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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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459 西の海へ

「おはようございます」
「おお、テオドール様。それに皆様も。おはようございます」

 そして――ドリスコル公爵一家が領地へと帰る日がやってきた。
 朝食をとり、少しゆっくりできる時間ぐらいに家を出る。
 皆で馬車に乗って中央区にある公爵家別邸へと向かい、玄関ホールへと使用人達に通されると……そこには出発準備をしていたらしい公爵一家の姿があった。玄関ホールには馬車に積み込むための旅行鞄やらの荷物が置かれている。
 公爵夫人と、長男長女のオスカー、ヴァネッサ、それから公爵の弟レスリーと、使用人のクラークといった面々。荷物をチェックしている使用人達。

「これはテオドール様、皆様も」
「おはようございます」
「おはようございます、皆様」

 と、レスリーとオスカーがこちらに挨拶をし、夫人とヴァネッサが恭しく頭を下げてくる。
 レスリーは前に会った時より大分血色が良くなっているようだ。
 まずは……公爵家とは初対面であるマールを紹介するとしよう。

「ドリスコル公爵、こちらは水の精霊王、マール様です。此度の西方行きに同行を希望しておいでです」
「初めまして」

 と、マールがフードを取って笑みを浮かべると、公爵を除いた一家全員が目を剥く。いや、一応というか当然同行について話は通してあるが……。
 ふむ……。紹介の仕方が普通だったから、逆に衝撃があったか。マール自身も割と精霊王とは思えないぐらい気さくな雰囲気だしな。
 とは言え、公爵は話を聞いているし、使用人に客の顔触れについても連絡を受けていたので、心構えができていたらしい。真剣な表情でマールに挨拶をする。

「これは……お噂は耳にしていましたが、精霊王に直接お目通りが叶う日が来ようとは」
「ヴェルドガル王家とは長い付き合いです。その親戚である公爵家や大公家の父祖も、僅かではありますが存じていますよ」
「なるほど……」

 マールの言葉にドリスコル公爵は感心するように頷いている。
 ……まあ、テフラやマールはフレンドリーだが、時々尺度が違うことがあるからな。

「おはようございます。レスリー卿はその後、お加減いかがですか?」

 俺は俺で、朝の挨拶がてらということでそう質問すると、呆気にとられていたらしいレスリーは咳払いをして表情を整え、柔らかい笑みを浮かべて頷いた。

「お陰様で、日に日に体調も回復しておりますよ。そろそろ陛下とお約束した通り、夢魔の後始末にも動き出せるかなと思っているのですが……皆にはもう少し休んだほうが良いと止められてしまいまして」
「そうでしたか。僕としてもそちらのほうが安心です。メルヴィン陛下もレスリー卿が無理をなさるのは望んでいらっしゃらないかと」

 そう言うとレスリーは目を閉じて静かに頭を下げる。
 レスリーは真面目なだけに本人の自己判断に任せると色々と無理をしそうだからな。病み上がりなら周囲が気を遣ってやるぐらいで丁度良いだろう。
 ドリスコル公爵がタームウィルズに留まらず領地に帰るというのも、そのへんが理由とも言える。南西の比較的暖かい場所、生まれ故郷で静養させてやりたい、というところだろう。

 それに……これから魔人との決戦を控え、各々の領地に責任を持つ者は帰還して緊急時に指揮を執れる状態にしておく、という方針のようであるし。
 魔人側が戦力温存している節がある以上、ここぞというところで結集させてくるだろうからタームウィルズ以外が標的になるのは考えにくい部分もあるが……前に話し合った時に出たように、魔物による陽動作戦ということも有り得るわけで。
 まあ、それらのことについては今はさて置き。

「屋敷のほうはどうですか? 何かご不便なことは?」
「いや、修復して頂いてからは前以上に快適かも知れませんな。特に……あの椅子は実に具合が良い。長時間座っていても腰回りが楽なので、領地に持ち帰ろうと思っていたところなのですよ」

