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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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429 王城に流れる旋律

 アルフレッドと魔術師隊所属のアニー、それから孤児院のブレッド少年という、境界劇場の舞台演出を手掛けている面々によって魔道具が操作される。
 そうして光や泡の舞台演出を受けながら、宮廷楽士達の演奏が始まった。静かな滑り出しから徐々に盛り上がっていく勇壮な曲が奏でられたかと思えば、一転して酒宴に相応しい楽しげな曲になったり、それぞれの楽器の奏者が卓越した技巧を披露してくれたり。
 全体としての息の合い方等も一糸乱れぬと言った調子で、流石は宮廷楽士といった印象だ。

 アルフレッドによると普段行っている舞台演出と比べた場合、できないこともあるもののかなり近いことは可能ということで……この演出も、普段劇場で行っているものに近いのかも知れない。アニーやブレッドは手慣れた調子で魔道具を動かしているし、曲調の変化に光の演出がぴったり合って、視覚的な相乗効果を齎している。打ち合わせや計算が入念に行われたもの、という印象を受けた。

 公爵一家は拍手喝采。大公にはこういった新しい演出は受け入れられるのかなと思ったが……中々楽しんでくれているようだ。宮廷楽士達の演奏が終わると笑みを浮かべて惜しみない拍手を送っていた。

「いや、劇場の新しい舞台装置、堪能させて貰いました。実は……劇場の噂を聞いておりましてな。公爵と共に鑑賞するのなら、物珍しい方が公爵に楽しんでもらえるのではと、ジョサイア殿下と話をしましてな」

 そうなのか。それなら、劇場から招待して演奏という内容の発案についてはデボニス大公からという可能性もあるかな。というよりデボニス大公の意向が分からないと、色々冒険になってしまうのは事実ではあるし。

「そうだったのですか。いや、気を遣って頂いて申し訳ない。劇場にも足を運ぼうと思っていたのですが……」
「私もこれからは色々と考え方を変えていかなければと思っておりましてな」

 と、公爵と大公が和やかに談笑する。その光景を周囲の貴族達が興味深そうに見ていた。
 さて。少しの休憩を置いて次はイルムヒルト達の演奏の番だ。
 ジョサイア王子の主導。そしてメルヴィン王や大公の了承を得た上で王城セオレムに呼ばれて宮廷楽士達と共に公演を行うというのは……メルヴィン王の方針、クラウディアの理想や異界大使の仕事に絡む話でもあり、割合大きな意味合いを持つところがあるかも知れない。

 そして……広場のほうではイルムヒルト達の準備が整ったようだ。
 楽器を持ったままのイルムヒルト達は背中合わせのまま動かず目を閉じて――舞台装置によって光の雨が降り注ぐのと共に、一斉に人化の術を解く。
 劇場に足を運んだことのない者もいるのだろう。どよめきが起こった。しかしイルムヒルト達はまだ動かない。観客が落ち着くのを待ってから、ユスティアが静かにハープを爪弾き、ドミニクが澄んだ歌声を響かせ出すと、先程とは違う、僅かなざわつきがあったが、それはすぐに静まっていく。

 翼をはためかせて空に浮かびながら歌うドミニクと、空を泳ぎながらハープを奏でるユスティア。イルムヒルトも空を舞い――3人は空中でゆっくりと交差しながら光と泡の漂う中から歌声を響かせる。
 イルムヒルトは呪歌はできないが……今彼女達が奏でているのは普通の歌と曲だ。それでも十分に人を惹き付けるだけのものを持っていると思う。

 始まりの曲が終わると大きな拍手が起こった。それが収まるのを待って次の曲目に移る。シリルのタップダンスに合わせるようにシーラのドラムスティックが乱舞して軽快なリズムを刻んだ。舞台装置がリズムに合わせて光を何度も弾けさせる。

 静かな始まりとは打って変わって賑やかな展開だ。小気味よい打楽器の音と、楽しげなリズム、そして視覚効果も相まって2人の技巧に目が行く内容かも知れない。
 シーラとシリルの持ち味を存分に出した内容と言えよう。更にイルムヒルト、ユスティア、ドミニクもそれぞれを主役に据えた曲目を披露する流れになった。
 打楽器が目立たないよう抑えめにリズムを刻んで裏方に徹するシーラと、バグパイプに持ち替えたシリル、そして魔道具の演出がイルムヒルト達を引き立たせていく。

