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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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432 これまでの日々を

 大公と公爵の和解も無事に終わり――明けて一日。温泉でのんびりとしたからか、体調が良いような気がする。
 朝食をとって少しのんびりした後、昨日エルハーム姫と話をしていた通り、ウロボロスの試作品を見に行くために工房へと向かった。

「おはよう、テオ君」
「おはようございます」
「うん、おはよう」

 アルフレッドやビオラ、エルハーム姫、タルコット、シンディーと言った面々とそれぞれ挨拶を交わす。今日はアルバートの婚約者である、オフィーリア嬢も来ているな。
 オフィーリアにも朝の挨拶をすると静かに頷く。

「バハルザードへの旅、それに夢魔事件も。無事で何よりですわ」
「今、例の物を持ってきますね」

 ビオラは……今日俺が来た理由は分かっているのか、早速工房の奥の部屋へと走っていき、追加装備を装着した竜杖のレプリカを持って来てくれた。

「とりあえず何点か試作してみたのですが、あたし達としてはこれが一番良くできたかなと」
「それじゃあ、中庭で少し試してみようかな」

 ビオラからレプリカを受け取って、重さやバランス、使い勝手を確かめてみることにする。
 興味深そうにこちらを見ている本物のウロボロスを工房の壁面に立てかけ、まずはデザイン面を見てみる。

 形としては追加装甲に近いものだが……細かく竜鱗を再現したようで、試作品であるのに細かな仕事ぶりがうかがえる。このあたり、職人肌であるが故だろう。
 先端の竜の像は一回り大きくなったかな。そして、もう一対翼が増えている。元からあった翼も少し大きくなっているようだ。
 全体的な印象としてはそこまで変わっていないが、やや複雑で攻撃的なシルエットになった。同系統で正統強化すればこうなるかもという、元々の印象を崩さない方向でのデザインかも知れない。

 杖の根本から先端までコーティングが施され――杖の直径も心持ち太くなったか。石突き側も僅かに伸びて、ここで先端が重くなった分の重心などを調整してあるらしい。
 持った感じでは……全体的なバランスは前とそれほど変わらない。つまりビオラとエルハーム姫の仕事ぶりは完璧ということだ。

 レプリカでは素材が違うので断言できないが、実物も重量が以前より増すはずだ。だがレプリカで取り回しの感覚があまり変わらないというのは流石本職と呼ぶべきだろう。
 そして重量の増加に関しては、魔力循環で身体能力を補強した状態で振り回すわけだから、それほど問題はあるまい。元々こちらの能力を増強してくれるウロボロスに関しては重さを感じていたわけではなかったし。

「ふむ」

 レプリカを構え、魔力を通さないように気を付けながら軽く振り回してみる。転身。魔法を撃つ際の動き。薙ぎ払い、刺突、袈裟懸けに振り下ろし、先端と逆端を掬い上げるように跳ね上げ、杖の中程を持って風車のように振り回す。
 相手の攻撃を受ける時。回避や空中移動の際の取り回し。色々な状況を想定しながら工房の中庭を1人で演武するように振り回し、シールドを蹴って飛び回る。
 持つ場所を替え、両手で、片手で振り回し――と、思いつく限りの動きを一通り試してから、固唾を飲んで見守っていたビオラとエルハーム姫に向き直って感想を述べる。

「いや、お見事です。基本的にはこの形で良いかと」

 そう言うと、2人は胸を撫で下ろす。

「ああ、良かった。緊張しましたよ」
「安心しました。2人で色々と話し合って今の形に纏まったので」

 なるほど。2人にとっての自信作というわけだ。

「それにしても、テオドール様の演武は見事ですね。隙が見当たらないと言いますか」

 とフォルセトが言うと、シーラがしみじみと頷く。

「まあ……僕の戦い方も特殊なので」

 地上戦を想定している武術とは前提が変わって来てしまうところもあるからな。空中戦を含めた戦い方に技術の応用を利かせる必要があるので、自分で相対した時にどうするのか、ということを考えてしまうと色々と戸惑うこともあるのだろう。フォルセトのようにしっかりとした武術を身に付けている者ならば尚更だ。
 まあ、ウロボロスのレプリカはビオラに返却しよう。

「テオ君、今日はこれからどうするんだい? 2人はもしかしたらオリハルコンの加工ができるかもしれないと気合を入れていたようだけど」

 アルフレッドが尋ねて来る。それは俺としても望むところだな。

「んー。オリハルコンの加工に関して少し相談というか案があってさ。こっちの意思をオリハルコン側に伝える必要があるなら、加工の段階から循環錬気を使ってみてはどうかなって考えてるんだけど」