 俺が作った安楽椅子か。噂をすれば何とやらで、使用人達が運んできた安楽椅子を見て公爵は相好を崩した。

「気に入って頂けてなによりです」
「ええ。安楽椅子なのであまり大っぴらには言えませんが、日々の執務も捗りそうですぞ」

 そう言って、公爵はにやっと笑う。
 なるほど。来客時以外なら執務中にも使えるというわけだ。公爵らしいと言うか何と言うか。

「さて、私共の準備もこれで大体終わりと言ったところですかな。何時でも出立できますが、まだ顔触れが揃ってはおりませんな。お茶でも飲みながら――」

 と、そこに使用人達が公爵家別邸への客を案内してくる。
 やってきたのはデボニス大公と、ステファニア姫、アドリアーナ姫、エルハーム姫だ。

「おはようございます」
「ああ、大使殿。おはようございます。出立の日が晴れて何よりです」

 と、デボニス大公と挨拶を交わし、ステファニア姫達とも続けて朝の挨拶を交わしていく。
 デボニス大公もマールを紹介されるが……大公にも話は通っているし、最初からマールもフードを取っているので心構えはできていたらしい。マールの言葉に静かに頷いて頭を下げていた。

 デボニス大公は、このままシリウス号で公爵領に向かい、そこから転移魔法でデボニス大公の領地へ帰る、という些か変則的な帰還の方法を取る。
 シリウス号で共々小旅行というのが両家が和解した喧伝にもなるというわけだ。
 ステファニア姫、アドリアーナ姫、エルハーム姫の3者も同行するが……3国の王家が大公家、公爵家の和解を歓迎しているとアピールする狙いもある。

 更にステファニア姫とアドリアーナ姫に関して言うなら、あの日、温泉での話し合いの後で始まったゴーレムを使った空中戦訓練の最中であるため、俺の不在で訓練の内容を途切れさせたくない、という理由もあったりする。従って、移動中も軽くゴーレム達と訓練をしながらということになるだろう。
 同じくゴーレムで訓練中のシオン、マルセスカ、シグリッタも一緒なので……内容は充実しそうだな。フォルセトは工房で色々と研究したり、苗の様子も見ることになるのでタームウィルズに残る、ということだが。

 エルハーム姫は鍛冶仕事をしながらの移動だ。シリウス号内に魔道具作成や鍛冶を可能とする設備を新たに増設したので、その使用感を確かめてもらおう、というわけである。これでシリウス号の移動中でも魔道具や武器防具の修復が可能、となるわけだ。備えあれば何とやらということで。
 今回はバハルザード代表及び工房代表ということで、工房関係者はエルハーム姫1人だ。アルフレッド達は引き続き、工房の仕事を進めるという形になる。

「ふむ。これで顔触れも揃いましたか。急ぎでなければお茶と砂糖菓子の用意もありますが、如何ですかな?」

 と、ドリスコル公爵。これだけの客を迎えて持て成さない、というわけにもいかないのだろう。出立前ではあるが、時間的な余裕はある。軽く歓談してから出発ということになった。



「では、お前達。後のことは頼むぞ」
「はい、旦那様。いってらっしゃいませ」

 公爵家別邸のハウスキーパー達に見送られ、それぞれが馬車に乗り込んで公爵家別邸を後にする。今日はステファニア姫達も普通に馬車に乗っているが、当然ながらコルリスは一緒だ。頭にラムリヤ。背中にフラミアを乗せて……空から馬車を護衛する形である。
 馬車が動き出すと、イルムヒルトは早速リュートを奏で始めた。何となく優雅な曲調であるが、良く晴れた今日という雰囲気には合っているかも知れない。

「南西部の海ですか。どんなところなのでしょうね」

 天気の良さも相まって、朝から機嫌の良さそうなグレイスが質問してくる。

「そうだなぁ。とにかく海が澄んでいて景色が綺麗って聞いてるけど」

 このへんはBFOプレイヤーの間でも意見が一致するところだ。ヴェルドガル国内でも比較的暖かいしな。

「楽しみですね。今回の旅は大きな目的があるというわけではありませんし」

 アシュレイがそう言って、マルレーンと顔を見合わせて楽しそうに笑みを向け合う。それを見て、膝の上にセラフィナを乗せて髪を撫でていたクラウディアが穏やかに目を細める。

 そう。基本的には公爵を送っていって、転移可能な拠点を増やしてくるだけだ。
 公爵家の別荘――夢魔グラズヘイムの封印されていた古城も気になるところだが、元々公爵家の管理下にある場所だし、隠し通路も公爵家血筋の者にしか反応しない仕掛けであるために、魔人のことが片付いてからぼちぼちと後始末を進めていくということになっている。

「ん。人魚のことは気になる」
「そうね。例の島にも立ち寄って来るのでしょう?」
「ああ。もしかしたら会えるかも知れない」

 シーラとローズマリーの言葉に頷く。
 島の付近で人魚を見たという話もあったな。まあ、実際に会えるかどうかは分からないが。ともかく、シリウス号に乗り込んでドリスコル公爵の領地へと出発である。
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