 祝いの席ということで楽しげな曲が多いな。迷宮村の祭りで聞いた曲なども奏でられている。酒の席でもあるので観客達も喜んでいるようだ。

 そして全ての曲を終えて、5人が並んで一礼すると、大きな拍手が巻き起こった。声援に応えるようにアンコールに移るが……今度は宮廷楽士達と合同での演奏という形になった。イルムヒルト、ユスティア、ドミニクの3人のハーモニーを響かせ、シーラとシリル、宮廷楽士達が1つの旋律を奏でる。

 その光景にジョサイア王子は何らかの手応えを感じているようだ。伝統ある宮廷楽士達と、新しい形態での公演を行っているイルムヒルト達を共演させることで、大公と公爵の和解になぞらえる、という意味合いも込められているのかも知れない。

 アップテンポで壮大な曲。光が乱舞して足元を緑色の輝きが薙いでいく。その場で躍動するシリルと空を泳ぐように身体をくねらせるイルムヒルトとユスティア。両手を広げて楽しそうに歌うドミニク。実際には進んでいないが、光が左から右へと流れていく様は――まるで草原を疾走しているかのような演出だ。曲の盛り上がりが最高潮となったところで、曲と光が同時に弾けるように演奏が終わった。

 メルヴィン王も大公も公爵も、そしてフォルセト達とエルハーム姫と……その場にいる者達が立ち上がって、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こり、歓声が上がる。イルムヒルト達と宮廷楽士達はその歓声に謝意を示すように揃って深々とお辞儀をすると広場を去るのであった。



「いや、実に良かったですな!」
「全くです。素晴らしい物は新旧問わず素晴らしいと称賛できるものということでしょう」

 公爵と大公は楽しそうに先程の演奏に関する話で盛り上がっている。

「凄かったね!」
「うんっ。すごく綺麗だった」
「……絵にしたい場面が多すぎるわ」

 大公達だけでなく、シオン達も大いに気に入ってくれたらしい。

「いやはや。外の世界というのは進んでいるのですね。魔法の使い方が目新しくて面白いです」
「いや、タームウィルズだけかも知れませんね。劇場に関してはテオドール様が関わっていると工房で聞きましたから」

 フォルセトとエルハーム姫がやり取りを交わすとその言葉を聞いていたオスカーとヴァネッサが頷く。

「僕達は一足先に劇場で見て来たけど……やっぱりすごいね」
「大使様の魔法の使い方は素敵です」

 とまあ、概ね好評のようだ。

「ただいまー」

 イルムヒルト達がバルコニー席に戻ってくる。

「おかえり。どうだった?」
「んー。とっても楽しかったわ」

 イルムヒルトが笑みを浮かべて軽く背伸びをする。シーラは無言でサムズアップしているが……楽しかったということだろう。
 その仕草は昨日の今日なのでコルリスを思い出すが……当人は演奏中に巣穴の中から顔を覗かせて、リズムに合わせて小さく鼻先を縦に振っていたっけな。

「今日は他の人とも演奏できたしね」 
「まあ、余り時間がなくて、一曲しか合わせられなかったけれど」

 ドミニクの言葉にユスティアが少し残念そうに言う。 

「終わってからも演奏して良いって。バルコニー席なら安全だからって言ってたわ」
「そうなんだ。じゃあ、交代で食事をしながらかな」

 ユスティア達はそんなやり取りを交わし、祝いの席でこのまま楽士代わりとなって音楽を奏でることにしたらしい。

「この後祝いの席が一段落してから火精温泉に向かう予定になっております。今日の夜は貸し切りなので、割合気兼ねなくゆっくりとしていただけるかと」

 と、ジョサイア王子。

「例の温泉ですな。実は楽しみにしておりました」
「ふむ。良い気分ですが酒は控え目にしておいたほうが良さそうですな」

 ジョサイア王子の言葉に大公と公爵が相好を崩す。
 この反応……。大公は温泉が元々好きなのかも知れないな。火精温泉は特殊だが、温泉は温泉である。伝統とか新しいとか論じるのも違うと思うので。
 しかしまだ火精温泉に足を運んでいなかったということは、公爵が和解前にタームウィルズ観光を自重しているならということで、大公としても気を遣って温泉には行かなかったのかも知れない。
 まあ……色々落ち着いたし、今日は俺も温泉でのんびりさせてもらうとするかな。
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