 そう言うとビオラとエルハーム姫は少し驚いたような表情を浮かべたが、やがて真剣な表情で頷く。

「なるほど。実際に武器を使うテオドール様が加工の段階からそういう形で関わって来るというのは効果的かも知れませんね」
「あたしも、できることは最初から全てやって臨むのが良いと思います」

 では、加工の際に循環錬気を活用していく、という案は採用か。まあ、循環錬気に効果があろうとなかろうと、長丁場の作業に対しても体力を補強してやれるから足しにはなるだろう。

「このままオリハルコン加工となると工房に留まることになりますし、私達もお昼や夕食、夜食までここで作れるよう準備をしてきました」
「なるほど……。だから馬車に食材を積んできたわけですね」
「はい。お昼はお任せ下さい」

 というグレイスの言葉に、ビオラは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「それでは……頑張りましょう。エルハーム殿下」
「はい、ビオラさん」

 と、2人の鍛冶師は気合を入れ直すのであった。



 ウロボロスを左手に。右手をエルハーム姫の背中あたりに添える形で循環錬気を行っていく。
 まずは金属塊を熱して打ち延ばしてやる必要がある。
 そのためにエルハーム姫が炉の火を管理、更にエルハーム姫のゴーレムで金属塊を支え、ビオラが熱されたオリハルコンを打って加工していくという役割分担になるわけだ。

 火の入った炉に風魔法で空気を送り込み、熱せられるオリハルコンの様子を見ながら火魔法で火勢を強化して温度を徐々に上げていく。

「やっぱり……一筋縄では行かないようですね」
「とっくにミスリルでも加工できるようになる温度なのですが……」

 ビオラとエルハーム姫が呟くように言う。オリハルコンの様子を見ながら炉の温度を更に上げていく。
 白々とした炎が轟音を立てて炉の中で燃え盛る。熱波をまともに浴びないように魔法で軽減しているが、部屋全体の温度も徐々に増しているようだ。
 それでもオリハルコンの金属塊の見た目には、普通の金属ならそうなるであろう、真っ赤に熱されるなどの変化は生じていなかった。業火を物ともせず、変わらずその場に鎮座するだけだ。

 だが、それもまた予想の範囲内と言える。真っ当なやり方でなんとかなるのなら、バハルザードが長年死蔵してしまうようなことも無かっただろう。

「ですが、これだけの魔力を使っても、余力を感じられるというのは頼もしい限りです。もう少し……頑張ってみます」

 エルハーム姫の言葉に頷く。エルハーム姫はますます魔力を込めて炉の温度を高めていく。
 鍵は……やはり、オリハルコンとの対話だろう。それを魔力を介して伝えるために循環錬気を組み込んだのだ。俺自身が使うものであるがゆえに、その説得を人任せにはできない。
 大きく息を吸って目を閉じ、何のために力を求めるのかということを、自問するように思い返し、その思いを、記憶を魔力循環の中へと練り込んでいく。

 ――そう。ただただ、悔しかったんだ。自分が無力であることが。
 思い返すことは容易だ。先日、夢魔によって記憶を呼び起こされたばかりだったから。

 あの――酷薄な笑みを浮かべる魔人の姿。死睡の王と戦う母さんの姿。守られてばかりで、何もできない自分への不甲斐なさ。
 光芒と瘴気。ぶつかりあって爆ぜる閃光。

 落ちていく母さんに駆け寄る。俺やグレイスが無事で良かったと笑う母さんの笑みは、涙で滲んでいて。

 力。力が欲しかった。だから、求めたのだ。あの日からずっと。
 けれど、まだ足りない。もっと。もっともっともっと力が欲しい。
 何のために? 決まっている。今度は誰にも、何も、奪わせないようにするために――。

「テ、テオドールさん!」

 ビオラに名を呼ばれ、目を薄く開く。金色の輝きが、俺とウロボロスの身体の周りに纏わりつくように舞っていた。

「これは……」

 輝きは炉の中から。オリハルコンの金属塊から立ち上る煙のようなものが、俺とウロボロスを撫でるように舞う。不快な感じはしない。
 それはまるで、俺やウロボロスを理解しようとするかのような――。

「見て下さい! オリハルコンが――」

 見る間に赤く、白く。熱せられていく。

「こんな――自分で熱を受け入れたみたいな。こ、こんな金属は、初めてです」
「これなら……いけるかも知れません」

 どこか熱に浮かされたようなエルハーム姫の声に、ビオラが力強く頷く。
 炉から取り出されたオリハルコンに向かって、ビオラの握るミスリル銀の鎚が振り下ろされた。甲高い、澄んだ音があたりに響く。
 そう……。オリハルコンの加工はここからだ。俺とオリハルコンの対話も。
 ビオラの背に触れて、その手にする鎚までも循環錬気に組み込み、打ち下ろされる鎚の一振り一振りに今日に至るまでの気持ちを練り込んで伝えていくのであった。
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