会える可能性も低くはないだろう。

 当人であるマールは……マルレーンやオリンピアと仲良くなったようで。水の髪を触れさせたりして笑顔を浮かべたりしている様子だ。
 さて。今回の旅はどうなることやら。
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